ロマンの木曜日 2015年6月25日
 

どうして鈴木さんは欲しい電車をもらえたのか?

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長野県上田市に電車と暮らす人がいるという。名前は鈴木浩さん。といっても鉄道会社に勤務しているわけではない。庭に車両が置いてあるわけでもない。文字通り「家のなかに電車がいる」のだ。この電車、民宿として宿泊もできるとか。

電車と暮らすなんて、鉄道ファンにとっては夢のまた夢。電車が家にやってきた経緯がまたスゴイ。「初夢に電車が出てきたので、欲しくなってJRにお願いしたら貰えた」んだとか。

そんな夢のような話があるのか!? 私も電車と暮らしたい! なにより鉄道ファンとして同志の話が聞きたい! というわけで行ってみたよ会ってきたよ。
OL、ときどき電車。給料の8割を鉄旅につぎ込んでいる鉄道ファン見習い。全国の路線図が頭に入っている、車体を見るだけで●系と即答できる、そんなガチ鉄を尊敬してやまない。好きな路線は井川線。がんばれ大井川鐵道!

お目当ての1つが売り払われていた

東京から北陸新幹線に乗り2時間弱で上田駅に到着。事前に調べた情報では「あずさ」のヘッドマークがついたミニバスが迎えに来てくれるとあった。フロント部分に列車のヘッドマークをつけた改造車、これぞ鉄道愛! 上田駅で待つこと5分。ミニバスの代わりに登場したのは軽自動車だった。

――あずさ号のヘッドマークつきの車でいらっしゃるのかと思ってました

「ああ、あれね。車検が一年ごとでお金がかかるし、お客がそんなに来るわけでもないからネットで売り出したのよ」

――え、ネットで……

「そうしたら静岡の人が買ってくれたの。お孫さんの名前があずさだからって」

本題は家のなかにある電車だが、ヘッドマークつきのミニバスもお目当てのひとつだった。まさか売り払われていたとは。予想外の展開にうなだれながらよぎる不安――ヲタクの特徴の1つは収集癖。もしや鈴木さん、テツじゃない……!?

住宅街のなか、突如現れるガラス張りの家&電車!

心配をよそに車は住宅街へ。並ぶ家の向こう、突如それは現れた。
家のなかに……
家のなかに……
電車!?
電車!?
家のわきに車が停まっている、くらいの自然さで鎮座するあずさ号。
ちんまり。でかいのにかわいい。
ちんまり。でかいのにかわいい。
丸くて大きな目が可愛い顔とボディーのアルパインブルー×ファンタジーバイオレットの色味が目に涼やかなその子は183系あずさ。

ガラスの向こうに鎮座する様は展示ケースに入れられた模型のよう。電車はホームから乗り込むもので、下から見上げる機会はなかなかない。

近くで見る183系あずさは背が高い。くりっと丸い目が2つ、その下にぽわんと紅く丸いライト。なにかに似ている・・・・・・インコだ。
183系の顔は鳥に似ている
183系の顔は鳥に似ている
入口のわきに置かれた自動販売機にもあずさのヘッドマークのイラストが。ほとばしる鉄道愛! ステキ!
自動販売機も、あずさ。しかも安い
自動販売機も、あずさ。しかも安い

自動販売機も、あずさ。しかも安い

ガラス越しの対面を終え、さっそくお邪魔しまーす。まず度肝を抜かれたのは入ってすぐの靴箱に入ったプレート。愛称板がこんなところに!
さりげなく最上段に「夢ハウス・あずさ号 指定席」の板が
さりげなく最上段に「夢ハウス・あずさ号 指定席」の板が
さらに視線を上にやると壁を埋め尽くさんばかりに貼られたヘッドマーク、時刻表、駅名標。よく見ればその向こうに置いてあるのは信号機! 

