特集 2018年7月25日

宿直ごっこを限界集落の廃校で

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教師が学校に泊まる「宿直」に憧れている。

でも、母校に宿直室はなかった。もしや隠し部屋が?と思って宿直そのものを調べると、そもそも昭和40年代に廃止されていたらしい。そんな宿直を、ひょんなことから体験できることになった。新潟のとある限界集落で。
1984年大阪生まれ。2011~2019年までベトナムでダチョウに乗ったりドリアンを装備してました。今は沖永良部島という島にひきこもってます。(動画インタビュー

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宿直はもともと「天皇の肖像画」の警備

宿直の歴史がおもしろかったのでまずはその話をしたい。

宿直は何のためか。なんとなく「学校の夜間警備」だと思っていたんだけどその認識で合っているらしい。が、もともとの由来は学校よりも御真影、つまり天皇の肖像画の夜間保護だったというから驚き。時代だなぁ。

そんな自分が生まれる前に消えた宿直制度をなぜ知ったかというと、子どもの頃に読んだ妖怪漫画だ。主人公が教師だったので、夜の学校は舞台にしやすいのかだいたい宿直中に妖怪と遭遇していた気がする(生徒が遭遇するなら「忘れ物を取りに行ったとき」)。時代設定は明らかに現代だったけど、舞台装置として宿直制度だけ残したってことか。地域によってはまだ残っているもんだと思い込んでた。
ぬ~べ~…。
ぬ~べ~…。
宿直したい、要するに「夜の学校に泊まりたい」ということなんだけど、それは「真夜中の商店街を歩きたい」「(昔の)友達の家に泊まりたい」という感覚に近い。人で賑わう場所の違う顔を見てみたいし、かつふだんは日中遊ぶことしか許されない場所に泊まりたい。好奇心と背徳感が掛け合わさっているといってもいい。

それは昭和40年代以前の子どもたちにとっても同じようで、宿直中の教師に生徒が半ば強引に合流するということがよくあったそうだ。というより、それが問題化したこともあって廃止につながったらしい。

で、そんな今は叶わぬ淡い願いを抱いていたら、友人から「泊まれる学校がある」と教えてもらった。なんと!それなら合法的に(?)宿直ごっこができるじゃないか!という訳で一路、新潟へ向かいました。
前にも取材した十日町市へ、ふたたび(移動中)。
前にも取材した十日町市へ、ふたたび(移動中)。

新潟、とある限界集落の「泊まれる廃校」

情報を寄せてくれた友人は、十日町市でまちおこし関連の事業を営む大塚さん。3年ほど前に彼が出張でベトナムに来た頃からの付き合いで、2年前に私が十日町へ初訪問。短い滞在だったがその街に魅了され、そして今回二度目の訪問を果たしたという訳です。
大塚さん。ちなみにこのとき、というか常にノーパンらしい。
大塚さん。ちなみにこのとき、というか常にノーパンらしい。
2年前にともに取材したときは確実にパンツ派、何があったの。
2年前にともに取材したときは確実にパンツ派、何があったの。
水嶋「学校に泊まれる、って?」
大塚さん「泊まれます。廃校になった小学校が宿泊施設になってるんです」
水嶋「へー!ここ(十日町市中心部)からはどれくらい掛かるんですか?」
大塚さん「40分くらいです」
水嶋「うおっ…結構ですね」
大塚さん「車で行きましょう!ピザ窯あるんで野草載せて焼いて食べましょう」

廃校、泊まれる、ピザ窯がある、情報のまだら模様ぶりに圧倒されながらも現地へ向かう。何が出てこようが、憧れの宿直が体験できるのだ。それだけでただただうれしい。
その舞台がこの小白倉という集落にあるー、
その舞台がこの小白倉という集落にあるー、
キャンパス白倉!
キャンパス白倉!
こっちから見ると学校らしい。
こっちから見ると学校らしい。
新潟県十日町市、小白倉という集落に泊まれる小学校こと『キャンパス白倉』(旧名:白倉小学校)はある。平成6年、地元に惜しまれつつも過疎化に伴う生徒数減少により廃校。それから時を経て平成11年にほぼそのままの形を留めて学校型宿泊施設として再スタート。

