記事制作インターン 2015年9月14日

ラブレター・フォー・ガリ

尊い
尊い
ガリの話をしよう。

ガリと聞いて首をひねる皆様方、ガリとはまぎれもなくお寿司屋さんのガリのことだ。私はガリが好きだ。それはもう病的なまでに。

お寿司屋さんに行くと、ときたまガリの入った容器を空にすることがある。
ガリ・セカンド。呼び出された店員さんは必ずと言っていいほど怪訝な顔をする。

私がはじめてガリに出会ったのは小学生の時、おじいちゃんが買ってきたお寿司にガリは隠れていた。
小さなパックに入ったガリ、今思えばその一口は甘かった。はじまりはいつだって甘いものだ。

今回は新宿の回転寿司のガリを食べ歩いた。
フリーランスのライター。チェーンソーを扱うことができる。かつてインドで車に轢かれた。



いい気分
いい気分
お寿司屋さん以外にガリのひそむ場所を探す。

コンビニにはいない。
牛丼とカレーびいきがすごい
牛丼とカレーびいきがすごい
これはガリではない
これはガリではない

旅立ち

全部しょうが色をしている(気がした)
全部しょうが色をしている(気がした)
人をかわしながら寿司屋を探す。
途中に全然隠れていない隠れ家があった
途中に全然隠れていない隠れ家があった
お寿司屋さんに到着した。
心なしか緊張している
心なしか緊張している
威勢のいい声が私を中へと招き入れる。

席についてうるわしの君と寿司屋のカウンターで邂逅する。

ファーストインプレッション

迫力がある
迫力がある
ガリという名前はガリを食べるときの咀嚼音に由来するという。

ガリガリシャクシャク、口の中で天上の音楽を奏でる。

なめらかな肌に歯を立てる。
最初に来る奥ゆかしい甘み、残響のように残る辛味。しかしその辛味はまるで嫌味たらしくなくさわやかな辛味だ。
それを白湯で洗い流す。
ああ。

これは私の持論だがガリに合うのは寿司でもなくまたお茶でもなく白湯だ。

カウンターに備えられた蛇口から出るお湯である。

白湯でないとダメだ。
お茶ではガリの風味の輪郭をぼやけさせてしまう。
色っぽい
色っぽい
寿司屋はガリを食べるところだ、食べるところだが寿司屋はガリ屋ではないのでお寿司を注文する。

こぼれいくらに決めた。

私の弟はいくらが嫌いだが私は嫌いではない。

こぼれいくらがこぼれちゃっている。

いくらまみれである。
あらららら
あらららら
ふと思いついてこぼれたいくらをガリへと乗せてみた。
いくらの本当の居場所はここなのではないかと錯覚する
いくらの本当の居場所はここなのではないかと錯覚する
蠱惑的な白と激情的な赤のコントラスト、なんともフォトジェニックだ。

タッグを組んだところでいくらとガリの味なので味においては新たな発見はない。

感動している場合ではない。

すべて白湯で洗い流し1軒目の店を後にする。

街を歩く。
これは相当高級なガリだがガリではない
これは相当高級なガリだがガリではない
あ、牛丼屋だ。

トンガリボーイの赤

うなぎの自己主張が激しい
うなぎの自己主張が激しい
先ほどの赤と白のコントラストを覚えているだろうか。

しょうが界隈でも赤と白はしのぎを削る。

紅しょうがの存在は見過ごせない。

並ぶ

店内にも2人ほど待っていた
店内にも2人ほど待っていた
みんな牛丼が大好きなようで店からはみだしていた。

私は今回京都から東京に来たのだが、京都で牛丼に並ぶ光景は見たことないので東京の人は牛丼が大好きなんだと思う。

入店

席につくと卓上にどっしりかまえた紅しょうがの容器がある。
寿司屋の入れ物よりつよそう
寿司屋の入れ物よりつよそう
目にまぶしい彼
目にまぶしい彼
紅しょうがは早駆けの波のように最初にガツンと酸味がきてすばやく消え去っていく。

