フェティッシュの火曜日 2016年4月5日
 

5センチの苗木から桜を育てる

桜の赤ちゃんを手に入れた
桜の赤ちゃんを手に入れた
桜の季節がやって来た。今年もきっと花見のタイミングに恵まれないと思うが、先日、小さな桜の苗木と偶然出会った。桜の赤ちゃんみたいなやつだ。思わず買ってしまったのだが、育てるには色々と大変なことが後からわかってきた。
1970年神奈川県生まれ。デザイン、執筆、映像制作など各種コンテンツ制作に携わる。「どうしたら毎日をご機嫌に過ごせるか」を日々検討中。

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苗木との出会い

これから桜を苗木から育てる方法について書きたいと思う。育てると言っても、花を咲かせるまで少なくても3年以上はかかるという。秒単位でタイムラインが更新されていくインターネットの世界で、そんな長期スパンのノウハウを書くのはどうかと思う。でも、仕方ない。小さな桜の苗木に心を惹かれてしまったのだから。

その苗木との出会いは、大江戸線麻布十番駅の出口を出てすぐの場所にある十番稲荷神社だった。鳥居の横に立派な桜の木が1本立っている。
十番稲荷神社
十番稲荷神社
立派な桜が
立派な桜が
ほぼ満開の桜の木を見上げいい気分になったので、鳥居をくぐり参道の階段を上って本殿の前に立った。御賽銭は少し奮発して100円玉を入れた。100円以上の良い事がありますようにとお願いした後、ふと足元を見ると目に入ってきたのが桜の苗木だった。大、中、小、という_3つのバリエーションで販売しているらしい。
本殿の前に
本殿の前に
桜の苗木、大・中・小
桜の苗木、大・中・小
1000円、500円、300円
1000円、500円、300円
3つのバリエーションのうち、断然300円の「ポット苗付」に心を奪われた。苗木と呼ぶにはあまりにも小さい、こんな状態から桜を育てられるなんて知らなかった。しかし、樹齢千年を超えるような桜だって最初はこういう小さな苗から始まっているはずだし、考えてみればそれは当然のことでもある。

「桜は鉢植えでも育てられます」

と書いてある。

そうなのか! だったらマンションのベランダでもイケるということか。反射的に300円の「ポット苗付」を手に取り社務所に向かった。この小さな桜苗が俺を呼んでいる。そんな心理状態であった。
社務所でお会計
社務所でお会計
社務所で苗木の料金300円を支払うと、肌守と育て方のマニュアルがオマケについてきた。
肌守とマニュアルがついてきた
肌守とマニュアルがついてきた

育て方マニュアル

神社でもらった「桜の育て方」というペライチの紙には、「鉢植えの場合」と「庭植えの場合」という2通りの育て方が書いてあった。ベランダで育てようと思っているので、「鉢植えの場合」の項目を参照する。書かれていた内容を以下に写す。
鉢の大きさ:五〜八号鉢
用土:赤玉土に腐葉土をまぜたもの
植え替え:二月頃(三年に一度程度)
置き場所:日当たりの良い場所
肥料:寒肥(一月下旬)、お礼肥(花後)、追肥(八月下旬)
剪定:十二月下旬〜二月
水やり:春(やや多め)、夏(一日に一、二回程度)
    秋(やや控えめ)、冬(月に二回程度)
神社でもらったマニュアルだからだろうか。なんとなく文体がおみくじっぽい。

そして、この情報だけで本当に僕のベランダに桜の花が咲くようになるのだろうか? マニュアルは次の一文で締められている。

「より詳しい育て方は園芸書等をご参照ください」

最後に突き放されたような気持ちである。
事務所にやって来た桜苗
事務所にやって来た桜苗
さてと、これからこれをどうしたものか。

弱っているのでは?

