特集 2017年8月31日

清水で57年愛!味噌溶き系ラーメン~透明スープに客が味噌を溶き、自分の味を作る~

味付け前のスープは透き通っている。清水が長年誇る裏ソウルフード
味付け前のスープは透き通っている。清水が長年誇る裏ソウルフード
人生の難問はすぐ解けないから、味噌でも溶いて考えようか。

静岡県の清水区周辺には、『味噌溶き系ラーメン』なる57年愛される超局地的ご当地麺があり、今も10店ほどの提供店では看板メニューの一つとして君臨する。

それは「味噌を客が溶いて、味を作らせるラーメン」。なぜこの不思議な一杯が生まれ、今も生き残るのか?

味噌を溶き、その謎を解きたくなった僕は貧乏ツアー御用達の青春18きっぷを購入。そのまま東海道本線の鈍行に揺られ、清水へ。
ライター、番組リサーチャー。過去に秘密のケンミンSHOWを7年担当し、ローカルネタにそこそこくわしい。「幻の○○」など、夢の跡を調べて歩くことがライフワークのひとつ。ほか卓球、カップラーメン、競馬が好き。(動画インタビュー


> 個人サイト 文化放想ホームランライター

サッカーとちびまる子ちゃんの町、清水で眠る隠し玉ラーメン

清水といえばサッカーの聖地。ちびまる子ちゃんの舞台。それらを擁する清水駅は栄えたイメージだった。だが駅舎こそ広くキレイも、施設は小さな売店が1つあるくらいの慎ましやかさ。それはそれで親しみが持てる。
とにかくちびまる子ちゃん推しの清水駅に着いた
とにかくちびまる子ちゃん推しの清水駅に着いた
はじめに訪れるのは、清水駅から歩いて10分ちょっとの長太郎飯店さんだ。
駅から歩くとおなかを空かせられる、ちょうどいい距離
駅から歩くとおなかを空かせられる、ちょうどいい距離
住宅街に突如現れる四角い建物がお店だ。硬派な「営業中」の縦看板が清々しい。
メニュー名は「味噌溶き系ラーメン」じゃなく「みそラーメン」
メニュー名は「味噌溶き系ラーメン」じゃなく「みそラーメン」

「ふつうのメニュー名」だが……出会い頭のメガトンパンチ!

味噌溶き系ラーメンは、メニュー名からそう名乗るわけでは無く、一見ふつうっぽいメニュー名のふりをして「実は味噌溶き系」であったりする。ここでも「みそラーメン(850円)」という超プレーンな名前がついているが、いざ来ると、とんでもない。これだ。
客へ挨拶代わりのカウンターパンチ、特大拳サイズの味噌がドカン!
客へ挨拶代わりのカウンターパンチ、特大拳サイズの味噌がドカン!
この無鉄砲かつ捨て身な巨大味噌のド迫力!想像をアッサリ飛び超えてきた!ご主人によると赤味噌ベースに少し白味噌が入った、合わせ味噌だそう。
アッパーカット級の衝撃を浴びせる、スーパーヘビー級味噌
アッパーカット級の衝撃を浴びせる、スーパーヘビー級味噌
ファーストコンタクトで喰らったKOパンチで揺れる脳を落ち着かせ、まずは味噌が全く溶けていないまっさらなスープを飲む。鶏ガラと豚骨によるスープは全く無味という訳では無く、ひそやかに野菜炒めの香ばしさが溶け込む。これはこれで一興だ。

「ガラッと味が変わる!」を実感できるラーメン

しかしやはり、まだまだ味は薄い。さあ、ここからがこのラーメンの真骨頂だ。意を決して、そびえ立つ「味噌の塊」を溶いていく。
味噌を溶けば、スープに味と色が宿っていく
味噌を溶けば、スープに味と色が宿っていく
明らかに味が変わった!それまでスープを形作っていた野菜炒めの風味に味噌が加わり、味の単音(ド)が和音(ド・ミ・ソ)へ変奏され、風味のハーモニーが増した。ほぼ味の無かったスープへ、みるみる味噌味が染み渡っていく。味の変遷を感じながら食べ進める、異次元なおいしさのラーメン。