右手にはあずさ号の先頭車両が鎮座しているし、まるでミニ鉄道博物館である。
無造作に置かれているが、入手困難なものばかり!
無造作に置かれているが、入手困難なものばかり!
中央線の時刻表まで!
中央線の時刻表まで!
――宝の山ですね、ここは。よくこれだけ集めましたねえ

「そこにあるグッズはお客さんが持ってきたものばかり。ほとんど裏に名前が書いてあるでしょ? みんな自分の宝物を持ってくるの。僕が買ったものは1つもない」
宝の山!
宝の山!
国鉄労働組合の小冊子なんてものも。・・・・・・レア!!
国鉄労働組合の小冊子なんてものも。・・・・・・レア!!
入口の展示ケースにはJRの制帽が。関係者でないとまず手に入らないもの。

「白いやつはJR上田駅の駅長が退職するときにくれたの。その隣にあるのは、あずさ号の運転士が持ってきた制帽」
左は駅長の制帽、右の2つがあずさ号の運転士の制帽
左は駅長の制帽、右の2つがあずさ号の運転士の制帽
テツではないご主人のもとに鉄道ファンが集まるという不思議な民宿。よく見れば店内に貼られたヘッドマークは手作り! そこは鉄道ファンの聖地だった!!
本物そっくりの手作りヘッドマーク。お客さん、器用だなあ……
本物そっくりの手作りヘッドマーク。お客さん、器用だなあ……
鈴木さんは64歳。長野県上田市で183系あずさを宿泊できるように改造した「夢ハウス 民宿あずさ」の駅長を務めている。前職は靴職人、その前は新聞販売店で働いていたという。
厨房の入口には「駅長事務室」のプレートが
厨房の入口には「駅長事務室」のプレートが
――鉄道関係のお仕事をしていたわけじゃないんですか

「違う違う。もともとテツじゃないもの」

まさかの非テツ宣言! 

――お仕事も趣味も鉄道と関係がないのに、なぜ電車が家にあるんでしょう?

「42歳のときに会社をクビになって、これからは手に職だ! と思って靴職人の講演を聴きに行って感銘を受けて。

講演は埼玉の大宮だったんだけど、そこから職人さんの住む神戸へ直行して。弟子はとらないって渋るのを無理矢理修行させてもらったの。でも不器用でミシンすらかけられない。これじゃだめだって奥さんを呼んで夫婦で教えてもらって。この場所にオーダーメイドの靴屋を開業したの」
突然これまでに取材されたテレビ番組の録画を視聴する会、スタート
突然これまでに取材されたテレビ番組の録画を視聴する会、スタート
長野から埼玉へ講演を聴きに行き、そこから兵庫に押しかけるフットワークの軽さ。不器用でミシンを使えないのに靴職人に弟子入りする無謀さ。さらに長野の片田舎でオーダーメイドの靴屋を開業する思い切り。

思い立ったら吉日、という諺を体現したような人である。

一家心中を考えるほど苦しかった年の初夢にあずさ号が出てきた

「開業したはいいけど、なかなか客がこない。6人の子供を抱えて、この先どうしようって思い詰めていた年に、あずさ号に乗って旅をする初夢を見たの」
夢に出てきたあずさ号と住んでいるという不思議
夢に出てきたあずさ号と住んでいるという不思議
夢に出てきたと聞き思い出したのは昔流行ったおまじないだった。“枕の下に好きな人の写真を入れて寝ると、夢にその人が出てくる”。さぞかしあずさ号に思い入れがあったのかと思えばそうではないと言う。

「電車が好きだったわけじゃないし、先行きが見えないなかでそんな夢を見たのが不思議でね。3ヵ月ぐらい思い返してた。夢のなかの幸福感が忘れられなくってね。そのうち自分のなかであずさ号への気持ちがどんどん膨らんじゃってさ。幸せになるためには、あずさ号を手に入れなくちゃって思った。

