特集 2016年8月30日

石垣島 グリーンイグアナ捕物帳 ~食味レポートを添えて~

グリーンイグアナ、本当にいた…!
グリーンイグアナ、本当にいた…!
日本にイグアナがいる。そんな話を初めて聞いたのは2000年代初頭、僕がまだ十代の頃だった。沖縄県石垣島ではペットとして飼育されていたグリーンイグアナが遺棄されて野良イグアナが大量に繁殖しているというのだ。
…由々しき事態だが、爬虫類が好きな僕としては「正直、見てみたいな。捕まえてみたいな。」とも思ってしまった。
自然と冒険のデジタルメディア Monsters Pro Shop 編集長
「五感を通じて生物を知る」をモットーに各地で珍生物を捕獲している。
にょろにょろした生き物がすごく好き。


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世界中の面白い生き物と、それを捕まえるまでの紀行文を集めたサイト「Monsters Pro Shop」からの記事提供が始まりました。詳しくはこちらの記事にて

初挑戦は絶望のうちに

上空から見た石垣島。美しい海のイメージが強いが、陸地の自然ももちろん豊か。
上空から見た石垣島。美しい海のイメージが強いが、陸地の自然ももちろん豊か。
月日は流れて2013年の9月。僕はついに初めてイグアナ捕獲に挑んだ。
炎天下の新石垣空港へ降り立ち、50ccのレンタルスクーターで目指すのはとある集落。野良イグアナ関連の報道で毎度のようにその名を聞く土地だった。
だが、イグアナが住むという海岸の防風林を前にして直感した。「…これは獲れんな。」
この林のどこかにいるらしいのだが…。
この林のどこかにいるらしいのだが…。
木々が密に茂りすぎている。さらに森の周囲を取り囲むアダンという植物の葉は鋭いトゲに縁取られており、さながら天然の有刺鉄線のよう。これでは森へ踏み込むことすら困難だ。
低木(特にアダン)が密に茂りすぎていて分け入れない!
低木(特にアダン)が密に茂りすぎていて分け入れない!
だが、ここまで来て諦めるわけにもいかない。木立のわずかな隙間に体をねじ込み、イグアナ求めて前進する。片手には折り畳み式のタモ網。未知の捕物ゆえ、ハンティングツールはこれくらいしか思いつかなかった。だが、この狭い空間では役に立ちそうにない。
動物を捕まえるならとりあえず網だろうという発想。
動物を捕まえるならとりあえず網だろうという発想。
死人のような目で森へ分け入り、ゾンビのような足どりで森を抜け出す日々が三日続いた。
石垣島を去る頃、重い日焼けで赤く染まった肌は切り傷まみれになっていた。
心身ともに疲れ果ててしまった。敗走と言うにふさわしい幕切れだ。
イグアナには出会えなかったが、悪いことばかりではない。石垣島では珍しい地魚を食べるのも楽しみの一つ。これはカイワリというアジの仲間の刺身。脂に甘みがあって美味い。
イグアナには出会えなかったが、悪いことばかりではない。石垣島では珍しい地魚を食べるのも楽しみの一つ。これはカイワリというアジの仲間の刺身。脂に甘みがあって美味い。
だが、この程度で捜索を打ち切るわけにはいかない。
明らかに知識不足、準備不足だった。情報収集からやり直そう。
こちらはコバンザメ!フグのようなコリコリした食感。
こちらはコバンザメ!フグのようなコリコリした食感。
情報収集の過程で駆除作業経験者や集落の住人に話を聞いていく。すると大抵、
「素人が一人で行ったって姿も見られないよ」
「高い木の上にいるから高所作業車(リフト車)が必要だね」

という意見が出てきた。高所作業車って。どこから借りてくるんだよ。
やはり素人が手出しできるような相手ではないかと諦めかけた頃、かつて駆除業務に従事していたという男性と知り合った。一応、「やっぱ個人で捕まえるなんて無理っすよねー?」と聞いてみる。
すると意外な答えが。


