特集 2015年2月6日

コブダイのコブの中身はどんな味?

コブダイという魚がいる。大きく育つと名前の通り、たんこぶをこさえたようにおでこが突き出るという面白フィッシュである。

体が大きい上に強面で迫力があり、それでいてどこかユーモラスなのでテレビ番組などでその水中映像を目にすることも多い。

ぼくは彼らを見るたびにこう思ってしまうのだ。お前ら美味いのか?コブの中身は何だ?美味いのか?
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

前の記事:針を使わず魚を釣る!伝統漁法「数珠子釣り」の可能性

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瀬戸内海に多いらしい

気になるなら実際に食べてしまえという話になるわけだが、コブダイなんて珍しい魚はそうそう市場や店先に並ぶものではない。稀に市場へ並ぶこともあるらしいが、少なくとも僕は30年近い人生の中でそのような僥倖に遭遇したことは未だ無い。

ならば、自分で釣って食べてしまえという話になるわけだが、コブダイなんて珍しい魚はそうそう釣れるものではない。…と思っていたら、これが案外釣れてしまうらしいという噂を聞いた。瀬戸内海へ行けばの話だが。
瀬戸内海といえば明石の鯛が有名だが、おかしな鯛もたくさんいるのだそうだ。
瀬戸内海といえば明石の鯛が有名だが、おかしな鯛もたくさんいるのだそうだ。
コブダイは日本国内だと九州から東北まで広く分布している魚なのだが、どういうわけか瀬戸内海にとりわけたくさん生息しているようなのだ。
そう聞いては向かわずにはいられない。いざ瀬戸内へ。
釣具屋さんで聞いたポイントで竿を出す。餌は貝でもゴカイでもエビでもタコでも何でも食べてくれるらしい。
釣具屋さんで聞いたポイントで竿を出す。餌は貝でもゴカイでもエビでもタコでも何でも食べてくれるらしい。
と意気込んでいる折りに、釣り仲間に「今度、瀬戸内へコブダイ釣りに行こうと思うんだよね~」と話したところ、「あ、俺この間行ってきたよ。」という者が現れた。しかも三人も。やはり、コブダイは釣り人の憧れということか。

だが、誰もまだ芳しい成果を上げてはいないようだ。銀行マンの友人Mくんは昨夏から何度も挑戦し続けているのに、なんとか小さな赤ちゃんコブダイを一匹釣っただけだとか。
やっべえ。さっそく雲行き怪しくなってきた。
ある事件が起きて以降、コブダイを釣る際は釣竿をロープで固定しておかねばならないことを覚える。
ある事件が起きて以降、コブダイを釣る際は釣竿をロープで固定しておかねばならないことを覚える。

場所を変えるといきなり…!

聞けば、彼らもまだ諦めてはおらず、心の底でリベンジを誓っているらしい。それならばと、みんなでワイワイ瀬戸内ドライブついでに挑戦してみることにした。
道中、釣具店などで情報収集しながら最初のポイントへ到着。しかし、僕がフグを一匹釣っただけで、二時間経っても一向にドラマは起きない。あー、これダメなパターンだ。
空気を読んで釣れてくれたヒガンフグ。正直、かなりうれしかった。
空気を読んで釣れてくれたヒガンフグ。正直、かなりうれしかった。
流れを変えなければ。ということで、第二候補のポイントへ移動する。先客のおじさんが釣り竿を振っていたので、「ここ、コブダイって釣れますか?」と聞いてみると、「ここも釣れるけど、今日は○○の港の方がいいんじゃないかねー。」と教えてくれた。まったくノーマークだったポイントだ。

「たぶん、釣れるよ。」というおじさんの声に励まされ、さっそく移動する。

本当に釣れたらいいなーとのんびり釣りの支度をしていると、背後から「ヤバイヤバイ!!」という声が聞こえた。しかも、そのトーンが鬼気迫っている。
「ヤバイ!マジ?マジ!?」と若者全開のMくん。
「ヤバイ!マジ?マジ!?」と若者全開のMくん。
一足早く準備を終えて仕掛けを投げ込んだMくんが何か魚を掛けたのだ。
しかも、相当の大物と見える。

