特集 2017年5月25日
 

すしをダンボール箱に入れたらリアルになった

寿司をダンボール箱にいったん入れたりしました。これが楽しい。
寿司をダンボール箱にいったん入れたりしました。これが楽しい。
大きいつづらと小さいつづら、中身が同じなら大きい方がいいじゃないか。

箱が大きいほど、うれしいのだ。

そう思ったので試してみたい。
1986年埼玉生まれ、埼玉育ち。大学ではコミュニケーション論を学ぶ。しかし社会に出るためのコミュニケーション力は養えず悲しむ。インドに行ったことがある。NHKのドラマに出たことがある(エキストラで)。

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箱を開ける喜び

先日Amazonから注文した品が届いて、箱を開けたらツナ缶が1つ、このようにパッケージングされて出てきた。
一辺30cmくらいの箱
一辺30cmくらいの箱
あけたらツナ缶がポロンと入っていた
あけたらツナ缶がポロンと入っていた
ツナ缶が箱の底にいるだけなのに、まるで宝石がたたずんでいるような「オレだよ、オレ」的なアフォーダンスを強烈に発している。そこが世界の中心かと思うほど雄々しい姿だ。
おれだよ
おれだよ
ふつうに缶詰を買ったらありえないだろう「うれしさ」が湧き上がってきた。ああ、箱。箱という劇場である。

こういうのはAmazonを定期的に使う人間なら一度や二度遭遇したことがあるかもしれない。が、そのときはなんというかあらためて、この奇異さを再発見したのだ(心が弱っていたのかもしれない)。

箱が大きいとうれしい

大きいつづらと小さいつづらという、昔話における典型的な二択がある。一般的にあれは「大きいつづら=強欲=罪=不幸=神に愛されない」という論理なっている。

あらためて考えると、中身が同じなのであれば大きなつづらのほうがうれしいのではないか。大きいつづらのほうが神に愛されるはずだ。

ダンボール屋でダンボールを買う

さて、ダンボール箱を用意するわけだが、偶然にも会社のすぐ近くにダンボール箱を売っている店があった。ダンボール箱屋だ。(梱包資材が売られてます)
ダンボール箱が店の前にディスプレイされていた
ダンボール箱が店の前にディスプレイされていた
何種類かのサイズがあるようだ。
何種類かのサイズがあるようだ。
買った。手で持ってきたので新宿の強風に吹かれて飛ばされそうになった。
買った。手で持ってきたので新宿の強風に吹かれて飛ばされそうになった。
これを箱にする。Amazonの箱のようにベリベリと破ってあけるのが理想だが、それだと一回限りしかつかえず、もったいない。

そこで、こうした。
箱のフタ部分に面ファスナーをつけた。これで何度でも開封できる。
箱のフタ部分に面ファスナーをつけた。これで何度でも開封できる。
さあ準備は万端だ。ここにたいしたことのないものをいれよう。

ツナ缶をあけてみる

まずはツナ缶をもう一度試してみよう。あの感動は心の弱さから来るものだったのか。
このサイズの箱にツナ缶が入っていることはまずない
このサイズの箱にツナ缶が入っていることはまずない
あけます。べりっ。
おっ…
おっ…
おお……
おお……
入っているな、という感じがする。そりゃそうなわけであるが、しかし、ふつう何かにツナ缶が入っていてもあえて「入っているな」とは思わないので、これは特別な体験であると言っていいだろう。

ツナ缶の素材がかわったわけではない。装飾が豪華になったわけでもなければ、美しくもりつけられたわけでもない。

ただ空間が、ツナ缶を特別なものに見せている感じがする。箱の中の空間を豪勢に使っているというあり方が、ラグジュアリーさを生み出しているのだろうか。ともかく、入っているな。

さてここまでで2回箱を開けてツナ缶を見るという出来事しか起こっていない(つまり何も起きてない)が、これをいろいろなもので展開させたい、というのが今回の記事の趣旨である。

心の準備をして、次のページへ行ってもらいたい。

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