特集 2015年9月9日

マスター、「満月」ください

9月27日は「中秋の名月」
9月27日は「中秋の名月」
バーや居酒屋の店主に、その街をイメージしたお酒を作ってもらうシリーズ。しかし、9月27日に迫った「中秋の名月」が気になる。いわゆる、旧暦8月15日の十五夜だ。

今回は本気のマスターに本気の「満月」を作ってもらい、ひと足早くお月見気分を堪能してきた。そこには、店名をめぐる意外なストーリーも。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!(動画インタビュー)

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新宿駅から小田急線で約40分

雨の月曜日。降り立ったのは町田駅。東京西郊を代表するターミナル駅だ。
月には星ということで
月には星ということで
新宿駅から小田急線で約40分。町田市の人口は約43万人。23区を除けば八王子市に次いで2番目に多い。
JRと小田急線が乗り入れる
JRと小田急線が乗り入れる
地形好きの間では、お隣の川崎市と境界が複雑に入り組んでいることでも知られる(参照)。
雨のせいか人通りはやや少ない
雨のせいか人通りはやや少ない
町田はラーメン店が多い。様々な種類のスープの匂いを嗅ぎながら歩を進めると、目指す店が見えてきた。
おお、満月
おお、満月
階段を上る。
「ザ フルムーンバー」
「ザ フルムーンバー」
満月である。気分も満ちてきた。
店内を覗くと…
店内を覗くと…
想像以上に広い。そして、シックな佇まいだ。今回もノーアポなので、緊張気味に入店。

昨年がオープンからちょうど100回目の満月

さっそく、マスターにご挨拶。取材趣旨を告げると、なんとDPZ創設時からの読者だった。おお、それなら話が早い。
マスターの松山晴彦さん(41歳)
マスターの松山晴彦さん(41歳)
ここはウイスキーとフルーツカクテルがメインの店だという。

「たきびさんというのはペンネームなんですか? 僕も昔は焚き火をよくやっていて、イチョウの葉っぱのみを燃やすのが好きでしたね」

ストイックなのである。
メニューにも満月の小窓、右は8周年記念で配った手ぬぐい
メニューにも満月の小窓、右は8周年記念で配った手ぬぐい
「2006年10月の中秋の名月の日にオープンしました。中秋の名月の日は毎年違うので、周年イベントの日程も一定じゃないんです」
手ぬぐいを広げたところ
手ぬぐいを広げたところ
「左上がオープン日の満月で、右下が昨年の中秋の名月。ちょうど皆既月食でしたね。気象庁の月齢サイトで調べたら昨年がオープンからちょうど100回目の満月だったんですよ」

カウンターでは、常連らしき男性が隣の女性に携帯アプリについてレクチャーをしている。話しかけると、彼はシステムエンジニアの倉松さん。おいしそうにウイスキーを飲んでいるので、「人生No.1ウイスキー」を聞いてみた。
これこれ、竹鶴の12年。終売品なんですよ
これこれ、竹鶴の12年。終売品なんですよ
いい人そうなので、今年の夏の思い出も聞いた。

「サッカーを観に行ったことですかね。鹿島アントラーズ対川崎フロンターレ戦。彼女が鹿島の柴崎岳の熱狂的なファンで、僕はついていくかんじです」

聞けば、彼女も倉松さんの趣味である競馬に付き合ってくれるそうだ。好きな現役競争馬はキズナだというので、「キズナが付き合おうと言ってきたら彼女と別れますか?」と問うと、「いやー、友達でいいかな。オスなので」とのこと。
入り口付近にはワインボトル風オブジェ
入り口付近にはワインボトル風オブジェ
これは、松山さんが以前勤めていた店で集めた約400個のコルクで作ったもので、ワインボトルで口に封ができるサイズとなっている。
400本分の乾杯が凝縮
400本分の乾杯が凝縮
ちなみに、松山さんの趣味は登山。

「4年前に嫁が始めて、それに付き合っているうちにハマりましたね。あとで気付いたんですが、僕の名前の中に『山彦(やまびこ)』があるんです。『晴』の中には『月』もあります」

ヤッホー満月。
トイレにも「MOON」
トイレにも「MOON」
さて、次のページからいよいよ本題に入る。
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レモンピールは2つ添えるようにしています

