特集 2014年10月29日

廃墟化したコンクリート船「武智丸」を見に行く

よく見ると船だ
よく見ると船だ
第二次世界大戦中、物資不足のために作られた「コンクリート製の船」というものがあったらしい。

その「コンクリート製の船」が広島県にいくつか現存しているという。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

前の記事:辞めた人のうちわを作る

> 個人サイト 新ニホンケミカル TwitterID:tokyo26

呉市安浦に残る「武智丸」

やってきたのは広島県呉市安浦町。
安浦駅
安浦駅
コンクリート製の船は現在この安浦町の三津口港で防波堤として使われているらしい。

駅前の地図で三津口港を確認してみると、くだんのコンクリート船は、普通の防波堤のように描かれている。
地図ではただの防波堤にしかみえない
地図ではただの防波堤にしかみえない
しかし、衛星写真でみると、明らかに船の形をしている。
より大きな地図で 安浦港 を表示
明らかに船の形。これは実際に近づいて見てみたい。

安浦駅から三津口港までは、歩いて行くしかなく、海岸沿いの国道をトボトボ歩く。道幅は広くないのだが、車がひっきりなしに走っており、交通量はわりと多い。
人家はあるのにひと気がない
人家はあるのにひと気がない
20分ほど歩くと、漁港が見えてきた。

海に近寄ってみてみると防波堤らしきものがみえる。
この距離だとただの防波堤のようにしか見えない
この距離だとただの防波堤のようにしか見えない
この場所からだと、あまりよくわからない。さらに近寄ってみる。
あはー、こりゃ船だ
あはー、こりゃ船だ
おぉ、これは確かに……船だ。

ただ、コンクリートの素材感に違和感がにじみ出る。なんというか、古い公園によくある船の形をした遊具に近いものがある。

これらの船は本当に浮いて航行していたというのだから、にわかには信じがたい。
まじめな看板
まじめな看板
案内看板によると、第二次世界大戦中の鋼材不足を補うため、海軍がコンクリートで輸送船を作ることを計画。大阪の土木会社が、兵庫県高砂市の塩田跡地で四隻建造し、そのうち三隻が就航。瀬戸内海を始め、南方にも航海したらしい。

建造され、就航した三隻のうち、二隻がこの安浦漁港に現存しており、国道側にあるのが「第一武智丸」沖の方にあるのが「第二武智丸」ということらしい。
「兄弟船」というフレーズが脳裏にうかぶ
「兄弟船」というフレーズが脳裏にうかぶ
呉市にはここの他に音戸漁港にも一隻、防波堤として使われているコンクリート船がある。
ただ、音戸町のコンクリート船は、動力がついていない船で、タンカーや護衛艦に引っ張ってもらわなければ航行できない「被曳航油槽船」という油槽船だった。

一方、安浦漁港の二つの武智丸は、機関もそなえ、自力で航行できるものだったらしい。

もっと近寄って見てみたい

武智丸にもっと近寄ってみると、残念なことに立入禁止の表示。
そ、そうか……近寄っては撮影できないのか……。
そ、そうか……近寄っては撮影できないのか……。
わざわざ電車を乗り継いできたものの、これでは入ることができない……。残念だが仕方がない。フェンス越しに写真をいくつか撮影する。
第一武智丸の舳先から向こう側をみる。甲板ももちろんコンクリート製だ。手前の二つの穴はアンカーチェーン(錨をつなぐ鎖)を通す穴らしい
第一武智丸の舳先から向こう側をみる。甲板ももちろんコンクリート製だ。手前の二つの穴はアンカーチェーン(錨をつなぐ鎖)を通す穴らしい
手前の手すりと通路は、武智丸のものではなく、この先にある灯台へ行く為の通路で、後から取り付けられたものだ
手前の手すりと通路は、武智丸のものではなく、この先にある灯台へ行く為の通路で、後から取り付けられたものだ
第一武智丸は、半分ほどは海に沈んでおり、おそらく満潮時は海面下になってしまうのではないだろうか?
水が湧き出している
水が湧き出している
そのため、海藻がびっしり生えており、一部船底から海水が吹き出していた。

おじさんに撮影許可をもらった

フェンス越しにせっせと撮影していると、おじさんが近寄ってきた。

まずい、なにか怒られるかしら。と思っていると「兄ちゃん、写真をとるなら、中入って撮ってもええよ」といわれた。

これはありがたい。

どうやら、ぼくのように船の写真を撮りに来る人が結構いるらしく、おじさんは親切に案内してくれた。
おじさんありがとう
おじさんありがとう

神さまになったコンクリート船

第一武智丸は海藻がびっしり生えていた
第一武智丸は海藻がびっしり生えていた
おそらく、エンジンなど、機関があったと思われる部分は骨組みがむき出しになっており、中の様子が分るようになっている。
船内の骨組みもすべてコンクリートでできている
船内の骨組みもすべてコンクリートでできている
ただ、コンクリートでできているので、やはり船といわれても実感はわかない。廃墟の工場のようだ。

エンジンやスクリューなど鉄製だったと思われる部分は、ほとんどが撤去されているのだが、一部コンクリートに埋め込まれた部分はそのまま錆びついてた。
丸い舷窓が船であったことを偲ばせる
丸い舷窓が船であったことを偲ばせる
船首部分は補強のため、鉄板で覆われていた
船首部分は補強のため、鉄板で覆われていた
船倉には水がたまっていた
船倉には水がたまっていた
武智丸は輸送船として作られたため、荷物を入れるための船倉といわれる倉庫が船体部分にあり、大きな四角い穴が空いている。おそらく、現役当時はこの穴の上に何らかの屋根がついており、石炭や、雑貨などを輸送したのだろう。
一部、地元の漁師さんたちの荷物置場になっていた
一部、地元の漁師さんたちの荷物置場になっていた
水の守り神、武智丸
水の守り神、武智丸
調べてみると、コンクリート船はそんなにめずらしいものではなく、過去には海外でもいくつか作られていた記録はあるらしい。

ただ、現在まで船体がそのまま残っているのは、少なくとも日本では呉市にしかない。

輸送船として作られたコンクリート船が、いまでは小さな漁港の防波堤として、水の守り神となり、その余生を送っている。

艦これに武智丸は無いのか?

旧帝国海軍の戦艦は、現在ほぼ残ってない。しかし、武智丸は、防波堤としてだが、当時の様子が分かる形で船体が残っているので実に貴重だ。

ぜひ、艦これの艦娘の仲間に入れてあげて欲しい。艦これやったこと無いけど。
▽デイリーポータルZトップへ

banner.jpg

 

デイリーポータルZのTwitterをフォローすると、あなたのタイムラインに「役には立たないけどなんかいい情報」がとどきます!

→→→  ←←←
ひと段落(広告)

 

デイリーポータルZは、Amazonアソシエイト・プログラムに参加しています。

デイリーポータルZを

 

バックナンバー

バックナンバー

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