特集 2015年6月12日

店頭のウインドウで川柳を発表し続けるタバコ屋さん

テレマーク いいねあの世の 着地にも
テレマーク いいねあの世の 着地にも
今の家に引っ越して約2年、毎月楽しみにしていることがある。近所のタバコ屋さんの窓に貼り出される川柳だ。時事ネタやあるあるネタ、時には自虐ネタなどをユーモアとペーソスたっぷりに詠んでいる。

1ヶ月以上更新間隔が空くと、新作を心待ちにしている自分に気づく。いつも「紀楽」という柳号で詠まれているが、作者はどんな人なのだろう。ずっと気になっていたので確かめてきた。
1970年神奈川県生まれ。デザイン、執筆、映像制作など各種コンテンツ制作に携わる。「どうしたら毎日をご機嫌に過ごせるか」を日々検討中。


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旅の灯が 少し悪女に なれと言う

タバコ屋さんの川柳を初めて目にしたのは、今から約2年前。引っ越し先の内見に向かう途中、ふと次の川柳が僕の目に飛び込んできた。
最初に目にした川柳(2013年11月)
最初に目にした川柳(2013年11月)
なんでタバコ屋さんの窓に川柳が? と首を傾げつつ、「旅の灯が 少し悪女に なれと言う」と詠われた句が妙に心に残った。なんかいい。

この句を初めて目にしてから現在に至るまで、僕は毎日タバコ屋さんの前を通って通勤している。そして、月に1回のペースで川柳が更新されることを知った。毎月発表される川柳が面白くて、今ではすっかり紀楽さんのファンである。新作が出ると必ず写真を撮り、ツイッターやフェイスブックでシェアするようにしている。

次々と繰り出される新作を見ているうちに、僕の興味は詠み手の正体へと移っていった。紀楽さんってどんな人なのだろう。最初に目にした旅の句の内容やその筆跡から推察するに、上品なおばさまっぽい。

と、思っていたのだが、今年の2月に次の句が発表され、僕の推察は崩れた。
バレンタインの句
バレンタインの句
チョコをおねだりする紀楽さん。男か? 男なのか?

これはもう、紀楽さんに会って確かめるしかない。

五差路の一角にあるタバコ屋さん

そのタバコ屋さんは、五差路の角にある。小学校へと続く道と、駅に続く道と、僕の家に続く道と、あとはどこに続くか分からない5つの道が交差している場所だ。
このタバコ屋さんで
このタバコ屋さんで
喫煙者たちが川柳を眺めながらタバコを吸う
喫煙者たちが川柳を眺めながらタバコを吸う
先日も最新作が公開された。
最新作
最新作
「いつまでも あると思うな ホッチキス」

このように、窓に川柳が貼り出される訳だが、窓の向こう側に人が座っているのを見たことがない。いつも無人だ。だから、紀楽さんへの興味が湧いてくるのだ。

窓の前にチャイムが置いてある。これを押すと中から紀楽さんが出てくるのだろうか?
呼び出しチャイム
呼び出しチャイム
チャイムといえば、去年の夏にこういう句があった。
2014年8月度作品
2014年8月度作品
「よく吠える 犬でセコムと 名付けられ」

セコムの句を思い出しながら、チャイムを押してみた。

すると、中から出てきたのは…
この人が紀楽さん?
この人が紀楽さん?
そうです、私が紀楽です。

と、「そうです、私が変なおじさんです」風に書いてしまったが、実際は、少しはにかみながら自分が紀楽ですと頭を掻いた。紀楽さん、男性だったのだ。

句碑まである凄い人だった

紀楽さんにいつも川柳を楽しみにしている旨を伝え、色々とお話を伺わせていただいた。
店頭に飾ってあったこけし
店頭に飾ってあったこけし
――いつから川柳を掲示するようになったのですか?
「そうだなぁ、多分7、8年前からだと思います。川柳自体は25年くらい前から詠んでますが、こうして店頭に貼り出したのは、それくらいかな。それまで私は商社で勤めてましたから」

僕が紀楽さんの川柳を追いかけてまだ2年。あと5、6年分の過去ログがあるという。もし残しているようだったら、後で見せていただこう。

――僕が知る限りでは、月に1回更新されていますが、更新頻度は決めていますか?
「いえ、特に決めてないんですよ。反応が良かった場合は長めに貼っていたり、逆の場合は早めに変えちゃったり」

