特集 2016年7月29日

利根川水系幻のダムめぐり

こんなダムができるかも知れなかった
こんなダムができるかも知れなかった
今年の夏、関東地方は記録的な渇水と言われている。

冬の間、水がめのダムがある利根川上流に雪が少なかったうえ、春先も梅雨になっても雨が降らず、でも生活用水や農業用水などに使われるので、ダムの貯水は減るいっぽうなのだ。

ところで、過去を振り返ると、計画されたものの建設に至らなかったダムもいくつかある。そんなダムがいまあれば!というわけではないけれど、どんな場所にどんなダムが建設される計画があったのか、この機会にいくつか観に行ってみた。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

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重力式で日本一だった!?川古ダム

まず向かったのは沼田市の北で西から利根川の合流してくる赤谷川。ここには1959年に完成した相俣ダムという中規模のダムがあるけれど、その上流数キロの場所に1990年から川古ダムというダムが計画されていた。
利根川ダム群の中では控えめな存在感の相俣ダム
利根川ダム群の中では控えめな存在感の相俣ダム
川沿いの細い道を遡ると現れる温泉宿が目印
川沿いの細い道を遡ると現れる温泉宿が目印
川古ダム建設予定地
県道から逸れて川沿いの細い道を遡ると、深い谷間に1軒の立派な温泉宿が現れる。宿の先から道は林道になり、残念ながらゲートで阻まれて進むことができない。

徒歩でも立ち入り禁止とのことだったのだけど、今回は特別に許可をいただいてゲートを開けてもらった。
温泉宿のすぐ先でゲートが閉まっている
温泉宿のすぐ先でゲートが閉まっている
通常は徒歩でも通行禁止だそうです
通常は徒歩でも通行禁止だそうです

先に結論を書いてしまうと、1990年にスタートした川古ダム建設(の前段階の調査)は、現地でボーリングなどをして地質調査を行い、形式やスペックがほぼ固まったものの、公共事業の見直しによって実際に建設工事が始まる前の2000年に中止になった。

それ以降は立ち入る人も多くないであろう林道はかなり荒れていて、車高の高い四輪駆動の車でないと走れないような場所が何ヶ所もあった。

片側が急な山の斜面、反対側が深い谷という舗装されていない道をゲートから1kmほど進むと、川古ダムの建設予定地に着いた。

ここに造られるかも知れなかった川古ダムは、高さ160mの重力式コンクリートダム。なんと、重力式では奥只見ダム(157m)を超える日本一の高さだったのだ。総貯水量は7600万立方メートルで、利根川水系では奈良俣ダム(9000万立方メートル)と草木ダム(6050万立方メートル)の間くらい。もし完成していれば関東地方を代表するダムになっていたことだろう。
ここが川古ダム建設予定地だ!って言われても分からない
ここが川古ダム建設予定地だ!って言われても分からない
左岸側から右岸側を見る
左岸側から右岸側を見る
もし完成していたらこんな感じだったんじゃないか(想像です)
もし完成していたらこんな感じだったんじゃないか(想像です)
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いちばん実現に近かった!?戸倉ダム

続いて向かったのは、沼田市で利根川に東から合流する片品川の上流。この片品川の流域には現在、薗原ダムという中規模のダムが設置されているけれど、計画ではあと3基のダムが建設されていたかも知れなかったという。

