特集 2016年12月11日

書き出し小説大賞 第113回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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今年最後の書き出し小説である。
今年、書き出し小説は単行本第二弾「挫折を経て、猫は丸くなった」を上梓し、おまけに先日のアメトーークバブルで重版が掛かるという僥倖にも恵まれた。これも一重に書き出し作家のみなさんの研鑽の賜である。
激動の2016年。沢口靖子が最後のリッツパーティーを終え、ピコ太郎が世界デビューを果たしたこの年、書き出し小説がメディアの片隅で一瞬かすかな光芒を放ったことを私たちは忘れないだろう。それではめくるめく書き出しの世界へようこそ!

書き出し自由部門

あそこのイチョウだけあかるい。
xissa
あわよくばという顔をした犬が付いてくる。
ヘリコプター
口内炎を舌で結ぶ。僕だけの星座が浮かび上がる。
くのゐち
その朝、新聞受けに挟まっていたのは明日の新聞だった。
セッドあとむ
今年も父は一人でルミナリエに行った。
五捨六入
鉛筆を削りクロッキー帳を開く。冬の練り消しは固い。
unnnunn
顔じゃない、僕は君の静脈にばかり心がとらわれている。
ミミズグチュグチュ
化粧品おじさんは死んだ。ホームランが直撃して死んだ。
けー
アナコンダを着ている、と捉える事にした。
八重樫
灼熱地獄が近づいて、鈍行列車はにわかに沸き立った。
小夜子
「ここだけの話……」と大統領は全米放送で語りかけた。
茂具田
どういう表現が的確かは分からないが、とにかく会長のカツラが「もげた」。
g-udon
三日月を手で掬って飲むと、冷たい夜の味がした。
小柳はる
マッチ棒を2本だけ動かして、プロポーズした。
義ん母
引退すると決めてから、ストレートが少し伸びるようになった。
よしみん
VRを外すとそこは、2つ隣の県だった。
もろみじょうゆ
矢が矢を貫く、その変わらぬ愛しさで。
雨の日は寝る
眠れない布団の中で蛸になる。
大伴
ドヤ街は水底深く沈んでゆき、間をおいて、次々とポリバケツが浮かんだ。
TOKUNAGA
望遠鏡で初めて見たのは、宇宙のような彼女のそばかすだった。
あひる
あの時めっちゃ命乞いしてた自分思い出すと拙者もう死にたい。
ぜんじ(おぜんざい)
朝焼けに無数のモズが飛んで、もう逃げてもいいんだと思った。
豆ん棒
キャリーオーバーになるたび、蟹の鮮度は失われた。
たこフェリー
ただ、「そうじゃない」と言って欲しかっただけなんだ。
夏猫
競売の終わった家の庭に、冬の蝶がひらひらと舞っている。
ボーフラ
軽率な夫人は税吏に恋をした。
suzukishika
愛人の家にある知恵の輪がどうやっても外れないので、十年通っている。
松っこ
聞き馴染みのない名前の食べ物は、伯爵が考えたと言っておけば間違いない。
君と僕と雨
もし、これを読む人が居るとしたら、きっとがっかりするんだろうな。そう思いながら、アンケート用紙を「どちらでもない」で埋めていく。
Yuzie
部長がかくし芸で消されたまま、宴会はお開きとなった。
terayo
今回は先日のテレビ効果もあってか応募総数がおよそ15000通にも上った。これほどの数となると目を通すだけでかなりの時間が掛かる。しかし4年もやっているとある程度のコツを会得する。
たぶん私の選考は端から見るとすごい早さでメールを順繰っているようにしか見えないだろうが、面白い作品というのは不思議と目に飛び込んでくる。まさに作品に呼び止められるというか、流れる車窓から手を振る人を見つけるような感覚だ。ただ完成度の高い作品だけが目立つわけではない。多少いびつでも作者の気持ちが素直に伝わるもの、創作の楽しさが直に伝わるものに引き留められることが多い。もちろんこちらの体調や気分によって見過ごしてしまう作品もあるかもしれないが、キラリと光るものはやはり目がとまる。今回の採用作もそんな光った作品だ。

続いては規定部門。今回のモチーフは久々の名字シリーズ『長谷川』であった。今年最後の書き出し小説。メガ盛りで紹介しよう!

