みじかい記事 2017年9月1日
 

即身仏めぐりをしたら色々な即身仏グッズが手に入った

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山形県には「即身仏」を安置する寺院がいくつも存在する。「即身仏」とは、真言密教の究極の修行の形で、念仏を唱え続けながらそのまま死を迎えてミイラ化し、死後も人々を救済し続ける存在となった仏様のこと。

“想像を絶する修行”などと書くのも安っぽく思えるほどハードな世界だが、その結果今も残り続ける即身仏は地域の人の信仰を集め、大事に守られながらお寺を訪れる人々を出迎えている。そんな即身仏のあるお寺をめぐったら「即身仏グッズ」がいくつか手に入ったので紹介させていただきたい。
大阪在住のフリーライター。酒場めぐりと平日昼間の散歩が趣味。1,000円以内で楽しめることはだいたい大好きです。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーとしても活動しています。

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山形県の即身仏をめぐった

私の両親は山形県出身で、小さい頃からよく山形に連れて行かれた。私と歳の近いいとこもいて、子どもの頃から仲が良い。今から十数年前、免許を取ってよくドライブをしているといういとこに「即身仏見に行こう!」と誘われた。

「はて、即身仏?」と首をかしげつつ車に乗せてもらい、たどり着いたのが山形県鶴岡市の瀧水寺大日坊というお寺だった。そこで「真如海上人」の即身仏を目の当たりにして驚愕した。すごい……怖い。法衣を着たその姿はなんとも生々しく、見ていてじっとり汗をかくような迫力がある。

そもそも即身仏って何?というところからお寺の方に説明してもらい、その壮絶な修行について知り、ますます衝撃を受けた。それ以来、言葉にすることがすごく難しいもの、という感じで胸の奥にしまったまま時が経った。

先日、友人が山形県内の即身仏めぐりを企画していると聞き、昔感じた衝撃と言葉にできない気持ちを思い出し、参加してみることにした。

調べてみると山形県の観光案内サイトにも“即身仏めぐり”の特設ページが用意されていたりして、私が思っている以上に観光コースとして広く認知されているらしかった。
「即身仏をたずねる旅」。そんな旅もあるのだな。
「即身仏をたずねる旅」。そんな旅もあるのだな。
すでに終了しているイベントだが、「即身仏集印めぐり」なんて企画もあったようだ。ポップな感じと即身仏とのギャップがすごい。
すでに終了しているイベントだが、「即身仏集印めぐり」なんて企画もあったようだ。ポップな感じと即身仏とのギャップがすごい。
まず訪れたのが山形県鶴岡市の南岳寺。
JR鶴岡駅からも近く、即身仏がいるお寺の中ではアクセスが良い方。
JR鶴岡駅からも近く、即身仏がいるお寺の中ではアクセスが良い方。
境内を奥に進むと「即身仏参拝」の文字。
対面を前に緊張が高まる。
対面を前に緊張が高まる。
南岳寺に安置されているのは「鉄竜海上人」の即身仏。小さなお堂の中、法衣を着て、静かにうつむくような姿である。お寺の方の説明によると1,000日に及ぶ「木食修行(木の実や野草しか食べずに脂肪分を落として死後も残り続ける体を作る修行)」をした末に62歳で即身仏になったという。
パンフレットに載っていた「鉄竜海上人」のありし日の姿。
パンフレットに載っていた「鉄竜海上人」のありし日の姿。
即身仏はエジプトのミイラと違って死後に防腐処理をするのではなく、生きているうちから木食修行を積む。毒性の高い漆を飲むこともあったという。そうすることで防腐効果が高まるのだとか。お堂を出ると友人たちも私も無言である。言葉が出てこない。

そう。前にいとこと即身仏を見た時もそうだった。なんせ目の前にあるのはかつて生きていた人の体なのである。仏像を見るのとはまったく違う。これは一体どういうことなのだろうか……どう思えばいいのだろうか、と思う。南岳寺の「鉄竜海上人」は12年に一度、法衣の着替えを行うそうで、着ていた衣装の切れ端を入れた御守りが売られている。一つ350円。
ものすごく安く感じるのだが、どうだろうか。
ものすごく安く感じるのだが、どうだろうか。
「即身仏御守」と刺繍してある。
「即身仏御守」と刺繍してある。

山形に即身仏が集中する理由

現在、日本には十数体の即身仏が現存すると言われる(中には一般に公開されていないものもあるため、諸説あるのだが、16〜18体ほどが現存するという)。そのうち、8体が山形県内に集中している。

