特集 2018年3月14日

「ぼーっとしたい」ときは歩道橋に行こう

ここはどこでしょう?
ここはどこでしょう?
数年前のこと。お酒の席で一人の女性が言った。「私、歩道橋の上でお酒を飲むのが好きなんです」。「面白いですね。いつか一緒に飲みましょう」と返したが、実現には至らなかった。

しかし、今でも歩道橋を渡るたびに「なるほど、ここで飲んだら楽しいだろうな。通行人には迷惑だけど」などと思う。彼女にとって、歩道橋の魅力とは何なのだろう。数年ぶりに連絡を取ってみた。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!(動画インタビュー)

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それぞれが持っている「思い出の歩道橋」

メールの返事は「建築的な知識はありませんが、歩道橋への愛なら語れます」。そのときは近所の店で飲んでいたのだが、ふと、「こんど歩道橋ファンの女性を取材することになったんですよ」と言ってみた。
スタッフの女性が食いついた
スタッフの女性が食いついた
「三鷹駅のちょっと先に線路をまたぐ歩道橋があって、そこから見る夕焼けが好きでした。引っ越しちゃったから、なかなか行けませんけど」

線路をまたぐのは跨線橋。これも広義では歩道橋の一種だ。すると、男性客も言う。

「表参道と原宿の間の歩道橋、俺、あそこで初めて生のアントニオ猪木を見たんですよ。猪木も歩道橋を渡るんだと思った覚えがあります」
アゴを突き出してくいっと飲み干す
アゴを突き出してくいっと飲み干す
彼らの話を聞きながら思い出した。そうだ、僕にも「思い出の歩道橋」があった。

岐阜県美濃市という田舎町で生まれ育ったのだが、小学校の前は比較的交通量の多い国道で、そこには歩道橋がかかっていた。
母に頼んで撮ってきてもらった「思い出の歩道橋」
母に頼んで撮ってきてもらった「思い出の歩道橋」
右奥が小学校で、短い坂を下るとすぐに歩道橋の上り口が待ち構えている。懐かしすぎる。そうそう、下り切る手前で階段が左に折れていたんだ。子供たちは学校が終わると、この歩道橋を渡って駄菓子屋へと急ぐ。
とっくの昔に閉店した「高砂屋」
とっくの昔に閉店した「高砂屋」
小学生にとっては大金の300円をはたいてガンダムのゴム製フィギュアを買ったところ、パッケージから取り出したら両脚がぐにゃんと曲がっていて死ぬほど絶望したのもこの店だ。

天井とのすき間がめっちゃ狭くて不安になる

というわけで、歩道橋を愛するハトコさん(37歳)の「思い出の歩道橋」を巡る日がやってきた。彼女は都内の出版社に勤めているが、もちろん歩道橋とは無縁の仕事内容だ。
「お久しぶりです!」
「お久しぶりです!」
絶好の歩道橋日和だ。まず訪れたのは渋谷区幡ヶ谷の歩道橋。彼女が30代前半の頃に住んでいた街だという。
すぐ下には幡ヶ谷駅前交番
すぐ下には幡ヶ谷駅前交番
当時はこのような大きな標識がなかったため、交番から丸見え。不審人物と思われないよう、身を隠すようにしてお酒を飲んでいたという。
下に甲州街道、上に首都高速
下に甲州街道、上に首都高速
「ちょうど首都高速から下りるスロープがあるので、天井とのすき間がめっちゃ狭くて不安になります。当時の不安な気持ちとシンクロして心地よかったんでしょうか」
先ほどの写真を引きで見るとこうなる
先ほどの写真を引きで見るとこうなる

誰か住んでいるんじゃないかと疑っていました

やはり現地を訪れると、一気に記憶が蘇るようだ。興奮気味にいろいろと解説してくれた。
首都高との間にあるロフト的スペース
首都高との間にあるロフト的スペース
「ここは誰か住んでいるんじゃないかと疑っていました。怖くて覗けませんでしたが」
直近では1990年に塗装されたらしい
直近では1990年に塗装されたらしい
「塗装は私が来ていた頃と変わっていないんですね」
中野と八王子の間に挟まってご満悦のハトコさん
中野と八王子の間に挟まってご満悦のハトコさん
「夜になると車の赤いテールランプが無機質に流れてきれいだったんですよ」

続いて、ハトコさんが足早に向かったのはすぐ近くの跨線橋。
「うわあ、ここも懐かしいなあ」
「うわあ、ここも懐かしいなあ」
都営新宿線は地下に潜り、京王線は地上を行く分岐点だ。
「あの右に見えるのが私が住んでいたマンションです」
「あの右に見えるのが私が住んでいたマンションです」

思春期に読んでいた漫画の『プレイガールK』

そもそも、ハトコさんはなぜ歩道橋に魅了されるようになったのか。高校生まで暮らしたのは岩手県の盛岡で、通学路に歩道橋はなかったという。

「でも、当時大好きだった漫画の『プレイガールK』に歩道橋がたくさん出てきたんです。だから、私にとっては憧れの都会にあるものというイメージ」
歩道橋の上では素直になれる
歩道橋の上では素直になれる
「あとは、単純に高いところが好きなんですよね。マカオタワーのスカイウォークとか最高でした」
高さ233メートル、正気の沙汰ではない
高さ233メートル、正気の沙汰ではない
「先日行ってきたばかりの台北にも、いい感じの歩道橋がありましたよ。気候もよくて風が気持ちよかった」
日本の歩道橋とは趣が少々異なる
日本の歩道橋とは趣が少々異なる

