はっけんの水曜日 2016年11月16日
 

体内に30年埋まっていた鉛筆の芯を取り除く

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およそ30年前、弾みで左手の甲に深々と刺し、そのまま残ってしまった鉛筆の、芯。たくさんの出会いと別れを繰り返す中で、常に私の人生の傍らにありつづけた鉛筆の芯。そんな相棒とも呼べる存在を、先日ついに取り除きました。

さようなら、ありがとう。
この記事は、鉛筆ホクロ、君への弔辞です。

※写真と文章は別々の話としてお読みください。
1984年大阪出まれ、2011年からベトナム暮らし。日本から3600km離れた土地で、ダチョウに乗ったり、ドナルドのコスプレをしたり、札束風呂に入ったりしている。
> 個人サイト べとまる

30年間に渡って「これ鉛筆やで」と言い続けてきたホクロ

もしかして大きくなってない?取ろうか!
もしかして大きくなってない?取ろうか!
あんた食べ物の話はほんまよう覚えてるねぇ、と母からたまに言われます。

確かに、とんかつがあったとか、アイスクリームがあったとか、良い記憶も悪い記憶も背景に食べ物さえあればよく覚えている。ただひとつ、そんな自分にとって、食べ物がないにも関わらず強烈に覚えている記憶が「鉛筆を左手に刺したあのとき」です。
なんとベトナムに湘南美容外科が進出していた。
なんとベトナムに湘南美容外科が進出していた。
3歳の頃、キリッキリッに尖った鉛筆で遊んでいた私は、弾みで自分の左手の甲に刺してしまいました。泣き叫びながら母に助けを求めるも、「今電話中やからあとでね!」と言われ、その「あと」がいつまで経っても来ないまま、日に日に痛みが引いていくとともに私の体内に取り込まれていってしまったのです。
美容外科とか初めてだから緊張するなぁ…
美容外科とか初めてだから緊張するなぁ…
そして30年間ずっと、会話の流れで「それってホクロでしょ」とつっこまれるたびに「鉛筆の芯やで」と返してきたのですが、信じてくれる人はいませんでした。鉛筆の芯として見てもらうにはあまりにデカすぎたのかもしれません。もしかしたら、もとの鉛筆の芯と現在のホクロの比率が、そのまま30年間の左手の成長率と一致するのではないか。
「これ鉛筆なの」「はいそうなんです」
「これ鉛筆なの」「はいそうなんです」
ただ、一度だけ取るチャンスはありました。大学生になった頃に、なにかの節目と思ったのか母が言う、「あんたそれ鉛筆なんやろ?取ったら」と。「誰のお陰様でこうなっとんじゃい!」…と、母思いの私は言えなかったのですが、実害はなかったこともあって、「面倒やしええわ別に」と話を流してしまったのです。
「切開するしかないねー」「マジっすか…」
「切開するしかないねー」「マジっすか…」

なぜここに来て取ろうと思ったか

それからさらに13年の年月が経ち、数えて30年近くも連れ添ってきた鉛筆ホクロですが、なぜここに来て取ろうと思ったのか。理由は簡単、大きくなっていることに気付いたから。

やばいぞ…侵食されている?一瞬だけ、「もののけ姫のアシタカみたいでいいな」という思いが頭をよぎりましたが、鉛筆の芯には超人的な力が出るというメリットもありません。もしまだ30年40年は生きられるとすれば、今ここで取っておきたい。よし、取ろう。
30年か…
30年か…
そんなにいたんだなー、お前…
そんなにいたんだなー、お前…
しかし、ここでひとつ問題がありました。私は海外に住んでいるため、住民票を日本国内から抜いており、それに伴って健康保険証も持っていなかったのです。弱ったなぁ、どうしようかなぁ、そう思っていると「ホーチミンに湘南美容外科があるよ」という情報を教えてもらいまして、診てもらった訳であります。それが、冒頭で載せてきた写真です。

まぁ、結局、美容外科は保険が効かないので健康保険証も要らないということがあとになって分かったんですけどね。それでも現地で手っ取り早く、日本人医師の手で、日本よりも安く切除してもらえたので、結果的にはそれが最善の方法だったのですが。