マスター、「満月」ください。
本気のやつが出てきそうだ
本気のやつが出てきそうだ
そして、待望の「満月」は差し出された。
どうぞ、「ブルームーン」です
どうぞ、「ブルームーン」です
「ブルームーン」とは、ひと月に2回満月が訪れることを指し、こちらは同名のカクテル。ジン、リキュールのパルフェタムール、レモンジュースで作り、最後に満月型に丸く切り抜いたレモンピールを添えるという。
満月がふたつ
満月がふたつ
うーむ、ぜいたくなお月見である。
ひとくち飲むと…
ひとくち飲むと…
おお、パルフェタムールによるスミレの花の香りとレモンの酸味がマッチしていて、非常においしいうえに飲みやすい。

「とはいえ、アルコール度数も30度ぐらいあるので、気持ちよく酔えるお酒です」
グラスに浮かべてみるのも風流
グラスに浮かべてみるのも風流
じつは当初、満月型のレモンピールは一般的なレシピ通りにひとつだけだった。しかし、
数年前にフリーのお客さんがふらっと入ってきて「今日はブルームーンなので『ブルームーン』ください」と注文。

「いつものようにひとつ添えてお出ししたら、『月に2回満月があるのがブルームーンですよ』と。それ以来、レモンピールは2つ添えるようにしています」
コースターにも、もちろん満月
コースターにも、もちろん満月
入店して30分。早くも100個ぐらいの満月を見ている。

独立した時は、お店の名前をいただいてもいいですか?

ところで、「フルムーンバー」と名付けるからには、やはり月が相当お好きなんだろう。
月、お好きなんでしょ?
月、お好きなんでしょ?
「いえ、そうでもないですね。満月だと、ああ、ウチの宣伝をしてくれてるなあと思うぐらいで」

おっと、どういうことだ。
シングルモルト「アラン」の品揃えは日本一?
シングルモルト「アラン」の品揃えは日本一?
聞けば、そこには店名をめぐるドラマのような物語があった。

「20歳ぐらい、地元豊橋のダイニングバーで働いていた頃、毎日のように通っていたバーの名前が『フルムーンバー』なんです。シングルモルトウイスキーの品揃えがすごくて、時代の先を行っていたんですが、駅からちょっと離れているせいか、いつもマスターと二人きり。いろんな話をしましたね」

しかし、あるときマスターが突然切り出す。「松山くん、店を畳もうかと思って」。

驚いて理由を聞くと、「エアコンが壊れちゃった。業務用だから修理に出すと100万円ぐらいかかるらしいんだよ」。

松山さんは思わず言う。「いずれ僕が独立した時は、お店の名前をいただいてもいいですか?」。答えは「ああ、全然構わないよ」。

「フルムーンバー」は本当に閉店した。マスターはアジア放浪の旅に出て、長らく音信不通になったが、この店を出して2年目ぐらいに松山さんの実家にハガキが届く。「名古屋の栄でバーを始めました」。すぐに訪問した。
そのときのお礼ハガキ
そのときのお礼ハガキ
「10年以上ぶりに会ったんですが、ふつうに『いらっしゃいませ』って言われて。僕が20kg近く太ったせいもあって、気付かなかったみたいです。名乗ったらようやくわかってくれて、店の名刺を渡したら『あれ、ウチと同じ名前じゃん』。経緯を説明すると『そんなことあったっけ』と言ってました(笑)」
こちらが名古屋の「フルムーン」
こちらが名古屋の「フルムーン」
店内には大量のウイスキー
店内には大量のウイスキー
4周年の記念タオルを名古屋の師匠に届けたときの写真
4周年の記念タオルを名古屋の師匠に届けたときの写真
「ウチの店が有名になったら連絡が来るかなと思いながら続けてきましたが、まさかこんな形で再会できるとは。感慨深いですね」

いつか名古屋の「満月」も

「満月」を求めて町田のバーを訪れたら、そこには店名と師弟の約束(師は忘れていたが)にまつわるすてきな物語があった。来たる9月27日の「中秋の名月」の夜は、町田と名古屋の方角を向いて月を探したいと思います。ごちそうさまでした。そうだ、名古屋の「満月」も飲みに行かないと。
倉松さんもありがとう
倉松さんもありがとう

<取材協力>
ザ フルムーンバー
東京都町田市原町田4丁目15-11JKビル2F
tel.042-725-5137
営業時間 20:00~5:00(LO.4:30)
定休日 日曜

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