本物のシュトーレンは甘い
ドイツにはシュトーレンというパンが…という知ったような書き出しをしてみたが、実は単に何かの本で読んだ知識であって、そういやシュトーレンを食べたことがない。
ちなみにWikipediaで「シュトーレン」を検索すると、
生地にはドライフルーツやナッツが練りこまれており、表面には砂糖がまぶされている。ドイツでは、クリスマスを待つアドベントの間、少しずつスライスして食べる習慣がある。フルーツの風味などが日ごとにパンへ移っていくため、「今日よりも明日、明日よりもあさってと、クリスマス当日がだんだん待ち遠しくなる」とされる。
と説明されている。
なるほど、まずお正月に食べて、あとは松の内に残りをちびちび食べ続けるおせち料理の逆転版みたいなものか。
ちなみに別で調べたドイツパンのレシピ本には、焼き上がった表面にラム酒をたっぷり塗る、などの記述もあった。
近所のパン屋でもしれっと焼いて売ってる。
で、そんなものが日本で売ってるのかというと、実は町のパン屋さんなんかでも12月になると結構ふつうに焼いているのだ。
とりあえず買ってきた、シュトーレン。
切ってみると、確かに中はドライフルーツやナッツがたっぷり入っている。
パウンドケーキとどう違うのかとか、その辺はよくわからない。
わりとみっしり詰まってる。
かなり甘いけど、なかなかおいしい。
周りに砂糖がみちっとついているので、一口目はとにかくヌワーッと甘い。
が、パン自体はドライフルーツやらナッツのいろんな味がして、むしろおいしい。
そしてこれがクリスマスに近づくにつれて、さらに熟成して旨くなる、という代物らしい。
なるほど。なかなかやるものだな、シュトーレン。
…そういや冷蔵庫に、酒盗あったな。
和の心、総菜パンの心で作る酒盗レン(シュトウレン)
で、冒頭のダジャレに行き着く次第である。
塩辛のたぐいが好きなものでたまに酒盗(カツオの内臓の塩辛)も買ったりするのだが、その酒盗でシュトーレンを作ったら酒盗レンじゃないか。
幸いにも妻が持っていたレシピ本にシュトーレンの作り方が載っていたので、その通りの分量で生地をこねる。
面倒な作業は全部ホームベーカリーがやる。ホームベーカリー偉いな。
で、実は最初に試作として粉の段階から酒盗を入れて練り込んでみたのだが、その後まったく生地の発酵が進まず、焼いたら堅くてぼそぼその酒盗レンになってしまった。
イースト菌と酒盗の発酵酵素がケンカしたのか、もしくはなにか別の何かか、原因はわからない。
ともかく、今回はTake2ということで、まず生地を練って発酵させてから酒盗を混ぜ込む方式に変えてみた。
このままご飯と食べたい。しかしお前はパンになるのだ。
生地を練っているあいだに、酒盗をザルにあけて少し水切りをしておく。
この時点でできれば熱いご飯にのせてモグリといきたいところだが、しかしこいつらは今からパンになるのである。
まさかカツオも自分の内臓が塩辛にされて、あまつさえダジャレのためにパンに焼き込まれるとは想像もしていなかっただろう。
まぁ、そんな生き方もあるということだ、カツオ。
とてもパンを焼く現場とは思えない生臭さが。
カツオの気持ちを考慮しているうちに生地の一次発酵も終わったので、いよいよ練り込みである。
パンを焼くとなると、普通はバターや小麦粉のにおいがするものだろうが、今はとにかく塩辛のあの生臭いにおいがするだけ。
もしかしたらジャムかなにかに見えるかもしれないが、それは錯覚だ。
もちろんパン生地に酒盗を練り込む適量なんかクックパッドにも出ていない。
あくまで見た目で「こんなもんか」という量を入れてこねてみる。
雰囲気的には煮物のねじりこんにゃくに近い。
練り込んだ生地を延ばしたら、切れ目をいれてそこからねじるのがシュトーレンの成形法らしい。
で、実は練り込んでいる間からぼちぼち感じていたのだが、どうも生地が柔らかすぎる。酒盗の水切りが足りなかったのではないか。
生地が必要以上の水分を与えられて、どんどんでれーんとなっていくのだ。
柔らかすぎる生地と、ねじった部分から次々と溢れてくる酒盗。生臭さに加えて敗着の香りがしだす。
やばい。酒盗入れすぎたんじゃないか。これ、焼けるのか。
まぁいい、焼いたら多分、どうにかなるだろう。
徐々にシュトーレン化していく酒盗レン
オーブンの火力に必要以上の期待をこめつつ、焼成に入る。
正しくは「これ以上見てたら心が折れそうな気がしたから、オーブンに入れてしばらく見ないふりをした」のだが。
無事に焼けろ、酒盗レン!
