特集 2018年3月30日
 

大晦日のあの「タイキック」その威力は?

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「大晦日の番組でタイキックをする人が市内でジムを経営しているようです。選手、トレーナーとして凄い経歴の持ち主らしい!」という投稿が、コビン・ケスナーさんからはまれぽ.com編集部へとどいた。

8歳からムエタイを始め、現役時代含め試合は200戦以上。怪我で選手からトレーナーに転身、トレーナー歴は30年。2016年に大倉山でジムをオープンしたそうです。

(はまれぽ編集部 )
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大晦日に放送する『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』の“笑ってはいけないシリーズ”で、毎年、出演者を恐怖のどん底へ突き落とす罰ゲームがある。

それは、タイキックだ。
おや、この顔見たことあるぞ・・・!
おや、この顔見たことあるぞ・・・!
番組を見たことがない方からすると、「タイキック? なんのことやら」と思うかもしれない。

簡単に説明すると、通常であれば笑ってしまう状況を用意され、笑ったら罰としてウレタン性の棒で臀部(つまり尻)を叩かれるという趣旨の番組。

通常はウレタン製の棒でお尻を叩かれるのだが、その罰ゲームがタイキックに変わる企画が近年のお約束となっている。
番組の様子
番組の様子
そして、そのタイキックをしている方が「横浜市内でジムを経営しているようだ」と投稿があったのだ。

これは調査せねば! ということで、編集部の小島とツノオリは、東急東横線「大倉山」駅から徒歩7分のジムへ向かった。
タイの国旗を発見!
タイの国旗を発見!
ここで間違いないようだ
ここで間違いないようだ
小島、ジム前でパシャリ。
 「お尻のコンディションはバッチリっす!」
「お尻のコンディションはバッチリっす!」
取材後、この笑顔がどう変わるのか・・・(笑)。
まだ見ぬ世界への興奮を胸に秘め、地下1階へと降りる。
いざ、出陣!
いざ、出陣!

TORSU MUAYTHAI SIN GYM(トースー ムエタイ シン ジム)

ジムの中へ入ると・・・
グローブや
グローブや
サンドバッグ
サンドバッグ
今まで出演したメディア関係の写真がズラリ  
今まで出演したメディア関係の写真がズラリ  
明るく清潔な室内は、想像していたよりもアットホームな雰囲気。
一気に緊張がほぐれた。

そして、キニナルあの人を発見!
「タイキック」でお馴染みのSO(ソー)会長
「タイキック」でお馴染みのSO(ソー)会長
カメラを構えると、ビシッとポーズを決めてくれた。表情がちょっと硬く見えるが、実はとってもチャーミングなお方。
お話の最中、笑顔の絶えないソー会長
お話の最中、笑顔の絶えないソー会長
まずは、ソー会長の経歴についてうかがってみよう。

SO(ソー)会長

ソー会長がムエタイを始めたのは幼少期。父親がムエタイをやっており、枕をミットにしてムエタイの真似事をするなど、自然とムエタイを学ぶ環境にあったという。

地方に住んでいたソー会長は、8歳ごろから本格的にムエタイを学び、11歳で地元の大会に出始めたそうだ。

ソー会長は当時の様子を、「強い選手は都会へ引き抜かれるシステムがあって、14歳のころ、バンコクのノンタブリーのナ・ノンタチャイジムから声がかかり、住み込みでトレーニングをしていたよ」と話す。
写真中央の三浦マネージャーと一緒に話をうかがった
写真中央の三浦マネージャーと一緒に話をうかがった
そして14歳で、元タイ国統一Jr.ムエタイチャンピオンになったソー会長。17歳ごろまで1週間に3戦ほどのペースで試合を重ね、これまで通算200戦以上を経験している。

またタイでは試合会場ごとにランキングが発表されており、17歳のころにはタイ国内で権威のあるムエタイ試合会場「ラジャダムナン・スタジアム 」で1位となったそうだ。

しかし、チャンピオンまであと一歩というタイミングで右手拳の怪我に見舞われてしまったという。
「怪我をしていなかったら、きっとチャンピオンになっていたよ」
「怪我をしていなかったら、きっとチャンピオンになっていたよ」
ソー会長によると、若いころは猛烈にパンチを繰り出すファイタータイプの選手で、かなりのハードパンチャーだったらしい。
写真では分かりづらいが、人差し指と中指の間に大きなくぼみがあった
写真では分かりづらいが、人差し指と中指の間に大きなくぼみがあった
怪我をしてからは、治療をしながらスタイルを変えて試合を続けたソー会長。しかし、慣れないスタイルで無理をして、今度は左肩を脱臼してしまったという。

その後のことについて、「それからトレーナーに転身したんだ。確か19〜20歳ごろだったかな。バンコクの隣のノンタブリ―という場所にある、名門『ナ・ノンタチャイジム』で教えていたよ」とソー会長。また、20歳のころには日本に呼ばれて、後楽園ホールで試合をしたこともあるという。

トレーナーに転身した当時の貴重な画像を提供していただいた。
1988年(昭和63)の写真。ソー会長(写真左)が日本から来たムエタイの練習生を指導している
1988年(昭和63)の写真。ソー会長(写真左)が日本から来たムエタイの練習生を指導している
こちらも1988年の写真。子どもたちの後ろで、ソー会長得意の“首相撲”を指導中
こちらも1988年の写真。子どもたちの後ろで、ソー会長得意の“首相撲”を指導中
ジムの壁面には1988年当時の写真が貼ってある
ジムの壁面には1988年当時の写真が貼ってある
そのころから日本に縁があったのかもしれない。
タイでのトレーナー経験を生かして、34歳のころに日本でムエタイのコーチをスタートした。

千葉県、宮崎県、港北区綱島、川崎市中原区といくつかのジムを経て、2016(平成28)年に念願の「TORSU MUAYTHAI SIN GYM(トースー ムエタイ シン ジム)」をオープンすることとなったそうだ。
“トースー”はタイ語で“戦う”の意味   
“トースー”はタイ語で“戦う”の意味  
ソー会長は、「もともと移動手段で東急線を使うことが多く、いつか東急線沿いにジムを作りたいと思っていた。横浜にも東京にも近い大倉山を選んだよ」と、この土地にジムを作った理由を話してくれた。

お話の最中、こちらの質問に日本語で真剣に答えてくれるソー会長の真っ直ぐな人柄を感じた。
「刺身とワサビが好き。苦手な食べ物は納豆です」
「刺身とワサビが好き。苦手な食べ物は納豆です」
この人が放つ“タイキック”は、いったいどれほどの威力なのか。それでは実際に、タイキックの威力を確認させていただこう。

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