味噌なのに「ストレート細麺」で勝負する

麺は味噌ラーメンの概念を覆す細麺
麺は味噌ラーメンの概念を覆す細麺
味噌ラーメンといえばちぢれ太麺だが、その概念を180度覆すストレート細麺。すすりやすく、スッと勢いをつけて食べられる。ご主人曰く、お客さんを待たせないために早く茹でやすい細麺にしたとか。

味噌の染み込んだ麺をすすると、一緒にもやし主体の香ばしい野菜炒めが口へ流れ込む。二重の美味しさがなだれ込みだ。

「楽しさで、満足度5割増し」なラーメン

スープに味噌が浸透し、麺や具へ伝わり…最後は舌へ。
スープに味噌が浸透し、麺や具へ伝わり…最後は舌へ。
どんぶりの左側に『味噌を溶かした方』を、右側に『味噌を溶かしていない方』と分けて食べ、味のコントラストを感じる…そんな食べ比べもした。ふつうのラーメンでは味わえない、食べる展開を演出する楽しさ。
ぜんぶ溶かし切ると、独特の達成感が!
ぜんぶ溶かし切ると、独特の達成感が!
全て味噌を溶かしきってもしつこくならず、舌のストライクゾーン範囲内の濃さ。最後は野菜炒めの残りを猛然と食べ切って、完食!味以外に「楽しさ」が加わると、食べることの満足感が5割増しに膨らむことを知った。ウマかった!
雨上がりの清水に。こんな夜に、お前を食せるなんて
雨上がりの清水に。こんな夜に、お前を食せるなんて
当日は断続的に雨の降るあいにくのコンディション。僕はウェルシア清水駅店で買った380円のビニール傘が、強風のため買って5分でヘシ折れたシーンを悔やみながらも次を目指した。

夜道を歩く価値のある、レアな味噌溶き系ラーメンが待つ

東海道本線・興津駅に到着し、夜道を延々と歩く。
あの東海道から一つ路地に入った路。ひたすら歩く
あの東海道から一つ路地に入った路。ひたすら歩く
19時を過ぎると地方はどんどんお店が閉まる。営業中のお店も少なくちょっと寂しいけれど、どこか趣の高い通り。闇夜にひとり、宇宙の中をゆっくり通り抜けるような感覚を覚えながら歩いた末、国道52号線沿いにあったのが一元八木間店だ。
「みそラーメン○分一本勝負!」の気概が伝わるのぼり旗
「みそラーメン○分一本勝負!」の気概が伝わるのぼり旗
暗い夜道の果てで見つけると、心強くなる灯り。
暗い夜道の果てで見つけると、心強くなる灯り。
一元八木間店。味噌溶き系ラーメンの元祖「一元」の暖簾分け店のひとつ。
地元民で賑わう店内。友達の家のような良い雰囲気
地元民で賑わう店内。友達の家のような良い雰囲気
「おじゃましまーす!」と思わず靴を脱いであがりたくなる、家庭的な店内。
味噌溶き系ラーメンがしょうゆを差し置き、メニューの一番右に座る
味噌溶き系ラーメンがしょうゆを差し置き、メニューの一番右に座る

ド真ん中にある味噌が…赤じゃなくて白!

ここで注文したのは、味噌溶き系ラーメンの中でも、他の店にはなかなか無いメニュー「白みそラーメン(970円)」。
まんなかの味噌の色がまるで違う。白味噌バージョンなのだ
まんなかの味噌の色がまるで違う。白味噌バージョンなのだ
味噌が黄色い!ふつう味噌溶き系に多いのは、先ほどの長太郎飯店さんのような赤味噌ベース。しかしここではレアな『白味噌』バージョンが食べられる。こちらでの人気は赤味噌を使う「みそラーメン」をゆうに上回るそう。

