特集 2017年12月12日

小さな飲み屋街「北町楽天地」を確かめにいく

!
古い酒場や横丁の雰囲気が何より大好きなんですが、2020年にオリンピックの開催が決定した東京では、そういう味わいのある風景が、街の再開発とともに急速に姿を消し続けています。
そんな中、東京都板橋区にある「東武練馬」という駅の近くに、その一画だけが戦後のまま時代から取り残されたかのような、小さな飲み屋街が残っているらしいことを偶然知りました。
「北町楽天地」という名前以外、詳しいことは全くわかりません。
実際にどんな場所か、確かめにいってみるしかない!
1978年東京生まれ。酒場ライター。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター・スズキナオとのユニット「酒の穴」としても活動中。

前の記事:居酒屋業界初の「おすそ分けシステム」誕生秘話


楽天地めざして出発!

目指す「北町楽天地」に関してなんですが、僕もネットで偶然写真を見つけて衝撃を受け、興味を持っただけで、本当に何の情報もありません。
話が早いと思うので、まずはこのGoogleの画像検索結果を見てみてください!

画像検索 『北町楽天地』

ね? 説明不要のヤバさがあるでしょう?
もはや映画のセットにしか見えない、完璧な昭和の横丁感。
こんな風景が東京にまだ残っているなんて、想像するだけでワクワクします。

ただここ、ネット上に驚くほど情報が少なく、あっても数年前のものばかり。
はっきり言って、まだ現存している保証はどこにもありません。
っていうかこのご時世、もうなくなってると考えたほうが自然とすら。

なので、今日は100%ガチンコ勝負。
実際に行ってみて、なかったらこの企画はそれで終わりという無謀な方針でお送りします。

そんな行き当たりばったりの取材に付き合ってくれたのは、「酒といえば?」でおなじみのライター、スズキナオさんと、デイリーポータルZ編集部の古賀さん。
もし行ってみて北町楽天地がなくなってても、すぐにその場で代替の企画案を出して何とかしてくれそうな、頼もしすぎるメンバーです。

まずはウォーミングアップ~東武練馬へ

夕方前、せっかくあんまり行かない方面ということもあって、周囲の散策からスタートしましょう、と、まずはスズキナオさんと待ち合わせ。
無駄に隣の駅「下赤塚」からスタートしてみることに
無駄に隣の駅「下赤塚」からスタートしてみることに
下赤塚に降りたのは初めてかもしれないんですが、かなり味のある街ですね。
のんびりと牧歌的でありながら、細かく見ていくと突っ込みどころが多い。

この下赤塚をスタート地点とし、
激安衣料品店で、何が何でも風を通さなそうな素材感の服を発見したり
激安衣料品店で、何が何でも風を通さなそうな素材感の服を発見したり
金魚と食器の専門店を眺めたり
金魚と食器の専門店を眺めたり
なんかメルヘンチックな一帯を抜けたり
なんかメルヘンチックな一帯を抜けたり
ディープな演歌専門店を見学させてもらったり
ディープな演歌専門店を見学させてもらったり
疲れたら時に休んだり
疲れたら時に休んだり
途中で古賀さんも加わり、そんな風にふらふらしているうち、いつの間にやらたどり着いていました。
「東武練馬」!
「東武練馬」!
うまく説明できないけど、ヤバいことが起こりそうな街並みだぜ~。


さて、北町楽天地に関してですが、本当に何の下調べもせずにやって来てしまったので、どこにあるかすらわかりません。
地図を見てみると「北町」という住所があるので、そっちの方へ行ってみましょう。

ここ東武練馬でもまた、
全然関係ない良さげな店に吸い込まれそうになったり(休みで逆に助かった)
全然関係ない良さげな店に吸い込まれそうになったり(休みで逆に助かった)
原価を無視する豪胆さに関心したり
原価を無視する豪胆さに関心したり
夏限定の売り文句を扉に直接書いてしまったお店にほのぼのしたり
夏限定の売り文句を扉に直接書いてしまったお店にほのぼのしたり
と、気ままに楽しみつつ歩いていると……あれ? ここってもしかして
北町楽天地!?
北町楽天地!?
あった! 急にあった!