その場にいた全員が「コレ、アレだ!」と確信する。移動した直後だぞ。いくらなんでも展開が急すぎる。
なんか潜水艦みたいなのがおるー!!
なんか潜水艦みたいなのがおるー!!
獲物は激しく抵抗しているが、とても残念なことにMくんは非常に釣りが上手い。針を外そうとしたってそうはいかない。そして、魚にとってさらに悪いニュースがある。Mくんの使っている釣り糸はマグロなんかを釣るような、成人男性がぶら下がっても切れないオーバースペックな品。引きちぎることはできないだろう。勝負あったな!
コブがある!夢にまで見たコブがある!!
コブがある!夢にまで見たコブがある!!
綱引きに負けた魚が水面に浮かぶ。水を割って飛び出した頭部の異様なシルエット!コブダイだ!しかも大型の!!
Mくん、悲願達成!初めて見る生コブダイに僕たちも大興奮。
Mくん、悲願達成!初めて見る生コブダイに僕たちも大興奮。
タモ網に収まり、堤防に引き上げられたのは70センチを楽に越える立派なコブダイ。
超かっこいい。何だこの魚、すげえな。

コブはプニプニでプヨプヨ!!

コブもすごいが口元もなかなか。リーゼントの不良少年に凄まれているようだ。
コブもすごいが口元もなかなか。リーゼントの不良少年に凄まれているようだ。
最大の特徴である額のコブはもちろんだが、大きく開く厚い唇と、そこから覗く先の丸まった大きな粗い歯も、顔立ちの猛々しさに拍車を掛けている。その一方で、メタリックグリーンを基調とした虹色に輝く瞳と、鮮やかな山吹色に染まった背びれはエキゾチックな魅力を湛えている。

体色がめまぐるしく変化する点も印象的だ。水面で格闘しているときは全身赤褐色であったのが、水から揚げると見る見るうちに淡く桃色がかった灰色へと褪せていく。体力の消耗によるものだろうか。
口を「むっ!」と閉じる。結構かわいい顔してるかも。眼が綺麗な虹色なのもチャームポイント。
口を「むっ!」と閉じる。結構かわいい顔してるかも。眼が綺麗な虹色なのもチャームポイント。
そういえば、Mくんに釣り上げられる過程では序盤こそ激しく突っ走っているように見えたが、水面まで寄せられて以降はほとんどグロッキー状態だった。陸に揚げられた際ものた打ち回るようなことは無く、「ワシの負けや。もうどうとでもしてくれ。」と言わんばかりにおとなしく横たわっていた。
どうやら、針に掛かるとファーストダッシュに全力を注いでしまい、すぐに力尽きる短距離ランナータイプの魚らしい。

さあ、見た目に関してはこの辺りにしておこう。そろそろあのコブを触ってみたい。あのコブを!
締められてなお、大勢に自慢のコブをもてあそばれるコブダイ。プニプニとした、硬い水風船のような感触。
締められてなお、大勢に自慢のコブをもてあそばれるコブダイ。プニプニとした、硬い水風船のような感触。
ワクワクしつつ人差し指をコブに押し付けると、予想外の感触が伝わってきた。やわらかい弾力がある。プニッとしてプヨーンなのだ。
もっとなんというか「しこり」のような硬い手触りを予想していたので、これには少し驚いた。
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姿が見えるのに釣れない

Mくんの快挙で盛り上がる一同だったが、いつまでも余韻に浸ってもいられない。やっぱり、せっかくだから自分の手でも釣ってみたい。興奮冷めやらぬ中、各々仕掛けを海中へ投げ込む。
ここでふと足下を見るとなんと悠々と泳ぐ大きなコブダイの姿が目に飛び込んできた。
コブダイ、肉眼で見えちゃう!
コブダイ、肉眼で見えちゃう!
しかも一匹や二匹ではない。おでこが立派に張り出したコブダイたちが、多いときでは四~五匹も僕らの足下をぐるぐると戯れるように泳いでいる。こんなにたくさんいるのか!