参考として書いておくと、診察・手術・抜糸・薬の処方、すべて込みでおよそ二万円でした。ただ、異物の除去ということもあって特殊なケースで、純粋にホクロを取り除く手術だと2mm・3,000円程度から、日本だと同サイズで4,000円程度からになるそうです。
そして…手術当日!
そして…手術当日!
今こそ鉛筆ホクロを取り除く!!
今こそ鉛筆ホクロを取り除く!!
で、ここから手術がはじまるのですが…。その前に、30年間連れ添った鉛筆ホクロに別れの手紙を読むことにしました。私が、幼稚園に入り、小学校に入り、中学校、高校、大学、そして社会人、果てやベトナムに渡るまで、ずっと左手の甲の上にいた鉛筆ホクロ。到底、このまま何も言えずには別れられません。

この原稿は手術後に書いていますが、手紙の部分は前夜に左手の鉛筆の芯を見ながら書いた、本当の意味での手紙です。ここだけは正直、いろんな人に読んで楽しんでもらうための記事というよりは、私が私の鉛筆ホクロのことだけを思って書きました。本当にごめんなさい。読み進めていただいても、読み飛ばしていただいても、どちらでも結構です。

左手の甲にいるお前に、今さよならを告げたい。

まずは、30年間、ありがとうございました。

自分のホクロに対して話し掛けることは、これが最初で最後でしょう。そもそもお前は、明日の今頃は左手の甲の上に乗っかっていないのだから。捨てられるかなぁ?それとも小瓶に入れて持ってるかなぁ?親知らずだと後者のパターンもありますが、何しろホクロを除ることは生まれてはじめてです。前者でも恨まないでください。

なぜ私がこのようなメッセージを書いているかというと、明日の私は今の私と確実に違う人間だと思ったからです。意味が分からないと思うので説明します。30年間に渡って私は、左手の甲に鉛筆の芯が刺さった私として存在しました。

左手って、どんなときでも割と視界に入ります。キーボードを叩いているときなんてまさにそうですし、机に突っ伏すときも、トイレで気張るときも、どんなときだって私の視界の左斜め下にはお前ー、左手の甲の上の鉛筆の芯があった訳です。

そうすると、どうでしょうか、もはや切り離せないアイデンティティなんですよね。この顔が私を指し示すアイコンであるように、お前もまた私を指し示すアイコンなんです。

それを取り除くということは、極端に言えば、30年持ち続けてきたアイデンティティを捨てるということになります。冗談に聞こえるかもしれませんが、お前が私の思考の重要な部分を担っていたとすれば、私は明日の今頃には事切れているかもしれないのです。人体もまだまだ不思議が詰まってますから、その可能性はゼロじゃないと思うと少しずつ怖く感じてきます。それだけ、重要な存在だったんだと、今になって身に沁み入ります。

今の私の年齢に倍掛けると65歳とちょっと。なんだかまるで人生の折り返し地点でマイルストーンのようにホクロを置くみたいで、いやいやまだまだ生きたいよ!と思うのですが、少なくとも何かの節目になる気がして仕方ありません。

最後に、一言だけ、お前が私にいるうちに謝らせてください。中高生の頃に何度か、鏡を見て右手の人差し指でお前を隠し、「このホクロがなければ今よりちょっとはモテるかもしれん」と思っていたことがありました。

