特集 2017年12月25日
 

冬の佐渡の一大イベントだった羽茂大市の今を楽しんだ

冬の佐渡にピンクの象がやってきました。
冬の佐渡にピンクの象がやってきました。
新潟県佐渡島の友人から、羽茂大市というイベントがあるからおいでよと声を掛けてもらった。佐渡には10回以上行っているが、さすがに冬場は避けてきた。離島の冬、考えただけでも辛そうじゃないか。

だが寒さの中だからこその温もりもあるのではと、意を決してフェリーに乗りこんだ。時代の流れで消えそうになっていた羽茂大市は、その営みを続けようと立ち上がった若い人達によって、形を変えながらもにぎやかに行われていた。
趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。

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羽茂大市とはなにか

日本海に浮かぶ佐渡島は、平成元年まで金山が稼働していたり、海では漁師がたらい舟で漁をしていたり、一度は日本から消えたトキがその辺を飛んでいる不思議な場所。独特の文化や自然が各地で色濃く残っている魅力的な島だ。

そんな佐渡島の南部に位置する羽茂(はもち)地区の羽茂商店街で、毎年12月の第二日曜日に行われているのが、旅の目的である羽茂大市だ。
今年は12月10日におこなわれた。
今年は12月10日におこなわれた。
大市の歴史を羽茂商工会の方に伺ったところ、その始まりは大正時代からという人もいれば、戦前くらいではという人もいて、おそらく自然発生的に始まった市なので、厳密にいつからというのはわからないそうだ。

まだ買い物が特別なイベントだった頃、島内各地からたくさんの商人が集まってきて、商店街の端から端までぎっしりと出店が並び、その人出は年末のアメ横のようだったとか。

期間も昔は12月15日を中心に1日ではなく3〜4日間に渡ってい開催されていたらしい。今の羽茂地区しか知らない私には、なかなか想像の出来ない状況である。
普段なら人の気配があまりしない羽茂商店街。大市の全盛期、この通りに出店がズラッと並び、商売をやっていない家は座敷や倉庫を呉服屋などに貸していたとか。
普段なら人の気配があまりしない羽茂商店街。大市の全盛期、この通りに出店がズラッと並び、商売をやっていない家は座敷や倉庫を呉服屋などに貸していたとか。
この辺りは米農家が多い地域で、お米を売ったお金が入ってくるのがちょうどこのタイミングで、厳寒期になると雪で移動ができなくなる。そこでこの時期、この場所に、商人が集まって大市が生まれたのだろう。

この大市で正月用品や一冬分の食糧品、必要な農機具や衣類などを買い揃えるのが、羽茂地区および近隣地域の人にとって、年に一度の大イベント。出店側も銀行がわざわざ集金に回るくらい売り上げがあったそうだ。
蔵のある立派な家が多い。現在は空き家もだいぶ増えたようだが、米作や柿の栽培で栄えた地域なのだ。
蔵のある立派な家が多い。現在は空き家もだいぶ増えたようだが、米作や柿の栽培で栄えた地域なのだ。

羽茂大市の思い出を聞いた

羽茂から近い小木港の食堂で、70代のおかみさんから伺った思い出話を記しておく。
寅さんの舞台にもなったという山本屋さんは、今もその映画のセットみたいだった。
寅さんの舞台にもなったという山本屋さんは、今もその映画のセットみたいだった。
「私が高校生の頃は、大市になると軒並み店が続いて、衣料品も食料品もあるし、農機具だったり竹細工のカゴやザルだったり、お弁当箱とかの日用品だったり。それは賑やかでした。買いたい物を覚えておいて、市に出て買い物をする、そんな特別な日です。

大判焼きもあって、そのころは珍しかったんです。鍋焼きうどんなんかも当時はまだそこでしか食べたことがなくて、市に食べにいくのが楽しみ。もう市といえば鍋焼きうどんでしたね。

正月用の魚とか、角巻(かくまき=この記事の後半に出てきます)なんかも、母は市まで待って買います。角巻を売っている店も一軒じゃなくて、商売している方がたくさん集まってきて選べるから。『市になったら買わんならん』っていってましたね。あれ温かいのよ。

家が街から離れた山奥で、冬は羽茂高校への通学が大変だったから下宿してたんです。そこに母が泊まりに来て、市を見るの。その時期は期末テストと重なるから、やだなー、こっちは勉強しなきゃいけないのにやだなーって。でも母は、泊めてくれー、泊めてくれーって。

今は買い物なんてどこでもできるし、新潟までだって日帰りでいけますからね。昔は10万人以上いた佐渡も、今は6万人切っているでしょ。やっぱりあの頃と比べると市も寂しくなりましたよ」
昔は通行止めにしていた通りも、今は徐行のお願いとなっている。
昔は通行止めにしていた通りも、今は徐行のお願いとなっている。
冬も車で移動できることが当たり前となり、スーパーやホームセンターが増えるにつれて、大市の意味合いは薄れていった。

時代の流れというやつで、次第に出店数も来場者数も右肩下がりに減り、通行止めすらされなくなったが、9年前に羽茂商工会の有志が中心となりテコ入れをしたことで、少しずつ活気が戻ってきたそうだ。

年配の方からは、昔の大市と違うと言われることもあるそうだが、羽茂大市は寺や神社の神聖な行事ではなく、あくまで商人と住人のためのイベントなのだ。どうにか存続させるために、時代に合わせて変えてきたという今の姿を楽しませていただこうと思う。
朝9時の様子。羽茂の街が大市のはじまるソワソワ感に包まれている。歴史のあるイベントだからこそ醸し出される高揚感だ。
朝9時の様子。羽茂の街が大市のはじまるソワソワ感に包まれている。歴史のあるイベントだからこそ醸し出される高揚感だ。
大黒様と恵比寿様(でいいのかな)もやってきた。
大黒様と恵比寿様(でいいのかな)もやってきた。
羽茂育ちの商工会メンバーだけではなく、若い移住者も積極的に加わることで、新しい風が吹いているようだ。
羽茂育ちの商工会メンバーだけではなく、若い移住者も積極的に加わることで、新しい風が吹いているようだ。
炭火でアユでも焼いているのかと思ったら、竹串に刺したドーナツだった。「やったことないんですけどね」と言いながらウチワで仰いでいるのは、山奥でドーナツ屋さんをやっているタガヤス堂さん。
炭火でアユでも焼いているのかと思ったら、竹串に刺したドーナツだった。「やったことないんですけどね」と言いながらウチワで仰いでいるのは、山奥でドーナツ屋さんをやっているタガヤス堂さん。
イベントの中心地である羽茂商工会。
イベントの中心地である羽茂商工会。
その前にあるバスの待合所が最高にかわいい。
その前にあるバスの待合所が最高にかわいい。
その向かいにある建物もかわいい。
その向かいにある建物もかわいい。
ほら、窓にうさぎさんだ。
ほら、窓にうさぎさんだ。
バイク屋さんでは、「免許を返したら次の乗りもの」というコピーの乗り物を販売していた。良いコピー。
バイク屋さんでは、「免許を返したら次の乗りもの」というコピーの乗り物を販売していた。良いコピー。

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