それに対してガリは後から奥ゆかしい酸味を感じる。

両者同じしょうがとはいえこうも違うのか。

それに紅しょうがはそこはかとなくジャンクだ。

うなぎが食べたかったのでうなぎを注文した。
高い食べものの光り方をしている
高い食べものの光り方をしている
紅しょうがを乗せてみた。
すさまじい違和感
すさまじい違和感
どうだろう、高級の代名詞であるうなぎが一気にジャンクな見た目になってしまったではないか。

後にも先にもうなぎに紅しょうがをのせたのは私だけではないか、という気持ちになる。
ガリonいくら、再び
ガリonいくら、再び
これをご覧いただこう。

ガリが奥ゆかしいのは言うまでもない。

ガリと白湯で膨れたおなかにうなぎをつめこんで牛丼屋を後にする。

次はまた別の寿司屋へ向かう。

いらっしゃいませ

生意気な顔をしている
生意気な顔をしている
入店して、すぐにガリを探す。

あった。
先ほどより色白ではないか
先ほどより色白ではないか
驚くことに1軒目のお寿司屋さんとガリの味が違う。

これには衝撃をうけた。

なんだろう。こっちのが奥ゆかしい。

言葉にするならば先ほどよりなめらかでやわらかでやさしい。

1軒目のガリは辛味がいささかきつかったがこちらのガリはまろやかだ。

長くおつきあいするならこちらのガリだろう。
ガリと白湯がたまらない
ガリと白湯がたまらない
人心地つくとはこのことだ。

ほっとしていると目の前に奇妙なポップが流れてきた。
涙で字がにじんでいるのだろうか
涙で字がにじんでいるのだろうか
好奇心に任せて注文する。

べらぼうに辛いらしい。
もしこれが入ってたらどうしようと頭を抱えた
もしこれが入ってたらどうしようと頭を抱えた
ついに涙の鉄火巻きが姿を現した。
まがまがしい
まがまがしい
板前な店員さんに涙要素はどこかと尋ねるとこのわさびは茎わさびで普通のより辛いから誰しも涙を流すという。

再三大丈夫かと念を押されたが涙なんかそう簡単に出るものではない。
出た
出た
目に涙をためてガリを口に運ぶ。
フライングガリ
フライングガリ
やっぱりガリだ。ガリなのだ。

この奥ゆかしさは何なのだ。
ありがとう
ありがとう
名残惜しさを胸に店を後にする。

帰途につく

見えにくいが27℃
見えにくいが27℃
街の気温は27℃、だが体感温度はそれよりも高いように感じる。
9月だというのにどうしちゃったんだ。

しょうがにはジンゲロールという成分が含まれており身体をあっためてくれるらしい。

この火照りと昂ぶりはしょうがのおかげか。
デパ地下で撮ったしょうが、おしゃれ
デパ地下で撮ったしょうが、おしゃれ
八百屋のしょうが、たくましい
八百屋のしょうが、たくましい
しょうがをじっと見ているとそのでこぼこした形に不器用な母の愛情の片鱗を垣間見ることができないだろうか。

私はあたかも母のぬくもりを感じているような気持ちになり強い母性を感じた。

街はさっきよりきらめいて、何もかもが色鮮やかで、私は感動していた。

風味の他にガリには様々な表情がある。

ふたに張り付いてシート状になったかぴかぴのガリ、容器の底に沈みその身にぐっと汁をまとってすくいあげられるのを待つガリ。

それぞれがまた違う表情を見せそのどれもが味わい深くいとおしい。

ぼんやりとした気持ちに抱きすくめられているとき、ガリは私にとって最高のパートナーである。

夜鳴きそばをすする夜があるならばガリをつまみ白湯をチビチビやる夜があったっていいはずだ。

そう思う。

ガリ・ジュテーム

寿司よりも多くガリを食べた。

今回驚いたのはガリは店によって味が違うということだ。

たった2軒しか回っていないがたしかに味の違いを感じた。

私はこのいとしきガリを特別人にすすめたりはしない。

なぜか、それは私のガリがなくなってしまうからである。

ゆめゆめ真似などなさらぬようお願い申し上げたい。
このあとおなかを下した
このあとおなかを下した
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