特集 2016年5月10日

焼き上げは逆立ちで! 琵琶湖 春の味覚「ホンモロコ」

食べ物で遊んでるわけじゃないよ
食べ物で遊んでるわけじゃないよ
先日、関西在住の知人Iさんから、不思議な写真を見せられた。炭火の上に渡された網の目に、何匹もの小魚が頭を突っ込まれ、逆立ち状態で焼かれているのだ。

一見して悪ふざけ、食べ物で遊んでいるのかと思った。しかし、彼が言うにはこれがこの魚の「正しい焼き方」なのだという。

えー、何すかその食文化…。どうしてわざわざそんな焼き方を?実際に食べて理由を確かめてみよう。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

前の記事:巨大アナゴ「ダイナンアナゴ」をおいしく食べたい

> 個人サイト 平坂寛のフィールドノート

使用する魚は「ホンモロコ」

関西の魚に詳しいIさんに案内されたのはあの琵琶湖
関西の魚に詳しいIさんに案内されたのはあの琵琶湖
…に流れ込む静かな河川。ここが今回狙う魚の有名ポイントなのだという。
…に流れ込む静かな河川。ここが今回狙う魚の有名ポイントなのだという。
時は4月の上旬。関東からはるばる琵琶湖へやってきた。
網に突き立てて焼くのは小魚なら何でもいいわけではないのだ。
琵琶湖水系でのみ、しかも春の間しか採れない希少な魚「ホンモロコ」専用の調理法なのである。

