フェティッシュの火曜日 2017年2月7日
 

睡眠時遊行症で小2の頃に寝ながら小学校に行った話

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私は、ある話をするたびにずっと嘘つき呼ばわりされてきた。
寝ながら小学校に行った、という記憶だ。

いや、マジで!

実際、子どもが似た症状で…とお困りの人は確実に存在する。夢遊病体験者の私が、これがいかに恐ろしいものか語らせてほしい。最後には独自の対処法も書きました。夢遊病は子どもであれば誰でも起こり得る上に、最悪命に関わるものなので、読んで損はないだろう。ノーモア、夢遊病!
1984年大阪出まれ、2011年からベトナム暮らし。日本から3600km離れた土地で、ダチョウに乗ったり、ドナルドのコスプレをしたり、札束風呂に入ったりしている。
> 個人サイト べとまる

そんな「夢遊病」を改めて説明すると

写真では、26年経った今、当時の動向をトレースしたいと思います。
写真では、26年経った今、当時の動向をトレースしたいと思います。
正式には「睡眠時遊行症」。いわゆる「寝ぼけ」なんだけど、病と付くだけあってさらにぶっとんだ症状がそう呼ばれる。目は開き、立って歩き、ドアも開けたりするけど、目が覚めるとまるで覚えていない。神出鬼没の自己催眠。

10代前半までの子どもに多く、睡眠時の音や光も含めたストレスが原因だの、脳の成長過程で起こる現象だのと言われている。大人にもあるそうで、なんだったらいつもの習慣、料理や車の運転などをはじめてしまう事例まであるとのこと。もし原因を知りたいという方は、睡眠障害を扱っている病院に行って聞いてみてほしい。

まさしくピッタリと当てはまる症状が、小学生の低学年、とくに小2の頃の私の身に起こっていた。合計二回、一回目は当時通学していた小学校へ、二回目はコンビニ(ローソン)へ。なんだか桃太郎のはじまり(おじいさんは芝刈りへ…)みたいだなって今自分で笑ってしまったが、とにもかくにも本当なのだ。
「当時は眼鏡じゃなかった」と思って最後に外したが、見えなくなるのでまた付けた。
「当時は眼鏡じゃなかった」と思って最後に外したが、見えなくなるのでまた付けた。

夢遊病のときに繰り返す、同じ言葉に同じ夢

二回と書いたけど、実は、外出まではしない、家の中での夢遊病は何度もあった。もしかしたら両手では数え切れないくらいかもしれない。
靴も履いたし、
靴も履いたし、
鍵も開けました。
鍵も開けました。
そのときは決まって同じ言葉を何度も繰り返していた、「分からんわぁ」と。江戸時代の妖怪っぽいと思うとちょっと怖い。もちろん夢遊病の最中は意識がないので、これも家族から聞かされた話だ。水嶋家において、突如として次男が引き起こす自然災害のようなものだった。

実は先日、知人も昔は外に出るほどの夢遊病だったということが判明し(自分以外で初めて!)、「鍵開けますよね?」「開ける開ける!」とひとしきり夢遊病トークで盛り上がった。その人の決まり文句は、「行かなきゃ…」だったとのこと。それは本当に夢遊病なんだろうか、ひょっとすると宇宙人あたり一枚噛んでないか。

何かの間違いで夢遊病真っ最中の二人が同じ場にいたら、「分からんわぁ」「行かなきゃ…」と収集のつかない事態になっていたことだろう。それぞれ決まったセリフがあることは、必殺技のようでちょっとかっこよくもあるけど、ただただ寝ぼけているだけである。
フラッシュを焚くとご近所迷惑だったので、再現に当たって時間は忠実ではありません。
フラッシュを焚くとご近所迷惑だったので、再現に当たって時間は忠実ではありません。
夢遊病のときに見る夢も決まって同じだった。抽象的すぎて具体的に説明できないが、天国にいるような多幸感から、一気に暗転して無機質な鉄の壁で四方八方から無情に押しつぶされるというイメージ。

ただ、そのうちニ回は違う夢を見ており、ドラゴンボールの孫悟空(ただし身長が50メートル以上ある)がこちらに目掛けて飛んできて、慌てて隠れるんだけど、最終的に風圧だけで殺されるという内容だった。

圧倒的な力に潰されるという点は毎回同じで、宗教学の観点で言えば、当時の私にとって悟空は絶対的に抗えない神のような存在だったのかもしれない(でも宗教学は学んでないのでそのへんはつっこまないでほしい)。
寒いのでここからは上着を着させてください。
寒いのでここからは上着を着させてください。

