特集 2016年3月6日

書き出し小説大賞・第93回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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今日の昼、焼きそばをつくってから、紅ショウガを切らしていたことに気づいた。コンビニまで買いに行くべきか、そのままナシで我慢するか、結局そのまま食ってしまったが、おそらく今年に入って、いちばん悩んだ案件であった。それでは今回もめくるめく書き出しの世界へご案内しよう。

書き出し自由部門

引力を使い果たした祖父は宙に浮いている。
義ん母
五の倍数に対してすら素直になれない日もある。
えむ毛
泡立った飲み物は、不当に美味いと言われがちだ。
prefab
そろりと日本刀を渡った。
ビールおかわり
うたた寝の寝返りうてば梅が咲く。
流し目髑髏
手に塗ったボンドが乾くまで、あと10分ほどだろうか。
あいうぉん
流せずに積み重ねた。
TOKUNAGA
親方は高いビルの足場から、ニッカポッカを広げてムササビのように山本食堂めがけて飛び立った。
伊勢崎おかめ
運命の人は料金所にいたのに、わたしの車にはETCがついていた。
Mch
競歩でしか味わえない達成感がある。
茂具田
萌え袖でぶりっこした帰り道、忌み袖でべべっごした。
松っこ
乾いたままの水着入れが夕方宙に浮いた。
井沢
父は本体に強くコードを巻いた。
まじいい
夕空のグラデーションに、ミキサー車のシルエット。
紀野珍
ガサゴソと音がするので天袋を覗くと、無くした筈のアロハシャツが卑屈に丸まっていた。
尻炉
サソリだけ先に届いて、入れ物がない。
大伴
釈放後、同じ広さの部屋を借りた。
ウチボリ
投げ捨てられたフィギュアは、背泳ぎで流れて行った。
チチカステナン号
誰もいない夜の市民プールで肉食獣は優雅に泳いでいる。
プレミアムバザー高田
上陸した猫は、各地に深い爪痕を残していった。
タクタクさん
義ん母氏「引力を~」この場合、引力は寿命にも置き換えられる、とすれば命とは魂を地上につなぐ力なのだろうか。えむ毛氏「五の倍数~」思えば九九を覚えるときも五の段は安心のインタールードだった。流し目髑髏氏「うたた寝~」書き出しというよりも粋な小唄のようだ。あいうぉん氏「手に塗った~」だろうか。と問われても、でしょうね。としか答えられない完結感。茂具田氏「競歩でしか~」でなければ競歩という競技の存在理由がない。納得。松っこ氏「萌え袖~」萌え袖とは余った袖で手の甲を覆うあのスタイル、では忌み袖とは? さらにべべっごとは? 読者の妄想を刺激する秀逸な造語。個人的にはさらに袖を伸ばし、幽霊のように前に垂らすポーズが浮かびました。まじいい氏「父は本体~」本体にコードを巻いた。このシンプルな日常行為に「父は」と「強く」を加えるだけでこれだけ含みのある場面が立ち上がるとは。すごい。紀野珍氏「夕空の~」で切り取られた情景も同じく、すごい。大伴氏「サソリだけ~」なんだか分からないが、すごい。今回もすごい作品が集まりました。

続いては規定部門。今回のモチーフは「二人称」であった。なんなんだそのテーマはと戸惑いながら、あなたは画面をスクロールする。

規定部門・モチーフ「二人称」

「夢の外では、はじめまして」そう挨拶されて、あなたは戸惑う。
紀野珍
生きて腸まで届いたのは君だけだ。
TOKUNAGA
あなたの後頭部については私の方が詳しい。
ウチボリ
「ぜんぶ君のためじゃないか」そう言ったきりあなたは黙ってカニ食べてるし。
空想庭園
あなたが育った猿山はもう無くなってしまったの。
くのゐち
三歳児のあなたが、マイナス一歳の僕を撫でた。
偶数の指達
お宅、隣人としてはプロだったよ。
井沢
貴女はリカちゃんで、いま私の前にいる。
紀野珍
勘違いするなよ、俺が、おまえを、読むんだ。
suzukishika
これは、君自身がベッキーとなって再び人気タレントに返り咲いていく物語だ。
たこフェリー
あなたは奈落の底に落ちかけている。靴も脱げている。
プレミアムバザー高田
春の訪れとともに下水道の匂いを携え、お前はこの街にやって来た。
菅原 aka $UZY
君はどうせ「オーロラ見てみたい」とか言うんだろう。
大伴
先に輪ゴムを飛ばしてきたのは、あなたの方じゃないですか!
えむ毛
おまえのジャージはかあさん、重宝してますよ。
xissa
君の髪型は間違っている。
正夢の3人目
あなたの腿は、ローキックを受けすぎてパンパンに腫れ上がっている。
いちる
この文章が読めていたら返事をして下さい。私に分かるように。
chocoxina
あなたが灰皿がわりにしたので、煙草の浮いている食べかけのカップラーメンの容器だけが、部屋に残っている。
ねもっ血風クン
お前を奴隷にもらう前に言っておきたい事がある。
菅原 aka $UZY
来週、北欧メタルの話をしませんか。
まじいい
あなたは空を飛んでもいいし、彼女にキスをしてもいい。しかしあなたの背中に翼は生えていないし、あなたの顔は……とにかく、何をしてもいい。
BObeMAN
読者様、終点です!
東ことり
二人称は強制的に、あなたを物語の主人公にする。あなたはまるで催眠術師の餌食のように、あるいは不良に絡まれた優等生のように、作者の指示どおり操られる。夢の中から現れた相手に、あなたは戸惑う。生きて腸まで届き、無責任な男になって蟹を食べ、三歳児の姉になり、腹の中の弟を撫でる。ベッキーになって返り咲く。命を落としかけ、額面どおりの女子を演じ、輪ゴムを飛ばしたことを責められる。気がつけば肘がローキックでパンパンに腫れ上がっている。吸い殻を残して去る。奴隷になる前に、さだまさし風の諸注意を受ける。ようやく何をしてもいいと解放されたあなたは、最終電車の終点で目が覚める。書き出しだけの二人称、赤の他人に従う快感に、あなたは満更でもない。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
ライバル
ライバルは物語に不可欠な要素である。魅力的なライバルは主人公を引き立てる、どころか、それを上回る人気を得ることすらある。とくにマンガの世界では力石、ラオウ、シャアなど枚挙にいとまがない。またなにを競うかによってもアイデアが広がるだろう。スポーツ、勉強、出世、善と悪……そしてもちろん恋のライバル。登場だけで主人公を食うような、そんなライバルに期待したい。

締め切りは3月18日正午、発表は3月20日を予定している。下の投稿フォームから自由、規定を選択して送って欲しい。力作待ってます!
最終選考通過者
哲ロマ/小夜子/津森すあま/よし乃屋/嶋夏子/片品みもざ/カントーン/グズ島/ロシ/ぬけさく/ヘリコプター/ふじーよしたか/もんぜん/もだの/てんやもん太郎//アルピニスト卑弥呼/
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