特集 2018年4月24日
 

木を煮て食べる

シラカバの木を食べていたというおっさんがいたらしい。食べよう
シラカバの木を食べていたというおっさんがいたらしい。食べよう
知り合いがシラカバの木を食べるから一緒に来いという。

木を食べる? 一体何のために? 疑問に思ったが木を食べることができるなら私達の食生活は一変するはずだ。少なくとも飢饉どんとこいだ。

人類のため、私は木を食べる。未来は私にかかっている。奇行はいつもこうした過言から始まる。
1980年生。明日のアーというコントのユニットをはじめました。動画コーナープープーテレビも担当。記事はまじめに書いてます

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> 個人サイト Twitter(@ohkitashigeto) 明日のアー

長野のおじいさんが言ってたんだとか

筆者を呼び出したのは保育園のお父さん仲間だった。そのうちの一人が長野で知り合ったおじいさんに聞いたのだという。昔は物がなかったときにシラカバを煮て食べたそうだ。

そんなわけない。いや、もしかしたら……とその話を伝え聞いた一同は紛糾し、なら一度やってみようとシラカバの木を調達してきたのだそう。

大北さんそういうの得意でしょ? と筆者も呼ばれて行ってきた。Web記事を書いてる人というのはカブトムシとかそういう類の扱いなんだろうか。もやもやとした思いもなきにしもあらずだ。
ぞんざいに扱われる本日のメインディッシュ
ぞんざいに扱われる本日のメインディッシュ

家一件建つんじゃねえの?的な

学校や親戚の集まりなど職業と関係なく集められた場での職種のバラエティに心躍らないだろうか。「あいつ内装だろ? そんで測量やってるやついるだろ? 大工いるし、設計士……おいおい、こりゃ一軒建っちゃうんじゃねえの!?」というあれである。

「あいつ牧場やってるだろ? そんで輸入ワインやってるやついるだろ? 鍋やってるやついるし、八百屋も……おいおい、こりゃチーズフォンデュできちゃうんじゃねえの!?」でもなんでもいいのだが。
食材を電動のノコギリで調理していく。電ノコでないと切れないようなものが食べられるというのか。悪夢を見ているようである。
食材を電動のノコギリで調理していく。電ノコでないと切れないようなものが食べられるというのか。悪夢を見ているようである。
きれいな輪切りである。狐につままれた者というのはいつ我に帰るのだろうか
きれいな輪切りである。狐につままれた者というのはいつ我に帰るのだろうか
今回は木工をやってるお父さんがいたのでシラカバの木を調達して丸鋸で輪切りにしてくれて盛り上がった。次は料理担当がシラカバの輪切りをカセットコンロで煮ていく。

あとは任せろ。Webサイトのライターが木をかじるぞ。タスキは託されたはずだが、なんだろうこの罰ゲームのような不穏さは。
「あごだし」と書かれた液体、醤油、みりんをどぼどぼと注ぎ火にかける。「あご」もまさか木を煮させられるとは思ってなかったろう。

鍋の中で醤油とみりんと出汁で煮込まれているシラカバの木を見ていると現実感がなくなる。これは風刺なのか? 何かそういう風刺なのか? 寓意なの? なんか別に意味があるの? そんな気がずっとする。

醤油と酒の香りの中にかろうじてかすかに木の香りがする。
軽く煮てみた。味はついたようだが…
軽く煮てみた。味はついたようだが…
木を噛み砕けるくらいの硬さに切り出して食べてみる
木を噛み砕けるくらいの硬さに切り出して食べてみる

ティッシュを思い出す

木を食べた。破片をそのまま奥歯でかみつぶした。一言で感触を言うと「ごわ。」であった。

ティッシュを噛んだことはあるだろうか。紙でもいいが、あの感覚を思い出してもらえるといい。口当たりは柔らかいのだが「噛んだところでどうにもならない」という実感のある硬さである。

「……人類にはまだ無理だ」噛んだ瞬間に人類のことを考えた。木を食べると思考の分母が大きくなるので、小さなことでくよくよしてる人にはもしかしたらいいかもしれない。

お腹の空いてる人にはスニッカーズ。悩んでる人には木片。ということでどうだろう。
ここからが本番だ。長時間煮ていく
ここからが本番だ。長時間煮ていく
充分に煮ただろうなというシラカバの輪切りであるが…依然としてガチガチに硬い
充分に煮ただろうなというシラカバの輪切りであるが…依然としてガチガチに硬い

