特集 2017年8月8日
 

そろそろ街によくあるでかい彫刻の見方をわかっておきたい

「どこからが作品なんですか?」台座問題が出てきた
「どこからが作品なんですか?」台座問題が出てきた

台座が大事、台座大問題

――これどこからが作品なんですかね?

「それは台座の話ですよね。あの、台座ってすごく彫刻の中でもすごい問題になっていて」

――え、台座って問題になるんですか?

「台座、問題ですよ。大問題ですよ。彫刻の歴史は台座の歴史。権力者や裸婦の時代は画一化されたものでよかったんですけど。

純粋な形で彫刻を作ろうってやりはじめたブランクーシって人がいるんです。台座が形態として作品と一体化している、ということをそれ見て評論家が語るわけです。台座は作品の一部として超大事だぞと。

後にアンソニー・カロっていうこれも有名な彫刻家なんですけど、台座からおっこちそうな作品を作るんですよね。本来彫刻は上に乗るものなのに、台座より下に行くっていうチャレンジ」

だんだん台座、台座言ってるのが可笑しくなってきた。おれは台座より下にいってやったぜ。そんなに大したことなのか?という思いが門外漢にはつきまとう。

「僕は美大に勤めてるんで学生の講評とか聞くんですけど、彫刻を作っている先生はやばいですよ。

『なんでこの台座はこの高さなの?』『なんでこの台座はこの材質なの?』とか。作品の講評そこそこに台座についての尋問。どこからどこまでが作品なのかっていうのは大事なんですよね。」
公共彫刻は周りの環境に左右される。只今ビアガーデン開催中。ベンチと机の色は作品に合わせているのではないか。となると、彫刻作品が環境に作用を及ぼしていることになる
公共彫刻は周りの環境に左右される。只今ビアガーデン開催中。ベンチと机の色は作品に合わせているのではないか。となると、彫刻作品が環境に作用を及ぼしていることになる

意味ってわかるものなの?

――抽象的なものに対して意味はなんだ?って思ったりしちゃうんですけど、意味が込められてたら自然とわかるものなんですか?

「うーん、そこから先は知識が必要になっちゃうんですよね。意味を知りたいなら勉強してくださいというのは心苦しいんですけども。

アンディー・ウォーホルっているじゃないですか。あの人、実は毎週ちゃんと教会に行くような敬虔なキリスト教徒だったんですね。

現代美術になると直接的に神様を表現するわけではないので、そういった宗教的な意味が作品に込められているのかは分かりづらいですね」

――ぼくらは意味まで探りに行くべきだと思いますか?

「それはもう自分の気持ち良い方でいいですよ。野球の外野席で見る気分でいいと思うんです。内野席じゃなくて外野席。

外野席って応援してる人と応援してない人がいるじゃないですか。自由でいいんですよ。広島なんてスクワットしてるぐらいですし。えっ、知らないですか! 広島のスクワット。こうやるやつ、あるじゃないですか。頑張りたい人はそれくらい頑張ってもいいんですよ」

塚田さんスクワットをやってみせてくれたのだが、こちらは美術だけでなく野球にも疎くて理解してあげられなくてごめんと思った。
塚田「またこの間からビルが見えるのがシュールな光景だなぁって」美術の人がシュールという言葉を使うと重みがある気がした
塚田「またこの間からビルが見えるのがシュールな光景だなぁって」美術の人がシュールという言葉を使うと重みがある気がした

無意味にできるのが美術の特徴

――作ってる方はなにかの意味をこめるものなんですか?

「いや、意味にならないでほしいってことも多いですよ。そういった意味のないことができるのって美術だからなんですよ。

文学だと言葉だからどうしても意味が出ちゃうじゃないですか。でも彫刻とか美術はまるっと無意味を差し出すことができる表現手段なので、そういったところをけっこう20世紀の美術は追求していました」

――無意味を差し出す??

「純粋な色と形と質感ですね」

――あ、純粋な色と形って言葉をよく聞きますね。純粋に見て楽しいってことか。でも文学はちがうとして、音楽は同じですかね。耳に心地よさがある。

「そうですね。音楽とかもそっち側ですね。たとえば僕はね、今これ見て目がすごく楽しいですよ。こうやって目がいろんなところに動くじゃないですか。美術作品を見てないとこんなに動かないですから。

だって普段こんなに首を曲げませんよ。でもこうやって美術と向き合うと首を上げざるをえなくなる。身体的な要素あると思うんですよ」

身体で楽しいと思えるものだから意味とかない。やっぱり美術鑑賞はこちらにウホウホっとした感じが必要なのかもしれない
こんだけ首が上がるのは美術作品を見ているから
こんだけ首が上がるのは美術作品を見ているから

変な意味があったらどうするのか

――でもこれすごくへんな意味があったらどうします? たとえば作者に「ベーコンエピを作ろうとしたんだ」って言われたら。麦の穂の形をしたパンです。なんだパンかよ、みたいなものを意味としてあげられたらげんなりしますか?

「仮に作者がそう言ったとしたら、あーそうなんですねって言うしかないんですね。

草間弥生が水玉を描いていた時期があるじゃないですか、あの人は実際にあれが見えてたって言ってますからね。病気も患われて幻覚とかの症状なんですけど、にわかには実際に見えるものとも思えない。でもそう言われると、受け取らざるを得ないんですよね。

でも、あーそんなところから来てるんだっていうのはほかの表現でもあるじゃないですか。ベーコンエピもありえますよ」

意味を知ってげんなりしたとしても、目の前にある作品の価値は変わらない……だとしてもパンだったら「パンかよ」ってなると思います、ぼくは。
――映り込む自分の顔が曲がって面白いなと思うような作品が公園にあったりするなあと思って選んだんですけど、そんな単純な楽しみ方でいいんでしょうか? (多田美波 / Chiaroscuro)
――映り込む自分の顔が曲がって面白いなと思うような作品が公園にあったりするなあと思って選んだんですけど、そんな単純な楽しみ方でいいんでしょうか? (多田美波 / Chiaroscuro)
塚田「こういう表面が反射することによってどんな場所でも唯一無二のイメージが写し出されるっていうこともあると思いますよ」鏡面は置かれた場所を映し出すので環境になじみやすいとも
塚田「こういう表面が反射することによってどんな場所でも唯一無二のイメージが写し出されるっていうこともあると思いますよ」鏡面は置かれた場所を映し出すので環境になじみやすいとも
塚田「これも台座問題が影を落としていますよ。作品と同じ材質になっていてもはや台座なのか分からなくなってる」台座ぁ。おのれ台座ぁ…
塚田「これも台座問題が影を落としていますよ。作品と同じ材質になっていてもはや台座なのか分からなくなってる」台座ぁ。おのれ台座ぁ…
塚田「実際この作家さんはこの方法論で他にも作ってますね。この辺の微妙なカーブとかもね、カーブした金属の映り込みが独特の味わいになっている。下のタイルの境目の歪みかたとかきれいじゃないですか。僕こういう歪みかた好きですよ。こういうゆらゆらとした感じ」これはたしかに造形物のおもしろさが伝わりやすい
塚田「実際この作家さんはこの方法論で他にも作ってますね。この辺の微妙なカーブとかもね、カーブした金属の映り込みが独特の味わいになっている。下のタイルの境目の歪みかたとかきれいじゃないですか。僕こういう歪みかた好きですよ。こういうゆらゆらとした感じ」これはたしかに造形物のおもしろさが伝わりやすい

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