特集 2017年8月8日
 

そろそろ街によくあるでかい彫刻の見方をわかっておきたい

公共彫刻はクライアントワーク

――そもそもこういうのって「形としてイイ! 純粋な造形物としてイイ!」と思わせるために作られてるんですか?

「もちろんそうさせたいと思いつつも、作家が背負っている彫刻の歴史っていうものがあるじゃないですか。これまでの彼の作品だとか彫刻の歴史だとか。だからほんと両方です、両方。

たとえばこういう公共彫刻の場合はクライアントワークですから、ここの天井の高さはここまでとか、いろんな条件があるんですよ。そういった全体の景観に対して、自分の作品以外のところにも気を使っているのかもしれません」

さっきから作品の前で作業着姿の業者の人が電話をしている。この作品も彼とおんなじようにお客さんの言うこと聞いて作られたのだなあと。でかい彫刻、今や大人だからこそ染みるものがある。
かつてここにあった東京中央電信局。特徴的なカーブがある
かつてここにあった東京中央電信局。特徴的なカーブがある

下調べのおもしろさで左脳を加熱する

「ちょっとここから文脈の話になるんですけど、これ調べてきたんですよ。さっき文字のところにも書いてましたが、これって東京中央電信局のオマージュ作品なんですね。東京中央電信局がここにあったっていう記念碑らしいんですよ。

それで面白いなって思えたのが、ここ。これって電信局の形なんです。調べてみたら電信局ってこういう形が連続している建物なんです。1920年代の分離派とかモダニズムといった様式を取り入れた最先端の建物なんですね。

でもこうした形のオマージュを作品の間で表現するのはなかなか粋な仕事だなあと僕は思いますね」

ここで東京中央電信局を検索してみた。あの形だ。股部分のカーブだ。なるほど、これはおもしろい。これがあってこうなってるのかという歴史のおもしろさだ。下調べは左脳のおもしろをブーストさせる。
この彫刻作品の間の空間、これが「彫刻してない部分」であり、東京中央電信局をオマージュした形になっている
この彫刻作品の間の空間、これが「彫刻してない部分」であり、東京中央電信局をオマージュした形になっている

彫刻してない部分が重要

――でも、なんで作品の間で表現することが粋なんですか?

彫刻家は"彫刻してない部分"に対する感覚もすごく研ぎすましてるんですよね」

――彫刻してない部分ってのがその「作品の間」?

「そう、ここのくりぬいてる部分です。単純にオマージュするのであればこの間はくり抜かないはずです。電信局の形の浮き彫りをするとかそういう風なやり方になると思うんですけど、あえてスパンッとくり抜いて何も手を加えていない」

――なるほど。彫刻家は彫刻してない部分にも気を遣うべき、という考え方があった上で、「オマージュ作っとけよ」という課題をその彫刻してない部分で達成したのが粋ってことですね

「そのせいで道行く人にとってはオマージュ作品なのか余計わかんなくなってると思ってると思うんですけどね(笑)。

でも作者にとっては自分が考えている彫刻のあり方があって、一方、昔の建物を讃えろというクライアントワークを両立させないといけない。そのためにこうしたんだと思いますよ」

造形物としての良し悪し、自分が考える彫刻のあり方、クライアントワークや現実的な問題。3つの課題をクリアして今こうやって立ってるのだ。ここにきてようやくありがたみみたいなのがわいてきた。
こういう書かれてる文字も読む。テーマの線をとり入れたと書いてあった。ここから検索してもおもしろかっただろう。文字盤読む→検索、これを今後も取り入れたい
こういう書かれてる文字も読む。テーマの線をとり入れたと書いてあった。ここから検索してもおもしろかっただろう。文字盤読む→検索、これを今後も取り入れたい

作家の傾向でもあった

――他に調べるとしたらどういうことを調べたらいいですかね?

「作者の他の作品ですかね。実際、向こう側が見える形の作品をよく作ってるんですよこの人。蓮田修吾郎さん。

北海道の納沙布岬に高さ13メートルのでっかい彫刻があって。平和と北方四島の返還を祈って作られた作品だそうです。それもね、作品の間から北方四島を眺めるんですよ。作家の作風ですね。間から祈る。」

蓮田ファンならこの作品を前にして「よっ!」という感覚になったのかもしれない。蓮田さんは間から祈りがちだったのだ。なんでだろう、若い頃に見た天橋立の股のぞきがおもしろかったのかな……と、調べることで思考はまたちがうところに行く。

なるほど、これはおもしろい。塚田さんの話を聞いていくと鑑賞法がちょっとずつ更新されていく。次も純粋な造形物として見てみよう。次は大きくてかっこよくてわけがわからない大手町サンケイビルのあれだ。
大手町サンケイビルにあるバカでかい彫刻作品(アレクサンダー・リーバーマン / イリアッド・ジャパン “Iliad Japan”)
大手町サンケイビルにあるバカでかい彫刻作品(アレクサンダー・リーバーマン / イリアッド・ジャパン “Iliad Japan”)

なにが彫刻なのか? どこまでが彫刻なのか?

――これって彫刻っていうんですか? 模型を作って業者が作るんですよね?

「建築や彫刻をどう定義するかの問題ですね。彫刻1人で作るもの、建築みんなで作るもの、と分けてしまうとそれは建築になってしまう。

彫刻の歴史って、昔は土偶や埴輪があって、権力者の銅像があって、裸婦があって、今はこういうのでまた土偶に近くなってる。もはやどれを彫刻と言っていいかわからないところにアートの実践は進んでいます」

――立体のものは全て彫刻って言っていいんですか?

「例えば湖畔に堤防を作って、それをまるまる作品にしちゃったケースもあります。堤防そのものがアート。そうするといっぺんには見えないですよね。そういった作品をランドアートとかアースワークと呼んでいます。壮大な世界です。彫刻っていうのは。

なので定義はとてもむずかしいんですが、ひと目に収まるくらいだったら彫刻って言ってもいいのかなあとは思います。今のこれは一望できるので彫刻。と言ってもさしつかえはないかなと」
そのあと塚田さんに彫刻界のビートルズってだれですか?と聞いたら「……クフ王のピラミッドですかね」と言っていた。これはどえらい世界に足を踏み入れてしまったかもしれない。
どうなってるんだろう?的なおもしろさはある
どうなってるんだろう?的なおもしろさはある

服を選ぶときのように色や形を面白がる

――まず目の前の物を楽しんでみるってところからですかね。

「これだと単純にでかいっていうのがまずありますね。そして面白い形。こういった抽象的な形の組み合わせっていうのは単純に形に反応ことがまず第一ですかね」

――アートの歴史とか知らないふつうのおばちゃんとか子供も楽しめるべきものなんですかね?

潜在的にやっぱりみんな楽しめると思うんです。形が面白いとか色が面白いねって。服を選ぶときみんなそういった感覚で選ぶじゃないですか。それと同じことが彫刻作品とかにも言えるんですよ。

だってこれ『ど、どうなってんの!?』って形してますよね。全部同じ形ってわけじゃないし。

さっきは一つのものがポンと置いてあっただけですけど、こういう風に組み合わされてるとこうなってるんだとか色々思う。そうすると素手で行ってもけっこう面白いですよね」

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