特集 2017年7月22日

鉄道写真の手法で人を撮ると人は鉄道に見えるのか

見えた!
見えた!
鉄道写真には写真のテクニックが凝縮されている。

そのテクニックを駆使して人を撮ると、それはもう電車に見えるんじゃないだろうか。

やってみました(見えました)。
行く先々で「うちの会社にはいないタイプだよね」と言われるが、本人はそんなこともないと思っている。愛知県出身。むかない安藤。(動画インタビュー)

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> 個人サイト むかない安藤 Twitter

鉄道写真のプロに来てもらいました

今回、鉄道写真のノウハウを教えてくれるのは鉄道写真マスターの金子さん。鉄道写真歴は10年以上。フォトマスター検定1級を取得しており、企業の写真講座等で指導することができるという本物だ。今はなぜか僕の席の近くで鉄道と関係ない仕事をしている。
鉄道写真マスター金子さん。Tシャツがかわいい。
鉄道写真マスター金子さん。Tシャツがかわいい。
金子さんには今日は鉄道写真の撮り方について教えてもらい、その手法を実際に現場で実践してほしい、とお願いしてある。おおすじで間違ってはいない。
そこに今日のモデルが現れた。
そこに今日のモデルが現れた。
金子さんに撮影してもらうのはライターの地主くんである。

地主くんはハワイにいたかと思うと中国にいたりと、長距離の移動を得意としている。もはや電車と言っても過言ではない存在である。
ほぼ電車。
ほぼ電車。
というわけで今日は金子さんに電車を撮る手法で地主くんを撮ってもらいたい。地主くんが一瞬でも電車に見えたらわれわれの勝ちである。
「見えるわけないじゃん!」「ですよねー」
「見えるわけないじゃん!」「ですよねー」
しかしこういう難解な企画に付き合ってくれる友人こそが人生の資産といえよう。地主くんは僕がかれこれ10年くらい担当編集をやっているので断りにくかった、ということかもしれないが。

まあやってみないとわからないし、休日に大人3人が予定をあけて集まったのだ。この会がなんらかの意味をなすよう、とりあえずやってみましょう。

この近くにちょうど金子さんのオススメ電車スポットがあるというので移動することにした。
ここ。
ここ。
金子「ここはいいですよ。小田急線の線路が直線だし背景が空で抜けてる。夏っぽい写真が撮れるんじゃないかな」

鉄道写真において撮影場所は3番目に大切である。1番目は鉄道、2番めは命。

金子「有名な撮影スポットは鉄道写真好きには『お立ち台』なんて呼ばれて共有されているんです」

ここ多摩川の河川敷も鉄道写真にはもってこいなのだとか。でも金子さん、今日撮ってもらうのは地主くんですが、大丈夫でしょうか。
「だったら背景は空より緑の方がいいかもしれないですね」
「だったら背景は空より緑の方がいいかもしれないですね」
「あー、いい。緑の中を走るローカール線みたいな写真が撮れますよこれは」
「あー、いい。緑の中を走るローカール線みたいな写真が撮れますよこれは」
またたくまに金子さんにスイッチが入った。さすがプロである。すでに地主くんが電車として見はじめているのかもしれない。
「あっちから走ってくる感じにしましょう」
「あっちから走ってくる感じにしましょう」
対してモデルである地主くんのいいところは趣旨を理解しなくてもやってくれるところである。

前にも川の対岸で携帯が着信しているから持ってきてほしい、というお願いや、家のチャイムを誰でも鳴らせるよう改造させてほしい、などという間違えたGoogle翻訳みたいなお願いにも疑問を持たず対応してくれた。予告せず海外に連れて行ったことも何度かある(記事1記事2)。
理解するより先に電車になる地主くん。
理解するより先に電車になる地主くん。
鉄道写真の鬼とイノセントの化身、この二人の才能が出会ったら大変なことになるかもしれないぞ。可能性だけは怖いほど感じる。

