特集 2017年5月27日
 

2017年女川の旅

宮城県の女川町に、新しい街ができていました。
宮城県の女川町に、新しい街ができていました。
2011年に起きた東日本大震災において、巨大津波によって甚大な被害を受けた宮城県の女川町。

女川には震災の前から何度か来ているのだが、2017年となった現在は、一体どうなったのかなと観光をしてきた。
趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。

前の記事:「東北新幹線で売っているアレ以外のほや珍味を求めて」
> 個人サイト 私的標本 趣味の製麺

1泊2日で女川へ

当サイトの「東北新幹線で売っているアレ以外のほや珍味を求めて」という記事のために、宮城県の石巻市と女川町へと行くことになった。

行くことになったというか、行きたいから取材の企画を立てたというところもある。とにかくだ、せっかく行くのだから女川に一泊して、うまいもんでも食べてやろうと思ったわけだ。

2010年の女川

2017年現在の紹介をする前に、2010年の様子から振り返る。

女川で一番活気のある場所は、女川駅と女川港に掛けてのエリア。マリンパル女川という観光施設や、海産物を扱う土産物屋や食堂が集まっていて、毎月のように何かしらのイベントがおこなわれていた。
左の建物がマリンパル女川。館長は女川町出身の中村雅俊さん。
左の建物がマリンパル女川。館長は女川町出身の中村雅俊さん。
全国でも有数のサンマ水揚げ量を誇る女川港。金華山へ渡る船も出ている。
全国でも有数のサンマ水揚げ量を誇る女川港。金華山へ渡る船も出ている。
ウニ祭りとかホヤ祭りとか、毎月のようにイベントがおこなわれていた。その雰囲気は「ほや祭りでほや料理を食べてきた」でどうぞ。
ウニ祭りとかホヤ祭りとか、毎月のようにイベントがおこなわれていた。その雰囲気は「ほや祭りでほや料理を食べてきた」でどうぞ。
海産物好きには堪らない街でした。
海産物好きには堪らない街でした。

2012年の女川

続いては震災翌年の女川の様子。

どうにかがれきの撤去が終わったという段階だった。

何もなくなった街を見て、呆然としてしまった。
高台にある地域医療センター前からの眺め。この撮影している場所まで津波はやってきた。
高台にある地域医療センター前からの眺め。この撮影している場所まで津波はやってきた。
ここに街があった。
ここに街があった。
海側から見た地域医療センター方向。上の写真の撮影ポイントが、この写真の右端中央あたり。
海側から見た地域医療センター方向。上の写真の撮影ポイントが、この写真の右端中央あたり。
まだまだ観光を楽しめる状態ではなく、ご飯が食べられるところは、いち早く店を出した港前の「おかせい」くらいだった。
女川丼という名前の海鮮丼が名物。
女川丼という名前の海鮮丼が名物。
津波の被害を免れた場所にできた仮設の商店街。
津波の被害を免れた場所にできた仮設の商店街。

2015年の女川

そして2015年になると、ようやく女川への鉄道が復活し、駅には立派な温泉施設がオープンした。駅ビルならぬ駅ブロだ。

とはいえ、港周辺はまだまだ工事中のところがほとんど。

この頃の様子は「ホヤの魅力を堪能するツアーにいってきた」に書かせていただいた。
女川駅にオープンした温泉施設、女川温泉ゆぽっぽ。
女川駅にオープンした温泉施設、女川温泉ゆぽっぽ。
駅前は絶賛工事中。
駅前は絶賛工事中。
地域センター前から。パノラマ写真って難しいですね。
地域センター前から。パノラマ写真って難しいですね。
観光をするにはちょっと早いが、今しか見られない女川の街があった。
観光をするにはちょっと早いが、今しか見られない女川の街があった。
女川の未来予想図が掲示されていたが、ぜんぜんピンとこない。
女川の未来予想図が掲示されていたが、ぜんぜんピンとこない。
女川駅前には店が全然ないので、仮設の商店街でちょっと飲んだ。
女川駅前には店が全然ないので、仮設の商店街でちょっと飲んだ。

2017年の女川

ここからようやく本題となる、今回の旅がはじまる。「2017年女川の旅」だ。

2年前はほとんど更地だった場所に、CGでみた街ができていた。計画通りなのだろうが、20年後くらいに訪れた気分だ。
これは前にもあった女川駅。
これは前にもあった女川駅。
女川駅からの眺め。本当に街ができている!
女川駅からの眺め。本当に街ができている!
新しくできた街から見た駅方向。現実の世界なのに写真にするとCGっぽい!
新しくできた街から見た駅方向。現実の世界なのに写真にするとCGっぽい!
このときは平日の朝なので人がいないけど、ゴールデンウィーク期間には7万人以上が訪れたとか。女川町の人口は現在7千人以下。河北新報オンラインの記事より。
このときは平日の朝なので人がいないけど、ゴールデンウィーク期間には7万人以上が訪れたとか。女川町の人口は現在7千人以下。河北新報オンラインの記事より。
このように女川の駅から港の間には新しい街ができていたのだが、他はあいからわず更地のところが多い。ただし、土が盛られている。
また地域センター前の写真なのだが、周囲の地面が高くなっている。パノラマに成功してうれしい。
また地域センター前の写真なのだが、周囲の地面が高くなっている。パノラマに成功してうれしい。
造成によって、居住地や市街地を津波に対応できるであろう高さにしているのだ。

駅前の雰囲気が、まっさらな埋立地の上に作った観光施設っぽいなと思った。

その感覚が、もともとは埋立地ではないけれど、一度まっさらになった場所だからだと気づき、ちょっと鳥肌が立った。
交流館にあった展示によると、居住地は10メートルもの嵩上げ作業をするらしい。
交流館にあった展示によると、居住地は10メートルもの嵩上げ作業をするらしい。
宿泊した宿からの景色。医療センター周辺が確かに造成されている。
宿泊した宿からの景色。医療センター周辺が確かに造成されている。
造成が終わったエリアには、すでに新しい家が建っていた。
造成が終わったエリアには、すでに新しい家が建っていた。
以上、私の見た女川町の変遷でした。

この変化を踏まえた上で、能天気に観光させていただこうと思う。

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