ホンモロコという魚の名前と姿は、魚類図鑑でたびたび見かけたことがあった。
しかし、率直に言ってその印象は薄かった。
なんだかとにかく、「すげーフツー」なのだ。
何の変哲もない川辺に、まだ早朝5時だというのにたくさんの釣り人が並ぶ。この魚は朝一番に良く釣れるらしい。まだ夜が明けないうちから場所取りを始める人も少なくない。さぞかし美味いのだろう。
何の変哲もない川辺に、まだ早朝5時だというのにたくさんの釣り人が並ぶ。この魚は朝一番に良く釣れるらしい。まだ夜が明けないうちから場所取りを始める人も少なくない。さぞかし美味いのだろう。
図鑑の記述から読み取れる特徴は「琵琶湖の固有種」という点くらいしか無い。
特に見た目の普通さには目を見張るものがある。いわゆる「雑魚」とか「ジャミ」と十把一絡げに総称される類の魚にしか見えない。
ラーメンで例えると幸楽苑とか日高屋くらいスタンダードなビジュアルである。
だがIさんの話によると、見た目は雑魚だが味の良さは別格で、琵琶湖周辺では料亭で供されるような高級食材なのだとか。
エサはこの、なんか禍々しいオーラを放つプラスチックパックに。中の濡れ新聞紙を開くと…
エサはこの、なんか禍々しいオーラを放つプラスチックパックに。中の濡れ新聞紙を開くと…
出た!苦手な方にはたまらないが、川魚には別の意味でたまらない‟赤虫”!正体はユスリカ類の幼虫だ。
出た!苦手な方にはたまらないが、川魚には別の意味でたまらない‟赤虫”!正体はユスリカ類の幼虫だ。
だが、料亭で食べると結構本気で高いので、平常心を保つためにも自力で釣ることにした。
ホンモロコは春になると繁殖のため岸に寄ってくるので、地元の方々はこぞって旬の味覚を釣り上げようと水辺へ押し寄せるのだ。
小さな赤虫をこれまた小さな針に刺し、水中へ投入!投げ入れるスポットは適当。あとはほったらかす。
小さな赤虫をこれまた小さな針に刺し、水中へ投入!投げ入れるスポットは適当。あとはほったらかす。
エサをつけた仕掛けを、朝の川面へボチャンと投げ込む。そして放置。
待ち時間は関東からの道中で買ってきたお土産を食べたり、その辺の生き物を捕まえたりして過ごす。群れが回遊してくるまではけっこう暇なのだ。
愛知で購入したクッピーラムネ…じゃなくてクッピーわらび餅。発売元のみかわ大国堂は豊橋市の企業。
愛知で購入したクッピーラムネ…じゃなくてクッピーわらび餅。発売元のみかわ大国堂は豊橋市の企業。
餅(ゼリーに近い)はマイルドなラムネ風味。きな粉代わりの白い粉は砕いたラムネ菓子そのものだが、ちょっと酸味が強めな気が。手の込んだ商品だが、上手いこと「駄菓子」としてのラインはキープしている。…珍しい!と思って買ったのだが、既にそこそこメジャーだったらしく周りはみんな知っていた。一人で食べた。
静岡からは焼津の深海漁船・長兼丸が売り出したオオグソクムシせんべい。オオグソクムシの粉末が入っているらしい。普通においしい。
静岡からは焼津の深海漁船・長兼丸が売り出したオオグソクムシせんべい。オオグソクムシの粉末が入っているらしい。普通においしい。
スッポンと戯れたりも。
スッポンと戯れたりも。
水面に波紋が出たりと、なんとなーく魚の気配が濃くなってきた。同時に釣り人の数も倍増。そろそろ時合なんじゃないか?
水面に波紋が出たりと、なんとなーく魚の気配が濃くなってきた。同時に釣り人の数も倍増。そろそろ時合なんじゃないか?
良くも悪くも平和な時間が流れる。
小一時間近くが経った頃である。竿の穂先がピンッピンッと小さく跳ねている。
アッ、魚来てる!
なんか釣れてるかも!
なんか釣れてるかも!
何かな~?ホンモロコかな~?
いや、これ軽いぞ?魚ついてるか?いや、今ちょっと竿がピクピクした!何か釣れてる!
釣れたー!ホンモロコ!引きはとっても繊細。仕掛けを回収したらくっついてた、ということもままある。
釣れたー!ホンモロコ!引きはとっても繊細。仕掛けを回収したらくっついてた、ということもままある。
すごい!なんて特徴の無い魚だろう!もちろん、川魚らしい繊細な魅力はバッチリ感じさせてくれるけど。
すごい!なんて特徴の無い魚だろう!もちろん、川魚らしい繊細な魅力はバッチリ感じさせてくれるけど。
いやー、実物を自然下で見るのは初めてだけど、やっぱり地味だな!
THE・小魚!って感じ。
だがそれは裏を返せば非常に均整の取れた美しい魚だということ。
人間も特徴の無い顔立ちこそが本当の美形だというし。
一匹釣れると、しばらくはバタバタと後が続く。群れで行動している証だ。
一匹釣れると、しばらくはバタバタと後が続く。群れで行動している証だ。
それまでの沈黙が嘘のように、最初の一匹を皮切りに次々と釣れるホンモロコ。
群れで回遊しているというのは本当らしい。
今度は一度に三匹!
今度は一度に三匹!
ホンモロコ以外の魚もちょいちょい釣れる。これはMくんが釣り上げたビワヒガイ。やはり琵琶湖水系固有の小魚で、二枚貝の中に卵を産む。
ホンモロコ以外の魚もちょいちょい釣れる。これはMくんが釣り上げたビワヒガイ。やはり琵琶湖水系固有の小魚で、二枚貝の中に卵を産む。
繁殖期なので美しい婚姻色が出ている。写真ではうまく伝えられないのが残念。
繁殖期なので美しい婚姻色が出ている。写真ではうまく伝えられないのが残念。
フナもちらほら。一緒に焼いて食べたが意外とおいしかった。
フナもちらほら。一緒に焼いて食べたが意外とおいしかった。
あっという間に、試食に十分な数は集まった。本気を出して丸一日続ければ結構な数が釣れるのだろう。
あっという間に、試食に十分な数は集まった。本気を出して丸一日続ければ結構な数が釣れるのだろう。
獲りすぎてもなんだし、良い頃合いで竿を置き、調理の準備を始める。というか、気付いた時には同行のMくんが七輪に火を入れ終わっていた。
ありがたい!ホンモロコを食べてみたいのは、ホンモロコを逆立ちさせたいのは僕だけじゃないんだね!

