扉はいつでもはやく開けよう
ドアを開けると、そこには包丁を研ぐ若者と、それをみながらアドバイスをする初老の男性がいた。
そう、この「藤阿彌研磨技術専門技塾(名刺に書かれたので、恐らくこれが正式名称。以降「技塾」と表記)」は、マルチでもなんでもなく、家庭用の刃物約400種類、包丁から枝切りバサミ、果 ては爪切り(!)までをも全て研げるようになってはじめて卒業できる、極めて本格的な研ぎ師の養成所だったのでした。
なんだかもったいぶった書き方をして申し訳ないのですが(ごめんなさい)、ドアを開けるまでは不安でも開けてしまえばどうってことないっていうのは、なにか行動を起こすまでは躊躇したりしてても、実際に行動に移せば大抵はどうにかなるってことを暗示している気がして、なんかこう、胸の奥からグッとこみあげてくるものがある(ないよ)。
そんなことはさておき、このアドバイスをする男性は、藤阿彌功将氏(74歳)。この塾の代表であり、フランチャイズ展開をする研ぎ屋さん「研ぎ陣」を運営。また、某新聞の主宰するカルチャースクールで講師を務めるなど、バイタリティ溢れる人物で、江戸時代より連綿と続く「藤阿彌神古流」という刀師の19代目だったそう(刀師とは刀を専門に扱う研ぎ師のことで、現在は息子さんが20代目として活躍しているそうです)。
7歳頃から先祖代々に伝わる技術を教え込まれたというその腕は本当に見事なもので、筆者のうちにあったなまくら包丁を新品同様かと見まごうほど綺麗に磨き上げるほどの確かな腕前。
なんでも、「生徒を中途半端なまま社会に出してしまったら社会に対する冒涜になる」という信念に基づいて指導しているため、ここの生徒は卒業までの約300時間で、みんなこれくらいの腕前になっているとのこと。
包丁を通してみる日本
氏は、時折冗談を交えながら、もの凄い早口で色々なお話を聞かせてくれた。それをそのまま掲載すると膨大な量 になってしまうので、ここではその要約を掲載することにしよう(見学大歓迎とのことなので、興味がある方は直接うかがってみてください)。
繊細な造りの日本料理を思い浮かべてもらえば分かるように、その料理をつくるための日本の刃物は欧米などとは違って非常に奥が深いものらしく、一朝一夕では到底研ぎの技術は身に付かないのだそうだ。
包丁を学ぶことによって、 その根底にある日本独自の繊細な感覚がうっすらと浮かび上がってくる。その精神を学び、誠実な仕事をする研ぎ師として社会に出て活躍してもらうのが、なによりも嬉しい。日本料理と欧米の料理を比較しながら、氏はそんなことをおっしゃっていた。
「産業もなにもかも、今まではめちゃくちゃなことをやってきた。これからはそれを是正する時期でしょう。そういう時代に、私で最後になる江戸の手研ぎを、少しでも多く残すことによって、世の中に貢献したいと思うんです」
また、きちんと手入れの行き届いた包丁を使えば使うほど、料理に「切れ味」がついて余計に美味しくなるらしく、高級料亭などの料理が美味しいのはその「切れ味」のおかげなのだそうだ(……この件に関しては、筆者はなにも言わないでおこう)。
ところで、あの看板にあった「習い始めから収入あり」がどういうことなのかについて、まだ訊いていないことに気付いた。その、気になる収入の仕組みについて尋ねてみた。 |