オーブンで焼くこと約40分。
焼く前は単に生臭いだけだったのに、次第にしょっぱくて香ばしい、わりと食欲をそそる匂いになってきた。
天板やパンの表面では、生地からあふれた塩辛汁が焦げているのが見える。
見た目は地獄っぽいが、においは悪くないぞ。
案の定、水分が多すぎたのか、膨らみきらず平たいパンになってしまった。
しかし、ちゃんと焼けてはいる。オーブンはせいいっぱいの仕事をしてくれたと思う。
あとはもう人間が手作業でシュトーレンにするべく頑張るしかない。
このサイズのパンに約半合の日本酒を染み込ませる。
シュトーレンは焼き上がった表面にラム酒を塗って染み込ませる、とレシピにある。
和風である酒盗レンは、やはり日本酒を塗るのが正解だろう。
「これを肴にすると、酒を盗んでても飲みたくなる」というのが「酒盗」の由来と聞く。
初手から酒を表面に塗って染み込ませておくのは、酒盗サイドからのサービスとしてはなかなか適正だと思う。
最後に粉砂糖を全面にたっぷりまぶして完成するのが正調のシュトーレンなのだが、しょっぱい酒盗レンに粉砂糖はあんまりすぎる。
かといって塩をまぶすのではあきらかに塩分過多だ。
餅とり粉をまぶしたことでシュトーレンらしさをアップさせた酒盗レン。
「ハッピーターンの粉はどうか」「酢昆布の表面の粉は入手できないか」などあれこれ考えてみたが、最終的には塩分を抑えて全体の味に影響しない白い粉、という条件で、餅とり粉(コーンスターチ)に落ち着いた。
うん、レシピ本の本物と見比べても、わりと似てる!
これで、甘いの苦手な人向けのクリスマス食べ物『酒盗レン』は完成である。
形はやや平たくなったが、粉で外見を寄せていった甲斐もあり、見た目はほぼ類似のパンになったと思う。
問題は、味だ。
食べてみよう。
酒盗味だ、酒盗レン
まずカットしてみた第一印象は、「あれ、酒盗少ない」だ。
あれ。
生地に練り込んだ時は「酒盗入れすぎた!」と焦ったのだが、こうやって見るといささか物足りない。
中の赤茶色いのが酒盗。パンがとてつもなく塩辛くさい。
そして、切ると同時にうぁーーーっと周囲に広がる、生臭さ。
見た目は物足りないが、酒盗が酒盗レンの生地全体になんらかの仕事をしたのが分かる。
可視化とか均質化みたいな言い方をするとしたら、生臭化である。
作った以上は、試食も義務化。
正味の話、これ食べて次の瞬間に「美味しい!」みたいなリアクションが取れる予感はしない。
であれば、食べ物系の記事としては「うーん、悪くないけど好みが分かれるかな」みたいな表情で写真に収まるのがせいいっぱいの着地点だろう。
着地、失敗した。
あー。だめだ。これ美味しくない。
塩辛はかなり好きだが、それでもこの口全体に広がる「生臭さを含んだ塩辛味のパン」はちょっときつい。
これをクリスマスまで食べ続けるのは、できれば勘弁して欲しい。
ただ、表面に酒盗が溢れてカリカリに焼き上がった皮部分に限って言えば、香ばしくしょっぱくて、旨味もあり、かじってる間に日本酒の風味もふわっとして、非常に美味しい。
できればこの皮だけを食べたいぐらいである。
しかしいくら皮だけが美味くても、酒盗レン全体としてみれば失敗したと言わざるを得ない。
でも、まだ大丈夫。それぐらいはダジャレを考えた時から織り込み済みだ。
酒盗が駄目な場合の保険として、酒肴を用意しておいたのだ。
酒の肴と書いて、酒肴(しゅこう)だ。
ミックスナッツ、チーズ鱈、カルパス。酒肴三種の神器を揃えた。
負ける気がしない酒肴レン作り
正直、酒盗レンは最初からかなりギャンブル性の高い挑戦だと考えていた。
生臭そうだし。
そこでプランBとして準備していたのが、酒肴レンである。
生臭くないから安心。
まずカルパスで全体に旨味と塩気を出し、ミックスナッツでカリッとした歯応えも楽しめる。さらにチーズ鱈のチーズが焼いてる間に溶け出して中に広がる。
負ける要素、ゼロだ。
飛び出した酒肴がすでに旨そう。