駅から徒歩5分くらいでしょうか。
ごく普通~の商店街を歩いていたら、突然横道にこの風景が広がっていて、思わず面食らってしまったんですが、この雰囲気、目指していた北町楽天地に違いありません。

ひとまず更地になっていたりはせず、しかもあかりの灯る看板やちょうちんがチラホラと。
がぜんテンションが上がってきた~!

いよいよ楽天地に潜入

ついにこの風景の中に……
ついにこの風景の中に……
いよいよ憧れの「北町楽天地」探索を開始。
写真で見たことはありましたが、実際に肌で感じるその空気は圧巻の一言。
「残っていてくれてありがとう!」という感謝の気持ちが自然に湧いてくる、まさに奇跡の横丁ですね。
最深部の暗さもたまらない
最深部の暗さもたまらない
振り返った風景は、この世とあの世の境目のよう
振り返った風景は、この世とあの世の境目のよう

一軒目「立呑み のんべぇ」

短い横丁を行ったり来たりして一通りその雰囲気を愛でたら、次は実際にお店に入ってみることにします。
まずは入り口すぐの、一番敷居の低そうなこちら
「立呑み のんべぇ」
「立呑み のんべぇ」
というお店へ。
記念すべき、楽天地初の乾杯!
記念すべき、楽天地初の乾杯!
のんべぇは、ディープな世界への入門編にぴったりの、まっとうに居心地の良い立ち飲み屋さん。
立ち飲みの某名店で修行をされたマスターが、数年前に独立してオープンした新しいお店で、この場所を選んだのは、単にちょうど良い物件があったからだそう。
が、こうして新しいお店が入って、古い横丁が盛り上がるのは素晴らしいことですよね。
僕は「ホッピーセット」(400円)から
僕は「ホッピーセット」(400円)から
ナオさんが選んだのは
ナオさんが選んだのは
「北町ドンペリ」(350円)
「北町ドンペリ」(350円)
聞きなれないドリンクですが、甲類焼酎を炭酸で割り、そこに特製のエキスをたらす、大衆酒場では「下町ハイボール」としておなじみのもの。
つまりは勝手に名乗ってるだけなんですが、ネーミングによって何だか特別に感させちゃうところがうまい。
古賀さんは、ドリンク一杯とおつまみ3種盛りがセットになった「おつかれさまセット」(850円)
古賀さんは、ドリンク一杯とおつまみ3種盛りがセットになった「おつかれさまセット」(850円)
お得感!
みんなでつまませてもらいます。

その他は、店内に短冊メニューがたくさん貼られているんですが、日替わりの品がカウンター上に並んでいて、中からあまりにも美味しそうだった
「鮭カマ焼」(400円)
「鮭カマ焼」(400円)
や、最初「菓子パン!?」と見間違えたほどにビッグサイズの
「プルンプルンバターマッシュ」なるキノコを使った、
「プルンプルンバターマッシュ」なるキノコを使った、
「山なめこバター」(350円)
「山なめこバター」(350円)
などを。
どれも見るからにうまそうですが、その通りにうまいです。
2階はちょっと変わったテーブル立ち飲みスペースになっていました
2階はちょっと変わったテーブル立ち飲みスペースになっていました
この一帯は、いわゆる「ちょんの間」(気になったら各自調べてみてくださいね)として使用されていた時期もあるそうで、そう聞くとこのスペースの味わいもより増します。
「うちは2回来たら常連だから!」と、明るく楽しいマスター
「うちは2回来たら常連だから!」と、明るく楽しいマスター
女性読者に朗報
女性読者に朗報
ここでマスターから「あ、そうそう、向かいのお店、今日で最終日だよ」というものすごい衝撃情報を入手。
な、なんと運命的な。
これは行かないわけにはいかないでしょう。