この施設の利用方法を企画する組織の長こそが大塚さんであり、取材ネタはないか聞いたら話題に上り、「宿直したい」という思いが再燃して案内をお願いした、という訳です。

それでは、いったんここで腰を据えてキャンパス白倉を紹介します。なぜなら宿直がはじまると真っ暗闇で何も見えなくなっちゃうからね!
正面脇にちょこんと残る白倉小学校であった証。
正面脇にちょこんと残る白倉小学校であった証。
4月中旬でも雪がたんまり残る豪雪地域、プールがまるで雪の貯蔵庫のよう。
4月中旬でも雪がたんまり残る豪雪地域、プールがまるで雪の貯蔵庫のよう。
正門前のカスミザクラは樹齢300年、ひときわ発色の良い看板に誇りが見て取れる。
正門前のカスミザクラは樹齢300年、ひときわ発色の良い看板に誇りが見て取れる。
ここには「そのままの形を留めて」というようにー、
教室!
教室!
廊下!
廊下!
体育館!
体育館!
この通り小学校感全開(もともとそうだから当たり前か)。小学校というものはどこでも大抵似ているので、初めて訪れる場所でものっけから郷愁ムンムンだ。世代差はあれど、日本人のほぼ全員が思い浮かべるこのフォーマットはいったい誰がいつ決めたんだろう。

で、それだけじゃない。宿泊施設というだけあり、増設された部分もある。
ベッドや!
ベッドや!
浴場まで!
浴場まで!
よく知った小学校という世界で、懐かしみながら引き戸をガラガラッと開くといきなりベッドが現れて面食らう。それはよしとしても、ドアの向こうに浴場が現れたときはもう違和感が一周回って笑ってしまった。「学校のあちこちにワームホールが出現しちゃった!」みたいな設定のSF世界に迷い込んだ気分になってくる。
極めつけは「便所」を改装した快適なユニットバス!
極めつけは「便所」を改装した快適なユニットバス!
果てやユニットバスまで。便所であっただろうスペースの奥には、およそ学校からは発想できないような風景が広がっていた。このどこでもドア感に、「きゃー!のび太さんのエッチ!」という声がどこからともなく聴こえてきそうだ。

夏がすぎるとなにかが建ってる放置ゲーム的集落

しかしこの施設、山間部にあり決して交通の便が良いとは言えない。白倉地区に暮らす人々は2年前の時点で35世帯、65歳以上の高齢者が半数以上という典型的な高齢化地区。キャンパス白倉は集落の集会(飲み会)や地域行事がある時に使われるくらいで、それならほかにいったい誰が使うのか?というと、なんと、常連客は海外にいるという。
合宿の様子を収めた写真が廊下の掲示板に貼られていた。
合宿の様子を収めた写真が廊下の掲示板に貼られていた。
『AAスクール』というロンドンの名門建築学校で、そこで教鞭を振るう日本人教授のワークショップの開催地が、ここ。それは学生以外も参加でき、参加者の中には2020年東京五輪のロゴを制作した野老朝雄(ところあさお)氏もいたんだとか。で、ちょうどこの日の20日前にイベントで来ていたらしい。な、なんと…。

そんな学生たちは毎年の夏の間、なにかしら建築作品を制作しては帰英していく。
「展望台」に、
「展望台」に、
「バス停」に、
「バス停」に、
宿泊室にある「ベッド」もそのひとつ。
宿泊室にある「ベッド」もそのひとつ。
大塚さんいわく「ただ、形が個性的すぎて、集落の誰も正しい使い方を知らないんですよ」。確かに…この日の夜、我々は四隅のスペースで寝たが、けっきょく布団を敷いた。これが正解かもしれないし正解じゃないかもしれない。前衛的でパンクで最高だと思う。
ちなみに前出のベッドもよく見るとけっこう斬新。
ちなみに前出のベッドもよく見るとけっこう斬新。
こんな感じで毎年夏がすぎるとなにかしらの作品が生まれて、集落に暮らす人々の役に立ったり、あるいは謎もいっしょに置いていく。まるで、ひと夏ごとに増えていく、放置型のアプリゲームだ。この集落の人々と建築学校の学生の関係性がたまらなく私は好き。
ピザ窯もそのひとつ。キャンパス白倉の売りなので、一番役に立っているみたい。
ピザ窯もそのひとつ。キャンパス白倉の売りなので、一番役に立っているみたい。
余談だけど、時刻表の内容にビビります。
余談だけど、時刻表の内容にビビります。
紹介終わり! さぁ宿直だ!