しかし、コブダイは縄張り意識の強い魚だと聞いていたが、とてもそうは見えない。テリトリーを形成するのは繁殖期に限った話なのかもしれない。
続けてYさんが釣ったコブダイはおでこが小さめ。かなり印象が異なる。
続けてYさんが釣ったコブダイはおでこが小さめ。かなり印象が異なる。
これはまだまだ釣れるぞ!全員釣れるぞ!と息巻くが、これがそうは甘くない。こちらから見えている魚は釣れないとよく言うが、やはりその通りになってしまった。その後、終了間際になってYさんがなんとか若い個体を一匹キャッチ&リリースしたが、この日の成果はそれまでとなってしまった。そこそこアタリはあるのに、間が悪いのかモノにできないのだ(僕だけはアタリも無し)。

しかし、僕はコブダイより大事なものを釣るミッションを背負うことになった。海底に沈んだYさんのデジカメ(防水)である。Tシャツ+タイツ姿になって11月の瀬戸内海へと入水。
魚釣りに来たはずが、デジカメのサルベージ作業をすることになるとは。悲壮感が漂っているが、実際はそこまで寒くない
魚釣りに来たはずが、デジカメのサルベージ作業をすることになるとは。悲壮感が漂っているが、実際はそこまで寒くない
…なぜこんな事態になったのか説明しよう。実は、Mくんが大きなコブダイを釣った数十分後、Yさんの仕掛けにこれまた大きそうなコブダイが食いついていた。Yさんはコブダイが勢い余って海の中へ引きずり込んでしまわないように、釣り竿を大きなデジカメや釣具が入った収納ボックスに固定していたのだが、予想以上にコブダイの力が強かった。彼はそのボックスを軽々と引き倒して、中身をぶちまけながら竿を海中へ持って行ってしまったのだ。

その後、釣り竿やその他の釣具は無事に回収できたものの、一番大事なデジカメが見つからず、僕にお役目が回ってきたというわけだ。結局、カメラは無事に発見して釣り針で引っ掛けて回収。長距離をずっと運転してくれたYさんになんとか恩返しができてよかった。

このアクシデントはこの日いいところ無しだった僕に見せ場を作ろうと、コブダイが気を利かせて引き起こしてくれたものだったのかもしれない。

コブの次にはアゴが出る

翌月、再び僕はYさんらと瀬戸内海を訪れていた。もちろん、今度こそ自分の手でコブダイを釣るためである。しかも、今回はなんやかんやあって一部始終をTV番組用に撮影されることになった。
やっと釣れた!しかもでかい!うれしい!
やっと釣れた!しかもでかい!うれしい!
結果、緊張しつつも、僕にはもったいないくらいに大きく立派なコブダイを釣ることができた。

陸に引き上げた瞬間、興奮しすぎてカメラが回っているにもかかわらず「ヨッシャーイ!!」と大声で叫んでしまったのを覚えている。
あ、荒岩課長!?
あ、荒岩課長!?
この魚は額のコブもさることながら、下顎の肉付きが非常に良い。漫画「クッキングパパ」の主人公・荒岩一味を髣髴とさせる。いや、コブと同じくポヨンポヨンしているから「スラムダンク」の安西先生か。
あ、安西先生!?
あ、安西先生!?
コブダイは大きく成長して、おでこがある程度大きくなると、今度は同じように顎が膨らんでくるのだ。
いい貌してんじゃねえの…。
いい貌してんじゃねえの…。
正面から見ると、魚とは思えないような顔だ。
正面から見ると、魚とは思えないような顔だ。

可憐な少女が性転換して厳ついおっさんに

ところで、基本的にすべてのコブダイは順調に成長してさえいけば、それに伴って大きく張った額のコブと豊満な顎を獲得していく。ただし、このコブが出っ張ったり顎が膨らんだりするのは雄だけに見られる特徴である。
…思いっきり矛盾したことを書いているように思われるだろうが、実のところこれが矛盾でもなんでもない。
コブダイはすべての個体が雌として生まれ、身体がある程度成長すると、自然と雄へ性転換してしまうのだ。
つまり、雌である若いうちはコブもアゴも出ていないのに、性転換して雄になると、徐々にそれらが発達していくということである。