そして、器がドでかい!そのサイズ感の崩壊たるや、レンゲがスプーンに見えるほど。店員のお姉さんによると、一元の系列店は軒並みこの特大洗面器レベルのジャンボどんぶりを使っているとか。
タマゴの黄身のようなイイ色合いの白味噌
タマゴの黄身のようなイイ色合いの白味噌
スープにはやはり透明感が。そして大量の白黒ゴマが浮く
スープにはやはり透明感が。そして大量の白黒ゴマが浮く

白味噌ラーメンはマイルド&豊潤なウマさ

やはり味噌を溶かし込んでいないので、透き通ったスープ。ズズッとすすると、バターのほのかに豊潤な香りが鼻孔に広がる。

しかし、まだまだプレーンな薄味。ここで、待ってましたとばかりに白味噌を溶き込んでいく!
溶くほどに、ホロホロと崩れていく白味噌
溶くほどに、ホロホロと崩れていく白味噌
味噌溶き系は、この味噌を溶かしていくときがホントに気持ちいい。ひと溶きするとストレスまで瓦解していくよう。この「味噌味を育てる」ことを楽しむ感覚は、焼肉屋で肉を焼く過程を楽しむそれと似ている。
溶いては食べ、溶いては食べ。味の変遷を楽しめる
溶いては食べ、溶いては食べ。味の変遷を楽しめる
この白味噌ラーメンの味は、隠し味のバターや大量に浮いたゴマも相成ってか「ゴマダレ」に近い。グッと来る独特のコクを吸った麺がクセになり、箸がどんどん進む。

しかしそんなスープに溶かす「味噌」は、意外と儚く崩れ去り、消え去っていく。溶かしている最中は「ああ、この何とも気持ちいい時間がずっと続いてくれたら…」と思うが、その声も届かずに、残らず溶け切ってしまう。みるみるうちに溶ける味噌は、まるで夢の中でお金を掴んでも掴めない感触と似ている。

救世主「追い味噌」を投下せよ

その切なさも味噌溶き系ラーメンのひとつの味わいだが、それを一発解決する画期的なアイテムがここにある。
秘密兵器「追い味噌」
秘密兵器「追い味噌」
追い味噌の器。ここではラーメンを頼んだらこれが出てきて、足りなくなったら好みでいくらでも追加可能だ。
匙ですくって、いざ投下
匙ですくって、いざ投下
マイルドなスープだが、徐々に濃さをまとっていく
マイルドなスープだが、徐々に濃さをまとっていく
白味噌ラーメンはマイルドで、これでもかと味噌を溶かし込んでもしょっぱくなりすぎない。が、そのつど味の輪郭は静かに増して行く。2~3度味噌を追加し、マイペースで溶かしては食べていく幸せな作業を堪能しながら完食。ウマかった!

辛いバージョンもある

味噌溶き系に「チャーシューメン」があるのは、実はかなり珍しい
味噌溶き系に「チャーシューメン」があるのは、実はかなり珍しい
若きご主人のもと、味噌溶き系としては革新的な取り組みが見られる一元八木間店。系統では珍しいチャーシューメンのほか、「チョイ辛」「スゴ辛」版などもあり、近年では『辛いシリーズ』の人気が上昇中だとか。

その中から「チョイ辛」を少し食べさせてもらったが、今どきのあと引く辛さとは違い、懐かしいピリピリする辛さ。スッと爽快な辛さだから、暑い季節にピッタリだ。

おいしかった!引き戸を開けると、雨が再び強まっていた。近くのセブン-イレブンで821円の軽量撥水加工折り畳み傘を買い、駅までの長い道を歩いて帰った。

とうとう、味噌溶き系ラーメン元祖の味を!

