ん?
なんだアレは?
…………………………草?
それからしばらく日が経つにつれ、周りの日本人の友人たちの間でも続々と目撃情報が飛び交いはじめた。
友人A「あれ何なの?カフェによくいるよね」
友人B「だいたい、中高生が付けてるらしいよ」
友人C「あぁ、ウチ(お店)のスタッフの子が付けてたよ。爆笑したら翌日から付けて来なかったけど」
爆笑してやるなよ、と思ったけど、確かに毎日会う人の頭にある日突然草が生えていたら、私も笑いを堪え切れないかもしれない。相手がどんなにお偉いさんでも、「乗っ取られちゃったんですか!?」と言い放ってしまいそうだ。いや、むしろ、お偉いさんだったらより笑う。
昔、歳が一回り近く上のちょっと威圧感のある先輩がいた。でも、その先輩、クシャミがすごい可愛い。普段は低い声なんだけど、そのときだけハキュン!って可愛い。その瞬間、ヤバイ!と思って下向いて震えるしかなかった新人たち。権威と可愛いは混ぜるな危険。ここまで書いたら俺の身が危険。
韻を踏んでる場合じゃない、草の話に戻ります。
先に正体を書くと、あれは「草の見た目をしたヘアピン」だ。それも中国で大流行だという。日本のテレビでも紹介されたらしいので、ご存知の方もいるかもしれない。それがいよいよベトナムにも下りて来たという訳だ。
取材をしたいが…でも、どこに行けば?
それなら、中高生がよく付けているので、夜のグエンフエ通りがいいと思いますよ。そう教えてくれたのは、ストリートフードの取材でも同行してくれたユエンさん。彼女と、夕方5時に現地で待ち合わせることになった。
グエンフエ通りはホーチミンの渋谷センター街
この通りは普段から歩行者天国として開放されているが、夕方以降の涼しい時間帯になるととくに多くの若者たちであふれ返る。さしずめ、「ホーチミンの渋谷センター街」という訳です。
今年の春に路面をリニューアルしたばかり。
ホーチミンで最も高いビルがあると思いきや、
フランス領だったホーチミンらしくもある建物や、
古い雑居ビルなどもある。
最近このような雑居ビルのリノベーションが流行りで、古めかしい階段を上ってドアを開けたらお洒落なカフェやブティックです、というパターンがふえている。なかなか乙なスポットだと思うので、観光に来る方は是非。
日本のODAと建設会社によって地下鉄工事進行中。
建国の父、ホー・チ・ミン像と、市人民委員会庁舎。
ユエンさんと合流。手がシュッ!となっていますが、この直後に私の額に手裏剣は刺さっておりません。
私「ちょっと歩いてみたけど、草いないねー」
ユエンさん「うーん、そうですねー」
そう、まだ時間が早いのか、どこにも草人を見かけないのだ。でも、草人はいなくても、草(ヘア)ピンは売られているかもしれないぞ。そして、草ピン売り現れるところに草人あり、魚市場に魚屋が現れる理屈と同じだ。そんな理屈は今はじめて言ったけどな。
ということで、道端にいる行商に聞いてみよう。
行商はこんな感じでちょくちょくいる。このおばあちゃんは「買え買え」言うばかりで会話が成立しなかった。
私「お兄ちゃん、草ピン売ってる?」
お兄ちゃん「まだ早いよ!7時か8時に売りに来てるね」
有力情報ゲット!
しかし、やはり、くそー、早く来すぎたか。
全然関係ないけど、お兄ちゃんが売っていたドラえもんとは表現しがたいシャボン玉銃。
草ピン売りを待つことに…すると奇跡の再会が!?
7時まで、近くのカフェで待機。
最近流行りの抹茶シェイクを飲みつつ、
これも最近流行りのバインミークエ(レバーペーストを挟んだスナックパン)を食べつつ。
手前の女の子たちが煙草をスパスパと吸っていた。
実はこの子たちに対しては結構衝撃を受けました。というのも、四年いて煙草を吸っている若い女性って初めて見たんですよ。クラブとか行くところに行けば多いのかもしれないけど、今までおばちゃんくらいしか見なかったもので。ベトナムも(というか今はホーチミンか)余裕ができていってんだなーと思いました。
で、
よーし、7時になったので再開だ!
この頃から噴水がはじまる、仕切りがないから近い近い。
ユエンさん「あれ、ネルソンさん!前の!」
私「前の??」
あっ…君はあのときの!
子役ボーイ!!