当時の状況について母に聞く

そんな夢遊病の記憶。今こうして思い出しながら書いてはいるが、夢の内容以外は現場に居合わせた家族から聞いた、つまり二次情報だ。それなら家族の方がより覚えている、確認したいこともあったので母に聞いてみた。
たぶん、小1の頃の私。母のカメラがまるで武器。
たぶん、小1の頃の私。母のカメラがまるで武器。
私「当時のこと、覚えてる?」
母「覚えてるよ、夜8時くらいかな。たける(私の下の名前)以外みんなリビングにおって、ドアが閉まる音だけしたんやわ」

ただでさえ夜中に、家族が全員いる中でそれは怖い。

母「酔っぱらいやと思ったんやけど、もしかしてたける?って思って部屋見に行ったら、おらへん」
私「なんで俺やと思ったん?」
母「部屋にあんたしかおらんかったし、しょっちゅう寝ぼけてたから」
私「あぁ…」

そうか、本格的な夢遊病をしでかす前に何度も実績はあったか。
当時住んでいた間取りを書いてみました、なんか推理小説の補足イラストっぽい。
当時住んでいた間取りを書いてみました、なんか推理小説の補足イラストっぽい。
母「家中探してもどこにもおらんし、外かなと思って出て」
私「ドアの音から家を出るまで、何秒くらいの出来事?」
母「んー、すぐやで…10秒…いや15秒くらい?」
私「それで廊下に出て、おらんかったんよな?」
母「そうそう!」

私が確認したかったこととはこの時間だった。当時の家はマンションで、廊下の端にあり、エレベーターから最も遠かった。母の言うようにたった15秒で姿を消したとすると、エレベータまで小2の足で歩いてたどり着くことは不可能で、すぐ近くの階段を下ったことになる。
マンションからエレベーターまでの間取り。推理する謎は出てきません。
マンションからエレベーターまでの間取り。推理する謎は出てきません。
母「だから階段やろなと思って慌てて降りたけど、おらんかったんよー」

ということは…。

私「やっぱり俺、走ってるよな?」
母「うん、走ってる走ってるー!」

えらい軽いノリで言われたが、本人からすると戦々恐々だ。以前から薄々とは感じていたが、どう考えても私は寝ながらエレベーターまで走ってる。そうでなければ(当時住んでいた四階から)すぐに飛び降りていることになるが、だとすると夢遊病ではなくもはや狐憑きと考える方が自然だ。
再現。最後におかしくて笑ってしまったことで狂気が増した。
再現。最後におかしくて笑ってしまったことで狂気が増した。
私「訳分からんかったやろ」
母「そりゃもう、神隠しやと思ったわ!捜索願出す寸前やった」

神隠し、そりゃそうか。

親ではないが、大人になった今、自分の子どもが一晩にして姿を消すなんて状況は想像するだけでも戦慄する。25年以上経って今更申し訳なく感じてもしょうがないが、そこは勘弁してほしい、だって寝てたんだもの。案外、昔から言われる神隠しって、きっかけの一部は夢遊病なのかもしれない。

それでは、エレベーターまで走ったあとの私の動向をトレースしたい。

26年前の夢遊病をトレースする

それからエレベーターに乗って一階まで降りた私は、
それからエレベーターに乗って一階まで降りた私は、
ふらふらと(たぶん)歩きつづけた。
ふらふらと(たぶん)歩きつづけた。
几帳面に階段を昇り降りして、
几帳面に階段を昇り降りして、
信号を越え(!)、
信号を越え(!)、
ここにたどり着いたのだ。
ここにたどり着いたのだ。
今は違うお店になっているが、つい2,3年前までここはコンビニ(ローソン)が建っていた。物心がつく頃からあり、中1の頃に地元にファミリーマートができるまで、私にコンビニといえばローソンという印象を決定づけた存在だ。まぁ、そこはどうでもいいんだけど。

決まって日曜の朝は、親からお金を預かって、このローソンまで家族全員分の惣菜パン(俺はカレーパン)を買いに行っていた。夢遊病が起こったときにも、その習慣をなぞらったのだと思う。

これが二回目の夢遊病であり、親から捜索願を出される寸前まで行ったときの話。しかし、実は、一回目の小学校の方がさらに足を伸ばしている(ちなみにおよそ500メートル)。その旧ローソンの脇をさらに進み…。
旧お菓子工場の前を通り過ぎて、
旧お菓子工場の前を通り過ぎて、
当時通っていた小学校の前に到着した。
当時通っていた小学校の前に到着した。
徘徊感が、
徘徊感が、
実によく出ている。
実によく出ている。
目が覚めたときのことは今でもありありと覚えている。気づくと目の前には小学校があり、背後の音に気付いて目をやると、知らないおじさんがドーベルマンに小便をさせていた。まるで夜の小学校に呼ばれてしまったようで今考えると恐怖しかないが、寝起きでぼんやりしていたので、「帰るか…」と割と冷静に対処したことを覚えている。
犬の小便をジェスチャーで友人に説明する私。
犬の小便をジェスチャーで友人に説明する私。