静岡のローカル私鉄・静岡鉄道に揺られて目指すは、元祖の味を守る店。
静岡人の生活感が漂う味わい深い列車
静岡人の生活感が漂う味わい深い列車
二両ほどの車両で住宅街をほどほどのスピードで縫うように走り、市民の生活範囲をカバーする電車。

この列車で良い体験をした。途中で謎の広告アナウンスが流れたのだ。それは「アンケートによると、日本人の好きな食べ物第一位はやっぱりラーメンでした。そんな現実と闘いながら、蕎麦屋○○は今日も営業中…」などと言う自虐的でパンチあるもので、「凄い広告だね」と乗客をザワつかせていた。僕はそんな日本人が一番大好きなラーメンを食べるために、最寄りの御門台駅へ到着。
沿線にはバンダイホビーセンターもある
沿線にはバンダイホビーセンターもある

清水界隈では知られた繁盛店、一元の総本山

御門台駅から徒歩4分ほどの一元本店。一元はかつて静岡界隈に10軒以上の暖簾分け店があり、大きな地盤を築いた県民おなじみの中華料理店。この本店は今も清水区周辺に5軒を構える中の総本山として君臨する。
総本山らしい、立派な看板が出迎えてくれる
総本山らしい、立派な看板が出迎えてくれる
アポを取った12時40分過ぎはギッシリ満員、店内で待つことに。食欲を刺激するイイ匂いが漂い、店員さんたちも忙しく働く。町の中華店としてはかなりの繁盛店だ。
活気がある。いかにも美味しいものが出てきそう
活気がある。いかにも美味しいものが出てきそう
7分ほど待って席へ。ここでの味噌溶き系ラーメンのメニュー名「もやし味噌ラーメン(800円)」を注文し、中華特有のキップの良い調理音をBGMにして待つ。
ここでは「もやし味噌ラーメン」表記になっている
ここでは「もやし味噌ラーメン」表記になっている

本店を守る市原さんの語りで、味噌溶き系ラーメンの謎が明らかに

そして今回味噌溶き系ラーメンを作っていただいたのは、三代目店主の市原庸次さん。それは初代・市原盛義さんが生んだ元祖の基本形に近いものだとか(ここからは、市原さんの語りも挟んで、その謎を明らかにしていきます)。
味噌溶き系のいろはを語っていただいた、三代目の市原庸次さん
味噌溶き系のいろはを語っていただいた、三代目の市原庸次さん
味噌溶き系ラーメンは麺が細いためか、多くは提供が早い。この一元本店もその例外なく、数分で到着。
これが味噌溶き系ラーメンの基本形とされる
これが味噌溶き系ラーメンの基本形とされる
同じ一元の八木間店と同様に、レンゲのサイズ感が狂うほどの巨大どんぶりで登場。中央にドンッと赤味噌ベースの合わせ味噌が鎮座する。ダイナミックかつダイヤモンド富士のような美しさを感じる一杯だ。
こんもりと乗っかったもやし・チャーシューらの頂点に、味噌が座る
こんもりと乗っかったもやし・チャーシューらの頂点に、味噌が座る
「もやし味噌ラーメン」の名前通り大量のもやし、細切りチャーシューもうず高く積まれる。

味噌を溶かさぬままトンコツベースのスープを一口飲むと、たまごスープに近いふんわりしたやさしさ(これで3軒目、味噌を溶かす前のプレーンなスープを飲み比べるのも楽しい)。
スープはひときわ透明度が高い
スープはひときわ透明度が高い
よし、と少しずつ味噌を溶かしていく。無味に近かったスープに、味噌ラーメンとしての命がみるみる込められる。溶かせば溶かすほど、味噌味という服を一枚一枚まとい、衣替えするスープ。舌がいつもより、味噌味の機微に敏感になる。味の変遷を季節の移り変わりのように堪能できるラーメンだ。
濃厚味噌が透明スープを赤く染める。夏から秋へ変わるように、熟す色と味。
濃厚味噌が透明スープを赤く染める。夏から秋へ変わるように、熟す色と味。

味噌の溶き方は大きく「3パターン」に分かれる

市原さん「お客さんによる味噌の溶き方は大きく分けて3パターンありますよ。」
「1:いきなり全部混ぜて食べる人。」
「2:別の皿に載せて、少しずつとっていって食べる人。」
「3:器の中で少しずつ溶かしながら食べる人…その3つですね。」

