特集 2015年7月21日

八ッ場ダムはいまどうなっているのか

結論から言うと本体の建設工事が始まったところ(ここがほとんど貯水池になる)
結論から言うと本体の建設工事が始まったところ(ここがほとんど貯水池になる)
少し前まで造るべき、いや中止すべき、などと大きく揺れていた八ッ場ダム。その後、結局どうなったんだっけ?

などと気にしている人が実際にどれくらいいるか分からないけれど、あまりニュースで取り上げられなくなっても、僕は気になっていた。

そこで実際に現地に行って、いまどうなっているのか見せてもらってきた。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

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難しい話ですが

「ダムライター」などと名乗っているけれど、僕はこれまでどんなメディアでもダムの記事を書くときや話をするときに気をつけてきたことがある。

ダムの是非についての判断をしない、ということだ。

しないというか、もっと正確にはできないと思うのだ。だって、自分の家の前を流れている川だったらともかく、よその地域の川にダムが必要かどうか、つまり洪水や水不足が起きるかどうかなんて、ふつうの人には分からないでしょ?

だからそんな無責任な物言いはできないし、地域の反対が多くて中止になったらその判断を尊重する。だけどその代わり造ったものは全力で応援するし、洪水や渇水に活躍したらたくさんの人に知ってもらいたいし、そのダムの地域が盛り上がるように少しでも役に立ちたい。

結果にコミット...まではしないけどできることはやる!みたいな。

そんなスタンスでやっている、ということをご理解いただいた上で、本題に入ります。

八ッ場ダムの場所

八ッ場ダムは、群馬県の渋川市で利根川に合流している吾妻川に建設される。有名な地名で表すと軽井沢や榛名山の北側、上流には草津温泉がある。東京からだと車でおよそ3時間。
詳しい場所は地図を拡大してください

ダムを造る前に

去年(2014年)の秋、八ッ場ダムの工事事務所にお願いして現場をいろいろ詳しく見せてもらった。

ダムを造るとき、まずは貯水池になるエリアに住んでいる人々に移住してもらわなければならない。そして道路や鉄道も貯水池よりも高いところを通るように引きなおす。また、川はダム本体の工事現場を一時的に迂回させる必要がある。

ここではそういった工事がこの数年行われていて(その間に政権が変わって中止になったり再開したりした)、ダム本体より数キロ下流から貯水池の上流の方まで、移住しなければならない人々の新しい土地を作ったりインフラを整えたり、かなり広範囲にわたって槌音が響いていた。

まだダム本体の工事は始まっておらず、その代わりによくテレビに映されていた建設中の橋が視聴者にダムだと思い込まれたりしていた。
工事中よくテレビに映っていた橋は開通してた
工事中よくテレビに映っていた橋は開通してた
建設中の仮称は「湖面二号橋」、正式名称は「不動大橋」
建設中の仮称は「湖面二号橋」、正式名称は「不動大橋」
橋の中には水道や電気といったライフラインも通る
橋の中には水道や電気といったライフラインも通る
「移住しなければならない人々」なんて簡単に書いたけど、もちろん人の都合で住み慣れた土地を離れなければならない苦労なんて経験したことない人には理解できないほど大変だろう。現代社会で人が安全快適に暮らすためにはある程度のしわ寄せを受けてしまう人や環境があることは事実で、それをどう受け止めるか。ダムに限らず、たいていの世の中を二分する問題はどっちを選んだとしても「ある程度のしわ寄せを受けてしまう人や環境」がなくなることはないと僕は思う。

ちなみに僕も、ダムではないけど生まれ育った家が大家さんの相続税対策で売られ、住み慣れた土地から移住しなければならなくなった経験がある。僕だって国の政策の犠牲者だ!(すいません言い過ぎました)
完成するとこの画像のおよそ下半分が湖になる
完成するとこの画像のおよそ下半分が湖になる
下流の方に橋がもう1本かかっている
下流の方に橋がもう1本かかっている
分かりづらいので資料館にあったジオラマで説明しよう
分かりづらいので資料館にあったジオラマで説明しよう
上の写真で、いまは真ん中の大きな橋の上にいて左方向(下流)を見ている。左上には移住する人々の新しい土地が造られて、移設された駅もある。
上の写真の少し下流
上の写真の少し下流
少し下流に目を移すと橋がもう1本架かっている。橋の両側はともに移住する人々の新しい土地で、川沿いにあった川原湯温泉は橋の向こう側に新たな温泉街を造る計画になっている。橋の下には以前の温泉街と駅があった。
ダム本体はさらに下流
ダム本体はさらに下流
そのすぐ下流にダム本体が造られる。この時点ではまだ本体は着工していない。

