はっけんの水曜日 2016年4月27日
 

新宿新都心へ一直線、「水道道路」に見る水路の名残り

新宿新都心に向かって約4km、ほぼ一直線の道路が通っているのです
新宿新都心に向かって約4km、ほぼ一直線の道路が通っているのです
新宿駅の西側に広がる新宿新都心。東京都庁をはじめとした超高層ビルが林立する、いわずと知れた日本屈指のオフィス街だ。

その広大なエリアには、かつて東京都心に飲料水を供給していた淀橋浄水場が存在した――ということは、割と有名な話であろう。

淀橋浄水場で使用していた水は約4km西に位置する玉川上水から引き込んでいたのだが、その水路は埋め立てられ現在は車道として利用されている。今回はそのかつての水路跡、「水道道路」を散策したい。
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。

前の記事:「市街地に残る旧街道〜大山道「田村通り」を歩く」
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新宿新都心に残る淀橋浄水場の残滓

明治31年(1898年)に運用が開始された淀橋浄水場は、昭和35年(1960年)に東村山浄水場が完成すると共に機能を移し、その後まもなく昭和40年(1965年)に廃止された。

その跡地は新宿新都心として再開発がなされ、今に見られる超高層ビル群へと姿を変えたのだ。
今や東京の代名詞となった新宿新都心の風景
今や東京の代名詞となった新宿新都心の風景
広大な貯水池の跡地には摩天楼が聳え立ち、浄水場であった頃の面影は見られない。

……とはいえ、当時のものが全く残っていないというワケでもない。三角ビルという愛称で知られる新宿住友ビルディングの敷地には、淀橋浄水場で使用されていた制水弁がモニュメントとして残されている。
中央通りから少し奥まった場所に鎮座する制水弁
中央通りから少し奥まった場所に鎮座する制水弁
排水用に使われていたらしく、その直径は1メートル
排水用に使われていたらしく、その直径は1メートル
関東大震災後の施設再整備の際に導入されたものだそうで、昭和12年の印がある
関東大震災後の施設再整備の際に導入されたものだそうで、昭和12年の印がある
赤煉瓦張りの壁に囲まれた中、無骨ながらもカッコ良い鉄の管がなかなかの存在感を醸している。

ただ、場所が少々分かりにくく、もう少し人目に付きやすい場所に置いた方が良いのではないかと思うが……人の往来の邪魔になっちゃうのかな。

さて、新宿新都心にはこの制水弁の他にもうひとつ、浄水場時代の遺物が残されている。
都庁の裏手に広がる新宿中央公園
都庁の裏手に広がる新宿中央公園
園内には富士見台と呼ばれる築山が存在するのだが――
園内には富士見台と呼ばれる築山が存在するのだが――
その頂上に建つ東屋が、旧浄水場時代のものなのだ
その頂上に建つ東屋が、旧浄水場時代のものなのだ
この東屋は見た目通り六角堂と呼ばれており、明治39年から昭和2年の間に建てられたものと考えらえている。浄水場時代から残る現存唯一の建造物だ。

元は浄水場の見学施設だったとのことで、浄水場を訪れたビジターはこの六角堂から貯水池を眺めていたことだろう。
よくよく見ると、公園の東屋にしては装飾が凝っていたり、古いモノであることがわかる
よくよく見ると、公園の東屋にしては装飾が凝っていたり、古いモノであることがわかる
東屋へ至る飛び石も、浄水場で使われていた煉瓦を再利用しているという
東屋へ至る飛び石も、浄水場で使われていた煉瓦を再利用しているという

新宿新都心へと一直線上に続く「水道道路」

淀橋浄水場の遺構を確認した上で、いよいよここからが本題である。

浄水場へと水を引き込んでいた水路の跡は、現在は都道431号線となっている。そのルートは、実際に地図で見てもらうのが手っ取り早いだろう。
青い線が水道道路(水路跡)、緑の線が玉川上水だ
江戸時代に掘削された玉川上水は地形に合わせてくねくね蛇行しているのに対し、明治時代に築かれた水道道路はまるで定規で引いたかのように一直線だ。

土木技術がより発達した明治時代には、地形を無視した最短距離で水路を通すことができるようになったのだろう。
曲線の多い玉川上水も、それはそれで趣きがあるが
曲線の多い玉川上水も、それはそれで趣きがあるが
なお、玉川上水に関しては過去に当サイトライターの加藤さんが記事にされていますので、詳しくはそちらをご覧下さい(参考→「四谷から42km、玉川上水をさかのぼる」)。

暗渠になっている区間が多いとはいえ現在も水を湛えている玉川上水とは異なり、水道道路は水路としての機能は完全に失われ普通の道路となっている。

とはいえ、元は水路であったことを示すなんらかの痕跡は残されているはずだ。かつて水が通っていた水路の名残りを求め、水道道路を歩いてみようではないか。
というワケで、淀橋浄水場の跡地である都庁から出発します
というワケで、淀橋浄水場の跡地である都庁から出発します
かつての浄水場の南端にあたる通りが水道道路(都道431号線)だ
かつての浄水場の南端にあたる通りが水道道路(都道431号線)だ
割と普通な感じの並木道を西へと進む
割と普通な感じの並木道を西へと進む
一見するとどこにでもあるような普通の道路であるが、かつてここに水路が通っていたことを考えると、なんとなく感慨深いものがある。

通りに並ぶ建物をよくよく見ていると、新しいものばかりでなく昭和の風情を残す建物もいくつか存在しており、なかなかに素敵な感じだ。
こういうタイル張りの建築、実に昭和らしい趣きがある
こういうタイル張りの建築、実に昭和らしい趣きがある
この建物もかなり古そうなオーラを放っているではないか
この建物もかなり古そうなオーラを放っているではないか
超高層ビルが建ち並ぶ、まさに大都会東京の象徴というような新宿新都心のすぐ側に、このようなレトロな建築が残っていたとは。意外な発見に心躍らせながらのスタートである。
程なくして山手通りに差し掛かった
程なくして山手通りに差し掛かった
最初のうちは水路跡としての痕跡はまったく見当たらず、どちらかというと道路よりも建物を見て楽しんでいた。

しかしながら、山手通りを過ぎた辺りから、徐々に水路跡ならではの特徴がみられるようになったのだ。

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