さらば平凡人生
のっけから重めのトーンだが、べつに人生に悩んでいるわけではありません。
ただ最近なんだか刺激が少ない。日常にドラマが足りない。
日常のマンネリを打破したい。そんなぼんやりした願望から生まれたのが、こちらのアイテムである。
ドラマティックボードと命名
凡庸な日常のひとコマが
ドラマティックに変身
路肩に停車していた一台のタクシー。ランチに出ているのか運転手の姿は見当たらなかった。いずれにせよ、ふだんは気にも留めない光景である。それが、ボードをかざすと一気にドラマティック全開になった。
「執念の捜査が実り、ついに我々は犯行車両を割り出した」
そんなナレーションが聞こえてきそうな事件性を帯びている。
愛用の手帳も、ものすごい機密事項が書かれてそうな緊迫感を醸し出す。実際は、くそつまらない予定しか書いてありません
漫画の効果として使われる集中線。その集中線の画像をダンボールに貼っただけの簡単な工作だが、その穴の向こうには憧れのドラマティックが広がっていた。
このボードをかざすと、僕の地味な生活もジェットコースターみたいに激しく乱高下するのだ。
たとえば食事。僕は一度おいしいと思ったら、ずっと同じ店に通い続けてしまう。食に対して保守的で、冒険できないのだ。そして、ほどなく飽きてその店には二度と行かなくなる。まるで嫌いになるために通っているようなものである。
そんな切ない思いをすると分かっているのに、最近はまた同じカレー屋に毎日通ってしまっている。
会社の近くにあるカレー屋「トリプルセブン」さん。挑戦的なキャッチコピーも、週4で通っているためもう見慣れてしまった
「トリプルセブン」のカレーはチキンベースと牛肉ベースの二種類。具を牛肉、煮汁をチキンなどと別々にすることもできる。辛さレベルも中辛~鬼辛まで分かれ、好みに合わせて組み合わせられるシステムだ。
せっかく選べるのだから色んなチョイスを楽しめばいいのに、つい「牛肉入り、牛煮汁、中辛」をいつもオーダーしてしまう。最初に食べておいしかったからだ。
皿全体にルーをぶっかけるのが、トリプルセブンの流儀
いつも通りのチョイス。いつも通りの味。おいしさは約束されている。だが、そこにサプライズはない。
それでもボードをかざせば、こうなる。
インドの至宝、50年の集大成! みたいな凄味が出てきた
原価度外視で贅をつくした感じが、カレー全体からほとばしっている。松坂牛とか使ってそうだし、1000時間くらい煮込んだ雰囲気がある。
慣れ親しんだはずのカレーから放たれる圧倒的な特別感。これならいつでも新鮮な気持ちで、いつものカレーと向き合うことができる。
辛うまい
つけあわせのニンジンのピクルスも、至高感が半端ない
完食。なんか偉業を成し遂げたみたいだ
あ、お金が足りない! こんな小さなミスもボード越しだと大事になってしまう。漫画だったらこのあと食い逃げする展開である(近くの銀行で下ろして払いました)
さて、食後に街を散歩してみよう。
いつものようにとぼとぼ歩いていたら、特筆すべきこともない平凡な工事現場に出くわした。
工事してるな、以外の感想が浮かんでこないほど平凡な工事現場
と、とうさん!!
思わずドラマティックなキャプションをつけてしまったが、この人は僕の父さんではない。見ず知らずの背中に生き別れた父を感じてしまうとは驚きだ。
しかし、今さら声をかけても向こうも困るだろう(なぜなら他人だから)
とうさん、息子は元気です!
心の中で叫んでいると、背後にまた懐かしい面影を感じた。
に、にいさん!
今度は生き別れた兄が出てきた。どんだけ波乱万丈なんだ、おれの人生。生き別れすぎである。
かやくご飯食べ放題はふつうにうれしい
うれしさが100倍になった
なんですとー!!
このように休業のお知らせの衝撃度もマックスになる。ちなみに、ここもよく通っていたラーメン屋だったので、実際にこれくらいのショックはある。心中を分かりやすく可視化できて満足だ。
一方、店側の目線に立って眺めてみると「必ず戻ってくるぞ!」 という店主の気迫のようなものを感じる。
いずれにせよ、早期の再開を願うばかりだ。
神ラーメンにも選ばれた名店
ものすごい猛犬が飛び出してきそう
足元にかざすと、うんこ踏んだみたいな緊張感が出てくる
吸い込まれる~
うん、いちいち無駄にテンション高くて疲れるけど、ボード越しの世界は全てがドラマティック。退屈という概念が存在しない。
なんせ、こんな普通すぎる行動だってドラマティックに変換してしまうのだ。
自販機で
ジュースを買う
このどうしようもなく地味な動作が、どうドラマティックになるというのか? ボード越しの筆者目線でご覧ください。
スリー
トゥー
ワン、アクション!
ハードボイルドショートドラマ「荒野の女神」
猛烈な日差しが照り付ける荒野。さまよい続けてもう三日になる。私は耐え難いのどの渇きに悶えていた。
その時だ。真っ赤なアイツが現れたのは…。
真っ赤な自動販売機だー!!! やったー!! うれぴいぃぃぃ!
赤いゼラニウムには「君ありて幸福」という花言葉がある。今の私の心境がまさにそれだ。
幸福のチケットは1枚の銀貨と2枚の銅貨。すかさず赤い女神の喉元に突き立てる。狙いは「純金」という名の砂糖水だ。
なんと、大好きなリアルゴールド(純金)があるー!!
でも、売り切れ!!! がちょーん!
やれやれ、ドSな女神もいたもんだ。
しかし選択肢はひとつではない。焦るんじゃない、俺は喉を潤したいだけなんだ。
今、自分は何を欲しているのか。集中だ。心の声を聞け。熟慮の末、チョイスしたのは
ここは、贅沢アイスココアで決めよう!!
カラカラに乾いた身体に贅沢な甘さが染み渡る。俺は今、どんな金持ちよりも幸せだ。
ふと振り返ると、地平線の向こうに落ちる太陽が、荒野を赤く照らしていた。
集中線というエフェクトをかけて見る世界は、何もかもが異様なほどハイテンションだった。
けっきょくのところ、物事というのは何を見るかではなく、どう見るか。退屈な日常だって、見方次第で心躍る風景に変わるのだ。
そんな教訓を学んだような気がしないでもない、有意義な実験だったと思う。たぶん。
ハードボイルドな文体を意識したつもりが、途中から井之頭五郎が混ざってしまった