はっけんの水曜日 2015年8月26日
 

標高2000メートルの盲腸県境と危険すぎる県境

盲腸県境スタートです

1644メートルの三国岳は、新潟、福島、山形の県境が落ち合う盲腸県境のスタート地点でもある。ちょうどそこに山小屋があるのだ。
やっと一息つける
やっと一息つける
不安をかきたてる新聞の切り抜き
不安をかきたてる新聞の切り抜き
三国小屋には、不安をあおる新聞の切り抜きが貼ってある。

もちろん、これは注意喚起のためだとはおもうけれど、さっき死ぬ思いで歩いてきた剣ヶ峰でこんなに事故が起こっているのだと知ると股間ががキューっとなるとともに、明日またもう一回あそこ通って下山しなきゃいけないんだよなと思い至り、改めてヒーッとなるのであった。

縦走して飯豊山本山に向かう

ここからは幅1メートル足らずの登山道をつたって、飯豊山本山に向かう。
おそらく、三国小屋から先が幅91センチの県境と思われる
おそらく、三国小屋から先が幅91センチの県境と思われる
万年雪が至るところに残っている
万年雪が至るところに残っている
『Geographica(ジオグラフィカ)』というアプリを使って歩いた場所をマッピングしていたのだが、ちゃんと盲腸県境の上をたどるように歩いているのがわかって面白い
Geographica(ジオグラフィカ)』というアプリを使って歩いた場所をマッピングしていたのだが、ちゃんと盲腸県境の上をたどるように歩いているのがわかって面白い
正直、尾根の縦走をなめてた。最初に山を登るより、勾配はそんなにないだろうから楽だろうと。しかし、そんなことはない。
少し登ったと思うとすぐ下ってまた登る。その繰り返し。「山頂を目指す」という目的があるのに、下らなければいけないもどかしさ。

さっき登った分はチャラになっちゃうという心理的負担は大きい。
雲がかかっている先が飯豊山山頂だ
雲がかかっている先が飯豊山山頂だ

なぜ盲腸県境なのか?

平野さんの話によると、江戸時代このあたりはすべて会津藩領だったという。昔、会津の子供達は、14、5歳になると、飯豊山登山をし、御秘所という難所を越えられたら一人前の男と認められたという。

その御秘所がこちらだ。
左右どちらに落ちても死亡する
左右どちらに落ちても死亡する
ここも、剣ヶ峰に勝るとも劣らない怖い岩場である。
しつこいですけど県境
しつこいですけど県境
飯豊山という山と会津は昔から切っても切れない縁があった。

幕末、戊辰戦争で新政府軍に敗北した会津藩を含む福島県は、明治維新後、福島市に県庁が置かれることとなった。ところが、福島市は広大な福島県の領土の中で、東に寄りすぎていた。

そのため、もともと会津藩領だった東蒲原郡が「県庁から遠すぎる」という理由で、新潟県に編入されることとなった。

飯豊山も東蒲原郡と一緒に新潟県へ編入されるはずだったのだが、これに、麓の一ノ木村(現在の喜多方市山都村)が猛反発する。
麓の飯豊山神社
麓の飯豊山神社
飯豊山は古来より山岳信仰の盛んな山で、飯豊山山頂付近には麓の一ノ木村にある飯豊山神社の奥の宮があるためだ。

その後、新潟県の実川村(現在の阿賀町)は、飯豊山は古来より越後の山だとして対立、結局、内務大臣の裁定により、飯豊山神社の参道は福島県の一ノ木村の領土だということになり、紛争はおさまり、細長い県境が残った。という経緯がある。

つまり、この細長い県境はすべて飯豊山神社奥の宮に通じる参道ということになるのだ。

<もどる▽デイリーポータルZトップへ つぎへ>
デイリーポータルZをサポートする じゃあせめてこれだけでも メルマガ SNS!

 

 
Ad by DailyPortalZ
 

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ
↓↓↓ここからまたトップページです↓↓↓