「いや、楽勝で捕れるけど?」

ネットの情報だけじゃ話にならない

えぇ~…。

何その自信満々な回答は…。拍子抜けするわ…。

だが、冗談を言っているようにも見えない。ついに突破口を見つけたかもしれない。師匠と呼ばせてください。


…彼が言うには、絶対数こそ少ないものの、もっと観察・捕獲が容易な生息地が他にあるらしいのだ。ネットや新聞の報道を見るばかりでは知り得なかった情報である。

事実、彼自身も過去に個人でイグアナを捕獲した実績があるという。かぶりつくように捕獲方法を聴き込む。

「トカゲ釣りしたことあるでしょ?あれと一緒。」

嘘でしょ!?
沖縄に伝わる昔ながらの遊び「トカゲ釣り」のターゲットとなるオキナワキノボリトカゲ。
沖縄に伝わる昔ながらの遊び「トカゲ釣り」のターゲットとなるオキナワキノボリトカゲ。
そーっと首に草の輪っかを掛けて締め込むと…
そーっと首に草の輪っかを掛けて締め込むと…
はい釣れた!!…これが大人でも夢中になるくらい楽しい。
はい釣れた!!…これが大人でも夢中になるくらい楽しい。
まあ、サイズの違いはあれどよく似たトカゲ同士である。たしかに理屈の上ではこの方法で獲れそうな気もするが…。

イグアナハントの道具立て

数ヶ月後、僕はまた石垣島へと降り立っていた。
手には長くて頑丈な釣竿、ケプラー繊維を撚った細手のロープ、そして麻袋。
ロープは先端をわ輪っかにしておく。
ロープは先端をわ輪っかにしておく。
草きれの代わりに釣竿とロープを使ってイグアナを釣るのだ。
一時確保用に購入した麻袋には、なんの偶然かグリーンイグアナの原産地「BRASIL」の文字が。一体どういう経緯で石垣島のホームセンターに並んだのか。
一時確保用に購入した麻袋には、なんの偶然かグリーンイグアナの原産地「BRASIL」の文字が。一体どういう経緯で石垣島のホームセンターに並んだのか。
以上3点のみが、今回使用する猟具である。
本来はここに手を保護するグローブ類が加わるべきなのだが、今回は敢えて素手で挑むことにした。おそらく、捕縛直後のイグアナは激しく抵抗するだろう。だが、その反撃を生身で存分に受けてみたかったのだ。そういう気分だったのだ。
僕はあえて使用しなかったが、どんな種類であれ大型爬虫類を取り扱う場合は手を保護する手袋を用意した方がいい。最低でも軍手、できれば革手袋などがあると安心。
僕はあえて使用しなかったが、どんな種類であれ大型爬虫類を取り扱う場合は手を保護する手袋を用意した方がいい。最低でも軍手、できれば革手袋などがあると安心。

見つけた!

今回はレンタカーで、前回とは異なるエリアを海沿いに走りながら、聞いていた条件に合致するポイントを探す。
ある程度開けていて樹上を見渡しやすく、足場も良い。それでいて足元にはイグアナの隠れ家となる岩がゴロゴロしている海岸林…。
新たなポイント。前回とロケーションはよく似ているが、確かに林の密度はまばら。
新たなポイント。前回とロケーションはよく似ているが、確かに林の密度はまばら。
巡ること数カ所目。「あっ、ここだろう!」というポイントを見つけた。
林の全景を撮影して、「師匠」に送信してみる。ほどなくして「まさにそこ!」というメッセージが届く。おお、ビンゴ!と、安堵して顔を上げた瞬間である。

太い立ち枯れにライトグリーンの塊が乗っかっている。
イグアナだ。婚姻色が出ているのか、喉元は橙色に染まっている。綺麗な生き物だな、と思った。
ついに見つけた…!
ついに見つけた…!
一拍おいて、一気に呼吸が乱れる。握りしめたままのスマートフォンに「いた」「見つけました」とだけ入力し、ポケットへ突っ込む。
きっと激励だろう、すぐにメッセージ受信を報せるベルが鳴ったが、気づかなかったことにさせてもらう。ごめん師匠。