もちろん、それ以外の食べ方でも大丈夫。味噌溶き系ラーメンは、自らのペースと好みに合わせ、味を着々と組み立てられるラーメンなのだ。

「麺&具材、渾然一体」で口へ入るように作られている

細麺を、溶け切る前の味噌と一緒にすすり込むウマさ!
細麺を、溶け切る前の味噌と一緒にすすり込むウマさ!
細麺を口へ運ぶと、さらにもやしやチャーシュー、時にはまだ溶け切っていない味噌までも渾然一体に口に吸い込まれる。食欲にまかせてスルスルすすると…ウマい!

市原さん「スムーズに食べられるように形を揃えて切っています。チャーシューも細切りなのは、同じペースで食べていけるから。例えばチャーシューが大きいと、最後に沈んでいるのを食べる…となってしまう。麺も具材も全てを同じペースで食べ進めていけるようにしました」

細麺&シンプル具材なのは、お客さんを待たせないため

なるほど・・・では、なぜ味噌ラーメンっぽくない細麺を?

市原さん「細麺なのは、お客さんに早く提供するためです。タマゴたっぷりの自家製麺ですよ。それと、具材がもやしとネギとチャーシューとゴマだけなのも似た意味があります。シンプルだからこそ、お客さんを待たせないんです(細麺を使うさらなる理由は後述)。」

「追い味噌」をドカンとまるまる入れる快感!

小皿にこんもりと乗った味噌を
小皿にこんもりと乗った味噌を
まるごとぜんぶ投入してしまう背徳感
まるごとぜんぶ投入してしまう背徳感
追い味噌もOKで、たくさん溶かしてドスンと濃くなったスープがまたガツンとウマい。


味噌を少しずつ投入し、自分好みの濃さをじっくり探求するのも良いが、このようにドッサリ投入して、驚異の濃さを一度体感してみるのも悪くない。
追加分も全部溶かしたスープ。色では伝わらない味の濃さ
追加分も全部溶かしたスープ。色では伝わらない味の濃さ
美味しかった!そして何度食べても、「味噌溶き系ラーメンは楽しい!」と実感できた。

「2人で1つの味噌溶き系ラーメンを食べるカップル」もいる

市原さん「ちなみに、2人で1つ、カップルで食べる人も居ますよ。中には、2人いっしょに同じ器で食べる人も居ます…」

凄く楽しそう!2人の心を解きほぐすように、味噌を溶く…そんな青春を過ごしたかった。

市原さん「そのほか、白いごはんに乗せて食べる人も居たり、ツウな人は、最初は味噌を溶かさず食べる人も居ます。どう食べてもらってもお客さんの自由ですからね。」


ちなみに・・・厳密に言うと「味噌溶き系ラーメン」を一番はじめにお店として出したのは一元の鳥坂店(取材NGでした)であるものの、それを教えたのはあくまで本店・初代店主。鳥坂店のものは基本形とはややかけ離れたチャーシューの多いラーメンにアレンジされたため、基本形に近いラーメンとしてはやはり本店のものでは無いか、とのこと。

『味噌溶き系』を生んだ先代にお話を聞いた

お店を出て、近くの老人ホームへ。味噌溶き系ラーメンを生んだ初代・市原盛義さんは8年前に脳梗塞で倒れてから、そこで余生を送る。ご家族とホームのご協力もあり、貴重なインタビューをさせていただいた。

盛義さんは10歳のころ東京大空襲で両親を亡くした。その後は親戚の家を転々とし肩身の狭い思いをした後、「俺は料理の道で生きる!」と東京浅草の有名老舗蕎麦店で修行。そして自分の店を持つために縁もゆかりもない清水へ来て、24歳ごろ、そばはそばでも中華そばとばかりに、「ラーメン屋」をはじめた。

