土曜ワイド工場 2016年7月16日
 

ゼロ戦からデジカメまで、電気製品をいじりつづけた80歳の博物館がでかい

83歳になる渕上さん(左)。左はスタッフの野中さん。 まるで年齢を感じさせないすごい方だった
83歳になる渕上さん(左)。左はスタッフの野中さん。 まるで年齢を感じさせないすごい方だった
マニアの鏡のようなおじいさんと出会った。80代なんでおじいさんと言うべきだけど、とてもおじいさんと言えないほど好きなことをやり続けて若いのだ。

場所は福岡県。JR鹿児島本線か、西鉄電車で南下して、基山か小郡という駅で、1両編成のローカル電車「甘木鉄道」に乗り換えて「太刀洗(たちあらい)」という駅で下車。

太刀洗駅の旧駅舎をまるごと使った、「太刀洗レトロステーション」というところの館長として、昭和レトロな家電を修理し続けて集め続けている。
変なモノ好きで、比較文化にこだわる2人組(1号&2号)旅行ライターユニット。中国の面白可笑しいものばかりを集めて本にした「 中国の変-現代中国路上考現学 」(バジリコ刊)が発売中。
> 個人サイト 旅ライターユニット、ライスマウンテンのページ

「大刀洗」…覚えておこう

その前に大刀洗という場所を紹介したい。大刀洗というのは、第2次世界大戦のときに、陸軍飛行場があった。中国大陸に向かう基地であり、また米軍の艦隊に向かって特攻する零戦が旅だったところである。またそれゆえに米軍の大空襲があり、子供も含め多数の戦死者を出したところなのだ。

九州では鹿児島の知覧とあわせて大刀洗は有名だけれど、僕は東京で勉強していたからか、大刀洗を知らないまま大人になってしまった。ぜひ覚えて置いて欲しい。

(ちなみに町名としては「大刀洗」、駅名では「太刀洗」が使われていて、表記が入り混じっている。)
外からもう普通じゃない
外からもう普通じゃない
昭和をうたった展示館は数あれど、ここまで集めたのはそうそうない
昭和をうたった展示館は数あれど、ここまで集めたのはそうそうない
蓄音機からワープロや微妙に古いデジカメ、携帯電話まである!
蓄音機からワープロや微妙に古いデジカメ、携帯電話まである!
VHSと戦ったベータマックス!わからない人はお父さんに聞いてみよう!
VHSと戦ったベータマックス!わからない人はお父さんに聞いてみよう!
渕上さんはカメラもカメラ雑誌もコレクションしている。僕がつかうカメラにもいろいろ質問をしてくる。好奇心の塊のような人だ。
渕上さんはカメラもカメラ雑誌もコレクションしている。僕がつかうカメラにもいろいろ質問をしてくる。好奇心の塊のような人だ。
こんな感じで入ったら、大人心をくすぐるものがいっぱいある。しかも渕上さんは小さな頃から機械いじりが好きで、修理をしてきたし、自作した。

入口には監視カメラがあり、カフェには入口の様子が見えるモニターがあるが、既存のビデオカメラとテレビを何とか繋いで監視カメラシステムを作っちゃったのである。

渕上さんは壊れたものを依頼され、もらい修理して、大切に保存する筋金入りのコレクターなのだ。

だから、ここの展示物はただ展示されているだけでなくて、稼働する!視覚だけでなく聴覚で震える博物館なのだ!
レコード(ソノシート)。30代40代以上なら懐かしい!? しかも希望すれば音を聞かせてくれるのだ
時を刻んだレコードがズラリ!
時を刻んだレコードがズラリ!
スマホ用スピーカーみたいなこれ、ポータブルカラオケの「パナピック」というもので、レコードのように針で音を流すのだ。しかもこれを渕上さんは何台も所持。なんなんだここは!?
スマホ用スピーカーみたいなこれ、ポータブルカラオケの「パナピック」というもので、レコードのように針で音を流すのだ。しかもこれを渕上さんは何台も所持。なんなんだここは!?
コースターのようなカラフルなレコードをパナピックの下にひいて、そして飯盒のようなものにいれて屋外でカラオケ!
コースターのようなカラフルなレコードをパナピックの下にひいて、そして飯盒のようなものにいれて屋外でカラオケ!
渕上家は兄弟そろってメカいじり好き。昭和59年の新聞でドローンの先駆けを作って紹介されてるんだからすごい。
渕上家は兄弟そろってメカいじり好き。昭和59年の新聞でドローンの先駆けを作って紹介されてるんだからすごい。