その中でもっともプロジェクトが進行していたのが、片品川本流の上流に計画されていた戸倉ダムだ。
戸倉ダム建設予定地
沼田市街から片品川の上流を目指すと、かなり遡ってきたのに走りやすい道が続き、立派な橋もいくつか架かっている。実は工事開始に向けて、工事用車両が走れるように道を改良してあるのだ。1982年から着手された戸倉ダム建設プロジェクトは、そういった下準備をいろいろと済ませ、あとはダム本体の建設工事を行うだけ、という段階でやはり公共事業見直しの波に巻き込まれ、2003年に事業が中止になった。
上流の戸倉を目指す
上流の戸倉を目指す
工事を見据えて立派な橋に架け替えられた
工事を見据えて立派な橋に架け替えられた
こんなオシャレ橋も出迎えてくれる
こんなオシャレ橋も出迎えてくれる
建設予定地は国道401号線沿いなので、川古ダムと違って誰でも容易にたどり着ける。着工寸前だったとは言え中止から既に10年以上が経過し、ここもダム建設にまつわるような痕跡はほとんど何も確認することができなかった。唯一、既に周囲の森林が買収済みだったため現在でも管理が行われていて、そこにダムの建設・管理をおこなうはずだった水資源機構の名前を見ることができる。
ここが戸倉ダム建設予定地だ!(と書かないと単なる森の写真)
ここが戸倉ダム建設予定地だ!(と書かないと単なる森の写真)
道路脇に何やら看板が立っているのだが
道路脇に何やら看板が立っているのだが
管理者が水資源機構!ダムの香りがする!
管理者が水資源機構!ダムの香りがする!
ここに造られようとしていた戸倉ダムは高さ158mの重力式コンクリートダム。なんと、完成していればここも奥只見ダムを抜き、重力式では川古ダムに次ぐ2番目の高さになっていたという。総貯水容量は9200万立方メートルで、利根川水系では奈良俣ダムとほぼ同じ。あー、このダムあったら今年なんかもう少し渇水が抑えられたんじゃないかな...!
下流側から上流方向を見る
下流側から上流方向を見る
もし完成していたらの想像図
もし完成していたらの想像図
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奈良俣ダムの弟分!?平川ダム

片品川の流域には、戸倉ダムのほかにも計画されていたダムがある。片品川の中流、観光名所でもある吹割の滝のすぐ上流で東側から合流してくる泙川には高さ146m、総貯水容量5000万立方メートルという巨大ロックフィルダム、平川ダムが計画されていた。利根川水系では奈良俣ダムよりやや小さいけれど、全国的に見れば5指に入る巨大ロックフィルダムである。
平川ダム予定地
細い林道を通って予定地近くまで行ってみると、そこには平川不動尊という寺の石碑が。川の方に降りていく道があったけれどロープが張ってあった。看板を見ると、参拝するなら入ってもいいよ、とのことだったので急な坂を下っていった。
とつぜん現れる不動尊の石碑
とつぜん現れる不動尊の石碑
舗装された坂を降りて行く
舗装された坂を降りて行く
いちばん下まで降りると、深い森の中に建物が
いちばん下まで降りると、深い森の中に建物が
こんなところに立派な建物が、と驚いた。参拝を済ませ、建物の裏手にまわって川沿いに出ると、すぐ脇には立派な滝が流れ落ちていた。視線を上流側に移すと小さな砂防ダムがあったのだけど、情報によれば平川ダムはその砂防ダムのすぐ上流に造られる予定だったという。

しかしロックフィルダムは斜面がなだらかで裾野が広いのだ。もし建設されていたらあの滝もこの不動尊もなくなっていたかも知れない。
不動尊の裏手にあった滝
不動尊の裏手にあった滝
上流の方に見えた砂防ダム
上流の方に見えた砂防ダム
平川ダムの想像図
平川ダムの想像図

