フェティッシュの火曜日 2015年11月17日
 

日本一危険な神社に参拝したかった

急な石段から始まる太田山神社の参道は、想像を絶するほどの険しさでした
急な石段から始まる太田山神社の参道は、想像を絶するほどの険しさでした
北海道本島の最西端、久遠郡せたな町の太田集落に「太田山神社」という神社が存在する。

聞いたところによると、その本殿は山の上の岩窟に祀られており、参拝するには急な山道やら岩壁やらを登らなければならず、日本一危険な神社と称されているそうだ。

――ほう、日本一危険な神社とな。そのワイルドでデンジャラスな響きに誘われて行ってみたのだが、実際は想像を遥かに超える過酷さだった。
木村岳人 木村岳人(きむらたけひと)
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。
> 個人サイト 閑古鳥旅行社 Twitter

カブを走らせ北海道本島の最西端へ

今年の9月下旬から10月中旬にかけて、北海道南部と東北地方を旅行した。移動手段はいつものようにカブである(参考記事「カブ旅行のすゝめ」)。

カブは速度こそ出ないものの、圧倒的に燃費が良く、小回りも利く。今回の旅行においても大活躍で、あちらこちらの見どころをつまみ食いするように廻ることができた。

旅行中に訪れたスポットの中でも、太田山神社だけは必ず行こうと最初から決めていた。というか、この神社の存在を知ったからこそ、北海道南西部を旅行しようと思ったといっても過言ではない。
茨城県の大洗からフェリーで苫小牧へ、函館から青森に渡って南下、という行程でした
茨城県の大洗からフェリーで苫小牧へ、函館から青森に渡って南下、という行程でした
地形が面白い室蘭の絵鞆(えとも)半島に始まり――
地形が面白い室蘭の絵鞆(えとも)半島に始まり――
復元された貝塚がカッコ良い北黄金貝塚など、縄文遺跡を見ながら右往左往
復元された貝塚がカッコ良い北黄金貝塚など、縄文遺跡を見ながら右往左往
古い倉庫が建ち並ぶ運河で有名な観光地、小樽にも寄りました
古い倉庫が建ち並ぶ運河で有名な観光地、小樽にも寄りました
個人的なお気に入りは、大正13年(1924年)に建てられた北海製罐(カン)第3倉庫
個人的なお気に入りは、大正13年(1924年)に建てられた北海製罐(カン)第3倉庫
白色のコンクリート壁に、赤茶けた鉄の階段・昇降機が見事に映える
白色のコンクリート壁に、赤茶けた鉄の階段・昇降機が見事に映える
見れば見るほど味がある、鉄筋コンクリート造なのに手仕事感ある佇まいである
見れば見るほど味がある、鉄筋コンクリート造なのに手仕事感ある佇まいである
ちなみに先月の記事に書かせて頂いた余市蒸留所には、小樽からバスで行きました(参考記事「余市蒸留所の異次元っぷりに驚いた」)
ちなみに先月の記事に書かせて頂いた余市蒸留所には、小樽からバスで行きました(参考記事「余市蒸留所の異次元っぷりに驚いた」)
旅行中はあまり天気に恵まれず、北海道に上陸した直後に大型低気圧がやってきたりした。強風に煽られてカブが転倒したり、砕けた荒波のしぶきを被ったりと、まぁ、いろいろあったのだが、切りがないので割愛させて頂く。

そういった悪天候をなんとか乗り越え、大型低気圧の影響がようやく収まりかけた頃、私は太田山神社に辿り着いたのだ。
太田集落へのアクセスは北からと南からの2ルートがある。北ルートは車がすれ違えるかどうか、かなりの狭路であった
太田集落へのアクセスは北からと南からの2ルートがある。北ルートは車がすれ違えるかどうか、かなりの狭路であった
長い長いトンネルを抜けると、山裾に家屋が並ぶ太田集落に到着だ
長い長いトンネルを抜けると、山裾に家屋が並ぶ太田集落に到着だ
太田集落は険しい山々に取り囲まれた場所にある。おそらく道路が整備されるまでは、船が唯一の交通手段だったのでしょうな。

そのような場所に鎮座する太田山神社は、航海の安全を司る守護神として信仰されていたようだ。元々は神が宿る山「オホタカモイ」としてアイヌの人々から崇敬を受けていたことに始まり、室町時代の享徳3年(1454年)には、のちの松前氏の祖にあたる武田信広(たけだのぶひろ)によって太田大権現の尊号が与えられたという。

以降、太田山は蝦夷地最古の修験道霊場として信仰を集めることとなる。江戸時代の寛文年間(1661年〜1672年)には、独特な仏像を彫ることで有名な円空という僧侶がこの地で修行して仏像を刻み、また寛政元年(1789年)には国学者の菅江真澄(すがえますみ)が参拝したという記録が残っている。

明治時代の神仏分離令によって仏教的な要素が取り除かれて神社になったものの、中世由来の由緒ある霊場というワケだ。
太田集落の南端にたたずむ太田山神社の拝殿
太田集落の南端にたたずむ太田山神社の拝殿
そこから望むは――海岸からストーンとそびえる太田山の雄姿
そこから望むは――海岸からストーンとそびえる太田山の雄姿
その山頂近くにぽっかり開いた岩窟の中に――
その山頂近くにぽっかり開いた岩窟の中に――
太田山神社の本殿がひっそりと鎮座する
太田山神社の本殿がひっそりと鎮座する
いやはや、さすがは修験道の霊場なだけあって、とんでもない場所にあるものだ。山自体も傾斜がきつく登るのが大変そうな上、本殿が築かれている岩窟は断崖絶壁にある。

昔の人はこの山を眺めて、「お、あんなところに洞窟あんじゃん。なんだか有難い感じがするからちょっくら登ってみようぜ」などと思ったのだろうか。まったくもって素晴らしい感性と行動力である。

……というか、想像以上にやばそうな感じで既に腰が引けている。いやいや、弱気になるな。昔の人だってあそこまで登れたんだ。同じ人間、やってできないことはない。怖気づく精神をなんとか鼓舞しつつ、太田山の麓へと向かうのであった。
さぁ、いよいよ参拝だ
さぁ、いよいよ参拝だ


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