――反応? どのような反応が?
「反応がいい句の場合、タバコを買わない人でも『面白いですね』って声をかけてくれたりします」

街角で繰り広げられるリアルな「いいね!」。さっきのチャイムは「いいね」ボタンだったのか。

「ちょうどこないだ、川柳の雑誌にこのことを書いたんですよ」

そう言って、紀楽さんは奥から「川柳マガジン」なる雑誌を持ってきた。
川柳マガジン
川柳マガジン
紀楽さんの寄稿文が載っている
紀楽さんの寄稿文が載っている
ささやかな発信、というタイトルの寄稿文
ささやかな発信、というタイトルの寄稿文
タバコを吸う人が少なくなって、暇になっている現状を「店暇になり句作には丁度良い」として、

「これも発信ウインドに我が句貼る
やっぱりねサラ川めいた句に人気」


と続けている。サラ川とはサラリーマン川柳のことらしく、それ風の句だと人気が高いらしい。

「句をパチリタバコは買っていかぬけど
こんな句ありましたねと街の人」


「句をパチリ」は、貼り出された句を写真におさめる人のことを表していて、多分、それは僕のことだ。

この寄稿文のプロフィールに、「愛媛県伊予市に句碑がある」とあった。紀楽さんの句碑があるのか!
伊予市にある句碑の句
伊予市にある句碑の句
伊予市にある公園で、正岡子規、夏目漱石に続き3番目の句碑として、紀楽さんの句が刻まれたのだという。平成9年にあった川柳のコンテストで優勝した記念に建てられたとのこと。凄いぞ我らが紀楽さん。

ちなみに、紀楽さんは「一般社団法人全日本川柳協会東京事務所 事務長」という肩書きもお持ちの偉い人だった。

過去ログを見せてください

過去の作品群
過去の作品群
紀楽さんの凄さが分かったところで、僕が見ていない、過去の作品を見せていただくことにした。残念ながら、過去の作品全部を残している訳ではないらしく、残っているものから、紀楽さんお気に入りの作品を紹介してもらった。
紀楽さんお気に入り その1
紀楽さんお気に入り その1
「お人好し 貧乏神も 寄ってくる」

紀楽さん曰く、サラ川風の作品群からの一作だ。他にサラ川風の作品としては、

「退職後 今度は妻に 叱られる」

という句も気に入っているという。

続いて、
紀楽さんお気に入り その2
紀楽さんお気に入り その2
「親切な サラ金夜も 店を開け」

「親切、という言葉の裏にある皮肉が気に入ってます」

確かに、皮肉が効いていて楽しい作品である。
紀楽さんお気に入り その3
紀楽さんお気に入り その3
「テレマーク いいねあの世の 着地にも」

紀楽さんのブラックユーモアが炸裂している作品であるが、この句は掲示しなかったという。なぜだろう?

「テレマークという言葉がちょっと専門的ですから、万人に分かるものじゃないと思いまして」

そう、紀楽さんにとってこの窓はメディアなのだ。窓というメディアを通して作品を発表するにあたり、「誰が見ても分かる川柳」を心がけているのだという。発信者として見習うべき姿勢である。

そんな紀楽さんの作品で、僕が好きだったのはこれ。
2013年12月末の作品
2013年12月末の作品
「今でしょ!と 倍返しする おもてなし」

2013年の流行語を4つも入れ込んできた力技である。この時だけ、柳号が「じぇじぇじぇ」になっているのも注目ポイントだ。

「川柳に大事なのは、ユーモアとペーソスだと思ってます。社会的通年に反するのはダメなんです。自分のことを悪く言うのはいいですが(笑)」

何かをディスったりする川柳を紀楽さんは好まない。自分を落とす系として、

「いやだなぁ 診察券に 肛門科」

「ウオシュレット もう昭和には 戻れない」


という2作品があるという。紀楽さんは痔主らしい。僕も同じ痔主として、この2句の気持ちは痛いほど分かる。ちなみに、ウオシュレットの句だが、

「ウオシュレットが出来たのは昭和の末なんですよ。だから、昭和には戻りたくない。あなたも痔主でしたら、分かるでしょ?」

紀楽さんはそう言ってから、ふふふと笑った。

アメト――ク的な流れになっている川柳界

痔主の話もそうなのだが、今、川柳界には「同じ悩みを持ってる人たちが集まって句を詠む」という流れが出来ているという。アメト――クでいう、運動神経悪い芸人や中学の時いけてない芸人のような感じだろうか。