事務所に持ち帰った桜苗を前に、ふと気付いた。

「俺は気持ちが弱っているのではないか」

1月の末に交通事故に遭い、2月は入院生活。退院してペースをつかめないままの3月、気づくと桜が咲き始めている。そんな時期に僕の目の前に現れた小さな桜苗。

弱っているから、桜苗に呼ばれたのかもしれない。

きっかけはそうであっても、僕には新しい夢ができた。この苗木を育てて桜の花を咲かせたい。コブクロ風に言うならば、「咲く、LOVE」な時を目指して。

しかし、この桜苗。本当に木になるのだろうか? サイズを測ってみると高さ5センチ、葉っぱの長さは3センチしかない。
これが木になるイメージが湧かない
これが木になるイメージが湧かない

植木屋さんとの出会い

これから桜苗を育てるにあたり、気になる点が2点ある。

・この小さな苗から本当に花が咲くまで育つのか?
・育ったとして、ベランダでは手に負えなくなるのでは?

神社で配布されたマニュアルだけではこの疑問を解決できない。プロの意見が欲しい。近くに植木屋さんはいないだろうか。

ネット検索をすると、「麻布十番で長年飲み歩いている植木屋さんの独り言」というブログを発見した。ブログのタイトルからして仲良くなれそうな気がする。早速連絡を取ってみた。
早速ブログ主と会えた。植木屋の下原さん
早速ブログ主と会えた。植木屋の下原さん
すると、早速お会いすることができた。御田(みた)造園の代表で一級造園施工管理技士の下原さんだ。桜の苗の育て方について教えてください、といういきなりで乱暴なお願いを二つ返事で引き受けてくれて、神社の近くの喫茶店で待ち合わせをした。

下原さんは港区を中心に一般家庭やマンションの造園を請け負っていて、そのキャリアは30年以上。ベテランの植木屋さんである。

まず、植木屋さんを始めたきっかけをお伺いした。


――お仕事は最初から植木屋さんを?

下原さん「若い時に職業安定所に行って適正テストを受けたら、なぜか植木屋さんが適正ということになって、それで大手の造園業者に就職したんだよ」

――え? 適正テストで?

下原さん「そう。その流れで17年勤めて、会社の業績が悪くなってきたから、潰れる前に自分でやろうと独立して」
下原さんのお仕事 Before
下原さんのお仕事 Before
下原さんのお仕事 After
下原さんのお仕事 After
――独立してから何年ですか?

下原さん「もう、15年かな。起業当時はこの辺りにビラとか配ったけど、1件も発注がなくて」

――どうしたんですか?

下原さん「この辺で飲み歩いて、パッと名刺渡しておくと覚えていてくれて」

――この辺りはお金持ちが多そうですしね。

下原さん「そう。そういう人がまた違うお友達を紹介してくれたりして」

――だからブログのタイトルが?

下原さん「あのブログを読んだんだよね? あのブログを読んでる人がいるなんて」

――面白かったですよ。

下原さん「そうかね。まぁ、結構バカにならないんだよ。この辺で飲み歩くのは。営業になるから」
下原さんのお仕事 Before
下原さんのお仕事 Before
下原さんのお仕事 After
下原さんのお仕事 After
下原さん「お客さんの中には●●●さんもいるよ」

――え? あの●●●さんですか!

誰もが知っている大物俳優の●●●さんも下原さんの顧客らしい。

――怖そうですけど…

下原さん「全然そんなことないよ。すごく誠実な人。俺とは飲み友達でもあるんだ」

――それは凄い!

下原さん「そういえば、●●●さんの家の庭に桜の木が2本あるよ。今、俺が面倒みてる庭で桜があるのは●●●さんの庭だけ」

話の流れが自然に桜にやって来た。よし、ここで僕の桜苗を見てもらおう。
これなんですが
これなんですが

植木屋さんの見解

僕の桜苗を見て、下原さんの表情が固まった。

下原さん「え? こんなに小さいの? 苗木っていうから、てっきり1、2メートルはあると思ってたよ」

――小さ過ぎますか?

