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はっけんの水曜日
 
多摩川、「ザ・ガーデン」

それは、「三崎の朝市」への、取材の帰りだった。
赤い車両の京急に乗っていた。東京都内に戻っていくについれ、景色はグレーが多くなり、空気に緊張感が増していく。
徹夜明けでくたびれていた私は、片手に缶チューハイを持って、口にひとさし指で柿ピーを押しこんでいた。もぐもぐ。
途中、多摩川にかかる鉄橋を超えた。そのときに、ある風景が目に入ってきた。

雑草だらけのはずの土手が、一ケ所、固まってハゲていた。
ハゲていた、というよりは、「手入れ」がしてあった。

「………?」

よく目をこらして見ると、ハゲた場所のはじっこに、ヒマワリが並んで、狂ったように咲いていた。

「あれ、ひょとして、『庭』かな……?」

デレク・ジャーマン、という人を思い出した。もうずいぶん前に亡くなった映像作家だ。原子力発電所の裏っかわに住んでいて、そこに『庭』を作っていて……写真集を見たことがあるのだが、ずいぶん変わった庭だった。妙な凄みがあった。

「多摩川にも、デレク・ジャーマンがいるのかな? いや、そんな……」

疲れているせいで、目がおかしくなったのかも、と思った。

(text by 大塚幸代


車内から、あわてて撮影したカメラを見直したら、何もうつっていなかった。



「やっぱりあれって幻覚か……?」

 

私は日をあらためて、京急のR駅までやってきた。7月某日、快晴。

実はこの日も、私は体調が悪かった。前日から何も食べておらず、口の中がなぜかずっと、血の味がしていた。
時々、視界のはしっこにキラキラッとしたホコリのようなものが舞い上がる。
歩いていると、50歩に1歩くらい、ヒザが笑う。
倒れないように、お茶をぐびぐび飲んで土手を歩く。




夏の雑草ははんぱじゃない。生命力に溢れまくりだ。緑色が目に痛いくらいだ。




子供をひとりも見かけない。野球場やサッカー場がないせいだろうか。

ゴルフの打ちっぱなしがあった。小奇麗なゴルフウフェアで、スコーン、スコーンと飛ばしている。

平日昼間にゴルフをやっている大人が、こんなにいるのか、一体どういう仕事をしている人なんだろう……いや、私も平日昼間にブラブラしてる、正体不明の大人なんだが、とか思いながら歩く。

 

しかし……どうも雰囲気が変だ。
電車の中から見たときの、想像とは違う。「金八先生」に出てくる千住の土手のような、のんびりした感じは、ない。
晴れた空の下なのに、じわりと殺伐とした空気が混ざっている。

私の横を、キャップをかぶり、赤黒く日焼けしたおっちゃんが、自転車でゆっくりと、スーッっと、走っていった。
ふあっと、かすかにおっちゃんの体臭がした。

そうかここは……ホームレスの人が集まっている場所なんだ。




雑草の匂いがむうううう、と強くなったので、「何だ?」と思って近付いてみると、水色の制服の人たちが、ちゃっちゃと草むしりしていた。
国土交通省の人らしい。とった草を袋に詰め、どんどんどこかに運んでいく。

草むしりの横をぬけて、川近くに近付いてみる。

行けばいくほど、雑草の背が高くなった。ヒザ下位置から、目の高さまで。

「そうそう、雑草ってほっとくと、果てしなく育つんだよねえ……」と思いながら進むと、雑草の間に、ひとがひとり通れる道が出来ていた。

しばらくすると、仮設住宅の一大コロニーがみえてきた。

仮設住宅のひとつに、ひまわりの並んで咲いている家があった。




「……ここかな?」

住人はいないようだった。どこかに出かけているんだろうか?

家の横の道を進むと、急に景色が広がった。そこに、『庭』があった。


 

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