…わかりにくいので、成長段階ごとに写真を追ってみていこう。
正真正銘、まだ雌の小さなコブダイ。顔はキツネのようにシャープで、体の模様も異なる。同じ魚とは思えない、小じゃれた印象の魚だ。実際、昔は雌雄で別種の魚だと思われていたらしい。
正真正銘、まだ雌の小さなコブダイ。顔はキツネのようにシャープで、体の模様も異なる。同じ魚とは思えない、小じゃれた印象の魚だ。実際、昔は雌雄で別種の魚だと思われていたらしい。
全長四十数センチ程度の個体。雌から雄への過渡期だろうか。おでこはほぼほぼフラットだが、かすかに膨らみつつある。
全長四十数センチ程度の個体。雌から雄への過渡期だろうか。おでこはほぼほぼフラットだが、かすかに膨らみつつある。
上からさらに大きく成長して全長五十センチを超えてくると、コブが目立ち始める。体色などにも一般的にイメージされる「コブダイ」らしさが色濃く表れる。しかし、まだ顔立ちは面長でシュッとした印象。
上からさらに大きく成長して全長五十センチを超えてくると、コブが目立ち始める。体色などにも一般的にイメージされる「コブダイ」らしさが色濃く表れる。しかし、まだ顔立ちは面長でシュッとした印象。
さらに成長した全長60センチほどの雄コブダイ。コブもかなり立派になっているが、アゴも厚みを増し始めている。顔立ちに丸みがつき、なんとなくおっさん臭さが漂いだす。
さらに成長した全長60センチほどの雄コブダイ。コブもかなり立派になっているが、アゴも厚みを増し始めている。顔立ちに丸みがつき、なんとなくおっさん臭さが漂いだす。
さらにさらに成長するとアゴもコブもプリップリのパッツパツに。こうなると人間の目から見ても完全に強面のおっさんだ。少女時代の面影は欠片もない。なお、コブダイは全長が一メートルを超えるまでに成長することがあり、コブもアゴもこの写真の個体よりもはるかに大きく肥大化していく。そういったコブダイの例としてはダイバーたちの人気者だった今は亡き佐渡島の「弁慶」が有名だ。
さらにさらに成長するとアゴもコブもプリップリのパッツパツに。こうなると人間の目から見ても完全に強面のおっさんだ。少女時代の面影は欠片もない。なお、コブダイは全長が一メートルを超えるまでに成長することがあり、コブもアゴもこの写真の個体よりもはるかに大きく肥大化していく。そういったコブダイの例としてはダイバーたちの人気者だった今は亡き佐渡島の「弁慶」が有名だ。
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鱗が硬い!肉の見た目はマダイのよう

さて、せっかく釣れた大きなコブダイ。いよいよ楽しみな試食の時間だ。
釣ったその場で血と内臓はしっかり抜き去っておく。
釣ったその場で血と内臓はしっかり抜き去っておく。
新鮮なうちは肝もきっと美味かろう。
新鮮なうちは肝もきっと美味かろう。
魚体が大きいので、肝もそれなりの量を確保することができる。
魚体が大きいので、肝もそれなりの量を確保することができる。
魚体が大きいので、肝もそれなりの量を確保することができる。
ああ、いけるやつだ。
ああ、いけるやつだ。
恐る恐る味見をしてみると、甘みがあってなかなか美味い。これは捨てずにおこう。
胃袋を切り開いてみると、中には噛み砕かれたウニがたくさん。
胃袋を切り開いてみると、中には噛み砕かれたウニがたくさん。
解体の際に消化管を切り開いてみると、中からは細かく噛み砕かれたウニの殻がたっぷり出てきた。たぶん、硬くてトゲトゲしたウニも人間がせんべいをかじるような手軽さで食べられてしまうのだろう。

ウニのほか、貝類やカニなどもアゴと喉の骨を使って殻ごと食べてしまうと聞いたことがある。すさまじい咬合力。頬肉を食べるのが楽しみだ。
鱗を落とすのにとても難儀する。包丁ではなく、大き目のウロコ落としを用意しておくべきだった。
鱗を落とすのにとても難儀する。包丁ではなく、大き目のウロコ落としを用意しておくべきだった。
キッチンへ持ち帰ったら、下ごしらえを進めていく。が、いきなりウロコを落とす段階で手間取る。ウロコが大きく、硬く、皮にガッチリとジョイントしているのでかなり力が要るのだ。

