特集 2017年6月8日

私はいかにして「灯油タンク」を好きになったのか

これが灯油タンクだ!
これが灯油タンクだ!
前回、油田を見に行ったその足で、札幌と石狩の街を二日間にわたり散策してきた。その中で、どうにも気になって仕方のなかった「灯油タンク」について紹介したい。
1983年徳島県生まれ。大阪在住。散歩が趣味の組込エンジニア。エアコンの配管や室外機のある風景など、普段着の街を見るのが好き。日常的すぎて誰も気にしないようなモノに気付いていきたい。(動画インタビュー)

前の記事:石油がブクブクと湧き出している場所が北海道にある

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ご当地の風景

北海道の街を歩いていると、自分の住む街では見られないモノがいくつか目に付いた。一気に紹介すると、
まず、各家庭ごとに「灯油タンク」が置いてある
まず、各家庭ごとに「灯油タンク」が置いてある
地上式の黄色い「消火栓」がそこらじゅうにあって、
地上式の黄色い「消火栓」がそこらじゅうにあって、
家にはもれなく「ハシゴ」が付いているのも特徴的
家にはもれなく「ハシゴ」が付いているのも特徴的
「街区表示板」は、見たことのない白色が主流だった
「街区表示板」は、見たことのない白色が主流だった
信号機はあえて取り上げるまでもないだろうけど、雪国仕様の縦型
信号機はあえて取り上げるまでもないだろうけど、雪国仕様の縦型
これらは路上における「ご当地モノ」の一種だなぁと感じた。北海道(を含む雪国)に住んでる方は「何を当たり前のことを」と思うかもしれないけど、自分にとっては見慣れない街の風景として認識されたのである。

観察が面白くなっていく過程

ところで……街を散策すると、すでに知っているモノの「バリエーション」や「組み合わせ」を発見することは多い。または以前紹介した「エアコン配管」のように、「いままで気にしてなかったモノの意外な面白さに気付く」ということも稀にある。
毎回なにかしらの発見があるので、自分も飽きずに20年くらい街歩きを続けている。
街をうろうろしながら、こんな写真ばかり延々と撮り続けている
街をうろうろしながら、こんな写真ばかり延々と撮り続けている
とはいえ、長年やっていると「すれてくる」というのもまた事実。最近はSNSで情報も入りやすくなってきたので、街にあるほとんどのモノは「すでに誰かが集めている」という状態が普通になってきた。
そうすると「今さら自分が集めてもなあ」と思いがちで、新しく何かを好きになることが少なくなってきている。これは良くない。もっと素直な心で、面白いものは面白いと感じたい。

そういう気持ちもあって、自分にとっては未知の存在である北海道のご当地モノを、知識ゼロの状態から観察してみたいと思ったのである。
ネットを調べればすぐにいろんな写真が見られるけれど、自分の足で探しながら徐々に知識を獲得していく過程もまた面白いのだ。
これを見ても、何が面白いのか最初は分からない。私もそうだったのだが、観察を続けているうちに、じわじわと理解が追いついていった
これを見ても、何が面白いのか最初は分からない。私もそうだったのだが、観察を続けているうちに、じわじわと理解が追いついていった
そんなわけで、今回は結果(写真)だけ見てもらって「これ面白いよ!」って紹介するのではなく、「自分もこういう風にだんだん面白くなっていったよ!」というのをトレースしながら、その過程を紹介したいと思うのだ。

はじめての灯油タンク観察

で、「灯油タンク」である。そもそもは北海道出身の妻から「灯油タンクマニアの知り合いがいる」という話を聞いたのが最初であった。マニアがいるほどの灯油タンクとは何者なのか。

とはいえ、私がこれまで住んだ街には灯油タンクはなかったので、何も知らない状態からのスタートである。未知のモノと対峙するこの感覚、これからどんな発見が待ち受けているのだろうという期待感……! そう、この感じが最近は不足していた。
まずは手始めに、義実家にある灯油タンクを見せてもらう。ちなみに灯油は、冬になると定期的に配達してもらっているらしい。寒さが厳しい地域では生活必需品なのだ
まずは手始めに、義実家にある灯油タンクを見せてもらう。ちなみに灯油は、冬になると定期的に配達してもらっているらしい。寒さが厳しい地域では生活必需品なのだ
基本的な構造としては、灯油の送油口が下にあって
基本的な構造としては、灯油の送油口が下にあって
頭の方に給油口があるという、何の変哲もないタンクである。潜望鏡みたいなのは空気抜きの通気管で、左側には油量計が付いている
頭の方に給油口があるという、何の変哲もないタンクである。潜望鏡みたいなのは空気抜きの通気管で、左側には油量計が付いている
この時点で「こんなの観察してもつまらないんじゃないか……」と思ったかもしれない。でも意外と、街に面白くないものなんてないのである。最初は「どういう風に見れば面白いか」というのが分からないだけなので、その感覚を養うためにも、まずはいろいろ観察する必要があるのだ。