「サラリーマン川柳もそうですが、女子会川柳、シルバー川柳のように細分化してまして、最近では喘息川柳というのもあるんですよ。今コンテストをやっていて、私は選者の1人でした」

そう言って、奥から集まった句を持ってきてくれた。
喘息川柳の選者もやっている
喘息川柳の選者もやっている
紀楽さん
紀楽さん
紀楽さんは寄せられてきた句に改めて目を通し、時折、ふふふと笑う。喘息を患う人たちが自分の苦境を川柳にして笑いに変える。なんて素晴らしいのだろう。

このコンテスト、受付は終了しているが集まった作品をウェブ上で見ることができる。

※みんなの喘息川柳コンテスト

細分化という意味では、紀楽さんの作品にはお酒をテーマにした句が多い。昨年の12月の作品にも、こういう句があった。
2014年12月の作品
2014年12月の作品
「充電と 称し毎晩 飲んでいる」

この句を詠んで、分かるわー!と激しく同意したのだが、僕が見ていない過去ログの中にお酒関連はあるのだろうか?
あった
あった
「うまい酒 百まで生きる 気にさせる」
「このうまい 酒をつくった 人憎む」


「本当は憎んでないんですけどね」と補足してくれた紀楽さん。今度、お酒川柳特集をお願いします。

淀んだ空気を明るくしたい

タバコ屋さんの店頭で紀楽さんのお話を伺うこと1時間半、そろそろ僕の足腰が限界に近づいてきた頃、奥から奥様が出てきた。
奥様登場
奥様登場
奥様は、

「私のことを詠ってる句があるでしょ。ああいうの貼られると困るんですよ」

と言って笑った。

さっき聞いた「退職後 今度は妻に 叱られる」のことだろうか。

「私がいつも叱ってるみたいでしょう。そんなことないのに」

奥様からの抗議を聞いて、舌を出すような仕草をした紀楽さん。お茶目だ。

「笑いが大切なんですよ。笑いは心の万能薬なんです。もう亡くなった国会議員に仲川幸男(たけし)という人がいまして、その人が国会で詠んだ句をまとめた『国会の換気扇』という本があります。国会の淀んだ空気を川柳のユーモアとペーソスで中和する。そんなことを僕もこの窓を通じてやりたいんですよね」
国会の換気扇
国会の換気扇
奥様の抗議をいい話で切り抜けた感が少しはある。しかし、紀楽さんは本当にいい事を言っていると思う。何かとギスギスしがちな昨今の風潮に、川柳くらいのユーモアや皮肉があってもいい。

「江戸時代、柄井川柳(からいせんりゅう)という人が身分制度を超えて5・7・5の句を集めたのが川柳の始まりと言われています。商人から武士まで、身分を明かさずに詠んだ句の中に『役人の 子はにぎにぎを 良く覚え』なんてものがあったりして。賄賂のことですよね。風刺が効いてますでしょ?」

紀楽さんのいい話を聞いていたら、いつの間にか奥様がいなくなっていた。

現場に漂うペーソス!

お土産をいただいた

最後に、紀楽さんが編集に携わっている句集をお土産にいただいた。
川柳ながや 句集
川柳ながや 句集
お会いできた記念に、今日のことを句にしてください! と頼んでみた。

紀楽さんは、少し考えてから鉛筆を取り、句集の中扉に句を詠み始める。
今日の感想を川柳にしてくれた紀楽さん
今日の感想を川柳にしてくれた紀楽さん
どんな一句となったのだろうか?
紀楽さん、本日の一句
紀楽さん、本日の一句
「売り上げに 妻のトークも 役に立ち」

さっきの抗議を気にしているのだろうか。最後は奥様への気遣いの句でお開きとなりました。
紀楽さん、ありがとうございました
紀楽さん、ありがとうございました

今回、思い切ってチャイムを押したことで、ずっと追い続けてきたアーティストと会えたような感動があった。紀楽さんとお会いしてお話できたことで、今後の新作が更に楽しみになってきた。毎月、月頭には新作が公開されるので、次回は7月の頭。新作が出ましたら、僕のツイッター(@sumimachine)などでシェアさせていただきます。
こういうのも怒られるんだろうなぁ、奥様から
こういうのも怒られるんだろうなぁ、奥様から
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