子役ボーイはこの完璧なウィンクから勝手に名づけた名前だが、彼はストリートフードを取材したときに会った少年!そうか、おんぶ紐からベビーカーに変わったんだな。大きくなったねぇ。
あ、ということは…。
マンゴー売りのお母さんもいました。
前回は教会周辺にいたが、夜になると人が少なくなるのでこちらに移動しているとのこと。昼から夜まで大変。
それはそうと、いまだにホシ(草ピン売り)は現れない。
頭から羽根を生やした、
謎のインディアンならいるんだけどなぁ。
というか、あんたマジで何者だ。
見たところ50~60代の欧米人の方で、服が上下スエード素材で完全にインディアンだった。この姿で世界中を旅してるのだろうか。この人の半生を聞いても企画が一本できそうな気がするが、今回は草ピンなのでパス。何より反応が予想できない、最悪はブーメランを投げられる。
そんなとき、行商のお兄ちゃんの妹と思われる少女が駆け寄って来た。「来てるよ、草ピン!」「何ー!?」
ついに出会えた! 草ピン売り
少女が指差す方へ駆け付けると…いたーっ!!
売ってる売ってる!
売れてる売れてる!!
草人誕生の瞬間に立ち会えた…感動だ!
私「はじめて買ったの?」
二人「そう、はじめて」
私「なんで買ったの?」
二人「かわいいから!」
私「だよね(同調)」
カップルも!
草人として生まれ変わった…!
私「はじめて買ったの?」
二人「そう、はじめて」
私「なんで買ったの?」
二人「かわいいから!」
私「だよね(同調)」
うん、はじめて買う人に聞いたところで答えは同じだな。売っている人たちに話を聞いてみよう。
私「ちょっと話を聞かせてもらってもいい?」
売り子「あ、私の仲間たちもいるからみんなで」
私「え?」
仲間いっぱいいたー!!
みんなにも草ピンを付けてもらいました。
草ピンは、ベトナムで独自の進化を遂げていた!
聞きたいことはたくさんある!
私「一個いくら?」
売り子「1万ドン(55円程度)」
おっ、お手頃価格だなー。
私「一日何個売れるの?」
売り子「平日は20個、週末は50個くらい。ただ今日は、すぐにあなたたちが来てくれたからもう十分そう笑」
我々、図らずもサクラになってたのね…。
私「これ、いつから売ってるの?」
売り子「ハロウィンの一週間前かな」
私「その前から何か売ってたの?」
売り子「このストリートでオモチャを。でも、公安に没収されちゃうと痛いのよ。だけどこれ(草ピン)は自分たちでも作れちゃうから、安上がりなのよね」
あ…あぁ~、なるほどね!
実は、このグエンフエ通りでは、同じ場所にとどまって物を売ってはいけない。もっと言えば、都市部ならほとんどの場所で禁止されていることなのだけど、ベトナムは路上屋台文化が定着しているために強引に撤去はされないという、何ともふしぎな状況になっているのだ。
とはいえ、常に公安(警察)から売り物を没収されるリスクはある。だから彼女たちは、流行に乗る形で薄利多売に切り替えた。そして今、結果的に流行の後押しをしている。
私「って、ん?自分たちでも作るって言った?」
売り子「そう!草だけのやつは中国から仕入れたんだけど…果物や花が付いてるものもあるでしょ?」
軽くみつくろっても300個はありそう。
私「うん、3/4くらいはそうだね」
売り子「これらは私達でカスタマイズしたものなのよ」
私「へー!」
私「と、いうより君たち何者?」
売り子「私達?大学生よ」
私「えっらいクリエイティブな小遣い稼ぎだなぁ」
売り子「そうでもないよ」
私「お客さんでリピーターっているの?」
売り子「いるよ!全種類買ったら来ないけど笑」
私「まぁそりゃそうだけど…それって強者だな笑」
ということで、俺も付けてみた。
ユエンさん「フッ…ネルソッ…アッハハハハハ!!」
いやあんたも生えてっからしかもキノコが!!
ユエンさん「上から撮った方が分かりやすいかも」
私「あ、そう?」
確かに(頭皮については何も言わないでください!!)
私「ちょっと自分でも撮ってみるわ」
(頭皮については何も言わないでください!!)
頭に何かが生えてるとおもしろい
これは最高のコミュニケーションツールだと思った。付けるだけでいい感じにバカっぽく見え、勝手に笑いが生まれる。この感じ、何か知ってると思い返したら、おそ松くんの「ハタ坊」が浮かんできた。そうだ、そうだ、頭に日の丸の旗を刺しているタレ目の少年だ。あの感じ。
多分、頭に何でも置いてみたからって笑える訳じゃない。物を運ぶインドの人みたいにツボを置いたって、ウィリアム・テルのエピソードみたいにリンゴを置いたって、別に笑えはしない。なら何故…と考えて気が付いた。生えちゃってるのに普通、っていうところが笑えるんじゃないか。旗が刺さってるもそうだし、ギャグ漫画で包丁が刺さっているという表現もある。頭はただごとじゃないのに顔は普通、黒柳徹子もレディーガガもなんとなく同じベクトルにいそうな気がした。まさか草ピンからこの二人につながろうとは。