正面ドカン

金子「鉄道写真といえば、なんといっても正面ドカンでしょうね」

正面ドカン。いきなり知らない単語が出た。どういうことかサンプルをあげて説明してもらった。
これが正面ドカン。金子さん撮影。
これが正面ドカン。金子さん撮影。
【正面ドカン】
文字通り列車の正面がドカンとアップで写るよう撮影した写真のこと。
この手法を活かして人を撮るとこうなる。
正面ドカン。
正面ドカン。
見よこの眼力。直前まで「いまデイリーで完全なフリーランスって少なくなりましたよね」とか弱気なことを言ってたとは思えない堂々とした車体である。

正面ドカンには少し角度をつけて列車の後ろの方まで見せるパターンもある。
一種の正面ドカン。
一種の正面ドカン。
最後のフリーランスになっても廃線にならず頑張ってほしい。
最後のフリーランスになっても廃線にならず頑張ってほしい。
どうだろう。いま「見えた!」という人もいたんじゃないだろうか。少なくとも僕と金子さんには見えた。

見えてこない人のために、次のページからはさらにわかりやすい例で撮っていきたい。
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アウトハイ

次に金子さんに習うのは「アウトハイ」という構図である。野球ではよくピッチャーの投げる球を「インハイ」「アウトロー」なんて言い方したりするが、鉄道写真でもあるのだろうか。
「このくらいゆったりとしたカーブの線路がいいですね」
「このくらいゆったりとしたカーブの線路がいいですね」
「そう、来た、すごい!アウトハイだこれ」
「そう、来た、すごい!アウトハイだこれ」
【アウトハイ】
カーブする線路の外側の高い位置から撮影すること。先頭車の後ろに列車の編成が続いている様子を格好良く写すことができる。
金子さんが撮影した「アウトハイ」の例。
金子さんが撮影した「アウトハイ」の例。
「アウトハイ」
「アウトハイ」
すごい。ネットでよく言われる「ほぼ一致」というやつである。車両の色も線路も周りの緑も、完璧にサンプルをなぞっている。注意点を聞くと

「左右のバランスですかね」

と言っていた。言われてみれば列車と左右の余白とのバランスが完璧である。
ポイント:左右の余白の幅を合わせる。
ポイント:左右の余白の幅を合わせる。
人に戻ったらもう興味はない。
人に戻ったらもう興味はない。

インロー

アウトハイの対になるのがインローである。
【インロー】
カーブする線路の内側の低い位置から列車を見上げるように撮影する構図。
これが金子さん撮影「インロー」のサンプル。迫力が出る。
これが金子さん撮影「インロー」のサンプル。迫力が出る。
この迫力を人でも出すことができるのだろうか。これはちょっと手強いぞ。
金子さんの指導にも熱が入る。
金子さんの指導にも熱が入る。
こうですか?
こうですか?
金子「もっと深くカーブしちゃっていいですよ。遠心力でほら、車体が外に傾くはずだから。」
地主くんに演技指導しながらも、遠くに列車が通るとチェックを欠かさない巨匠。
地主くんに演技指導しながらも、遠くに列車が通るとチェックを欠かさない巨匠。
撮影する巨匠。
撮影する巨匠。
インロー。
インロー。
インローで地主くんを撮りながらも後ろに本物の鉄道を入れてくるあたり、金子さんの愛を見た気がした。

鉄道写真はさらにハイレベルになっていく。
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アウトカーブ0角度

次はちょっと難しい。「アウトカーブ0角度」と呼ばれる構図である。
金子さん撮影「アウトカーブ0角度」のサンプル。
金子さん撮影「アウトカーブ0角度」のサンプル。
アウトカーブ0地主。肩の位置が少しずれたのが惜しい。
アウトカーブ0地主。肩の位置が少しずれたのが惜しい。
【アウトカーブ0角度】
カーブの外側から、列車の顔が正面を向いて角度のついていない状態を撮影すること。
これはシャッターのタイミングがものすごく難しいと思う。走ってくる列車の正面が完全に撮影者と正対した瞬間を撮影する必要があるからだ。金子さんはいう