どうやら鹿は食べるらしいぞ

とりあえず煮て食べてみたが、まったく歯が立たない。歯が立たないって慣用句は木とか石を食べた人から生まれたんだろうなと思うほどに、今まさに歯が立ってない。

なにか手がかりはないかとネットで検索をした。すると鹿はシラカバの薄皮を食べるらしくて、これが食害となって問題になっているらしい。

薄皮? ……するめみたいな感じの部分だろうか。鹿は草食ってるものな。もっと人に近い事例はないのか。猿とか、いや、贅沢は言わない。ジュゴンくらいでいいから!
圧力鍋を導入した。これで長時間煮たことになるだろう
圧力鍋を導入した。これで長時間煮たことになるだろう

木をまぜこんだお茶ならある

シラカバの木を持ってきてくれた伊藤さんがこういうのもあるよと「おがっティー」というおがくずを混ぜたお茶を出してくれた。木の香りのするお茶で、体にいいんだと言われるとなるほどそういうものかという気もする。
おがくずをまぜこんだお茶、「おがっティー」というのを用意してくれていた。味はほぼお茶だが、木の香りもわかる。
おがくずをまぜこんだお茶、「おがっティー」というのを用意してくれていた。味はほぼお茶だが、木の香りもわかる。

木は食べられるのか?

このおがっティーを出してる大学の先生が『木を食べる』という本も出してるようなので見てみた。

基本的には著者の先生が木に魅せられてついには食べてしまった話だ。食べて害があるという報告はないし、木が好きだから食べたという内容になっている。

この先生が製材のクズを見て「おいしそうだ、食べられるのではないか。これをゴミとして捨ててしまうのはもったいない」と思ったのが木を食べるにいたった発端だという。かなりの樹木ファンでないとこういう発想にはなかなかならない。

その後、この先生はおがくずに醤油をまぶして温かいご飯にのせて食べたそうだ。食感、味ともに「食べられるものではなかった」という。

(出典:木を食べる 牧野出版)
偶然シラカバのハーブティーがあったというのでいただいた
偶然シラカバのハーブティーがあったというのでいただいた

そもそも木は食べられているのか

『木を食べる』本であるから、そもそも木は食べられているのかも載っていた。シナモンやキハダという漢方薬は木であるらしい。タラの芽、アブラナ、ウドは木の新芽だそうだ。

秋田県の一部につたわる郷土菓子の松皮餅はアカマツの薄皮を柔らかくなるまで煮てつぶしたものを餅に練り込むのだそうだ。

言い伝えでは江戸時代後期の大凶作を乗り切るために考案されたとか、兵糧攻め対策だとか諸説があるそうだが全部悲しい理由だ。

食べられたとしてもそれくらいか〜という気がする。もっと豪快にナタでぶったぎって「わっはっはっ」と笑いながらかじってゾウに乗って帰るみたいな事例がほしい。
シラカバのハーブティーはさわやかな香り。そしてこの香りはさっきかじったときと同じものだった。キシリトールってシラカバからですよねという話になった。あのガムと似た香りかもしれない。とにかくさわやか
シラカバのハーブティーはさわやかな香り。そしてこの香りはさっきかじったときと同じものだった。キシリトールってシラカバからですよねという話になった。あのガムと似た香りかもしれない。とにかくさわやか

なぜ木は食べられないのか

木は食べられない。とにかくセルロースという繊維ががっしりと固くて噛み切れないし、噛んで細かくできたとしても消化されない。そのまま体を素通りしていくので意味ない。というのが一般的な考え方だ。

しかし意味がないのだったら食べても問題はないだろう。ないどころか腸の掃除になったり木のリフレッシュ効果で体に良いのではないか、というのが先程の『木を食べる』本の話である。

口に入れて体に効能があった。ほら意味があった「はい、論破。」である。しかし私が思ってる「食べる」はもっと松屋の牛丼とかてんやの天丼とかかつやのカツ丼みたいなものをイメージしている。

もう少しごはんにのせてかっこめるようなことにはならないのだろうか。
この樹皮のとこならするめ感覚で食べられるのではないかということになった
この樹皮のとこならするめ感覚で食べられるのではないかということになった

農大の先生に聞いてみた

デイリーポータルZのライターでもある地主くんが農大の先生で心当たりがないかあたってみてくれた。

紹介してくれたのは東京農業大学森林総合科学科の菅原泉先生である。菅原先生は「樹木大図説」という本で調べてくださった。

過去の書物を見ると食べられるという記述はなかったようなので日本で食べていた事例はないようだった。「薄皮は書物の表紙、笠、物を包み竹の皮に代用するとあることから、それを食することは可能かもしれません」と菅原先生。

