特集 2017年4月26日

高円寺駅長「オシータ」さんは腕相撲も超強かった

ゴジータならぬオシータ登場
ゴジータならぬオシータ登場
高円寺に住んで、はや15年。JR中央線の高円寺駅は、あくまでも移動のために利用する通過ポイントにすぎなかった。

しかし数ヶ月前、駅構内に貼られたポスターを見てふと思った。「そういえば、毎日のようにお世話になっている駅員さんとは交流がないな」。

喫茶店や飲み屋の店員さんとは異なり、やはり距離感があるのだ。これを機に彼らの人となりを知り、距離をぐっと縮めたい。

読み進めるほどに濃い話が出てきます。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!(動画インタビュー)

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上部機関のOKが出ればアイデア採用

JR東日本が今年1月から2月まで実施した「ドラゴンボールスタンプラリー」。高円寺駅で押せるキャラクタースタンプは「ゴジータ」である。

実施期間中、高円寺駅構内には「私が駅長のオシータ(押田)だああああぁぁぁぁ!!!!」というセリフとともに、駅長自らがポーズをキメるポスターが貼られた。名前をもじったパロディだ。
高円寺には14もの商店街がある
高円寺には14もの商店街がある
これ以外にも女性駅員が登場するバージョンなどがあり、「テンション高いな…」などとSNS上で大いに話題になった。僕を含めて「こんな自由でいいの? 会社から怒られないの?」と驚いた人も多いようだ。

そのあたりの事情をぜひ聞いてみたいと思い、取材依頼をした。
1日の乗降客数は約5万人
1日の乗降客数は約5万人
ピッと通りますよ
ピッと通りますよ
対応してくれたのは、なんと駅長本人である。
第44代駅長の押田秀夫さん(57歳)
第44代駅長の押田秀夫さん(57歳)
「あのポスターは『イベントを盛り上げよう』とスタッフ同士で話し合ってできたもの。各駅で生まれたアイデアはお客様の目に触れてよいものかという判断を上部機関に確認を行い、OKが出れば掲出可能となります。多くの人が楽しんでくれたようで嬉しいですね」

高円寺駅の開業は1922年(大正11)だが、押田さんは2016年10月に駅長に就任したばかり。国鉄時代に入社し、様々な駅で働いてきた。駅長は初経験だという。

「他にも、社会人野球の選手や会社のスポーツクラブのインストラクターも経験しました。野球のポジションですか? サードとセカンドでした。キャッチャーっぽいとよく言われますが(笑)」

高円寺の印象も聞いてみた。

「古いものと新しいものの調和が取れている街全体の雰囲気が好きですね。おいしい飲食店がたくさんあるのも嬉しい。遅くまで飲む方が多いせいか、朝のラッシュ時かと見間違うような終電間際の混雑具合も高円寺ならではでしょう(笑)」
たしかに、なかなか家に帰れない街である
たしかに、なかなか家に帰れない街である

阿波おどりの2日間は延べ150人のスペシャル態勢

満を持して、例のポスターを見せてもらった。
背中の角度が完全に一致している
背中の角度が完全に一致している
なお、今回は二人の女性駅員さんも取材に同席してくれている。
左・白石愛さん(25歳)、右・河野智恵理さん(28歳)
左・白石愛さん(25歳)、右・河野智恵理さん(28歳)
押田さんによれば、新入社員募集の際は営業系(駅業務)と技術系(施設・電気など)に分かれて募集があり、彼女たちは営業系統希望で入社した社員とのこと。また、一般的には駅業務→車掌→運転士→駅業務というループで職務が変わるだそうだ。

「勤務形態は、泊まり、明け、泊まり、明けというシステムで、構内に宿泊室もあります」(押田さん)

ところで、JRへの入社を希望するということは、やはり多かれ少なかれ鉄ヲタの要素をお持ちなんだろうか。

回答は、河野さんが「いまだに電車の乗り換えがうまくできないほどの鉄道音痴です(笑)」、白石さんが「私も仕事以外では特に興味はありません(笑)」という意外なものだった。

今回、とくに聞きたかったのは混雑時の対応だ。朝夕のラッシュ時はもちろん、8月の阿波おどりには100万人近くの人が高円寺を訪れる。

「ラッシュ時も含め、通常は6、7人で回しています。ただ、阿波おどりの2日間はスペシャル態勢で延べ150人以上の応援を頼みます」(押田さん)
純情商店街を進む踊りの連
純情商店街を進む踊りの連
個人的にも人が多すぎてホームから駅の外に出るまで20分ぐらいかかったこともあるので、事情をよく知っている人は隣の阿佐ヶ谷駅で降りて徒歩で高円寺に向かうのだ。

また、駅長室には貴重な写真や資料がたくさんあった。高円寺関連の新聞スクラップを見ると、1962年(昭和37)に「高円寺のバカ踊り」というタイトルの記事も。「阿波おどり」という名称になったのは、この翌年だ。

マジックハンドは平均して1日1回は使う

そもそも、駅員さんと話す機会はなかなかない。それぞれの趣味についても聞いてみた。

まず、押田さんは読書とウェイトトレーニング。昔はアームレスリングで全日本大会に出場したことがあるそうだ。腕相撲が強い駅長。悟空ですら歯が立たなかったボスキャラも倒せそうで心強い。
お二人はみどりの窓口と改札業務を担当
お二人はみどりの窓口と改札業務を担当
河野さんと白石さんにも趣味を聞くと「旅行」「映画鑑賞」という答え。ライターとしてはさらに突っ込む必要がある。