そんな限界集落の廃校で宿直ごっこ!

キャンパス白倉には18時に到着。その直後からさっそく宿直を…という訳でもなく(なぜなら見回りは深夜が鉄則ですから!)、5時間後の23時頃にしようとなった。じゃあそれまでの間はどう過ごしたの?というと、ほんとはいろいろあったんだけど宿直とは逸れてしまうので最後の方に書くとして、今は23時まで一気に時計を回しますす。

ただ、ひとつ、いやふたつ伝えておくなら、このとき大塚さんと私はベッロベロに酔っていて、大塚さんの友人の渋江さんが合流して三人になってる。暗闇の中で謎の3人目がちらちら写っているけど、霊的な人ではないためあしからず。

水嶋「大塚さんっ!行きましょうっ!宿直…行こうっ、俺そのために!」(酔ってる)
大塚さん「はいっ、そっすねー!いったんブレーカー落としましょう!」(酔ってる)
水嶋「え?…ブレーカー落とすの?」
大塚さん「宿直でしょ!暗くないと!」
水嶋「そうだ、それもそうか!おねしゃ」
バツン!
バツン!
あっ、
パッ
パッ
クるね~、これ…!!恐怖感あるわ。

暗闇は自宅でも簡単に味わえるが、ここは学校。俺たちだだっ広いこと知っている!同じ暗闇でも深さがぜんぜん違う訳です。たとえるなら、自宅が足が立つプールなら、学校は底知れぬ海だ。もうビックリしすぎて酔い覚めちゃったもんね。これから酔い覚ましにはホラー動画を見よう、みんなもそうしてみませんか。さて…。
じゃ、宿直開始~…。
じゃ、宿直開始~…。
それっぽくあちこちにライトを当てる。
それっぽくあちこちにライトを当てる。
先生っぽく「誰もおらんかー」とか言おうかと思ったけど、万が一にも返事がしたら死ぬと思ってやめた。それに実際の宿直でも先生はそんなこと言わないだろう。たとえ言うとして、せいぜい放課後の見回りのタイミングだけだ。

酔いが覚めて冷静になってくる。そういえば、「宿直やりたい」という私の願いに、大塚さんも、渋江さんも急遽合流したにもかかわらず終始ノリノリだ。やはり宿直には男の中の少年に身をよじらせる何かがあるのだろう。「でももし私をかどわす幽霊だったら」、とか思ってしまうのもこの状況ならしょうがない。

ところで、二人とも揃ってパーカーのフードをすっぽり被っているのは何なんだ。その装いでペンライトを持って二人で並んで歩いていると、宿直じゃなくて空き巣じゃねぇか。
空き巣じゃねぇか。
空き巣じゃねぇか。
現実の宿直は歩き回ってハイおしまいかもしれないが、積年の憧れはそれじゃ収まらず。とりあえず、いじれそうなものはなんでもいじる。バイオハザードの攻略法と同じです。
鍋の蓋を開けてみたり。
鍋の蓋を開けてみたり。
アコーディオンを弾いてみたり。
アコーディオンを弾いてみたり。
トイレに入ってみたり…え、えぇ~。
トイレに入ってみたり…え、えぇ~。
水嶋「え~、行くんすか~」
大塚さん「当たり前じゃないですか」
キィーッ
キィーッ
大塚さん「ガ…ガガ…花子さーん!(大音量)」水嶋「(驚くし怖いから)やめて!」
大塚さん「ガ…ガガ…花子さーん!(大音量)」水嶋「(驚くし怖いから)やめて!」
あれ、これって宿直か?どちらかというと肝試しじゃないか??今更ながら気づく。