あまりしつこくガリガリやると身が傷みそうで嫌なのだが、皮からウロコだけを包丁ですき取るのは難しそうだし、皮を全部引いてしまうと湯引きなど皮付きの料理を作れない。時間を掛けて地道に落とす。
背骨も太くて硬い。頭を落とすのに苦労した。
背骨も太くて硬い。頭を落とすのに苦労した。
三枚におろしてみると、実はとても綺麗な白身だった。まるで本物の鯛のよう(コブダイは名にこそ鯛とつくが、真鯛とは縁の遠いベラ科の魚)。
これはきっと美味いに違いない。
食欲をそそる綺麗な色の身が取れた。たっぷりと。
食欲をそそる綺麗な色の身が取れた。たっぷりと。
真鯛の冊だと言っても、見た目からはなかなかばれないかも?
真鯛の冊だと言っても、見た目からはなかなかばれないかも?

寒い時期に美味くなる?

まずはとにもかくにも刺身でいただいてみよう。
見た目はかなり好印象だが味はどうだろうか。
コブダイの刺身。盛り付けが中途半端なのはつまみ食いしちゃったからです。
コブダイの刺身。盛り付けが中途半端なのはつまみ食いしちゃったからです。
…味はやはり鯛に似ておいしいが、食感がちょっと変わっている。ふかふかと柔らかいのに、少々繊維質で噛み切りにくいのだ。できるだけ薄めに切ると食べやすい。

また、鯛しゃぶよろしく、熱した出汁で軽くしゃぶしゃぶしてやると筋張った感じが無くなり、非常に食べやすくなる。コブダイを食べる上で一番お勧めしたいメニューのひとつだ。
コブダイの湯引き。ジャクジャク、コリッとした歯ざわりにほのかな磯の香り。近い仲間のブダイという魚を思い出す味。
コブダイの湯引き。ジャクジャク、コリッとした歯ざわりにほのかな磯の香り。近い仲間のブダイという魚を思い出す味。
また、事前の下調べで「コブダイは皮が美味い!」という情報を得ていたので、皮を残して湯引きも作ってみた。実際に味見してみて、これは確かにその通りだと思えたのだが、ちょっと注釈が必要だとも感じた。

今回、晩秋にMくんが獲ったコブダイと一ヵ月後に僕が獲ったものとを食べ比べてみて、前者は皮に多少の磯臭さを覚えたのに対し、後者はそれがちょうどいい塩梅に薄れており、よりおいしく食べることができたのだ。
刺身はお茶漬けにしても美味い。
刺身はお茶漬けにしても美味い。
コブダイの旬は冬~初春で、寒い時期になると格段に味が上がると聞いたことがある。

コブダイには「カンダイ」という別名があるのだが、これを「寒鯛」と書き、「寒い季節に味が良くなる鯛」を意味するとする説すらある。
たった一度の、たった一ヶ月しかズレのない、たった二匹だけの食べ比べでは何も断言することはできないが、これは水温が落ちると食べる餌が変わることで皮のにおいが薄れることに因るのではと思った。
コブダイの皮の味を楽しみたいなら、より寒い時期を狙って入手すべきなのかもしれない。