新たな事実と26年に渡る記憶違い

以上が夢遊病の顛末だが、当時のことを改めて母や兄など家族から詳しく聞いたところ、はじめて知ったり、間違って覚えていたことがいくつかあった。

・失踪から30分後に私は帰宅した。
・父親にめちゃくちゃ怒られた、寝てたのに。
・当時は家族騒然で、怪奇現象が起こったようだった。
・二回目の夢遊病の夜、歯の矯正器具を付けて寝るはじめての夜だった。
・小学校の前で小便していたのは、実はドーベルマンではなく私だった…?


冒頭で「夢遊病の原因はストレス」と書いた通り、二回目は歯の矯正が最大の原因だったのだろう。確かに、当時付けていた就寝前に付けるタイプの矯正器具は、外したあともしばらく鈍い痛みが残るほどに強力なものだった。いろんな説があるとはいえ、理に適った体験をしているため、私はストレス原因説を支持したい。

一回目も、はじめて一人で留守番をした夜で、孤独と恐怖を紛らわそうと観ていた「カトちゃんケンちゃんのごきげんテレビ」がいきなりホラードラマ回をぶっこんできて、さらに恐怖(ストレス)が極まって発症したのだと思う。

この放送回について誰か書いていないかと思い、ネットで探すとそもそもの映像が簡単に見つかった。著作権の都合上ここに載せられないが、気になる人は先の番組名と「カマキリ男」というキーワードで調べてみてほしい。夢遊病の細部はやたらと覚えているのに、カマキリ男の顔を完全に忘れていたところに、「脳って便利なもんだな」と思う。動画へのコメントを見る限り、私だけではなく当時の子どもたちの多くにトラウマを植え付けたようだ。昔のテレビは良くも悪くもひどいな。

ドーベルマンの件は、兄から聞いた話だが、今鮮明に思い出した。おじさんがドーベルマンを小便させていたことは事実で、それを見て尿意を催した私もその場で立ち小便をしたんだ。当然、ふつうはやらないが、それこそ夢うつつだったので「まぁいいか」と思ったんだった。きっと兄にも当初はそう話していたのだろうけど、恥ずかしくなって知らず知らずのうちに説明を変えて、自らの記憶すら改変していたのだ。もう一度言うが、脳ってすごい。

もしもお子さんが夢遊病になったら…香りと味で対処して!

無意識にいつもの行動を繰り返す夢遊病。目を開けていても意識はないので、二度も横断歩道を渡ったことは実に危なっかしい。家で寝ていたはずが、車にはねられて起きたときには入院していたという可能性もゼロではない。それでも両親が私を通院させなかった理由は、聞いてはいないが、夢遊病は10代の前半までに自然に治まるそうで(実際に私も外出は小2の時のみで、中学以降は立つこともなかった)、それを知っていたからなのかもしれないし、母が幾度にも渡る夢遊病との戦いの中でついに対処法を見つけたからなのかもしれない。
あれはBBQ味のポテトチップスだった(写真はベトナムで買ったやつ)。
あれはBBQ味のポテトチップスだった(写真はベトナムで買ったやつ)。
夢遊病の最中は深い眠りにある状態なので、声を掛けても肩を叩いても反応は鈍い。そこで母が見つけ出した対処法が、「食べ物を口にあてがう」というものだった。当時食いしん坊の肥満児童だった私に、まさに「食べ物で(意識を)釣る」を実践した訳だけど、これが大当たりで、生還(?)した記憶には、困り顔の母が「ほら、食べ!」と私の口元にポテトチップスを近づけている光景が残っている。

今、両親はホームベーカリーでのパンづくりにハマっていて、帰省中に早朝からパンを焼き上げる香りで何度も何度も起こされてちょっとイラッとしていた。つまりそれだけ香りや味は人を目覚めさせるに有効だ! 実践されたし。

寝言に返事すると危ないって言うけど、寝言で返事させられていた俺

兄から聞いた新事実で、私が夢遊病で「分からんわぁ」と言っている最中に、兄と妹が二人で私とコンタクトを試みていたらしい。といっても起こそうとする訳ではなく、「1+1は?」「…分からんわぁ」とやって、「返事した!」とか言ってキャッキャと楽しんでいたそうだ。兄弟をなんだと思っているんだ。でも想像すると笑ってしまう、悔しい。
通り道にあった看板。
通り道にあった看板。
夢「遊」病はセーフだよね?そもそも危険か。
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