距離にしておよそ20メートル。刺激しないよう、ジリジリと後ずさりで車へと戻る。
トランクを開け、釣竿にロープを結ぶ。単純な作業だが、焦りで手が震えてしまう。もどかしい。
はやる気持ちを抑え、足音を殺して立ち枯れへと向かう。

…立ち枯れの隣に生える木に登る。太めの枝を足場にして、首にロープをかけた。…王手!
だが、まさにその瞬間!足元の枝がバッキリと折れ、僕の身体は地面に叩きつけられた。股関節と背中に激痛が走るが、それどころではない。釣竿の先を見ると…、ロープの輪が虚しく垂れ下がっている。

捕獲!

千載一遇のチャンスをふいにしてしもうた…!うなだれる。だが、希望も見えた。
「これは獲れる…!」

翌日も脚を引きずって現場へ向かう。
…今日もいるわ。昨日のものとは別個体かもしれないが、またも同じ枯れ木にグリーンイグアナが陣取っている。しかも、今度はさらに都合の良いことに眠っているらしい。

「千載一遇、今一度!」

写真を撮る余裕も無い。前回の反省を活かし、一回り太い枝を足場に選んだ。もたげた首を輪に通す。手元のロープを少しずつ引き絞っていく。
イグアナはまだ目を開けてすらいない。しっかりと輪が締まったのを確認して、一気に立ち枯れから引き剥がす!
グリーンイグアナ、確保!ここにいちゃいけない生物だってことはわかってるんだけど…。かっこよすぎてつい笑顔に。
グリーンイグアナ、確保!ここにいちゃいけない生物だってことはわかってるんだけど…。かっこよすぎてつい笑顔に。
両手で抱え上げ、首が締まりすぎないよう急いでロープを解く。シューシューと鼻息を立て、こちらを威嚇している。腕の中で脚をバタつかせて抵抗する。爪は案の定鋭く、両掌と手首に小さな切り傷がいくつも刻まれる。多少、血も流れているが不思議とほとんど痛みは感じない。あれか。アドレナリンのおかげか。
両手のあちこちに小さな切り傷ができた。爪も背鰭(後述)もなかなかの切れ味。
両手のあちこちに小さな切り傷ができた。爪も背鰭(後述)もなかなかの切れ味。
林の中から開けた場所へと連れ出し、いったん麻袋へ放り込む。口を縛られた麻袋がモゾモゾと暴れている。

ジュラシック!

二、三分ほど経つと、麻袋が動かなくなった。イグアナが落ち着きを取り戻したらしい。そっと麻袋から取り出してその身体を観察してみる。
この顔つき…。
この顔つき…。
頬が膨らんでいるのは成熟した雄の特徴。
頬が膨らんでいるのは成熟した雄の特徴。
そんな眼で…見てくれ見てくれ!もっと見てくれ!!
そんな眼で…見てくれ見てくれ!もっと見てくれ!!
…グリーンイグアナなんて何度も見たことがあったはず。
だが、実際に手にとって間近で観察すると、その印象はまったく違う。全身どこを見ても、ため息が出るほどかっこいい。いやー、イグアナ観変わったわーマジで。
天然の迷彩とでもいうべき体色は
天然の迷彩とでもいうべき体色は
同一個体であっても状態によって、パターンが変わる。
同一個体であっても状態によって、パターンが変わる。
腹側の模様はこんな感じ。
腹側の模様はこんな感じ。
首元にはスタッズのような棘が並ぶ。
首元にはスタッズのような棘が並ぶ。
駆除業者の方に写真を見てもらった。
立派な成体だが、これでもまだ満二歳程度ではないかとのことだった。齢を重ねた大型個体では全長が二メートルに達することもあるという。
鋭く大きな爪。あの程度の傷で済んでよかったのかもしれない。
鋭く大きな爪。あの程度の傷で済んでよかったのかもしれない。
頭部~背中の背鰭(クレスト)は風になびくほどしなやかだが…
頭部~背中の背鰭(クレスト)は風になびくほどしなやかだが…
尻尾に生えているものは鋸のように硬く、鋭い。僕はこれで右手人差し指をザックリやった。
尻尾に生えているものは鋸のように硬く、鋭い。僕はこれで右手人差し指をザックリやった。
尾は全長の半分以上を占める長さ。縞模様がいかにも熱帯の爬虫類!
尾は全長の半分以上を占める長さ。縞模様がいかにも熱帯の爬虫類!
さて、飼いたいという気持ちも無いことはないが、やはりこの大きさとなると、やがて持て余すことは容易に想像がつく。と言って、また野に放つわけにもいかない。