するめのことだろうか。あれはするめに比べるとかなり「紙!」という感じなのだが。
かってえスルメだなあ
かってえスルメだなあ

薬用なので食べられない

また「『樹液は薬用とすべし、木材集めこれを水に煎じ服用すれば汚血を駆除する効能あり』と書いてあります、したがって薬用木としての効能が強いので、みだりに食することは避けるべきと思います」ということだった。

木材集めて水に煎じて……というのは今やってることに近いのではないか。ということはこのだし汁を飲めば汚れた血が駆除されるかもしれない。

とにかく他の木と同じように食べられないようだ。

(出典:樹木大図説 有明書房 第一巻 637〜640p)
圧力鍋で煮込まれたもの完成
圧力鍋で煮込まれたもの完成

シラカバについての他の記述

「読む植物図鑑」(川尻秀樹著 全国林業改良普及会刊)という本には樹液についての詳しい記述もあるようだ。

シラカバの木に穴をあけて採取するもので、糖度が1パーセントあるらしい。ここから虫歯にならない甘味料キシリトールを抽出できるそうだ。

この樹液はアイヌの人が「タンイワッカ」と呼んでそのまま、もしくは発酵させてお酒として飲んでいて、ロシアなどでもジュースやお酒になっているらしい。

みんな樹液に夢中だ。カブトムシじゃないんだから、という気持ちはずっと続いている。文献でこれだけダメだったのだからシラカバが食べられる線はなさそうだ。
おいしそうなものができた。シラカバの煮付けである
おいしそうなものができた。シラカバの煮付けである
バームクーヘンのようだ。バウムは木、クーヘンはお菓子の意味。こちらは本物の木だ
バームクーヘンのようだ。バウムは木、クーヘンはお菓子の意味。こちらは本物の木だ
やだもう! という感情が生まれる。ずっと、もうずっと硬い。
やだもう! という感情が生まれる。ずっと、もうずっと硬い。

いったん最初のところに戻ろう

ちゃんと話の出処を整理してみた。

そもそもはお父さん仲間である青山さんが長野の飲み屋で飲んでた時、隣の爺さんが言ってた話のようだ。

おじいさんは「食い物無い時はシラカバ煮て食ったんじゃ」と言ったそうだ。朝鮮戦争の時はシラカバ甘露煮を缶詰にして米兵に売ってたとも。

醤油煮かどうか聞いたら、いや甘露煮だと答えたそうだ。「サバの缶詰みたいにホロっとな、箸で崩れるんだよ」ということだった。

ホラである。実際に煮てかじってネットで調べて先生に聞いたうえで言うが、ホラである可能性が高い。
試食会の結論は、ここのコルク層のところなら噛めるのではないか、これを食べたのではないかということになった。味もついてるしまあ、食べられなくはない。
試食会の結論は、ここのコルク層のところなら噛めるのではないか、これを食べたのではないかということになった。味もついてるしまあ、食べられなくはない。

長野の人に聞いてみよう

いや、待てよ。缶詰にして米軍に送ったのなら、長野県の林業のほうでそういう話が残ってるかもしれないと長野県林業総合センターに電話をしてみた。

「シラカバの……(笑) 樹液なら飲むとか話は聞いたことがあるんですが、木ですよね? ちょっと周りにも聞いてみましたがそういう話はないですね。他の木でもないです。木を食べること自体聞いたことがない。木肌という漢方薬が木の皮だと聞いたことありますが……」

ホラである。飲み屋のホラ話である。総合センターの人は笑いをこらえきれないといった感じであった。

……これか! これが狐にばかされて素っ裸でどろだんごを食べている人が我に帰る瞬間だ!

バタフライ効果とフェイクニュース

長野県のおじいさんのほら話が東京で木をかじって「これならいける」ことにさせてしまうのである。これがバタフライ効果だろうか。

うわさだとマケドニアにフェイクニュースの村があるという。そこでは若者たちが産業としてフェイクニュースを配信して収益をあげているのだという。

一体私はこれから何本の木をかじらなければならないのだろうか。のぞむところだ。フェイクニュース村と私達は戦い続ける。三味線の音が止まないのであれば、私達は踊り続けるしかないのだ。
こうやってコルク層を直接しがむとまあ木を食ったとも言えなくもないな…という結論になったのだが、あとで調べてみるとちゃんとホラである
こうやってコルク層を直接しがむとまあ木を食ったとも言えなくもないな…という結論になったのだが、あとで調べてみるとちゃんとホラである
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