私の場合は、とりあえず手当たり次第に観察してみて、「自分の中に基準を作る」ということをよくやっている。さっそく街に出てやってみた。

自分の中の基準を育てる

最初は何も知らない状態なので、見たモノ全てが新しい。次の灯油タンクを見つけ出すのが純粋に楽しい。自分の想像する以上の世界が、果てしなく目の前に広がっている(ような気がする)。そんな手応えを感じながら、粛々と傾向を探るのである。
札幌の街で最初に見つけたのは、この灯油タンクであった。義実家にあったのより背が高い! オールド室外機との並びも良い感じで、東京や大阪などではまず見られない光景である
札幌の街で最初に見つけたのは、この灯油タンクであった。義実家にあったのより背が高い! オールド室外機との並びも良い感じで、東京や大阪などではまず見られない光景である
そのほかの、観察初期に見つけた灯油タンクたち。こうして並べてみると、地球に降り立った宇宙船のようであり、非常にかわいい形をしていることに気付く
そのほかの、観察初期に見つけた灯油タンクたち。こうして並べてみると、地球に降り立った宇宙船のようであり、非常にかわいい形をしていることに気付く
このようにひたすら観察することで、自分のなかで「灯油タンク像」が形作られていく。それと同時に、共通の特徴がだんだんと浮き彫りになってきた。
ぱっと見はどれも同じ形なのだが、まず気になったのは腹の部分の「模様」である。こんな風に、何種類かパターンがある
ぱっと見はどれも同じ形なのだが、まず気になったのは腹の部分の「模様」である。こんな風に、何種類かパターンがある
模様の違いは、主にメーカーの違いのようであった。誰の役にも立たない情報ではあるが、メーカーはダイケン、サンダイア、サンライズが多いと感じた。全部で何十社もあるわけではないようで、同じ型のタンクをすでに何度も目にしている。見かけた数が多いほど、そいつは街にある「平均的な灯油タンク」ということになるだろう。

「自分の中に基準を作る」とは、つまりは「よくある灯油タンクを形作っている特徴とは何か」を、自分なりに発見することなのだ。
とはいえ、いきなり今回のような模様を覚えていくのも難しい(私は苦手だ)。まずは、自分の気になる模様を一つだけ覚えておくことにした。そうすると、見つけた時にちょっとだけうれしい。こうした「ちょっとうれしい」という体験が、次の探索の原動力になる。

自分は「米」みたいな模様が分かりやすかったので、こいつを探すのを最初の目的に設定してみた。
「米」と勝手に読んでいる灯油タンク
「米」と勝手に読んでいる灯油タンク
何個かに一個くらい、米が見つかる。おお、また米があったぞ(うれしい)
何個かに一個くらい、米が見つかる。おお、また米があったぞ(うれしい)

基準と違ったものが輝いて見えてくる

いくつかのパターンを見て「灯油タンクとは何たるか」が分かってくると、そこから逸脱したものが輝いて見え始める。
私が最初に感動したのが、青緑っぽい色で、形も少しずんぐりしているこのタンクだ。新種発見!
私が最初に感動したのが、青緑っぽい色で、形も少しずんぐりしているこのタンクだ。新種発見!
近くを探すと、形は「よく見るやつ」だけど、色が青緑になっているのもあった。きたー!
近くを探すと、形は「よく見るやつ」だけど、色が青緑になっているのもあった。きたー!
こんな風に、既知のモノのとは少し違った亜種を発見すると感動する。純粋にうれしいではないか。最初のうちに「自分の中の基準」を確立していたからこその成果である。比較対象がないと、少しの違いを楽しむこともできないのだ。

でも後々分かるのだけど、この青緑色、じつは白色と双璧をなすほどのありふれたカラーリングなのであった。そういうことは数を重ねないと分からないので、まあ仕方がない。

あとで写真を見返すと、最初に発見したこの青緑色の灯油タンクだけ、無駄にいっぱい撮影していた。当時の興奮が写真からも伝わってくる。こういう初々しい気持ちはだんだん忘れていくし、結果にも表れないんだけど、尊い経験だなぁと自分は思う。

いろんなバリエーションが出現!

