そろそろ本気スイッチ
最初は3人で一緒に虫を探していたが、だん熱が入ってくるにつれて、自然と単独行動するようになってくる。みんな他の人を出し抜いて、自分だけカッコイイ虫にありつきたいのだ。
森には、虫っぽいけど虫じゃないものが色々ある。葉っぱの上に落ちた枯葉、剥けかけで反り返った木の皮、ヒラヒラと宙を舞う落ち葉…。ちりばめられた罠にもれなく全部ひっかかりながら、本物の虫を探す。
そうこうしているうちに目の前にヒラヒラとチョウが舞い込んできて、1匹確保。
これ、かっこいい。これまで登場した2匹のチョウと比べても、黒が基調のこのカラーリングは一目瞭然にエレガント。赤の差し色も鮮やかで、そしてなにより気に入ったのは、口。濃い黄色のストローがゼンマイみたいにきれいに巻かれていて、美しい体にメカニカルな趣を添えている。
なんだか前ページで僕が逃したバッタに似ている。俺のことはあれだけ無視しておいて、安藤さんのところに…。
工藤さんの重いハンデ
その頃、工藤さんは苦悩していた。「さっきカミキリムシがいたんだけど、近くにクモがいて取れなかった…」「さっきクワガタがいたんだけど(以下同文)」。虫発見力は光るものを持ちつつ、その力はクモの魔力で完全に封じられているのだ。森には工藤さんにだけ効く結界が張られていた。
かくいう僕も、工藤さんほどではないとはいえ、すっかりおびえていた。ちょっと木の皮をめくれば、葉っぱを揺すれば、虫がいそうな場所はある。でも、そこにはカッコイイ虫よりも怖い虫が潜んでいそうで、怖くて手を伸ばすことができないのだ。
実は僕は事前にネットで虫捕りのテクニックを調べていた。木の枝を網で掃きつけるようにして虫を捕るスウィーピング法、広げた網の上で木の枝を叩いて虫を落とすビーティング法。そんな知識の数々で安藤さんや工藤さんに差をつけ、ひとりで大量の虫を捕って尊敬を集めようという魂胆だったのだ。
しかし現実は違った。そんな無差別に虫が落ちてくるような捕り方をしたら、怖い虫がたくさん網に入ってしまうじゃないか。恐怖心がブレーキとなり、せっかくの知識は完全に宝の持ち腐れに終わった。
カブトムシマスターの実力
そんな心の迷いのせいか、さっきのチョウを最後に、全然収穫がない。敵はどうしているのかと、安藤さんの様子を見に行ってみた。
最初は工藤さんや僕と一緒に茂みを怖がっていた安藤さんだが、いつの間にかすっかり慣れたようで、柵を越えてどんどん奥に入っていく。そのフットワークの軽さと来たら。
そして次の瞬間、僕は実力の違いを見せつけられることになる。
クワガタだ!文句なしにかっこいい。僕も工藤さんも、まだ甲虫の類を1匹も捕まえられていない。なのに安藤さんはクワガタを、しかも3匹も捕まえていたのだった。しかも、最初に捕ったチョウとバッタは、クワガタを入れるためにリリースしてしまったのだという。この余裕。差は歴然。このままでは負ける!