でも、まぁいいか。「夜の学校に泊まりたい」の好奇心と背徳感は、根っこで肝試しと違いはないだろう。宿直と肝試しの関係は飲み会と合コンの関係と同じである。どちらも似たようなものだけど、後者だとなんだか浮ついている気がしてはずかしい。と思ったけどやっぱりこれ私の単なる偏見な気がしてきました。合コン好きのみなさん、すみません。
幸い花子さんは出なかったので体育館へ。
幸い花子さんは出なかったので体育館へ。
大塚さん「あ」
大塚さん「あ」
大塚さん「僕の嫁です」水嶋「知らんけど新婚おめでとう」
大塚さん「僕の嫁です」水嶋「知らんけど新婚おめでとう」
おぉ…来たよ―。
おぉ…来たよ―。
体育館! ここは広すぎるのでポイントを絞ろう。
地下の物置きへ。
地下の物置きへ。
イベント用の道具に雪国を感じる。
イベント用の道具に雪国を感じる。
場所によっては本当に手付かずで、かなりの経年を感じさせる物も。
昭和44年の新聞!発行当時はここも宿直があったのかもしれない。
昭和44年の新聞!発行当時はここも宿直があったのかもしれない。
「父さんとペア・ルックを提案」、広告コピーが直球。このしばらく後に糸井重里が活躍してキャッチコピーに革命を起こす。まさかこんなところで広告の歴史を感じるとは。
「父さんとペア・ルックを提案」、広告コピーが直球。このしばらく後に糸井重里が活躍してキャッチコピーに革命を起こす。まさかこんなところで広告の歴史を感じるとは。
教室へ…
教室へ…
子どもの絵も暗闇で見るといちいち怖い。
子どもの絵も暗闇で見るといちいち怖い。
大塚さん「こんなもんですかね」
水嶋「そうですね」

宿直(深夜の見回り)、終了!
あとはがむしゃらにピザに野草を載せて焼いて食べました。
あとはがむしゃらにピザに野草を載せて焼いて食べました。
冷静にピザ窯の火を見て楽しむ大塚さんと渋江さん。
冷静にピザ窯の火を見て楽しむ大塚さんと渋江さん。
疲れすぎてあっという間に朝。
疲れすぎてあっという間に朝。

18時から23時まで何をしていたかというと

ここからは余談。のちほどと書いたこの時間、何をしていたかというと…。

大塚さんは私を送り届けたあと友人の壮行会に出席するためいったん離れ、戻るまで私ひとりで廃校に数時間過ごすことに。というはずだったんだけど、奇遇にも「年に1~2度あるか」という集落の集会(飲み会)があったので急遽その輪に加わることになりました。
楽しくも貴重な時間でした。みなさんいい人すぎた。
楽しくも貴重な時間でした。みなさんいい人すぎた。
限界集落の集会。そんな超地元的な場によそ者がいちゃっていいの!?という不安はあったけど、郷土料理をご馳走になったり、方言を教えてもらったり、『天神囃子』という450年前からある祝い唄を聴かせてもらったり、すごく楽しい時間を過ごさせてもらった(ベッロベロに酔ったというのは、状況的に「これは飲むしか!」となったからです)。

あと、80代の女性の方に「若い人と話すのが恥ずかしい」と言われたことが胸にグッと来て、なんかしらのレベルが上がった気がした。いやほんと自分でも何言ってんのかよく分かんないんだけど、なんかしらの。
解散後、残る私を心配して付いていただいた方には心から感謝。小白倉の歴史をたくさん聞かせてもらった。
解散後、残る私を心配して付いていただいた方には心から感謝。小白倉の歴史をたくさん聞かせてもらった。
なんというか、まだ二度しか来てないけれど、十日町という場所はいつもなにかおもしろくてやさしいことが起こる。たぶんまた行っちゃうなこれは。

真っ暗闇にライトを持てばどこでも冒険になる

憧れていた宿直は、楽しかった。正確に言えば、夜の学校は楽しかった。

真っ暗闇にライトを持てばどこでもたちまち冒険になる。そこで「広くて屋内」という状況にロールプレイングゲームのダンジョン感を覚えるんだろう。そういえば私は昔、RPGばかりやっていた。宿直に求めていたものはダンジョンだったのだ、今更ながら納得だ。

最後に気になって調べたら、日本全国には廃校を利用した宿泊施設が意外とたくさんあるらしい。文化的価値があるものほどそういう傾向にあるのか、木造が目立つ。そんな場所を「宿直巡り」してみるのもいいかもしれない。やろうかな。
ユニットバスは翌朝利用しました。
ユニットバスは翌朝利用しました。
校内放送で渋江さんがSiriにフラレる様子も載せときます。
取材協力
キャンパス白倉
住所:新潟県十日町市小白倉卯62番地1
HP:http://shirakuracam.com/shirakura/
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