書き出し規定部門・モチーフ「長谷川」

やはり長谷川にはロング缶が似合う。
大伴
酔っ払うと長谷川先輩は溜まったTポイントを自慢してくる。
九官鳥級艦長
マグカップが温かい。長谷川は近くにいる。
東ことり
熊除けの鈴を鳴らしながら、長谷川が里に下りて来た。
g-udon
長谷川の腕時計は絵だった。
八重樫
「長谷川やってみるか?」印鑑作りの師匠が言った。
ぉっさん
長谷川の寝言は、やがて一片のポエムとなって、午後の授業を飾った。
タクタクさん
「1時間23分程遅れます」長谷川は時間に厳しいのではなく、時間に細かいだけだった。
哲ロマ
長谷側につくか、長谷川側につくか、どっちかに決めろ。
morin
長谷川が倒れ、体育館の鳩は一斉に飛び立った。
ぴすとる
拾った眼鏡で日常生活を送るのは長谷川ぐらいなものだった。
もんぜん
ししおどしに驚く様子は、昔の長谷川のままだった。
えむ毛
いろんな双子がいるが、本気で見分けがつかなかったのは長谷川兄弟だけだ。
井沢
長谷川は踊る。老人に指差されるまで、ずっと。
正夢の3人目
長谷川さんほど目立たなく、清楚でエッチな娘はいない。
うにねこ
こだまする長谷川コールの先に長谷川はいない。
ビールおかわり
長谷川さんは三種類のコーデュロイパンツを持っている。
xissa
突然、長谷川は名盤のライナーノーツのように自分語りを始めた。
うぃけっと
どんなに迷惑メールが来ようとも、長谷川はその短いメールアドレスを変えようとしなかった。
Mch
長谷川の意味深なキーホルダーは、捜査を大いに混乱させた。
ボーフラ
長谷川のおかげて校歌が出来たよ。
魚子
口が堅い人間かどうか確信が持てないまま、長谷川にすべてを打ち明けていた。
紀野珍
なぜか劣等感を抱いてしまう利根川であった。
ケンダマン
長谷川の幹事は高めになるので、裏ではそれを「長谷川税」と言っている。
いがそ君
その時はまだ、長谷川くんって呼んでたの。
思ひ出せない
長谷川の左側には野良猫が、右側にはハウスダストが集まり出した。
吉田髑髏
ヘソの絆創膏を剥がしてレーズンが出てきたら、その長谷川は当たりである。
マークパン助
長谷川はイタコの専門学校を主席で卒業し、今日、恐山に入山する。
スリーバント
先生の問いを受けて、長谷川は眼鏡に中指を添えて応えとした。
けー
時折、長谷川はその小さな緑色の体を少し揺らして僕に応えた。
ぐるりん
この部屋にいる全員が長谷川という苗字だという。俺は何らかの不気味なゲームが始まる予感に震えている。
高田
「お昼休みでーす」チャイムが壊れているときには代わり長谷川が叫んだ。
山本ゆうご
薄れていく意識の中で、やけに通報慣れしている長谷川が気になっていた。
suzukishika
その絵はワイングラスにも、向かい合う長谷川にも見えた。
義ん母
夏の間あんなに見かけた長谷川も、この時期になるとまばらにしか出てこない。
prefab
「しずかに」と長谷川は言った。それが飼っている甲殻類の名前だった。
東ことり
長谷川くんが投げる枕にだけ僅かな躊躇いを感じる。
TOKUNAGA
長谷川がいなくなって僕は何か変わっただろうか、変わるべきだろうか、変わりたいのだろうか。
お皿が乾くの3時間
長谷川は番付を上げ、しこ名も「長谷乃川」になった。
セッドあとむ
上履きの中の手紙には「下駄箱の上を見ろ」と書かれていた、長谷川サプライズの始まりである。
いがそ君
長谷川の息は冬じゃなくても白く、誰も理由は聞けなかった。
悠祐ゆっけ
私じゃない方の長谷川さんは、私より真面目で、私より手先が器用で、私より先に嫁いでいった。
090
ごめんなさい。長谷川とは被疑者と隣人のような関係でいたいの。
terayo
指相撲で相手の手の甲に親指を這わせてジッと攻撃の機会を待つ技を長谷川と言う。
マシマロ
僕たちは互いの長谷川を出し合った。
アビ太郎
午後からも遊ぶというのに、長谷川はゲームセンターで大きなぬいぐるみをゲットしていた。
雨の日は寝る
我が野球部はこれで、全員が長谷川となった。
石川セグウェイ
「本名の長谷川とあだ名の長谷川がおりますがどちらの長谷川でしょうか?」
位相
今人気のダンスボーカルユニットの中心メンバーHASEって、もしかして小学生の時赤ちゃんがどこから産まれてくるかを知って泣き出したあの長谷川君だろうか。
菅原 aka $UZY
「あんたの兄ちゃん、ノーベル平和賞もろたんやってな」「ええ、おかげで自転車がよう売れます」そういいながら、長谷川の次男はにこやかに捻子を締める。
fiftystep
「以上、長谷川でした」それが最期の言葉だった。
八重樫
これまで名字ものは「吉田」と「渡辺」を出した。面白いのはこうして採用作を並べると、なんとなく世間一般がその名字に対してイメージしているキャラが浮かんでくることだ。採用作ではないがこんな作品がある。「おバカな吉田くん、変な渡辺くん、二人を知った私には長谷川くんの平凡さが心地よかった。」(クタクタさん)たしかに吉田と渡辺の回はそんなキャラだったような気がする。そして今回の「長谷川」も本作どおり平凡、薄味なキャラ設定が多かった。いや、現実には脂ぎった長谷川さんや、エキセントリックな長谷川さんもいるだろう。しかし作中キャラとしての「長谷川」は引っ掛かる個性はあるものの、直接それを本人に聞くのはためらわれるというような、捕らえどころのない人物になっている。みなさんの浮かべる長谷川像とはどんな違いがあっただろうか。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
「正月」
次回のモチーフはズバリ正月。元旦だけではなく大晦日~三が日でオッケーです。家族で迎える正月、ひとりで過ごす正月、それぞれさまざまな正月をテーマに書き出しならぬ、書き初めをよろしくお願いします。 次回の締め切りは来年1月13日正午、発表は1月15日。下記の投稿フォームから自由、規定を選択して送って下さい。それでは来年も力作待ってます!
最終選考通過者

ろっさん/ウチボリ/にっくにく/いがそ君/まんまる地蔵/秋山/トミ子/しょうがぱん/コロンブスのたま子/ねもっ血風クン/ウリムク/ぴょん太/七世/あいんべ/kwsk/トキ田かねなり/一色一也/
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