とにかく研究熱心だった。味噌溶き系ラーメンも、札幌の味噌ラーメン、崎陽軒のシウマイ、何度も通った台湾の料理学校などからヒントを得て、生み出したもの。
味噌溶き系のヒントになった、崎陽軒のシウマイと札幌ラーメン(写真はイメージです)
味噌溶き系のヒントになった、崎陽軒のシウマイと札幌ラーメン(写真はイメージです)
その中で達した結論が「もやしは茹でるより、炒めたほうがシャキシャキで美味しい」。そう、確かにここまでで食べた味噌溶き系ラーメンは、もやしは茹でずに炒めていた。

さらに味噌を客に溶かせる意図は「自分の好みで溶かせることで、誰でも満足できるから」。味のカスタマイズがラーメン界で叫ばれる今日の半世紀ほど前に、「『自分の好き』に合わせられるラーメン」のチャレンジに成功していたのだ。

「『細麺』と『味噌』を使ったのは“日本人の味”にするため」

味噌溶き系ラーメンの祖、市原盛義さん
味噌溶き系ラーメンの祖、市原盛義さん
そして味噌溶き系ラーメンに「細麺」と「味噌」が使われるワケを盛義さんはこう語る。

「日本人は、そうめんに代表されるように、細麺が好きだから…。周りにこんなラーメンを提供する人は居なくて、最初に出したときはビックリされたけど、慣れてくれた。味噌は日本人の味なんだ」

そう、味噌溶き系ラーメンは、日本人のためのラーメンなのだ。

なお元々味噌溶き系ラーメンの提供店は、今より多かった。以前は一元自体が10店以上存在し、一元で修行して独立した「川しん」も5店ほどあり、どこもメニューにあったとか。しかし、跡継ぎが居ないなどの理由でお店がなくなり、それに伴い提供店は減る傾向にある。

それでもいまだ10店ほどの提供店があり、店の数だけ特徴ある味噌溶き系ラーメンがある。それに関しても盛義さんはこう寛大に語る。

「色んな(味噌溶き系)ラーメンがあるけれども、個性があって良いんじゃないか」

味噌溶き系ラーメンの命をつないだリレー

盛義さんが倒れた後、二代目を継いだ長男さんも倒れてしまい、継ぐ予定の無かった、次男で現店主の庸次さんが三代目として急きょ店を守ることとなった。

しかし先代らに直接料理を教わったことは無く、ずっと“調理補助”としてやってきた身。それでも、子供の頃から店を手伝ってきたゆえの経験と必死の努力で、一元本店の味を再現することに成功。味噌溶き系ラーメンの基本形も守られた。そして今も一元本店は清水の繁盛店となっている。

先代・盛義さんは語る。

「道ひとすじに、ラーメン一途にやってきた。……(我ながら)よくやってきたんじゃないかな」それに応えるように、庸次さんもこう語った。

「その続きを歩かせてもらっているのかな」

味噌溶き系ラーメンの(主な)特徴をおさらい

!
・とにかく「味噌がどんぶりの中央にドーンと乗る」!
・味噌ラーメンだが、ストレートの細麺を使う
・もやし、ねぎ、ゴマ、チャーシューを使うことが多い
・チャーシューは細切りが多い
・もやしは炒めてありシャキシャキ
・赤味噌主体の合わせ味噌が多い(白味噌を出す店もある)
・多くの店で追い味噌を出してくれる
・けっこうなボリュームがある

一元本店のもう一つの名物、大餃子もいただいた。ふつうの餃子の4倍はある
一元本店のもう一つの名物、大餃子もいただいた。ふつうの餃子の4倍はある

味噌をあえて最初に溶かさず、客が味を組み立てるプロセスを楽しめる。それはプラモデルや楽器、バイクなど、ものづくりが何より得意な「静岡県」だからこそ誕生したラーメンかもしれない。

「味噌溶き系ラーメン」は今の時代こそ食べるべき、セルフカスタマイズができるラーメン。また、味噌を溶きたくなって僕はウズウズしている。このメニューは、“自分だけの食べ方”をたぶん一生かけて突き詰められる、食べれば食べるほど、楽しくなるラーメンだ。ドラクエに飽きたら味噌を溶こう。
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