カッコいい上においしい!

…そういえば、南米のある地域ではイグアナの肉がごちそう扱いされていると聞いたことがある。よし、食べてみよう。一体どんな味がするのだろうか。
解体開始!締めた後だからこそじっくり観察できる箇所もある。
解体開始!締めた後だからこそじっくり観察できる箇所もある。
顎には牙こそ無いが、固い葉や木の実を噛み切るための小さく鋭い歯が並ぶ。
顎には牙こそ無いが、固い葉や木の実を噛み切るための小さく鋭い歯が並ぶ。
喉のヒダ(デューラップという)は広げてみるとこんなに大きい!オレンジ色がかっているのは婚姻色か。
喉のヒダ(デューラップという)は広げてみるとこんなに大きい!オレンジ色がかっているのは婚姻色か。
後脚の内側、にはイボ状の突起が並ぶ。これはそけい孔といって、フェロモンを発する器官。雄ではこのように発達が顕著。
後脚の内側、にはイボ状の突起が並ぶ。これはそけい孔といって、フェロモンを発する器官。雄ではこのように発達が顕著。
鶏とも豚ともつかぬ鮮やかな肉色!
鶏とも豚ともつかぬ鮮やかな肉色!
前後の脚は皮を剥いてニンニク醤油で下味をつけ、片栗粉をまぶして揚げる。
「竜」感マシマシな竜田揚げの完成だ。
これが見た目のイロモノ感(ここは料理人のさじ加減かもしれないが…)に反して、ジューシーで味わい強く、実に美味い!
鶏肉に似ていると思いきや、もっと歯ごたえと旨味が強い。
片栗粉をまぶして揚げる。
片栗粉をまぶして揚げる。
グリーンイグアナの「竜」田揚げ
グリーンイグアナの「竜」田揚げ
予想以上に美味い!ぜひまた食べたいと思えるほど。
予想以上に美味い!ぜひまた食べたいと思えるほど。
イグアナの参鶏湯風
イグアナの参鶏湯風
その後、胴体は参鶏湯風の煮込みにして平らげたがこれもまた良いダシが出てたまらない。
沖縄本島の友人宅へ持ち込んで調理したのだが、家主から「また獲ってきてよ!」というリクエストをもらうほどだった。
ごちそうさまでした!
ごちそうさまでした!

ペットは逃がさないようにしようね!

たしかに石垣島には南米原産のグリーンイグアナが定着しつつあった。
国内に定着してしまった外来生物というのは、あらゆるメディアの報道を通じてネガティブなイメージを持たれてしまうことが多い。それは、その種自体の魅力が否定されるようでとても悲しいことだと思う。
このかっこいい(あと美味しい)爬虫類が、あるいその他のあらゆる外国産生物が今後理不尽なバッシングを受けぬためにも、飼育者やペット業者は意識を高めねばならないだろう。
んー、いいこと言った。
石垣島の外来生物として忘れてはならないのが、やはり南米原産のオオヒキガエル。温暖な南西諸島では容易に熱帯産の生物が帰化、定着してしまうのだ。
石垣島の外来生物として忘れてはならないのが、やはり南米原産のオオヒキガエル。温暖な南西諸島では容易に熱帯産の生物が帰化、定着してしまうのだ。
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