これにはいくつかの理由がある。山形県の中部にそびえる出羽三山の一つ、湯殿山が即身仏信仰の中心となっていたこと。即身仏信仰が流行した江戸時代の東北地方では飢饉が立て続き、人々を飢えから救いたいという強い願いがあったこと。また、山形の寒冷な気候が即身仏の防腐に適していたことも理由の一つだという。

その湯殿山にあるのが瀧水寺大日坊。私が昔、いとこと一緒に訪れたお寺だ。
弘法大師が開山したと伝えられる湯殿山の“総本寺”がこの瀧水寺大日坊だ。
弘法大師が開山したと伝えられる湯殿山の“総本寺”がこの瀧水寺大日坊だ。
こちらで拝観できるのは「真如海上人」の即身仏。本堂の奥、「即身仏入口」というところから入った間に静かに座っていらっしゃる。こちらの即身仏は非常に良い状態で残っており、お寺としても日本一だと自信を持っているようだった。実際、山形でも「即身仏」というとまず真っ先にこの「真如海上人」のことを指すようで、即身仏界でも一番の有名人と言えよう。状態が良いということは生前にそれだけ難行に耐えたということでもある。

昔ここに来た時は「真如海上人」の写真を使ったテレホンカードが販売されていたという記憶があり、みうらじゅんの本に珍アイテムとして紹介されているのを見たことがある。確かに即身仏テレカでどこかに電話をかける場面を想像すると妙な気持ちになる。

テレホンカードが頻繁に利用される時代が終わったためか、今販売されているのは「御守りカード」である。
電話をかけるという機能が除かれ、いよいよ純粋なカードとなった。
電話をかけるという機能が除かれ、いよいよ純粋なカードとなった。
裏には「南無真如海上人」の文字。
裏には「南無真如海上人」の文字。
このカードの他に、法衣の切れ端を入れた御守りもありそちらは「瀧水寺大日坊」の公式サイトで通販もされている。

「即身仏手ぬぐい」があるお寺

最後に紹介したいのは山形県酒田市にある海向寺。
山形県の西部。酒田港にもほど近い。
山形県の西部。酒田港にもほど近い。
こちらの海向寺には「忠海上人」、「円明海上人」の2体の即身仏が安置されている。一つのお寺に2体の即身仏が祀られているのは日本でもここだけだとか。
「即身仏堂」というコンクリート作りの建物の中に即身仏が安置されている。即身仏になるためにどれだけの厳しい修行が必要だったかなど、係の方が説明をしてくれる。いくら修行を積み重ねても、土中から掘り起こされた際にボロボロになってしまっている場合も多かったりして、綺麗な状態で即身仏になれるケースは本当に一握りなのだそう。
「即身仏堂」というコンクリート作りの建物の中に即身仏が安置されている。即身仏になるためにどれだけの厳しい修行が必要だったかなど、係の方が説明をしてくれる。いくら修行を積み重ねても、土中から掘り起こされた際にボロボロになってしまっている場合も多かったりして、綺麗な状態で即身仏になれるケースは本当に一握りなのだそう。
こちらのお寺にはなんと「即身仏姿手ぬぐい」が販売されている。
どうだろう。この素朴で愛らしいデザイン。
どうだろう。この素朴で愛らしいデザイン。
2体あるうちのどちらか特定の即身仏を描いているわけではないようだが、堂々とした姿勢で座した姿である。「あら可愛い!」と気軽に買えるような素敵なデザインに仕上がっている。とはいえ、この手ぬぐいをどんな時に使うべきなのか、おもむろに頭に巻き付けたりしていいものなのか大いに迷う。

海向寺では毎年8月1日〜3日にかけて「あわしま観音 夜会式」という縁日が開催され、そこでは即身仏の夜間拝観が可能なのだとか。そんなところからもこの海向寺の即身仏が地元の人にとって身近な存在であることがわかる。縁日に来た子どもたちが即身仏の姿を見たら相当ショックを受け、見違えるほど良い子になりそうである。

海向寺のパンフレットにはこんな言葉があった。
「即身仏 〜むかしの人に いま会える〜」。
「即身仏 〜むかしの人に いま会える〜」。
アイドルを連想せずにはいられないキャッチフレーズだが、確かに、上人たちが激烈な修行の末に自分の姿を残してくれたからこそ、今こうして時を越えて対面することができるのである。

即身仏を目の前にしたらきっと誰もが言葉を失う。一体どれほどの思いの強さを持ってこのような姿になったのか。想像が及ばないのである。しかし、とにかくその強い思いは後世の人に伝わり、地元の人に信仰され、今も大事に守られ続けている。

人間、生きている以上いつかは死んでしまう。自分の思いをなんとか自分のいない未来まで届けられないか、そう本気で考えた末の一つの答えが「即身仏」という形なんじゃないかと私は思った。
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