二軒目「お千代」

というわけで、楽天地ハシゴ酒2軒目は、こちら
「お千代」
「お千代」
というお店へ。
「おじゃまします」
「おじゃまします」
お千代は、店名通り、ママのお千代さんが営むこじんまりとした飲み屋さん。
今日が営業の最終日で長年この世界で働いてきたお千代さんも引退される営業ということもあってか、常連と思われるお客さんたちでに大変ぎわっています。
「彼、いい顔してるよね」かなんか言われてるナオさん(ぎりぎり見切れてる右)
「彼、いい顔してるよね」かなんか言われてるナオさん(ぎりぎり見切れてる右)
カウンターにドサっと乗せられた二十日大根
カウンターにドサっと乗せられた二十日大根
決まったメニューはなく、こういうものを好き勝手にかじったり、あとはママがお客さんの様子を見ながらおつまみを出してくれる、というシステム。
「おつかれさまでした!」「ありがとう~」
「おつかれさまでした!」「ありがとう~」
「これ食べる?」
「これ食べる?」
と出てきたのは、ゆで玉子と、もち米を皮にしたシュウマイ的なもの。
湯気のせいか、いよいよあの世にきてしまったような写真ですね。
「ひとり1匹ずつね」とウルメイワシ
「ひとり1匹ずつね」とウルメイワシ
「あんたたち、梅酒も飲んでく?」
「あんたたち、梅酒も飲んでく?」
お店の最終日と聞いて来てみたものの、そこに悲壮感のようなものはまるでなく、聞けば「最近忙しすぎるから、明日から掃除のおばさんの仕事1本に絞るのよ!」とお千代さん。
仕事に優劣を付けないドライさ、そして常にお客さんと冗談を言い合いながら、心底楽しそうに仕事をされている姿は、人生のお手本そのもの。
ナオさんが幸せそうなら、そこはいい店
ナオさんが幸せそうなら、そこはいい店
「はい、最後にご飯食べて帰んなさい」
「はい、最後にご飯食べて帰んなさい」
と、出てきたサツマイモの炊き込み御飯の優しいことといったら。
飲み屋でご飯ものをめったに食べない僕も、一粒残らずありがた~く頂きました。
ビールやらウーロンハイやらも飲んでたらふく食べて、お会計はざっくり、ひとり1500円。
安すぎ。

お千代さん、ごちそうさまでした。
そして、お疲れ様でした!

いったん休憩~北町楽天地最古の店へ

大変美味しかったとはいえ、山盛りのご飯まで頂いてかなり満腹。
いったん楽天地を出、腹ごなしもかねて周囲を散策してみることにします。

するとすぐ近くに、これまた渋すぎる
「北町アーケード」
「北町アーケード」
なるアーケード街を発見。
なんだここ! かっこよすぎる!
なんだここ! かっこよすぎる!
いったいどうなってるんでしょうか、この東武練馬って街は。
こっちも後日、じっくりと来てみないと気がおさまんないじゃん!
なぜ2つ?
なぜ2つ?
などとふらふら散歩を楽しむこと15分ほど。
そろそろまた楽天地に戻り、もう一軒だけ寄って帰りましょうか。
「おっとここだ」
「おっとここだ」
うっかりしていると素通りそうになる、このコンパクトなサイズ感が本当に良い。
「さ~て、もういっちょ飲むか~!」
「さ~て、もういっちょ飲むか~!」
いったん広告です

三軒目「夕子」

再び北町楽天地へ戻ってきた我々。
先ほどお千代の常連さんから聞いた、この横丁で現在営業している中で最も古いという「夕子」というお店に向かいます。

中の様子が全くわからない引き戸タイプのドアを思い切って開けると、そこに広がっていたのは、まさに桃源郷というべき風景。
84歳になるという夕子ママ
84歳になるという夕子ママ
歴史の堆積によってしか生み出せない、味わいの極地といった店内の風合い。
80歳を超えて現役バリバリの、チャーミングな夕子ママ。
す、素晴らしすぎます……。


夕子ママはその昔は、池袋西口の飲み屋さんで働かれていたそうなんですが、結婚を機に退職。
子育てが一段落した頃、東武練馬にある民謡喫茶で再び働き始め、そこで紹介を受けて30年前にこのお店を開かれました。
その頃からあった他のお店の多くは、店主が亡くなられたり、引退されたりしてお店を閉めてしまったそうで、楽天地で営業している一番古いお店は、ここで間違いないようです。

北町楽天地自体の歴史についてもいろいろと教えてもらったんですが、戦後池袋にできた闇市が撤去されると、ここに流れてきて働く人が大勢いたとか、そもそもこの通りの発生自体は大正時代にまでさかのぼるとか、とても一度行っただけで把握するのが不可能なほど、深い深い歴史がある模様。
引き続き飲みに通ってじっくりと掘り下げていくことが、僕の新しいライフワークになりそうです。


そんなにお腹が減っていないことをお伝えすると、「じゃあ軽くつまめるものでも作りましょ」と、
「ハンペンチーズ焼き」
「ハンペンチーズ焼き」
を出していただきました。
この何気ない一品のうまいこと!