でもJRに知り合いなんていないし、どうすれば電車を貰えるかも分からなかった。だからJR長野支社に向かったの。でも『夢に見たから電車をください』なんて言えないでしょ。支社の入口に立っては引き返すのを1週間ぐらい繰り返して。

ある日、いつもみたいに諦めて帰ろうとしたときなにかに背中を突き飛ばされて中に入ったの。用件を尋ねられて、あずさ号をくださいって伝えたら変な顔をされてね。もちろん相手にされないよ」


門前払いをくらいながらもめげずに日参した鈴木さん。その姿を見かねた車両課長が名刺をくれた。
「断ったら死ぬんじゃないかって思った、ってあとで言われた。それぐらい切羽詰まった顔をしてたんだね」
「断ったら死ぬんじゃないかって思った、ってあとで言われた。それぐらい切羽詰まった顔をしてたんだね」
車両課長いわく廃車予定のあずさ号があるという。それを譲るには条件が2つ。

「上田市の市長が保証人になること、それから屋根のある電車置き場を用意すること。期限は1週間。さっそく次の日に市役所に行って市長に会おうとしたんけど、当然会えなかった」

電車とひきかえに出された2つの条件。期限は1週間

だがここで奇跡が起きる。靴屋のお客さんにその話をしたところ、偶然にもその人が市長の同級生で選挙の後援会の責任者と判明。市長を紹介してもらえることになった。

「子供たちに夢を与えたい、なんて書いた企画書を市長に渡したの。それを読んだ市長が名刺を出して裏にさらさらっと書きつけて僕にくれた。そこには『この人の夢を叶えてあげてください。私が保証人になります』ってあった」

1つめの条件はクリア。大慌てで2つめの条件に取りかかった。電車が来るなら枕木とレールも必要。庭を掘り返しては枕木を埋める作業が始まった。近所の人から白い目で見られながらも、やってくるであろうあずさ号のことを考え作業を続けた。
店内のテーブルも枕木で出来ている
店内のテーブルも枕木で出来ている
「線路まで作って、電車がやってくると言ったのにこなかったらもうここには住めないなと思った。日本一の大ホラ吹きになるか、夢が叶うか紙一重だった」

「あずさ2号」の歌にちなんで、あずさ2号がやってきた――!?

市長の名刺を持って再びJR長野支社へ行くと、これまでが嘘のように話が進み、1ヵ月後に長野総合車両所へ呼び出された。そこには6両の先頭車がありどれでも好きなものを選んでよいといわれた。

「あずさ2号の歌が頭の中を流れたの。それにちなんで2号はありますか? って聞いたの」

それまで「奇跡」「運命」は実際に起きるんだなと話を聞いていたが頭の中にクエスチョンマークが。あずさ2号の「2号」は「2号車」ではなく始発駅を「2番目に発車する電車」を意味するからだ。

しかし当時を思い返し嬉しそうな表情の鈴木さんを前に突っ込むことはできなかった。
鈴「あずさ2号!」 朝「(それ違う……)」
鈴「あずさ2号!」 朝「(それ違う……)」
こうしてクハ183-1002号がやってくることになった。
あずさ2号の車内に貼られた輸送時の写真。「!」マーク2つが思いの強さを物語っている。
あずさ2号の車内に貼られた輸送時の写真。「!」マーク2つが思いの強さを物語っている。
「あとから知ったんだけど、市長がJR長野支社長と親友だったみたい。市長が後押ししてくれて、実現したんだよ。思い続ければ奇跡は起きる」

整備も部品の供給も。お客さんがあずさ号を生き返らせてくれた

こうしてあずさ号を手に入れた鈴木さんだったが、実は入手した後のことを考えていなかった。靴屋が繁盛しているわけでもない。生活は困窮している。住むところに困り、車内に一家で寝泊まりした時期もあった。が、そのうち話を聞きつけた鉄道ファンがあずさ号を見に来るように。