そんなことを繰り返していると、急にいろんなバリエーションが現れはじめる。フィーバータイムみたいな感じで、次々と新種が目に付くようになってくる。おそらくは目が慣れてくるのと、面白がり方のポイントが分かってくるのだろうと分析する(もちろんサンプル数が多くなってくるせいもある)。
例えばこれ。屋根付き! しかも二連で背中合わせになっている
例えばこれ。屋根付き! しかも二連で背中合わせになっている
こちらはタンクを半分に切った形のハーフサイズ。壁に寄りかかって休憩しているような佇まい
こちらはタンクを半分に切った形のハーフサイズ。壁に寄りかかって休憩しているような佇まい
足がなく、壁に直接取り付けられているタイプも発見。スパイダーマン型と呼ぶことにする
足がなく、壁に直接取り付けられているタイプも発見。スパイダーマン型と呼ぶことにする
何度も書くけど、こういう新しいのを見つけると本当にうれしい。新種の生物を発見したような……と言えば大げさかもしれないけど、そういう気持ちで探索している。
どれも「灯油タンク」には違いない。でも生物多様性よろしく、用途や環境に合わせたいろんな個体が生息している。その生態系を一つずつ明らかにしていく過程が面白いのだ。

さて、こうした観察を続けていくうち、やんわりと灯油タンク観察の核心に行き当たった。核心といっても、観察者によって何に重きを置くかは違うので、これは私が思う核心(一番興味を惹かれるポイント)なのだけれど。それは「色」と「形」である。

灯油タンクの色による分類

今回の観察では、灯油タンクの典型的な色は「白」と「青緑」だということが分かった。でも勿論、それ以外の色も見つかっている。まとめてみるとこんな感じ。
灯油タンクの色による分類
灯油タンクの色による分類
いろんな色があるのだけど、やっぱり圧倒的に白が多くて、ほかの色は相対的に少ない。それゆえ、見たことのない色を発見したときの喜びはひとしおであった。

色の要素は、「他にはどんな色があるのだろう」という期待感を増長させてくれる。持ち主が塗り替えている場合もあるため、それこそ無限のパターンが存在している。
特にこういった、周囲の景観と灯油タンクを馴染ませようとしている工夫に心をつかまれた
特にこういった、周囲の景観と灯油タンクを馴染ませようとしている工夫に心をつかまれた
家の色に合わせて灯油タンクを塗り替えているパターンも。カメレオンだ
家の色に合わせて灯油タンクを塗り替えているパターンも。カメレオンだ
ちなみに後でホームセンターに行ってみたのだが、そこで売られていたのは、街でよく見かける「米」模様の白色であった。よく売られているから、よく使われている、というものあるだろう。
ホームセンターにて。新品が売られてるのを見るのも何だか不思議な気分だった(大阪にはもちろんない)
ホームセンターにて。新品が売られてるのを見るのも何だか不思議な気分だった(大阪にはもちろんない)
参考までに、今回観察した灯油タンクの色系統を集計してみた。「青緑」と呼んでいた色は緑系に分類したのだけど、そのうえで青系がこれほど多いのは意外だった(サンプル数:100体)
参考までに、今回観察した灯油タンクの色系統を集計してみた。「青緑」と呼んでいた色は緑系に分類したのだけど、そのうえで青系がこれほど多いのは意外だった(サンプル数:100体)

灯油タンクの形状による分類

もう一つのポイントは形状である。今回見つけたのは、大きく分けて次の三種類であった(実はもう一種類あることが後で分かったんだけど、その話はのちほど)。
灯油タンクと言ったらこれ! オーソドックスな「ボックス型」
灯油タンクと言ったらこれ! オーソドックスな「ボックス型」
ずんぐりしている「俵型」。この青緑色との組み合わせが多かった
ずんぐりしている「俵型」。この青緑色との組み合わせが多かった
そして出ました! 真打「ドラム缶型」
そして出ました! 真打「ドラム缶型」
ドラム缶型については、あえてここまで触れていなかった。こいつは、まれに見つかるレア度の高い灯油タンクである。「形状」に着目したのは、何といってもこのレアさ加減が癖になるからなのだ。