さらに、お茶割りをお願いしたところ、
やかんのお湯を使って
やかんのお湯を使って
茶こしで入れる本格派!
茶こしで入れる本格派!
あぁ、永遠にここにいたい
あぁ、永遠にここにいたい
やがて、おひとりで飲まれていた常連さんのカラオケがスタート。
渋い飲み屋の雰囲気がいっそう味わい深いものに。
酒場あるある「スナックの常連さん、全員歌うまい」
酒場あるある「スナックの常連さん、全員歌うまい」
無論、ナオさんも歌う
無論、ナオさんも歌う
古賀さんも歌う
古賀さんも歌う
僕も、今にも閉じそうな目を無理やりこじあけて歌います
僕も、今にも閉じそうな目を無理やりこじあけて歌います
すると、僕が歌った小沢健二「愛し愛されて生きるのさ」の中に「いとしのエリー」という歌詞があり、それを聞いた夕子ママが「いとしのエリー」をリクエスト。
この歌がすごすぎた……
この歌がすごすぎた……
「久しぶりに歌いたくなったんだけど、ちょっと忘れちゃった」と言いつつ、全編通して完全に夕子ママオリジナルのメロディーで歌われる「いとしのエリー」。
忘れてるからといって笑ってごまかしたりすることなく堂々と、そして優しく透き通った、こんな歌声、後にも先にも聴いたことがありません。
いやぁ、貴重すぎる時間……。
品切れ中だったビールが酒屋から届き「みんなで乾杯しましょう」と夕子ママ
品切れ中だったビールが酒屋から届き「みんなで乾杯しましょう」と夕子ママ
お店にいる全員で乾杯~!
お店にいる全員で乾杯~!
なんかいい光景
なんかいい光景
ナオさんが幸せそうだからここもいい店
ナオさんが幸せそうだからここもいい店
ところで、先客の常連さん、現役当時は毎日のようにここに来られていたとのこと。
定年されてからは頻度が落ちたものの、やっぱり夕子ママの様子を見に、月に数度はこうして飲みにくるんだそうです。

で、長年このお店に通われていて、僕らのようなちょっと若い世代の一見客が入ってきたのは初めてだそうで、それがすごく嬉しいと、たくさん励ましの言葉を頂いてしまいまいた。
こんな出会いもまた、酒場ならではのもの。
「これからは君たちの時代だ!」「ありがとうございます!」
「これからは君たちの時代だ!」「ありがとうございます!」
「君たちは素晴らしい!」「ありがとうございます!」
「君たちは素晴らしい!」「ありがとうございます!」
「今の時代、苦しいこともいろいろあるだろうけどね」「うんうん、そうなんです」
「今の時代、苦しいこともいろいろあるだろうけどね」「うんうん、そうなんです」
「君たちなら絶対に大丈夫」「ウッウッ、泣けてきました」
「君たちなら絶対に大丈夫」「ウッウッ、泣けてきました」
……てな感じで楽しすぎる夜はふけてゆき、名残惜しいですがそろそろおいとますることにしましょう。

こちらもお会計はざっくり、ひとり1000円ほど。
我々が「そろそろ」とお伝えすると、なんとこの常連さんが「今日はみなさんのぶん、僕が払おう。だからまたたまに、ここに飲みに来てあげてよ」と。
「いえいえ、そんなわけにはいきません!」「大丈夫だから」と押し問答が始まりそうになるやいなや、ご自分のお会計と合わせて支払い、風のように去っていってしまいました……。
恐縮すぎますが、ここで受けた酒場の恩、また次の世代に返していけたらと思います。
常連さん、ごちそうさまでした!

そして夕子ママも、本当にごちそうさまでした。
絶対にまた来ようっと
絶対にまた来ようっと

訪れる前は全く未知の場所、いや、存在すら不明だった「北町楽天地」。
実際に飛び込んでみれば、そこはまさに楽天地。
どのお店も、常連さんも、一見の我々を優しく迎えてくれ、ずっと天国にいるかのような時間を過ごさせてもらえました。
ありがとう、また絶対に飲みに来ますので!
「夕子」の常連さんに教えてもらった「ビールグラスのジョッキ持ち」
「夕子」の常連さんに教えてもらった「ビールグラスのジョッキ持ち」
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