Iさんが案内と釣りの指導をしてくれて、Mくんが火おこしと調理、そして僕は東からのお土産であるオオグソクムシを二人に配る。完璧な連係プレーに見えるが、明らかに最後のヤツだけ楽をしている。ごめん。
さっそくアウトドア派の友人Mくんが七輪を用意してくれた。
さっそくアウトドア派の友人Mくんが七輪を用意してくれた。
さて、本題であるホンモロコの焼き方だが、まずはシシャモかめざしでも炙るように、ごく普通にじっくりと両面を焼く。
いい感じに焼けてきたら…
いい感じに焼けてきたら…
そして適度に火が通ったら、網の上に横たわるホンモロコを一斉に箸でつまみ上げッ、網の目に頭を突き刺すッッ!
網の目に突き刺す!頭から!
網の目に突き刺す!頭から!
ああ、母なる琵琶湖よ。これでもあなたの育んだ幸に敬意を表しているんです。ふざけてるわけじゃないんです…。
ああ、母なる琵琶湖よ。これでもあなたの育んだ幸に敬意を表しているんです。ふざけてるわけじゃないんです…。
…こうすることで網の目に頭がつっかえて、ホンモロコの集団倒立が出来上がる。
子どもの悪ふざけか、あるいは前衛なアートにも見えるが、これがちゃんと理にかなった調理法なのだ。
これは楽しみ!いただきます!
これは楽しみ!いただきます!
ホンモロコはこの手の川魚にしては脂が乗っている。それが美味さの理由なのだろう。
そしてこの脂を堅い頭部へと回し、カリッとクリスピーに焼き上げるために開発された技法こそが、あの逆立ちなのだ。これにより、この小さな魚を尻尾の先から頭までおいしく食べることができるのである。
ちなみに、この技法を編み出したのはある料亭で、その後あっという間に琵琶湖中へ広まったのだそうだ。
ああ、たしかに美味い…。コイ科の小魚とは思えないうまみの強さ。頭もカリッと焼きあがっている。
ああ、たしかに美味い…。コイ科の小魚とは思えないうまみの強さ。頭もカリッと焼きあがっている。
はやる心を抑えてしっかり焼き上げ、じうじうと鳴る頭から、その身を半分ほどかじる。…なるほど、美味い。
こうしたコイ科の小魚は何種類か食べたことがあるが、いずれもどちらかというと淡泊な味わいだった。混じって釣れたビワヒガイも同様に焼いて食べてみたが、味の差は歴然だった。

ところがこのホンモロコは脂も乗っているし、うまみをはっきりと、強く感じられる。見た目に似合わないその味に、ちょっと驚いた。
外見は他の「雑魚」と大差ないのだが、食味に関しては一線を画している。つくづく、魚の味とは容姿からは判断できないと思い知らされる。
それにしてもなんでホンモロコだけがこんなにおいしいのか。やはり他の雑魚たちとはエサが違うのだろうか。
次は油で揚げて…
次は油で揚げて…
天ぷらに!
天ぷらに!
ああ~…。美味いに決まっとるよね!
ああ~…。美味いに決まっとるよね!
もちろん、炭火焼以外の料理にしてもよし。
地元の方々が特に好んで食べるという天ぷらも試したが、野外で揚げたてを食べるというシチュエーションも相まって、その味は抜群だった。
なるほど、琵琶湖で採れるこの手の魚では、食味の面でライバルとなり得るのはワカサギくらいなものだろう。しかし、そのワカサギは近代になって外部から持ち込まれるまで琵琶湖には生息していなかったのだから、それまでは向かうところ敵なしの美味小魚だったのだろう。
高級魚として珍重されるのも納得である。
なんと釣り上げたすべての個体が卵を持っていた。雌が極端に多く生まれるような魚ではないので、繁殖期になると雌雄が別々の群れを作って行動しているということかもしれない。
なんと釣り上げたすべての個体が卵を持っていた。雌が極端に多く生まれるような魚ではないので、繁殖期になると雌雄が別々の群れを作って行動しているということかもしれない。
美味い!やっぱりもう一匹おかわり!
美味い!やっぱりもう一匹おかわり!

ホンモロコは「琵琶湖八珍」のひとつ

ところで今回紹介したホンモロコは滋賀県によって、琵琶湖の特徴的な水産物として「琵琶湖八珍」に選定されている。
ホンモロコ以外の琵琶湖八珍はビワマス、ハス、ニゴロブナ、イサザ、ゴリ、コアユ、スジエビ。これら8種は味の良さはもちろんのこと、琵琶湖畔の郷土史に深く根差した食文化的な背景も併せ持った琵琶湖の代表たる水産物である。そんなの聞いただけで食べたくなるよね。
次はどの八珍を採りに行こうかなー。
ホンモロコ釣りを楽しめるのは4月一杯まで。気になる人は来年、菜の花がほころぶ季節に琵琶湖へ。
ホンモロコ釣りを楽しめるのは4月一杯まで。気になる人は来年、菜の花がほころぶ季節に琵琶湖へ。
▽デイリーポータルZトップへ

banner.jpg

 

デイリーポータルZのTwitterをフォローすると、あなたのタイムラインに「役には立たないけどなんかいい情報」がとどきます!

→→→  ←←←
ひと段落(広告)

 

デイリーポータルZは、Amazonアソシエイト・プログラムに参加しています。

デイリーポータルZを

 

バックナンバー

バックナンバー

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