軍の街でマニアになって

館長の渕上さんは、小さなころから太刀洗にいた。戦争時、物資がないなりに、鉛筆の芯を取り出して粉末にして筒に詰め込んでケーブルにするなどして、機械いじりをしていた。

戦後、機械いじりが好きなので、修理の仕事をしていた。モノが舞い込んで、時に「壊れていらないから」と貰うこともあった。

たくさん集めているだけなら、やもすればゴミ屋敷なのだが、元軍の街なので、戦争記念館を作ろうということになり、戦争の遺品を飾り、集めていた家電も飾るようになった。
平日の昼間などお客さんが少ないときは、いろいろ太刀洗について、コレクションについて、教えてくれる
平日の昼間などお客さんが少ないときは、いろいろ太刀洗について、コレクションについて、教えてくれる

戦争の記憶をたどる博物館にやってきたお客さんが、渕上さんの家電コレクションを見て、喜んでくれる。

それまでは奥様には理解されなかったけれど「喜んでくれてよかったね」と、趣味は理解できないなりにコレクションを理解してくれたという。
零戦の解説図や、中島飛行機(富士重工)の社長や知覧の博物館館長との写真を見せてくれる渕上さん
零戦の解説図や、中島飛行機(富士重工)の社長や知覧の博物館館長との写真を見せてくれる渕上さん
博物館として遺品を集めるまでが大変だった。

地元の人も親の遺品ならまだ寄贈したくない。でも孫の代になると、管理しきれないと、ようやっと祖父の戦争の遺品を譲ってくれる。
地元福岡のテレビで1980年代からたびたび紹介されている。昔から変わらずおじさんで、つまり今は若い!
地元福岡のテレビで1980年代からたびたび紹介されている。昔から変わらずおじさんで、つまり今は若い!
遺品が集まって博物館の体をなしてきたとき、博多港の海底からゼロ戦が引き上げられて、引き取らないかと相談が持ち上がる。お金の面で行政を説得して、切って綺麗にして溶接してそれは向かいの記念館に置かれている。貴重なゼロ戦がそこにある。

さらに朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争後には、使わなくなったジープを沖縄の米軍基地から送ってもらえた。これもまた動く、渕上さんの大切なコレクションだ。

博物館になっても趣味みたいな収入で、入場料だけでは食べていけない。

コレクターとして、マニアとして大成功されている。場所の運があるけれど、それでも軌道に乗るまでは大変苦労されたのだ。
大事にもっているゼロ戦の残骸
大事にもっているゼロ戦の残骸

好きなことをして生きていく

鉄道でもバスでもいけない、大刀洗から先の朝倉というところのそのまた奥の農村に、渕上さんが集めたものすごい数と質のコレクションが集まる「音楽館」という施設博物館がある。大刀洗と、もうひとつ、別の趣味の私設博物館だ。

ソニー製品専用コンテナなどといった各メーカーのコンテナが並び、視聴室では真空管アンプを聴き比べられ、ピンボール台やジュークボックスが散りばめられる。キャンピングカーやジープやヘリコプターまである。

それほどまでに広い建物。青果集荷場を閉鎖すると話を聞いて、格安で趣味のスペースとして購入したとのこと。

あまりに遠いのでオーディオマニアにとって知る人ぞ知るところになっていて、渕上さんがいうには、客は必ず3回訪れるのだという。

ここでとびきりの古いレコードで音楽を聴いたり、真空管アンプで音楽を聴いたりするのが、渕上さんの愉しみなのだそうだ。
音楽館といいながら、このコレクション!
音楽館といいながら、このコレクション!
個人のコレクションにしては規模も数もすごすぎる!
個人のコレクションにしては規模も数もすごすぎる!
なんでこんなものまであるのか!
なんでこんなものまであるのか!
100年前のレコードの音を聴く贅沢!
真空管アンプと日本に2台しかないというスピーカーで聴く贅沢!

機械いじりとオーディオマニアとして一貫して、好きなことをして生きていく。

渕上さんにこそそんな言葉が似あう。

渕上さんからお知らせ

来週23日、記事に登場したコレクターの渕上さんが活躍し、零戦を海から引き上げて綺麗にしたビデオを
公開するイベントがあるそうです。場所は駅の博物館からすぐの太刀洗平和記念館。
詳しくはこちら→零戦講座『1983 福岡に帰還した名機・零戦』
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