特集 2017年2月26日

書き出し小説大賞 第117回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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村上春樹の新刊が話題である。それにしても新刊のたびに行列ができる作家は彼くらいではないか。そして私はこのニュースを聞く度に、満員のカウンターで新刊を読む読者と、厨房で執筆に励む村上春樹氏を想像してしまう。それでは今回もめくるめく書き出しの世界へご案内しよう。

書き出し自由部門

部長をリフティングしてしまった。
もんぜん
渋滞を抜けると、懐かしいコロニーが見えてきた。
Mch
感情の帝王は薔薇が苦手だった。
早計層
無慈悲なかかとが赤い椿を踏み散らした。白い踝はただただ美しい。
夏猫
たっぷり時間をかけて、液体金属型アンドロイドが網戸を通過する。
紀野珍
嫁は首の後ろの皮をつままれたハムスターに似ている。
prefab
全面がデコられた棺の中で、渋谷最強の黒ギャルは眠る。
prefab
自分にも過払い金があるのではと兄上に相談した。
g-udon
泣く女から預った五千円札は、苛立つ男への釣銭になった。
けー
和尚の頭部は悪霊を吸って伸びきったままだ。
terayo
欠如した倫理観を集めたてみたら大きなひとつの花になった。
お豆腐大将
指示された火加減を維持したまま、吹きこぼれるのを見ている。
suzukishika
私が降りようとすると、紳士は吊革をしっかり掴んでその身を大きくしならせた。
suzukishika
「事件を二つ用意しました」
ただぼ
上に立ってみて確信した。やっぱりこの土俵は小さいし、歪んでいる。
どんちょう
壁ドンしたもののカレンダーのほうに目がいった。
井沢
美しい声に誘われて湖まで行ったのにおじさんしかいない。
茂具田
食パンは予想どうりの味でシた。
TOKUNAGA
もんぜん氏「部長をリフティング~」つま先で数秒静止させたい。Mch氏「渋滞を抜けると~」景色が空まで歪曲して広がってる感じね。紀野珍氏「たっぷり時間を~」ターミネーター2のアイツ、網戸ネタ強し。prefab氏「全面がデコられた~」ほとんどファラオ。g-udon氏「自分にも過払い金~」”兄上”のバカ兄弟ぶりがいい。過払いの件は『ない』と断言できる。terayo氏「和尚の頭部は~」縦に伸びているのか後頭部が伸びてるのか、気になる。suzukishika氏「私が降りようとすると~」正確な描写力だけで物語性を浮かび上がらせた秀作。ただぼ氏「事件をふたつ~」シンプルイズベストな引きのある書き出し。井沢氏「壁ドンしたものの~」カレンダー相手に壁ドンもいいかも。TOKUNAGA氏「食パンは~」ただ奇をてらうだけでなく『シ』にちゃんと必然性を感じさせる。さすが名人。

続いては規定部門、今回のテーマは『端役』であった。物語の日陰に咲く、名も無き人物たちのつぶやきをどうぞ。

書き出し規定部門・モチーフ「端役」

防犯カメラ映像では主役だった。
ビールおかわり
街を歩けば、誰かの人生のエキストラなのだ。
ふじーよしたか
刑事が来た時に巻くカーラーがない。
井沢
「お隣さんなら引っ越しましたよ」ってお隣さん言ってましたよ。
たこフェリー
妻の出産を見届け、悪の組織の一員になる。
あひる
主演の2人以外、全て俺が演じた。
terayo
あいつのことなんか放っておこうぜ。言った瞬間あいつは主役になった。
七世
ここは極道役と刑事役、どっちの楽屋なんだろう。
けー
端役の講演会はサクラで埋まった。
五捨六入
今の西暦を変な服装の男に教えてやった。
ヘリコプター
叫びで五年、倒れで五年。一人前の切られ役になるのにざっと十年はかかる。
東ことり
俺は乾いた蛍光ペンだ。
まじいい
クランクアップの拍手は、落ちた溝の中で聞いた。
園芸係長
思えば、相席の男はフラッシュモブじみていた。
ろっさん
待ちくたびれてタイミングをはずす。
xissa
死ぬほど練習した「ゲヘヘ」を放った。
大伴
「木の役」での初舞台から数十年、遂にたった一人で「森」を演じ切った。
八重樫
給食のシーン。皆んなのシュウマイに少しずつ醤油を垂らしていた子がいたでしょう?
魚子
五人囃子の中でも一番セリフが少なかった。
義ん母
俺の出演時間中に願い事を三回唱えられるかな。
吉田髑髏
“肛門科の待合患者”なら俺の右に出る役者はいないと自負していた。あいつに会うまでは。
園芸係長
この映画はダメだなと、十五年来のモブ仲間である清水と目を合わせる。
紀野珍
主人公が救えなかった世界に、僕は生き残ってしまった。
タノツ
たった一言の台詞が言えなくて、歌にした。
g-udon
その後も撮影快調だと、留置所できいた。
TOKUNAGA
作品は大まかに「端役的な人生」をテーマにしたものと「端役の役者」をテーマにしたものに分かれた。言うまでもなく人生の主役は本人である。しかし職場、あるいは家庭において、人はそれぞれの役柄を演じなければならず、それは必ずしも主役ではない。だが中心にいないからこそ得られる視点もある。昔ある本で推理小説でもっとも現場を冷静に見ているのは探偵ではなく、関係ないブスである、という一文を読んだことがある。物語とは関係ない端役が、実は一番物語を楽しめる立場かもしれない。最近よく聞くスピンオフ企画などを見ても、時代はいま端役の視点を求めているのではないだろうか。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
「アルバイト」
次回のテーマはアルバイト、代表的なアルバイトとしてまず思い浮かぶのはコンビニ、カフェ、居酒屋、ファーストフードといった外食産業、宅配や土木関係などガテン系、交通量調査や測量など、変わったもの、珍しいものもあるだろう。バイト先には店長、先輩がいてキャラも豊富、バイト目線でもいいし客目線でもいい、とっつき安いテーマだと思う。締め切りは3月10日正午、発表は12日を予定している。下記の投稿フォームから自由、規定を選択して送って欲しい。力作待ってます!
最終選考通過者

ウウタルレロ/iahon/あひる/tatsu298/のら/石川セグウェイ/雨の日は寝る/ホウソウブ/八王寺義昭/ウチボリ//藤井 硫/あや幹部/トミ子/ねもっ血風クン/もろみじょうゆ/君と僕と雨/お皿が乾くの3時間/よた/ねこがたの/
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