“アントニオ猪木の歩道橋”も押さえた

さらに、彼女の職場が近いという飯田橋の歩道橋にも赴いた。ここの歩道橋は都内屈指の大きさだろう。
「うーん、いつ見てもいいですねえ」
「うーん、いつ見てもいいですねえ」
見どころは、外堀通りや目白通りなどの広い道路、中央線、首都高速、そして神田川が複雑に交差する風景だ。
「おトク感満載、サービスセット的な歩道橋です」
「おトク感満載、サービスセット的な歩道橋です」
お次は、表参道と原宿の間にある“アントニオ猪木の歩道橋”。冬はイチョウ並木のイルミネーション目当てに大勢の人が渡る。
右奥の神宮前小学校に通う児童への配慮だろうか
右奥の神宮前小学校に通う児童への配慮だろうか
「歩道橋って、道路の真ん中から遠くを見渡せるのがいいんですよね」
「ほら、まーっすぐ!」
「ほら、まーっすぐ!」
たしかに、横断歩道からは望めない風景だ
たしかに、横断歩道からは望めない風景だ
「ステッカーも時代の証言者なんでしょうね」
「ステッカーも時代の証言者なんでしょうね」
歩道橋の上では外国人の姿を多く見かけたが、もしかして観光コースの一環として組み込まれているのかもしれない。
じつは、銀だこの実演販売も外国人に人気
じつは、銀だこの実演販売も外国人に人気
写真を撮る外国人を見ながら、「銀だこって、店舗によっては“揚げない”たこ焼きができるところもあるらしいって伝えたいわー」とハトコさん。

菓子パンを食べていたベトナム人の青年

そのまま、代々木公園入り口の歩道橋を渡る。
道路と線路がX字型に交差する絶景ポイント
道路と線路がX字型に交差する絶景ポイント
「代々木競技場や武道館の前の歩道橋は、イベントに向かう人たちのワクワク感に溢れているんですよね」

ここからタクシーを拾って、再び幡ヶ谷方面に向かう。

歩道橋を巡ってテンションが上がったのか、ハトコさんが運転手さんに「今日は歩道橋の写真を撮って回ってるんですよ」と話しかけた。
「それ撮ってどうするんですか?」
「それ撮ってどうするんですか?」
もっともな感想である。

「あ、でもそこの富ヶ谷の交差点は横断歩道がなくて、皆さん歩道橋を使わざるを得ない。車イスの人も渡れるように四方にエレベーターが付いている珍しいタイプです」
右の四角いボックスがエレベーター
右の四角いボックスがエレベーター
歩道橋トークは誰の心をもつかむことが判明した。そうこうするうちに目指す笹塚に到着。

「幡ヶ谷のお隣なので、ここもよく来ていました。学校の通学路としては横断歩道より歩道橋を推しているようで、子どもがよく渡っています」
大人は基本的に渡らないが
大人は基本的に渡らないが
歩道橋ファンと信号が青になるのを待てない人は渡る
歩道橋ファンと信号が青になるのを待てない人は渡る
無言で何を思い出しているのだろうか
無言で何を思い出しているのだろうか
なお、歩道橋の上では青年が道路の先を見つめながら黙って菓子パンを食べていた。
なぜ、ここなのか
なぜ、ここなのか
どうしても気になったので聞いてみると、「ワタシベトナムジンデス」。日本語も英語も通じなかったので、彼がここをたそがれスポットに選んだ理由は結局わからなかった。

近くのコンビニで働いていて、仕事は終わったがお腹が空いたので、電車に乗る前に歩道橋で一息ついていた。そんなところだろうか。

家でお湯割りとかを作って持っていく

最後に訪れたのは、ハトコさんが歩道橋飲みに開眼した「一番思い入れが強い」という歩道橋。 社会人になった20代前半を暮らした高円寺にある。
環七をまたいでかかる
環七をまたいでかかる
「飲み屋さんはちょっと気を使うし、家で一人飲みは味気ない。一番リラックスして飲める場所を近所で探したらここにたどり着いたんです」
早く帰れた日はこの店でお酒を購入していた
早く帰れた日はこの店でお酒を購入していた
「でも、たいていは遅かったので家でお湯割りとかを作って持っていってました」
日没を待つハトコさん
日没を待つハトコさん
「あの頃は文具メーカーで働いていて、仕事でもプライベートでもいろいろあった時期。何もかも忘れてぼーっとしたいときに来ていたんです。5分ごとに眺める方角を変えたりして、けっこう長い時間いましたね」
マジックタイムが訪れた
マジックタイムが訪れた
ハトコさんが無言になった。聞こえるのは車の走行音のみ。ときどき、電車が目の前の線路を横切っていく。あの頃より味わい深いお酒にはならないと思い、「ここで飲みましょうか」とは言わなかった。

尾崎豊の記念碑が設置された歩道橋もありますが

今回の同行取材にあたり、ハトコさんは「尾崎豊の記念碑が設置された渋谷の歩道橋」など、面白系の候補も挙げてくれた。しかし、「とくに思い出はない」そうなので、彼女が東京ライフをともに歩んだ歩道橋のみを巡った。

数メートル上がるだけで、いつもの街に違う風景が現れる。横断歩道ではなく、あえて歩道橋。今後は、あらゆるタイミングでそんな選択をしてみたい。
平凡な女の子が超モテガールに変身するというストーリー
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