どういうことかというと……この三種の発見割合をグラフにしてみるとよく分かる。
今回観察した灯油タンクの形状ごとの発見率。圧倒的にボックス型が多い!(サンプル数:100体)
今回観察した灯油タンクの形状ごとの発見率。圧倒的にボックス型が多い!(サンプル数:100体)
今回は限られた場所で行った短時間の調査であるため、一般化して語ることはできない。それにしても、ずいぶん偏りがあるのは確かである。
ドラム缶型は、もれなく年季が入っていた。かつては、こいつが標準的な灯油タンクだった時代があったものと想像する。それにしても、機能美を感じさせる最高のフォルムである
ドラム缶型は、もれなく年季が入っていた。かつては、こいつが標準的な灯油タンクだった時代があったものと想像する。それにしても、機能美を感じさせる最高のフォルムである
一見新しそうに見えるものでも、足の部分をよく見ると錆びている。おそらくは、最近になって塗装しなおしたのだろう。お盆のときに使う精霊馬のようでもある
一見新しそうに見えるものでも、足の部分をよく見ると錆びている。おそらくは、最近になって塗装しなおしたのだろう。お盆のときに使う精霊馬のようでもある
まるでレアモンスターを捕獲するかのように、街を歩いてレアな灯油タンクを見つけ出すわくわく感。これが何物にも代えがたい。考え方次第で、現実もさながらゲームの世界へと変貌するのである。

あとは番外編として、アパートに設置する小型の灯油タンクも発見している。ただ今回調査した街には、これが使われる規模のアパート自体がほとんどなかった。よって灯油タンクの数というよりは、アパートの数に左右されてしまうため、集計からは除外している。
中央に二つ並んでいるのが小型の灯油タンク。雪かき道具も揃っていた
中央に二つ並んでいるのが小型の灯油タンク。雪かき道具も揃っていた
このように様々な個体を観察したり、あれこれ考えたりしながら、私の灯油タンクに対する理解は深まっていったのであった。前情報を入れないことで、自分の中にだんだんと知識が蓄積されていく感覚を久しぶりに味わうことができた。
最終的には、どういうポイントに注目すれば自分は面白いと感じるのか、そこを観察によって見いだすことができたのは収穫である。

ただ、あくまでこれは私の「灯油タンク観」なので、人それぞれいろんな灯油タンクとの向き合い方がある。それを最後に紹介したい。

他にもあるぞ灯油タンク

この調査を終えて自宅に帰ってきたあと、ツイッターを見ていると『灯油タンクの形態的分類』というTogetterまとめが流れてきた。なんてタイムリーな!

私とほぼ同じタイミングで、ぐっちーさんが北海道の灯油タンクを調査されており、その結果について分かりやすくまとめられていたのだ。観察者によって見ているポイントが違うというのがよく分かるので、これはぜひ合わせて読んで欲しい。

そのなかで、私が特に「これは悔しい!」と思ったのがこちら。
スプートニク型! そういうのもあるのか。
このタイプは、農家にある場合が多かったとのこと。私は徒歩で都市部を観察したため、ひとつも見つけられていなかった。いちおう北海道歴の長い妻にも聞いてみたところ、「このタイプはだいぶ昔に見たことがあるけど、最近は全然見かけないねえ」という感じらしい。まさにSレア級の灯油タンクのようだ。
他にも、けっとるさんのツイートが衝撃的だった。
こ、これは……!灯油タンクって、こんなに自由でよかったのか。これは探せば探すほど、自分の常識をくつがえす灯油タンクが出てくるに違いない。
こういった群像系も趣深い。北国に住んでいたら、灯油タンクばかり探し歩く人生になっていたかもしれない。自分はこの奥深き灯油タンクワールドの、まだほんの入口へ差し掛かったにすぎないのだ。

これは「ご当地モノ」なのか判断が付かなかったのだけど、ゴミ置き場にも一定の様式が認められた。今度訪れたときには、もう少し広範囲に観察してみたい。
微妙に違ってて、微妙にそっくりな二つのゴミ置き場
微妙に違ってて、微妙にそっくりな二つのゴミ置き場
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