ひらめきの月曜日 2016年11月14日
 

KYは使われ始めて10年目?〜三省堂「今年の新語2016」とは?

「運営」に感じる愛と依存、そしてメトニミー

古賀さんも新語、投稿してましたよね。
えーと「運営」ですね。これは最近よく使われていて、アイドルグループなんかの「運営がしょぼい」とか、そういう言い方をするんですよ。
なるほど、運営者のことか。おもしろいですね。言葉の使い方としては例えば営業の業務をする人を「営業」と言ったり「販売」とか「技術」とか、そういう言い方なんでしょうね。
オトナ語を応用した言い方なんでしょうね。ニコニコのひとたち(ニコニコ動画のユーザー)の言う「運営」って言葉に、ものすごく愛と依存を感じるんですよ。すごく頼りにしてて……でも褒め称えるだけでなく、すぐけなすんですよね。運営しょぼいって。
アイドルグループは「運営」がいるんですよね。プロデュースしているところがあるっていうのが、ファン側も承知して見ているということですよね。
わたし「公式」も投稿したんだ。
ツィッターとかSNSで言うところの「公式」は、メーカーのことなんですよね。「公式が反応した」とか。
これってどういうことなんでしょうかね。「携帯」が電話の意味になっちゃったみたいなことでしょうか?
そうですね、これはむしろ「換喩(かんゆ)」ってことですかね。例えば「おいちょっとそこのメガネ来い」みたいな。
あー、なるほど。それだ。
メトニミーともいいますが、これは覚え方があって「目と耳」って覚えるんです。つまり、目と耳のような近い関係にあるものね。つまり、メガネとそれをかけている人、営業の業務をする人を「営業」、運営する主体を「運営」っていうことだと思います。
運営も公式も換喩だ! なるほど、もう、私の中では完全に終わりました。納得です。今日はよく寝れそう。新しい概念を得た。

「ゲス」が言語学的にややこしいことになっている

言語学的なプロセスを経て広まってる言葉がありますね。例えば、名詞の動詞化でいえば「ゲスる」ですかね。
もともと「ゲス(下衆)」という言葉は源氏物語にも出てくる古い言葉で「身分が低い人」という意味だったんです。
例の騒動以降、不倫すること=「ゲスる」という感じになってきてますね。
「ゲスる」はバンド名の固有名詞が元になってますが、それよりも前から使われている「ゲスい」という言葉もあって、週刊誌的な覗き見趣味のような意味になっていますね、そういう意味でゲスに新しい意味がどんどん派生していってるのかもしれません。
「ゲスる」と「ゲスい」で意味が微妙に違うということか。ややこしい話になってきてますね。

「ハゲ散らかす」10周年パーティー

「ハゲ散らかす」とかも最近よくいうかなって思ったんですが。
「散らかす」ですか、これもけっこう古い、これもほぼ10年選手じゃないですか。
※用例採集の記録を確認したところ(はげちらかす/笑っていいとも!増刊号・2007.8.19 発言者・Gackt)となってました。(飯間)
これも10年ですか! 「ハゲ散らかす」10周年パーティーやらないと、盛大に。たしかに散らかすは読み散らかすとかもうだいぶん前からあるから……。
「ハゲ散らかす」髪の毛が散ってるイメージ?
「ハゲ散らかす」髪の毛が散ってるイメージ?
「歌い散らかす」、「エモ散らかす」ともいうのか。
「エモ散らかす」ってのは「すごくエモい」ってこと?
そうですね。「散らかす」が「超◯◯」みたいな強調語になってるんです。
ちょっと前までは「ハゲ散らかす」にしか使わなかった言葉が、最近何にでもつくようになってきたと。そうですか。これは注目すべきかもしれないですね。
「萌え散らかす」なんてもいいますね。
応用範囲がぐっと広がることはよくありますよ。例えば老人力の「力」とか。赤瀬川原平さんの「老人力」って本が出て、それまで「持久力」とか「戦力」みたいなものにしか使ってなかった「力」を「あ、老人に力がいいんだったら他にも「力」つけていいじゃん」となったんですね。
女子力だ!
鈍感力なんてのもありましたね。

「エモい」和語化の可能性

ぼくは「エモい」の感覚があまりよくわからないんであまり積極的に使えないんですけど……エモーショナルなんですよね。例えば「寂れた商店街がエモい」みたいな使い方であってるんでしょうか?
あってますよ、それでいいと思います。わたし、このまえ牛久大仏を見に行って、一緒に見に行ってた石川くん(デイリーポータルZ編集)が「エモい」ってずっと言ってました。タイトルにも「エモい」入れましたね(「「でかい!」「エモい!」「恐れ多い!」三段階で感じる巨大物のでかさ」)。
伝わるかどうかはわからないけれど、タイトルに入れるってなかなか勇気がありますね。
インパクトがあるから、意味とかよく考えずそういうのつい使っちゃうんです、ウェブライターは。
そうだね、ウェブライターは流行ってる言葉探しも仕事のうちだからね。
この「エモい」という言葉ね、すごく従来の日本語的な形容詞なんですよね。「うまい」とか、「とろい」みたいな。だからそのうち日本語と混同されるようになるかもしれませんね。そうなると「さぼる」とか「いくら丼」みたいに「えもい」と書かれることも出てくるかもしれないですね。
「いくら」はたしかロシア語でしたね。「さぼる」はフランス語かな?
たしかに、実際に「えもい」ひらがなで書くと妙にしっくりきますね。
妙に和語っぽい「えもい」
妙に和語っぽい「えもい」
ちょっと「きもい」感じもしますね。