少し移動して、新しい川原湯温泉駅にやってきた。まだ駅が完成したばかりで、駅前には何もなく寂しいけど、このあと温泉街に直通する道路が建設されるとのこと。
移設された川原湯温泉駅
移設された川原湯温泉駅
新しい駅前通りにはまだ何もない
新しい駅前通りにはまだ何もない
ここから温泉街へ直通する道が建設される
ここから温泉街へ直通する道が建設される
温泉街とダムの最寄り駅
温泉街とダムの最寄り駅
新しい駅から車で2~3分で新しい温泉街に着く。まだ空き地も多いけれど、移動して新築された旅館や飲食店はどこも和風モダンないい雰囲気で、建設工事を見に来たり、完成したあとも泊まりに来たいと思った。というかぜったい来ます!
撮ったつもりでいた温泉街の写真がこれしかなかった...
撮ったつもりでいた温泉街の写真がこれしかなかった...
続いて、急な坂を下って、川沿いにあった駅や温泉街の跡地に行った。
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以前の駅と温泉街へ

この取材のひと月ほど前、ここを通るJR吾妻線はダム湖を迂回する新線に切り替えられた。廃止されたばかりとあって、駅舎の出入り口や窓は板張りされていたものの、ホームや線路はほとんどそのまま残っていた。駅前の電話ボックスもまだ生きていた。
ちょうど別の団体が見学に来ていた
ちょうど別の団体が見学に来ていた
いまにも電車が来そうなホーム
いまにも電車が来そうなホーム
駅のはるか高いところに架かる「八ッ場大橋」、工事中の通称「湖面1号橋」
駅のはるか高いところに架かる「八ッ場大橋」、工事中の通称「湖面1号橋」
ちなみに青い線が通常の満水位(黄色い線は洪水を溜め込む最高の水位)
ちなみに青い線が通常の満水位(黄色い線は洪水を溜め込む最高の水位)
入り口を塞ぐ板に貼られていたお知らせ
入り口を塞ぐ板に貼られていたお知らせ
次に、橋の上に移動して駅の跡を見下ろしてみた。
言われなければ廃駅って気づかない
言われなければ廃駅って気づかない
ところで、橋の上から見るとこの先で両側の斜面がぐぐっとせり出し、川が狭くなっているのが分かる。この川の狭くなった入口こそ、八ッ場ダム本体の建設予定地である。

写真をよく見ると、川の水を工事現場から迂回させるためのトンネルの入口と、もし増水しても川の水が工事現場に流れ込まないように造られた仮設の堤防が写っている。
正面の狭くなっている場所にダム本体が造られる
正面の狭くなっている場所にダム本体が造られる
正面の木々の陰にトンネル入口、その奥で川を横切っているのが堤防、車が停まっているあたりがダム本体予定地
正面の木々の陰にトンネル入口、その奥で川を横切っているのが堤防、車が停まっているあたりがダム本体予定地

いよいよ本体予定地へ

というわけで、このあと本体工事の予定地を見学させてもらった。
川の水から工事現場を守る堤防
川の水から工事現場を守る堤防
本体工事現場までやって来ると、川の中に堤防が造られていた。川の水はこの手前でトンネルに流れ込み、工事現場を迂回しているのだけど、大雨で増水しても工事現場に水が流れ込まないように仮設の堤防で守るのだ。

ちなみに、まんがいち工事現場の下流が増水した場合に備えて、こういった仮設の堤防は下流側にも造られる。

そこから下流に少し歩くと、まさにこの場所に八ッ場ダムが造られることを示す看板が立っていた。つまりダムが完成したときには、いま立っている場所はコンクリートの塊の中なのだ。
と言われてもいまいちイメージできない
と言われてもいまいちイメージできない
まさにこの場所に高さ116mのコンクリートダムが造られる
まさにこの場所に高さ116mのコンクリートダムが造られる
まだ仮の堤防を造っている段階で、ダム本体はまだ着工していないので、特別にいちばん下の川の跡まで連れて行ってもらった。

あと少ししたら、この場所は基礎掘削(きそくっさく)と呼ばれる、固い岩盤が出てくるまで土砂をすべて取り除く作業が行われて、そこにコンクリートを流し込んでダム本体が造られる。

どういうことが行われるか、頭では理解しているつもりでも具体的なイメージを描くのは難しい。
もう2度と入れないダム地点の吾妻川河原
もう2度と入れないダム地点の吾妻川河原
このあと滅茶苦茶掘削した
このあと滅茶苦茶掘削した
というわけで、全体から見れば一部だけど八ッ場ダム建設工事にまつわるいろいろを見せてもらった。ここまでは2014年11月初旬の時点である。

そしておよそ半年後の2015年7月、ふたたび僕は八ッ場ダムを訪れた。いよいよ本体工事が始まったと聞いたのだ。

そして、現地のあまりの変貌ぶりに驚いた。
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駅がなくなった