百歩譲って顔ならともかく、左手の甲が評価基準の異性ってどんなだよと今なら思いますが、何しろ思春期の男子が考えていたことなので許してください。

それでは最後の最後に、恥ずかしがらずに言います。

さようなら、相棒よ。

そして別れのときが来た

それでは、手術開始ー。
「最初の麻酔だけチクッとしますねー」「はい」
「最初の麻酔だけチクッとしますねー」「はい」
看護師の方に切開シーンもシッカリと撮っていただいたのですが、インターネット上に公開できるレベルのはるか向こうまで突き抜けているため、ここからは私の表情と会話のみでお送りいたします。
医「それにしてもすごいところにあるなぁ」私「え?」
医「それにしてもすごいところにあるなぁ」私「え?」
医「血管のすぐそば…」私「大丈夫なんですよね!?」
医「血管のすぐそば…」私「大丈夫なんですよね!?」
医「大丈夫大丈夫、仮に血が出ても大丈夫」私「…」 ※華麗なメスさばきのお陰で出血はありませんでした。
医「大丈夫大丈夫、仮に血が出ても大丈夫」私「…」
※華麗なメスさばきのお陰で出血はありませんでした。
医「ライターって大変ですね、身体張って」私「いやそのためのこれって訳じゃないです」
医「ライターって大変ですね、身体張って」私「いやそのためのこれって訳じゃないです」
カチャ、カチャカチャ…(器具を扱う音)
カチャ、カチャカチャ…(器具を扱う音)
看「そういえば」私「はい」
看「そういえば」私「はい」
看「私結構見てますよ!ネルソンさんのブログ」私「それ今言う!?」
看「私結構見てますよ!ネルソンさんのブログ」私「それ今言う!?」
看「スキューバダイビングの…」私「あ〜三年くらい前のやつですね」
看「スキューバダイビングの…」私「あ〜三年くらい前のやつですね」
看「あっ」私「えっ」
看「あっ」私「えっ」
看「ホクロとお別れの時が来ちゃいました…!」私「あっ…もう!」
看「ホクロとお別れの時が来ちゃいました…!」私「あっ…もう!」
という訳で、お医者さんと看護師さんの巧みなトークで(?)、あっという間に手術終了。当時は「たくさんネタ提供してくれるなぁ」くらいに思っていたのですが、今になって考えると、意識のある中での手術だったので気を紛らわせてくれたのかもしれません。楽しかった。手術が楽しかったって変な話だな。
元気な赤ちゃんですよ、みたいな写真が撮れた。
元気な赤ちゃんですよ、みたいな写真が撮れた。
ヒュ〜ッ! ※赤茶色の跡は消毒液です
ヒュ〜ッ! ※赤茶色の跡は消毒液です
いや〜!取れるもんですね〜!!
いや〜!取れるもんですね〜!!
さきほどの赤ちゃんとの初対面の写真では、なんだかんだで見えなかったので、ここではじめて切除した鉛筆ホクロを見させてもらうことに。
私「うわぁ、なんか…」
私「うわぁ、なんか…」
私「完全に、『死んだ魚の眼』じゃないの!」
私「完全に、『死んだ魚の眼』じゃないの!」
不特定多数にはとてもお見せできないシロモノですが、完全に死んだ魚の眼でした。

そうして鉛筆ホクロは星になりました

そんな手術から早三日が経ち、今この原稿を書いています。最初はジンジンと痛み、処方された痛み止めの薬が頼りでしたが、二日目の夜にはスッカリと引いていました。
そして今、こんな状態。
そして今、こんな状態。
鉛筆ホクロがあった位置には毛虫のような縫合跡がありますが、これも今週末には抜糸を行い、個人差はあるものの半年も経てば色も跡もほとんど目立たなくなるそうです。

持ち帰ることができるのか気になっていた肝心の鉛筆ホクロですが、「火葬したい」と伝えたところ、感染源としての管理上の問題で手元には戻らず、医療廃棄になるそうです。それは火葬なのか、土葬なのか、宇宙葬だったらいいな、そんな訳がないなと想像を巡らせつつ、いずれにせよ。湘南美容外科・ベトナム院の皆さま、よろしくお願いいたします。

いつしか、コンプレックスはアイデンティティになっていた

手紙で触れた通り、中高生の頃をピークとしていくらかのコンプレックスになっていた訳ですが、別れた今となると「切ない」といった感情が正直なところです。鉛筆ホクロは、知らないうちに私のコンプレックスからアイデンティティに変わっていたのだと思います。

だからといって手術に後悔を感じている訳でもなんでもなく、このまま放置して大きくさせるつもりは一切なかったので…。なんでしょうね、彼も「たくさんの出会いと別れ」のひとつだったのだなぁと、そのことを今はただただ無情に感じている。それだけです。

最後の最後に。完っ全っに!…出すタイミングを失っていたのですが、友人からホクロに寄せ書きしてもらったり、過去のホクロの写真でスライドショーをつくったりしたので、載せておきます。思いのほか感情移入しちゃって全然挟めなかったわ。ちくしょうめ。
むしろこちらの方が呪いのようだ(寄せ書きです)。
むしろこちらの方が呪いのようだ(寄せ書きです)。
書いてもらってるところ、現行犯逮捕のジェスチャーではありません。
書いてもらってるところ、現行犯逮捕のジェスチャーではありません。
ホクロのスライドショー、「時間を返せ」というクレームはナシで。
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