「あずさ号を見て喜ぶ顔を見て、車内に泊まれるようにしたらいいんじゃないかとひらめいたの」
お座敷にシートがあるという不思議な空間。
お座敷にシートがあるという不思議な空間。
こうして始まった「寝台列車じゃないのに泊まれる列車」民宿。畳が敷かれ、お座敷列車に改造された車両は、シートも座席プレートも現役当時のまま。さらに運転席に座ることもできる。
運転台からの景色。意外と広い! 高い!
運転台からの景色。意外と広い! 高い!
視線をあげると、駅名対照表!
視線をあげると、駅名対照表!
運転台から後ろを見下ろすの図。いつもは「乗務員室」の文字ごしに眺めていた場所にいるなんて……
運転台から後ろを見下ろすの図。いつもは「乗務員室」の文字ごしに眺めていた場所にいるなんて……
何よりすごいのは、電車が生きていること。計器が動く、自動ドアが開閉する、警笛も鳴る、さらに車内放送も出来る。しかも時間制限なしで!

鉄道博物館でも、こんなことなかなかできない。警笛は宿泊客限定で鳴らせるとのこと。

「近所迷惑になっちゃうからね、朝1回だけ」
ドアの開閉をレクチャーしてくれた鈴木さんのお孫さん(突然現れた)
ドアの開閉をレクチャーしてくれた鈴木さんのお孫さん(突然現れた)
他にお客さんがいないのをいいことにノリノリでアナウンスしていたら孫に受話器を奪われたの図
他にお客さんがいないのをいいことにノリノリでアナウンスしていたら孫に受話器を奪われたの図
「やってきた当初はパイプが切断されていたんだけど、現役のJR整備士のお客さんが電気系統を3年掛けて直してくれたの。ブレーキハンドルや方向幕など足りなかった部品もお客さんたちが持ってきてくれてね」
マスコンを稼働させるための鍵。これもお客さんからのプレゼント。
マスコンを稼働させるための鍵。これもお客さんからのプレゼント。
なんと今では鈴木さんが電車のメンテナンスをしているという。

「鉄道マニアのお客さんに教えてもらったの」
運転台にあがる階段に制服がかけてあった
運転台にあがる階段に制服がかけてあった
民宿をはじめて今年で13年。この宿に泊まった子供が車掌や運転士になったという話もあるんだとか。この民宿、隠れ幸運スポットなのでは。そういえば店に入る前、貼り紙を見た。
「夢を売ります、無料です」。
「夢を売ります、無料です」。
夢だけじゃなく運も売っているんじゃないのか。無料で。運気をアップさせたい人、鉄道会社を志望する就活生はここに来れば夢が叶うんじゃないか。
一番左のヘッドマークを手作りした子はJRに就職したそうです
一番左のヘッドマークを手作りした子はJRに就職したそうです

結論:強い気持ち、強い愛、それから強い行動力で夢は叶う

次にここを訪れるときは、叶えたい夢が出来たとき。「この制帽をかぶると運気がアップするよ」と鈴木さんに勧められたが、かぶりたい気持ちをぐっとこらえて宿を後にしたのだった。

民宿に到着するなり、これまで取材された番組の録画を見せ始める。話の途中で紙芝居を始める。話の途中でポン菓子を作り出し爆発音を響かせる。最初は戸惑った鈴木さんの言動。
手作りの紙芝居を披露する鈴木さん。絵が上手。
手作りの紙芝居を披露する鈴木さん。絵が上手。
だが、あずさ号がやってくる経緯について話を聞くうち「夢を叶える」ことに一番必要なものこそこれだ! と思った。「相手を喜ばせたい」「思ったらすぐに行動する」、これこそ夢の実現に必須。思い立ったが吉日、昔の人はいいことを言うね。
食堂に貼られていた言葉。鈴木さんのためにあるような言葉です
食堂に貼られていた言葉。鈴木さんのためにあるような言葉です
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