「鉄道写真はシャッターのタイミングが命ですから。」

金子さんの写真の前では「命」という言葉が生々しく感じられる。そう、鉄道撮影は命がけなのである。
「地主さんは走ってこないから撮りやすいですね。」
「地主さんは走ってこないから撮りやすいですね。」
カメラについてはどうだろう。鉄道写真を撮るにあたり、どんなカメラとレンズを用意したらいいのか。

金子「シャッター速度とか絞りを操作できる一眼カメラがいいと思います。鉄道写真はなにしろシャッタースピードとタイミングが命ですから。レンズは望遠気味をよく使いますね。80mmから300mmくらいのズームと、あとは標準ズームがあれば大丈夫です。」

それから鉄道写真の世界には「トリミング(いらない部分をあとでカットする)は邪道」という原理主義的な主張をする人もいるらしいが、金子さんはとくにこだわらないらしい。とにかく最終的にいい写真を撮りたい、そこの尽きる。その写真愛は今回のロケでも十分すぎるほど伝わってきた。

流し撮り

次はおなじみ流し撮りである。僕もかつておっさんを流し撮りしていた時期があるが、いかんせんテクニック不足と、あとおっさんの動きが遅くてうまく流れなかった覚えがある。巨匠なら地主くんを流してくれるはずだ。期待したい。
【流し撮り】
車両の動いている方向に合わせてカメラを動かしながらシャッターを切る撮影方法。車体は止まっているが背景が流れて速度感のある写真になる。
金子さん撮影「流し撮り」のサンプル。「このVSEっていう車両が人気なんですよ」とのこと。
金子さん撮影「流し撮り」のサンプル。「このVSEっていう車両が人気なんですよ」とのこと。
「鉄道の場合は少し離れたところから狙います」
「鉄道の場合は少し離れたところから狙います」
「流し撮りはシャッター速度が重要ですね。だいたい1/30とか、新幹線のように列車が速い場合は1/125とかでも流せます。」
「流し撮りはシャッター速度が重要ですね。だいたい1/30とか、新幹線のように列車が速い場合は1/125とかでも流せます。」
「ピンとは固定(置きピン)でいいと思います。とにかく列車の動きに集中してください。」
「ピンとは固定(置きピン)でいいと思います。とにかく列車の動きに集中してください。」
それでは金子さんのサンプル写真とともに、地主くんが電車になった瞬間を見てみよう。
パーフェクト。
パーフェクト。
いいショットが撮れると思わず笑みがこぼれる。
いいショットが撮れると思わず笑みがこぼれる。
列車側は疲れますよね。すみません。
列車側は疲れますよね。すみません。
次のページでは少しトリッキーな手法にも挑戦した。
撮影の合間にも列車が通るとすかさず撮影体勢に入る巨匠。
撮影の合間にも列車が通るとすかさず撮影体勢に入る巨匠。
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すれ違い

ここからは少しトリッキーな撮影である。基本を押さえた人だけが立ち入ることを許される領域なので、自信のない人は1ページ目からもう一度読み直してから来てほしい。ただ習っているのが初心者なので難しいことは書けません。

金子さんのサンプル写真では2両の車両がすれ違う瞬間をとらえている。
いま列車の数え方は1両、2両でいいのかな、とか、詳しい人に叱られないかだけを恐れながら書いています。
いま列車の数え方は1両、2両でいいのかな、とか、詳しい人に叱られないかだけを恐れながら書いています。
人で表現するとこうなる。
内回りと外回り。
内回りと外回り。
地主くんとすれ違っているのは僕だが、正直いまどういう状態なのかよくわからなかった。列車側になってはじめてこの企画に疑問の風が入り込む余地を与えた形である。

いや、こういう企画では我に返るの厳禁である。みろ、金子さんは常に前を見ているぞ。
ロケ中も暇さえあれば電車を撮影するのが本物の証だ。
ロケ中も暇さえあれば電車を撮影するのが本物の証だ。
巨匠レベルになると猫も電車も分け隔てない。
巨匠レベルになると猫も電車も分け隔てない。
次も構図にハイレベルなセンスを要する撮影である。