口を揃えて「えー、恥ずかしい…」と言いながら教えてくれたところ、河野さんは豆苗が育つのを見守ること。「根っこだけ残してまた植えると短期間ですごい勢いで成長するんです」。

白石さんはKis-My-Ft2の大ファンだった。「推しですか? あの、宮田くんっていう後ろの方の…わかんないと思いますが」。

親近感が一気に増した。大いに満足したところで仕事の話に戻す。

駅員の仕事は多岐にわたる。驚いたのは終電後のトイレ掃除もそのひとつだということ。さらに、最近力を入れているのは車椅子の方や目が不自由な方への声かけサポートだという。

また、外国人の駅利用客も増えたため、4ヶ国語の問答集を用意して適切に案内できるようにしている。
英語を話せない人も多いらしい
英語を話せない人も多いらしい
業界用語というか符丁みたいなものはあるのだろうか。

「キャンセルのことを『トケ』って言いますね。取り消しの意味で。あと、みどりの窓口は『出札』、各駅停車は『緩行』とか」(河野さん)

そして、線路に落ちたものをマジックハンドで拾うのも駅員さんの仕事だ。
これですね
これですね
せっかくのなで実物を見せてもらった。
実物を初めて見た
実物を初めて見た
「平均すると1日に1回は使います。靴とか帽子とか書類とか、いろいろ落とされますが、一番多いのはスマホでしょうか。紙の資料が散らばった時は大変でした(笑)」(白石さん)
僕のスマホを器用に拾う白石さん
僕のスマホを器用に拾う白石さん
「落し物という意味では、市販のお弁当やハンバーガーとポテトのセットがたまにベンチに置きっぱなしになっていることがあって、あれは謎です(笑)」(押田さん)

通勤時間帯に聞ける元気な構内アナウンスは河野さん

なお、4月は定期を購入する人が多いため、みどりの窓口が混雑する。
実際に行列ができていた
実際に行列ができていた
発券は「マルス」(MARS : Multi Access seat Reservation System)というオンラインシステムで行われ、ベテランともなるとものすごいスピードでこれを操作する。

「1台しかないので練習はできなくて、実践で覚えるしかないんです」(河野さん)
すでにベテランの域に達した河野さん
すでにベテランの域に達した河野さん
ちなみに、高円寺駅では朝の通勤時間帯に元気な声の構内アナウンスが聞けるが、あれも河野さんだそうだ。

しかし、アナウンスでは白石さんも負けてはいない。トラブルなどで地下鉄東西線との直通運転が中止された時に流れる音声ガイドは白石さんによるものだという。

「緊張して何度も録り直しました(笑)」(白石さん)
ちょうど人身事故の表示
ちょうど人身事故の表示
ひととおり話を聞いたのち、押田さんとともに構内を巡った。ポスターの掲示や誘導ステッカー作りなども駅員が行っているそうだ。
さりげなく飾られていた桜の造花
さりげなく飾られていた桜の造花
のぼり、のぼり、のぼり
のぼり、のぼり、のぼり
中央線といえばオレンジ
中央線といえばオレンジ
なお、高円寺駅のホームの端っこから遠く富士山が拝めるのだ。この日はあいにくの曇り空で残念ながら見えなかった。
「この方角ですね。見えると気持ちいいんですよ」
「この方角ですね。見えると気持ちいいんですよ」

ご当地スナックがもらえるキャンペーン

また、1番線ホームからはなぜか逆さまに貼られた風俗求人の看板がある。ずっと気になっているが、おそらく押田さんは事情を知らないだろうから触れなかった。
人の目を引くため?
人の目を引くため?
改札の脇にはキャンペーンのポスター。これはJR東京支社の全駅で行っているもので、定期券を購入した人は「おやつ」がもらえるのだ。
実施期間は5月7日まで
実施期間は5月7日まで
このようなご当地スナックがもらえる
このようなご当地スナックがもらえる
区内の保育園児からのお礼状
区内の保育園児からのお礼状
至れり尽くせりの取材対応であった。このままお別れするのは寂しい。ふと思いついて、オシータさんとガチンコで腕相撲対決をすることにした。じつは少々自信があるのだ。
まったく動かない
まったく動かない

駅長みずから朝の挨拶運動

最後にいい話を。押田さんは昨年10月の赴任以来、朝の通勤時間帯に改札内に立って利用客一人一人に挨拶をしているのだ。

「顔を覚えてもらえたらと思って。最初は会釈程度だった方も、だんだん笑顔で挨拶を返してくれます。先日は『今日で定年退職です』と報告してくれた女性もいましたね」(押田さん)

取材後、高円寺の知り合いにその話をすると「ああ、知ってる! あの人駅長さんなんだ。明日からちゃんと挨拶しようかな」という反応が返ってきた。駅長の赴任期間は2、3年。僕はあと何回オシータさんに挨拶できるだろうか。
通行の邪魔にならない定位置
通行の邪魔にならない定位置
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