準備した酒肴を刻んだら、酒盗レンと同様に発酵した生地に練り込み、切り込みを入れてねじる。
焼き上がりもふわっと高さが出た。
焼成も特に問題なく、美味しそうに焼き上がった。
作っている方も、こんなの勝利を約束されすぎてて逆に面白くないなー、ぐらいの感情で
やっているので感動が薄い。
ほら、絶対おいしいやつですよ。
塩気多めのパン生地に、間違いない酒肴の三種盛り。
予想通り、チーズ鱈のチーズも良い感じに溶け出して旨そうだ。
ははは、うめぇな。ははははは。これうめぇ。
かじる場所でいちいち味が違うのが、すごく面白い。
カルパスの周辺はパン自体に肉の旨味が出て、そこにナッツのコリコリが入るとまた旨い。あと、チーズしか期待していなかったチーズ鱈の鱈が、サクサクして予想外にいい。
要するに、酒肴レンはどこを食べても間違いないのだ。
酒盗レンと酒肴レンを振る舞おう
酒盗レンと酒肴レンを作った翌日の夜は、デイリーポータルの企画会議が行われることになっていた。
せっかくなので、持っていってみんなに食べてもらおう。
酒のつまみだし、ということでお酒も持参した。
「で、シュトーレンにひっかけて、酒盗を入れた酒盗レンというのを作りました」
「へぇー」
「残念ながら生臭くて、駄目でした」
「(ザワッ)」
「生臭い」「駄目だった」という情報に少しざわつく一同。
こういう試食は、だいたい「やってみたら意外と美味しかったので、食べてリアクションしてほしい」という時に持ち込むものだ。
「まずいから食べてリアクションしろ」というのは、ちょっとした暴力に近いと思う。
そこは皆さんには申し訳ないが、そのフォローのために酒肴レンも焼いてあるのだ。
まずは酒盗レンから食べていただきたい。
「なんだ、まずくないですよ」
林「きだてさんがさんざん言うから、どれだけまずいんだと思ってたけど…いけますよ」
あれ。なんか思ってたリアクションと違うぞ。
安藤「確かにちょっと生臭いけど、ちゃんと旨いですよ」
ネッシー「わたし、この匂いけっこう好きです」
この後、酒盗レンの匂いをずっと嗅ぎつつけたライターのネッシーさん。
慌てて僕も食べてみたが、昨日の焼きたて時にあれほど猛威をふるった生臭さがしっとり落ち着き、ちゃんと食べられるレベルになっている!
パンの中にあるバターの風味と酒盗の旨味の部分が上手に馴染んだ、深い味がするのだ。
本物のシュトーレンは、焼きたてよりも、生地と具材がこなれるまで数日置いた方がうまいと聞く。
なんと酒盗レンも同様に、時間をおいて酒盗が馴染んだタイミングで食べるのがベストだったのか。
藤原「酒盗とパンの匂いの組み合わせって、明太フランスっぽいですね」
編集藤原くんの意見に、みんなうなずく。
なるほど。言われてみれば確かにそんな気もする。
同じ魚介だからか、二日目の酒盗レンは明太フランスっぽい匂いと味だ。
「こっちも旨いけど、普通」「普通ですね」
焼きたてから24時間以上置いたおかげで味と匂いが馴染んだ酒盗レンに対して、酒肴レンはほぼ変わらず。
林「普通に総菜パンみたいな感じ」
藤原「美味しいけど、ああ、普通にパンだな、って思います」
焼きたて酒盗レンのインパクトが強すぎて、僕個人が次の酒肴レンを良く捉えすぎてしまったのか。
個人的には「安定の美味」という評価をしたい。
全員一致で酒盗レンを推す面々。
「どっちが旨いか」という質問に対しては、その場にいた全員が酒盗レンを指差すという意外な結果となった。
もしこの記事を読んで「酒盗レンを作ろう」と考えた方がいたとしたら、ひとまず焼きたては放置して、二日目以降に食べての評価をお願いしたい。
で、いま作ってからちょうど1週間の酒盗レンを食べているのだが、これがあきらかに二日目よりも旨い。
塩気と生臭さのトゲが無くなり、非常に優しい風味になっている。
ちょっと風邪をひいて胃が荒れてる時でも食べられるぐらいの、じんわりした優しい味。
今後は本場のシュトーレンに倣い、12月初旬に酒盗レンを作ったら、クリスマス頃までじっくり待ってから食べることにしよう。