フロントハイアングル

【フロントハイアングル】
高い位置から車両の顔を見下ろす形で撮影すること。
「いいね、かっこいい。特急だ。」
「いいね、かっこいい。特急だ。」
普段あまり目にしないアングルが新しい魅力を伝えてくれる。
普段あまり目にしないアングルが新しい魅力を伝えてくれる。
撮影に熱中している間に日が西に傾き始めていた。撮影は時間帯も重要なのだという。

金子「鉄道は順光で撮るか逆光で撮るかによっても写真の印象がまったく変わりますからね。本当は朝と昼と夕暮れ、3パターンで撮り比べたいところです。」

それは一日仕事である。危険を察知したのか地主くんが黙った。
良い作品を作るためならばどれだけ時間がかかっても惜しくないのだ。
良い作品を作るためならばどれだけ時間がかかっても惜しくないのだ。

あえて電車をぼかす

鉄道写真も金子さんくらいに極めてくると、単に鉄道だけを撮っていては物足りなくなるらしい。

金子「あえて人を入れてみたりとか花を入れたりとかしますね。前の花にピントを合わせてあえて車両をぼかしてしまう、なんて大胆な撮り方をすることもあります。」

なるほど深い。金子さんはふだん人を撮るのが苦手らしいのだが、鉄道と一緒なら撮れると言っていた。
あえて前に花を置いた例。いわゆるチラリズムというやつだろうか。
あえて前に花を置いた例。いわゆるチラリズムというやつだろうか。
あえて花にピントを合わせて後ろの電車をぼかした作品。
あえて花にピントを合わせて後ろの電車をぼかした作品。
この頃になってくると地主くんも金子さんの熱を理解したようで、列車として体が動くようになってきた。
この頃になってくると地主くんも金子さんの熱を理解したようで、列車として体が動くようになってきた。
撮れた写真を入念にチェックする。もともと地主くんも写真が好きなのでこの二人はハマると合う。
撮れた写真を入念にチェックする。もともと地主くんも写真が好きなのでこの二人はハマると合う。

編成写真

最後は編成写真というものである。これも鉄道写真独特の撮り方だろう。
「これ(僕のリュック)をプラットフォームに見立てましょう」と言っていたが、最後までわからなかった。
「これ(僕のリュック)をプラットフォームに見立てましょう」と言っていたが、最後までわからなかった。
「うわー、見えるなー、ローカル線だー」
「うわー、見えるなー、ローカル線だー」
プラットフォームに停車しているローカル線を撮った写真が以下である。
【編成写真】
車両の姿形がわかるよう、斜め前方から車両の全身を入れて列車主体に撮影すること。
金子さんの撮った編成写真のサンプル。
金子さんの撮った編成写真のサンプル。
編成写真。
編成写真。

写真には愛が写る

僕をふくめこの場にいる3人はそれぞれに写真が好きなので、この時、カメラマンと被写体、アシスタントの意識が共有されて現場が「ノッてくる」瞬間みたいなものを感じていた。鉄道写真は写真が好きなだけではダメなのだ。被写体への愛がないといい写真にはならない。そういう意味でも今日の地主くんは電車だった。
金子さんは本物が通るとついそっちを撮っちゃってたけど。
金子さんは本物が通るとついそっちを撮っちゃってたけど。
地主くん、ありがとうございました。
地主くん、ありがとうございました。

撮り方によって人も鉄道に見える

どうだろう、鉄道写真の手法を使うと人も鉄道に見えたのではないか。鉄道写真には写真のいろいろなテクニックが凝縮されているので、趣味として取り組むには奥深くておもしろいと思う。興味のある人は金子さんのサイトを見て勉強してほしい(投げた)。

金子さんのインスタグラム
撮影していたら釣りをしていたお父さんに「うるさくすると魚が逃げるから」と叱られてしまった。すみません。
撮影していたら釣りをしていたお父さんに「うるさくすると魚が逃げるから」と叱られてしまった。すみません。
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