ひらがなで書くのが内側、カタカナは外側

そういえば「きもい」は「キモい」ってカタカナで書くことが多くないですか?
そうか、それも不思議ですね。なんでしょうね「キモい」というのはあまり馴染みたくないからカタカナなんでしょうかね。
距離をとりたくなるとカタカナで書くんです。「センセイ」とかそうですよね「先生」と漢字でかけば私の先生ですが、カタカナで書くとちょっとバカにしたような距離感が出るんです。
先生とセンセイの距離感
先生とセンセイの距離感
他人ぽさ、距離感めっちゃ出る! 確かに、嫌いな食べ物とかカタカナで書くかもしれない。
そうですか? ラーメンとか大好きじゃないですか?
ラーメンは好きですが、前に納豆が嫌いな人からメールをもらって、納豆のことを「ナットウ」ってカタカナで書いてあったんです、なんかちょっと合点がいきました。
カタカナは外側、ひらがなは内側みたいな意識があるんでしょうか。
そうですね。ただ、外来語をカタカナで書くというのは明治以降です、例えば、阿テ河荘民の訴状(鎌倉時代の農民の訴状)はカタカナですし、野口シカ(野口英世の母)の手紙とかはひらがなで書かれてますから、明治以前は使う人によって使う文字が違ってたんです。だから、ひらがながやわらかい、カタカナがカタイというイメージは今のひとの感覚ですね。
明治以降でカタカナとひらがなの距離感の感覚ってのがはぐくまれたんですね。
文字の使い分けでニュアンスがでるってのがおもしろいですね。
特にネットは文字の書き方がすべてですから、そういうところにこだわるかもしれないですね。
「うp」とか「おk」みたいなのもそうですね。
「うp」「おk」みたいなのは変換の足りないところをそのままにしてるわけですね。漢字がだんだん簡略化されてきた歴史に似てますね。
おそらく、辞書で扱おうとすると、「OK」の項目の中に、表記欄をつくって「俗に「おk」とも書く」みたいに書くかな。これ、奥川さん、三国の次の版でそうする可能性もありますね。
今回、文化庁が調査したんですよね、こういう表記を見たり使ったりしますか? という。
「国語に関する世論調査」で、「うp」「おk」を使いますかって、税金をつかって何という調査をしてるんだと。
いやまあでも大切なことだと思いますよ。
そうですか。

言葉は「気象衛星から見た雲」

これ、まとめになるかどうかわかりませんが「言葉は変化する」というのは言語学者にとっては常識でありまして「移りゆくこそ言葉なれ」という表現もあるぐらいでして、言葉は変わるんですね。

ところが、それを「乱れる」という価値判断を伴った言い方で表現する人もいる。言葉の乱れはけしからん。と、けれど、私はそうは考えてなくて、私は言葉は気象衛星から見た雲のようだという比喩を最近考えついたんです。

雲は朝に晩に表情をかえますね、色も変われば、形も、でも、その気象衛星で上から雲を見ていますと、変わるんですけれど、いつも、依然として雲なんです。
たしかに、似たようなところから、似たような雲はわきますね。
つまり、雲は変わらず雲であって、10年前の雲と、今の雲が全く違うということはない。

日本語も、語尾がかわったり、あっちこっち変えてるんです。変えてるんですが、依然として昔も今も日本語なんです。

千年前の言葉も、今の言葉も一緒なんです。主語述語、修飾語の構造。大づかみでいうと、品詞も変わってない。

言葉って変わるようで変わってないですね、という気がしますね。
言葉は雲
言葉は雲
日本語が変化しているといっても、大枠で日本語のルールの中で変化してますからね。
そうです、いろいろ新語は出てきてるんですが、西村さんがおっしゃるように、ちゃんと法則に基づいてるんです。エモいというのだってそうだし、名詞の形容詞化や動詞化だとか、メトニミーがとか、そういうルールに基づいて新語が作られている。

どうしてこういう言葉が広まってるのかな? というのを言葉の内部の問題として考えると、ちゃんと論理的に説明できたりするんですよね。

そこが面白いと思いますね。

こういうのでまとめになりますかね。
大丈夫です、とれ高があふれかえりましたね。
あ「とれ高」ね。
そう「とれ高」ね! とれ高、とれ高。
「とれ高」ってのはつまり、取材をして、どれだけ材料があつまったか、ということですか。
そうです、もともとテレビのバラエティ番組が使い始めて広まってますね。
「モヤさま」ですね。「とれ高大丈夫?」みたいなことを言うんですよ。たぶん、テレビ業界ではずーっと使われてたんでしょうけど、でも、この言葉を得てから取材の時「とれ高どうっすか?」って、確認しやすくなりましたよ。
新しい言葉ができると、コミュニケーションしやすくなりますよね。
なるほど、そうですか。
いまさらですけれど、言葉って便利ですよね。皆さんご存知とは思いますが……。

「今年の新語2016」まだまだ応募可能です!

すっかり忘れているかもしれないが、このインタビューは「今年の新語2016」についてであった。

「今年の新語2016」の新語の投稿は、11月30日まで応募可能だ。
ツイッターにハッシュタグ「#今年の新語2016」をつけてつぶやくか、公式サイトからフォームで投稿できる。

みんなもどんどん投稿しようぜ!

<もどる▽デイリーポータルZトップへ  

 

 
Ad by DailyPortalZ
 

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ
↓↓↓ここからまたトップページです↓↓↓