2015年7月初旬、いよいよダム本体が着工したと聞いて、8ヶ月ぶりに八ッ場ダム建設工事現場にやってきた。工事にともなって、以前はまだ一般人も通ることができた川沿いの旧国道は通行止になっていた。
重いトラックが通れるように橋は補強されていた
重いトラックが通れるように橋は補強されていた
あっ!!
あっ!!
以前はほとんど現役当時のまま残っていた旧川原湯温泉駅にやって来ると、線路も駅舎も姿を消していた。それどころか、駅のまわりに残っていた建物はほとんど跡形もなくなり、周辺では遺跡の発掘調査が行われていた。

いよいよ人の暮らしの痕跡が消える最終局面という感じである。
駅舎も電話ボックスもなくなった
駅舎も電話ボックスもなくなった
ダム好きだしダムの効果も実感しているとは言え、そうだよなーダムを造るってこういうことだよなー、とじんわりくる光景
ダム好きだしダムの効果も実感しているとは言え、そうだよなーダムを造るってこういうことだよなー、とじんわりくる光景
橋の上から見ると変貌がよくわかる
橋の上から見ると変貌がよくわかる

発破!

本体の工事が始まったとは言っても、まだコンクリートで壁を作る段階ではなく、ダムを設置する地面の土砂を取り除いて固い岩盤を出す基礎掘削の段階。そして基礎掘削につきものなのが発破である。

つまり地面の下にダイナマイトを埋めて吹っ飛ばし、脆くなった地面をパワーショベルですくってその下にある固い岩盤を出すのだ。この日も発破があるというので、遠巻きに見学させてもらった。
だいたい毎日1回あるらしい
だいたい毎日1回あるらしい
白いシートの下にダイナマイトが仕掛けられている
白いシートの下にダイナマイトが仕掛けられている
動画も撮ったので見てください。
発破、意外と大人しかった
この日発破が行われた場所は、ダム本体の高さで言うといちばん上のあたりらしい。これから毎日発破しては土砂を取り除いて...という作業を続けながらだんだん低い位置に移動して、最終的にはいちばん底の部分まで完全に土砂を取り除いて固い岩盤が出たらコンクリートを打ち始めるのだ。先は長い。

本体工事現場へ

では土砂を取り除くのはどうするのだろう。その答えを見るため、下流側から本体工事現場に向かった。
以前は通れた旧国道も通行止めになった
以前は通れた旧国道も通行止めになった
おお...!!
おお...!!
ちなみにこの場所の現役時代はこんな景色
先に進むと、目の前に八ッ場ダムの本体が造られる工事現場が現れた。半年前からは想像もつかない景色の変化に驚いて、ただ呆然と立ち尽くした。
あまりにも変貌を遂げた現場に言葉を失った
あまりにも変貌を遂げた現場に言葉を失った
この場所が上の写真みたくなるなんて想像できるわけない
既に八ッ場ダムの位置を示す看板は見当たらない。というか、木々も電柱も柵も、横を走っているはずの吾妻線の線路跡も、なにもかもがなくなっていた。
吾妻線の線路跡はここまで
吾妻線の線路跡はここまで
両側の崖は土砂崩れの跡みたいな感じで、荒涼とした景色が広がっている。と、そのとき崖の上で重機が動くような音が聞こえた。
ドシャー!
ドシャー!
ガラガラガラ...!!
ガラガラガラ...!!
突然、崖の上からパワーショベルが土砂や岩を崖の下に落としはじめた。それなりに大きな岩が、勢いよく回転しながら斜面を駆け降りていった。

この作業は押し落としと言って、さっき発破で崩した土砂や岩をパワーショベルやブルドーザーで崖の上から落とすのだ。下に溜まった土砂や岩はいずれダンプトラックに積んで運び出される。
半年前に降りた川底には落ちてきた岩が溜まっている
半年前に降りた川底には落ちてきた岩が溜まっている
この押し落としも動画に撮ったので見てください。たぶん滅多に見られない光景だと思う。
あまり凝視すると酔うかも(職員さん立ち会いのもと安全な場所から撮影しています)
というわけで、この数年間マスコミを賑わせた八ッ場ダムの現状を調べてきた。基礎掘削は来年の春までの予定で、来年の夏からダム本体のコンクリートを打ち始めて、3年ほどで完成する予定らしい。いざ始まるとあっという間だ。

最初に「よその地域のダムが必要かどうか判断できない」と書いたけど、八ッ場ダムは関東地方の洪水被害低減や上水道用水の確保などの役割を担うので、首都圏に住んでいる人には直接関係のあるダムだ。賛成とか反対とかはともかく、関係がある、ということは知っておいてほしい。

工事中から見に行こう

少しでも興味が湧いたら、ぜひ現地に足を運んで見てください。工事事務所のHP(→こちら)を見ると、5名以上で予約すれば現地見学をさせてくれるそうです。
線路を撤去する前に廃線跡ウォークイベントとかやったら人来ると思うんだけど
線路を撤去する前に廃線跡ウォークイベントとかやったら人来ると思うんだけど
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