下原さん「俺たち植木屋は、そんなに小さい苗木を見たことないね。どこで買ったの?」

――そこの神社です。

下原さん「神社? へぇー、そういうの売ってるんだ。まぁ、お花屋さんの発想だろうね。そういうのを売るっていうのは」

――というのは?

下原さん「植木屋は将来を見据えて庭を作るから。お花屋さんっていうか園芸系は今が綺麗だったらいい訳でしょ」

――なるほど。ということは、この苗木は将来を見据えてないということですか?

下原さん「桜って他の木に比べて成長が早いんだよ。その大きさからだと良く分からないけど、1、2メートルの苗木だったら数年もすれば立派になっちゃうでしょ。そうなった時はもうベランダじゃ無理になるから」

――無理になったら、みんなどうするのでしょう?

下原さん「処分だよ。俺は今までそういう処分をたくさんやって来て、本当に嫌なんだ、処分するのが」


そうか。ベランダで最後まで育てるのはやっぱり無理だったのだ。

――処分以外の方法はないのでしょうか?

下原さん「どこか地面に植えるしかないよね」

――でも、勝手に河原とかに植えたら怒られますよね?

下原さん「それは怒られるよな。だから、みんな処分しちゃうんだ」

――この大きさの苗の場合、手に負えなくなるまでどれくらいかかりますか?

下原さん「その大きさから育てたことないから分からないけど、多分、10年くらいかな」


それでも10年である。

10年経ったら植え替えができる地面を探すか、処分するしか方法がないのだ。

軽はずみに買ってしまったことを後悔した。


――どうしたらいいでしょう?

下原さん「うーん、桜は早いからなぁ。ほら、六本木のアークヒルズの桜があるでしょ。あそこの桜、俺が植えたから。今から30年くらい前だけど、植えた頃は幹の太さが両手で掴めるほどだったけど、今やあんなに立派でしょ」

――この苗木もいつかはそれくらいに…

下原さん「桜の種類にもよるけどな。それ、種類分かるの?」

――いえ、わかりません。

下原さん「もしそれがソメイヨシノだったらとにかく早いよ」

――なるほど…

しばらくの間、二人の間に沈黙が流れた。

浮かんだ1つのソリューション

グラスの底の方に残ったアイスコーヒーをすすりながら、僕に一つのソリューションが浮かんだ。

――ある程度育ててから学校に寄付する、っていうのはどうでしょう?

下原さん「おっ、いいね!」

下原さんからリアルいいね!をいただいた。

――ですよね。僕の桜が学校の校庭で子供たちの成長を見守るなんて、ロマンがあるじゃないですか!

下原さん「学校だったらよっぽどのことがない限り撤去されないだろうしな」


よし。これで、今後の人生の目標が1つ決まった。

・ベランダで手に負えない状態になるまでこの桜を育てる
・ある程度育ってきたら引き取り手の学校を探す
・桜を引き渡す

桜が育って引き渡し先が決まったら、下原さんに植え替えの作業をお願いする約束をした。それは今から10年後かもしれないし、もっと近い将来かもしれない。

その時になって突然連絡をしても、下原さんは忘れているかもしれない。そうならないように、近いうちに麻布十番でお酒を飲みましょう、と近々の約束を取り付けた。なにせ、「麻布十番で長年飲み歩いている植木屋さんの独り言」のブログ主である。麻布十番のおいしいお店をたくさん知っているに違いない。

神社で買った小さな苗木が新しい飲み友達と引き合わせてくれた。
大事に育てろよ!
大事に育てろよ!

桜を引き渡す場所として1カ所だけあてがある。今、娘が通っている小学校でPTAとして学校行事に参加する、という方法だ。PTA会長の座に就けば、桜の件もなんとかなるかもしれない。しかし、それはそれで気が重いし、僕に務まるとも思えない。まぁ、あと10年は猶予があるのだ。ゆっくりとこの桜の地面を探すことにしよう。
今から50年前、少年時代の下原さん
今から50年前、少年時代の下原さん
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