利根川水系最大のダムになっていたかも!?栗原川ダム

平川ダムが計画されていた泙川のすぐ南を流れる栗原川にも巨大ロックフィルダムの計画があった。その名も栗原川ダムである。

高さは川古ダムと同じ、利根川水系最大の160m、総貯水容量は5000万立方メートルである。
栗原川ダム予定地
栗原川沿いの林道は途中から未舗装になった。慎重に進んで行くと、計画があった頃に造られたのか、川の方に降りて行く道が分岐していた。もはやほとんど管理されていないような道を下って行くと、栗原川の広い河原に出た。
「すかいさん」という山の登山口に向かう林道らしい
「すかいさん」という山の登山口に向かう林道らしい
しばらく誰も通ってなさそうな道を慎重に進む
しばらく誰も通ってなさそうな道を慎重に進む
これ以上車で進んだら戻れなくなりそうなのでここから徒歩
これ以上車で進んだら戻れなくなりそうなのでここから徒歩
長い坂を下りた先で視界が開けて...
長い坂を下りた先で視界が開けて...
白い砂と石が積もった広い河原に出た
白い砂と石が積もった広い河原に出た
河原は広く、白い石と砂が厚く積もっていた。現在はこの上流に人家などもないので川の水はとてもきれいで、涼しげな音を立てながらさらさらと流れていた。

降り立ったこの広い河原は栗原川ダムの貯水池になる場所らしい。川はS字を描いて尾根の向こうに流れて行くけれど、その曲がった先あたりがダムの中心になるようだ。
S字を描いて流れて行く栗原川(奥が下流)
S字を描いて流れて行く栗原川(奥が下流)
栗原川ダムの想像図(上流側)
栗原川ダムの想像図(上流側)
平川ダムは1986年、栗原川ダムは1995年に建設に向けた調査が開始された。平川ダムは1993年に調査から建設にプロジェクトが進んだけれど、需要がないと判断されてどちらも2002年に中止された。2000年前後の公共事業の見直しブームは、ダムにとっては恐竜絶滅のキッカケとも言われているバプティスティナ小惑星の衝突のようなインパクトだったようだ。
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これぞ利根川最大の幻!?沼田ダム

最後にご紹介したいのはこれまでの4ダムとは年代も成り立ちも少し違うダムだ。

戦後すぐに関東地方を襲ったカスリーン台風で利根川流域に大洪水が発生し、大きな被害が出た。そこで利根川上流にそれまで計画、建設されていたダムを増強した計画が作られ、その中心として1953年に発表されたのが沼田ダムだ。

予定地点は沼田市の南、利根川が狭い渓谷を流れる場所で、高さ125mのアーチダムというプランだったらしい。
沼田ダム予定地
沼田ダムはもし完成していると総貯水容量が8億立方メートルとなり、現在でも日本一の貯水池となる。ただし利根川沿いの沼田市の市街地の大部分が水没することになり、2000世帯以上が移転対象となったため大規模な反対運動が起き、さすがに中止になった。

一説には上越新幹線や関越自動車道が沼田を通らなかったのは、計画時期にこのダム計画があったから、とも言われている。
沼田ダム予定地(下流から上流を見る)
沼田ダム予定地(下流から上流を見る)
もし完成していたらこんな感じだったろうか(想像)
もし完成していたらこんな感じだったろうか(想像)
試しにダムを建設するサービス「どこでもダム」で沼田ダム地点にそれっぽダムを造ってみると、貯水池はこんな感じになった。
関越自動車道をよく見ると、沼田ダムの貯水池を避けながら片品川を渡るところが長い橋になっている(昭和村役場の東側)。この片品川橋は長さが1000mを超え、道路用のトラス橋で日本一の長さがあるという。せっかくなのでここも見に行ってみた。
結果的に絶景が生まれた
結果的に絶景が生まれた

痕跡はほとんど何もない

鉄道好きの間でも、土地の買収や工事は行われたものの結局開通しなかった路線を歩く「未成線好き」という趣味があるという。ダムも利根川に限らず全国に「未成ダム」があるけれど、どこもほとんど痕跡は残っていないと思われるので趣味としてはあまりおすすめできないかも知れない。

でも、そのダムがもし造られていたら、という想像は誰でも自由なので、そんなダム計画があったんな、ということを心の隅に留め置いてていただければ日の目を見なかったダムも浮かばれると思います。
とうとうまともなダムの写真が1枚もないダム記事を書いてしまった
とうとうまともなダムの写真が1枚もないダム記事を書いてしまった
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