はっけんの水曜日 2016年12月14日
 

闇市料理を食べてきた

果たして、そのお味は
果たして、そのお味は
戦後、政府の統制を外れたフリーダムな非合法市場が各地で栄えた。いわゆる、「闇市」だ。

そこでは日用品に加え、密造品のカストリ焼酎や謎の食料が売られていた。映画『仁義なき戦い』では、そんな闇市で田中邦衛が雑炊を食べるシーンがある。

非合法ゆえに決して明るく語られる世界ではないが、当時の飲食事情は体験してみたい。カストリ焼酎を飲みながら闇市料理を食べられるという夢(?)のようなトークイベント「闇市と青線〜闇市料理を食べながら〜」に行ってきた。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!

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男女比は半々で比較的若者が多い

同じ売春エリアでも、所轄警察が公認する「赤線」に対し、「青線」とは非公認エリアを指す。
こちらでございます
こちらでございます
会場は浅草橋のイベントスペース「浅草橋天才算数塾」。主催は吉原遊廓にある遊廓専門の書店「カストリ書房」だ。
「カストリ書房」店主の渡辺豪さん
「カストリ書房」店主の渡辺豪さん
1階には飲食カウンターがあり、2階でトークイベントが行われるとのこと。
真っ赤な壁が妖艶
真っ赤な壁が妖艶
講演者は闇市や戦後の売春に関するテーマで数々の著書を出版している藤木TDCさん。じつはずいぶん昔、『噂の真相』時代からコラムを読んでいたので、お会いできて光栄である。
近刊の『東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く』(実業之日本社)を手に
近刊の『東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く』(実業之日本社)を手に
テーマがテーマなので年配の男性客が中心かと思いきや、男女比は半々で比較的若者が多い。
トークイベントの様子
トークイベントの様子
2階はふだんアートギャラリーとして使われているため、壁には釘が出ている。
宮沢賢治風の注意書き
宮沢賢治風の注意書き
ここで、トークイベントの内容についてちょっと触れておきたい。

「代用うどん」が一杯5円

イベントでは興味深い写真をたくさん見ることができた。以下、『記録写真 終戦直後〈下〉―日本人が、ひたすらに生きた日々』(光文社)から3枚をご紹介する。いずれも進駐軍が撮影したものだ。
終戦直後の銀座
終戦直後の銀座
まだ路面電車が走っている時代の銀座。道沿いに露店がずらりと続き、奥の方には和光の時計台も見える。

藤木さんによれば、昭和24年に東京都が露店撤去令を発令。お金の補助とともに店を空き地などに移転させる「露店換地」が行われ、こうした風景は消えたという。
新橋の闇市の様子
新橋の闇市の様子
人、人、人で大にぎわい。新橋が現在のようにビルが立ち並ぶ風景になるのは、戦後20年以上も経った後のことだ。
飲食の屋台
飲食の屋台
この写真が面白いのは、当時「代用うどん」が一杯5円で売られていたということ。仕事が忙しいのだろうか、スーツ姿の男性がしゃがんだままかき込んでいる。

配給制でなかなか手に入らなかった小麦粉のかわりに、海藻の粉を使って麺類を作っていたそうだ。
吉祥寺「ハーモニカ横丁」
吉祥寺「ハーモニカ横丁」
この細い路地を縫うように店が並ぶ飲食店街は大好きでよく行くが、そもそものルーツは戦後の闇市だ。
新宿「ゴールデン街」
新宿「ゴールデン街」
最近は外国人観光客の姿も目立つここも、戦後はほとんどの店が飲食店の名目で青線営業を行っていた。しかし、1958年の「売春防止法」の施行によってすべて廃業し、現在のようなリアル飲食店街になった。
『わが青春の「盛り場」物語』(福富太郎著・河出書房新社)より引用
『わが青春の「盛り場」物語』(福富太郎著・河出書房新社)より引用
赤線は一箇所だけ(現在のサカゼンやアクタスがある一画)だが、青線は駅周辺に点在していたことがわかる。

ちなみに、よく言われる「名前の由来は警察が地図上に赤線、青線で囲んでいたから」という説は、藤木さんによれば「俗説でしょう」とのこと。

米や野菜は不足がちだが、海産物は豊富

トークを堪能した後は、カストリ焼酎と闇市料理が待つ1階に降りる。
本日のメニュー表
本日のメニュー表
「カストリは第二次世界大戦終戦直後の日本で出回った、粗悪な密造焼酎の俗称。酒粕を原料に蒸留して製造する『粕取り焼酎』が語源だが、本来の良質な粕取り焼酎とはまったく別のものである」(Wikipediaより)
右端の「花春焼酎」をいただきます
右端の「花春焼酎」をいただきます
こちらは300年を超える歴史ある蒸篭取りで蒸留された、酒粕本来の味を持つ「良質」な方の焼酎だ。
福島県会津若松産
福島県会津若松産
さらに、フードを注文。
「やきくじら」と「魚(ギョ)ロッケ」
「やきくじら」と「魚(ギョ)ロッケ」
「くじら肉は川口市の北海水産で調達しました。戦後当時、米や野菜は不足がちでしたが、海産物は意外にも豊富。くじら肉も貴重なタンパク源でした。横浜あたりの屋台では、モツよりくじら肉の方がメジャーだったようです」(藤木さん)

「魚ロッケ」も肉やじゃがいもの代わりにこうした海産物を使った闇市料理の代表。今では佐賀県唐津市のソウルフードとして話題になっている。
「おから寿司」
「おから寿司」
こちらも闇市料理の代表。当時、おからは豚のエサにするか捨てるかだったそうだが、米がないならそのおからで寿司を作ろうという発想だ。

寿司だと思い込めば、まあ寿司っぽいかな

いよいよ、いただきますよ。
思わず正座
思わず正座
深呼吸をして70年前の時代に思いを馳せる。

まずは、「カストリ焼酎」。初めて飲んだが、これはきっつい。焼酎というより泡盛的な強烈さがある。ソーダで割るなどすればまだ飲みやすくなるのだろうか。
続いて、「やきくじら」
続いて、「やきくじら」
うん、これは普通に美味しい。ただし、「当時の食材と調理法を完全に再現すると美味しくないので、現代風に多少アレンジしました」(藤木さん)ということなのだ。

そして、「魚ロッケ」。
犬の舌が出るSNOWアプリのようになった
犬の舌が出るSNOWアプリのようになった
こちらは、コロッケとはんぺんの中間ぐらいの食感が予想外。しかし、お酒のアテとしては人気が出そうな一品だ。

最後の「おから寿司」はお酢の効いたサラダみたいで、通常の米で作る寿司の食感とは違う。しかし、寿司だと思い込めば、まあ寿司っぽいかなという味だった。
サインをいただいて会場を後にする
サインをいただいて会場を後にする

ごちそうさまでした

カストリ焼酎はきっつい。闇市料理はそれぞれ美味しく食べられた。

ただし、いずれも戦後すぐのものを完全に再現したわけではないので、当時の人々はもう少し「我慢」して飲んだり食べたりしていたのだろうか。その味には「非合法」の市場というスリルも加わっていたはずだ。

ちなみに、藤木さんから「粕取焼酎はバイスサワー(原液)で割ると駄菓子屋風のベタベタした甘さが増強され、たいへん個性的な割りモノになることを発見しました」という貴重な情報をいただいた。こんど試してみたい。
本を買うとおまけでもらえる豆本
本を買うとおまけでもらえる豆本

<取材協力>

カストリ書房 http://kastoribookstore.blogspot.jp
藤木TDC
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