ちなみに、11月のコブダイの胃には大量のウニが入っていたが、翌月の獲物にはそれがまったく見られなかった。
コブダイの肝の刺身
コブダイの肝の刺身
肝刺も美味かった。特に、白身の刺身とまとめて食べるのが個人的に気に入った。
コブダイのから揚げ
コブダイのから揚げ
当然ながら、から揚げも美味い。まずくなるはずが無い。特に、皮付きのものを揚げると、皮の香ばしさとモチモチした食感を楽しめるので、そちらをお勧めしたい。コブダイを食べる機会がある読者様がいればだが。
香草チーズ焼き。このほかにはムニエルもおいしい。
香草チーズ焼き。このほかにはムニエルもおいしい。
バターやオリーブオイル、あるいはチーズを加えて焼く調理法も良く合った。コブダイ自体がさっぱりしているためか。
鍋にも良く合う
鍋にも良く合う
鍋物にも良く合う味と身質だった。でも、どうせ鍋物にするならしゃぶしゃぶがいいかな…。こぶしゃぶ…。
大量に出るアラも無駄にはしない。煮付ければおいしく食べられる。
大量に出るアラも無駄にはしない。煮付ければおいしく食べられる。
全部おいしかった!無駄なく食べられる魚だ。
全部おいしかった!無駄なく食べられる魚だ。
とにかく、一匹から取れる身の量が多いのでいろいろな料理を試すことができる。そして、身自体には癖が無いのでいずれもおいしく食べられる。「普通においしい」というやつだ。見た目や生態が面白いだけでなく、(十一、十二月とかなり寒い時期に獲ったものしか食べていないが、少なくともその限りでは)食材としても優秀な魚だと言えるだろう。

ではいよいよ、あの部分に手をつけてみようか。
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頬肉はまるで貝!コブの中身は脂肪の塊!おいしく食べるには…?

それでは、貝殻やウニを噛み砕く強靭な顎の筋肉、すなわち頬肉が、そして僕の個人的な夢が詰まっているコブが付いている頭部を調理していく。
頭だけになってもこの存在感。
頭だけになってもこの存在感。
料理は目でも楽しむもの。作るメニューはやはりこの素晴らしいビジュアルを活かさねばということで、「兜煮」に決まった。
格好良く、綺麗に盛り付けられるよう、コブダイの頭は天を仰ぐ形で鍋へ。
格好良く、綺麗に盛り付けられるよう、コブダイの頭は天を仰ぐ形で鍋へ。
続いて、ベールを纏わせるようにクッキングペーパーで覆う。煮崩れを防ぐための落し蓋のような役割を果たしてくれるのではと思ってやってみたのだが、どれだけ効果があったのかは未だ不明。煮汁はなみなみと。
続いて、ベールを纏わせるようにクッキングペーパーで覆う。煮崩れを防ぐための落し蓋のような役割を果たしてくれるのではと思ってやってみたのだが、どれだけ効果があったのかは未だ不明。煮汁はなみなみと。
アルミホイルで蓋をして煮込めば…
アルミホイルで蓋をして煮込めば…
コブダイの兜煮のできあがり。なんか魔除けの効果がありそう。
コブダイの兜煮のできあがり。なんか魔除けの効果がありそう。
完成した兜煮は期待を上回る出来栄えとなった。鬼が高笑いしているような形相。

カメラマンさんとディレクターさんは撮影しながら「これ、子供が放送見たら泣くんじゃ…」と懸念していた。
付いている頬肉の量がものすごい。これでもほんの一つまみ。
付いている頬肉の量がものすごい。これでもほんの一つまみ。
だが、単にインパクトが強いだけではなく、ちゃんとしっかりおいしそうに出来上がっているじゃないか(と僕は思っている)。

さっそく頬肉から食べてみよう。
手皿で失礼!と思ったが、こういう料理でテーブルマナー云々言うほうが無粋か。
手皿で失礼!と思ったが、こういう料理でテーブルマナー云々言うほうが無粋か。
箸でつついてまず驚くのは、頬肉の量。一つまみでごっそり取れるのに、なかなか無くならない。贅沢。
そして、真の驚愕は頬張って、噛み締めたときに訪れる。
美味い!なんだこの強烈な歯ごたえ!美味い!
美味い!なんだこの強烈な歯ごたえ!美味い!
強く、密に引き締まった筋肉の食感。と言ってもささみのようにパサパサしているのではない。グニュン、ゴリュンと歯を押し返すような弾力。これは…魚と言うより貝だ。それも、どちらかというとウバガイやバカガイのような大き目の二枚貝に近い気がする。
これは面白い。味そのものは一般的な魚の頬肉と同じなのかもしれないが、食感が予想外すぎて脳が冷静に味を分析できていない。だが、最終的に導き出された結論は「とにかくとてもおいしい」の一言だった。こういうのを珍味と言うのかな。近所のスーパーにコブダイの頭が並んでいたら必ず買いましょう。

さて、頬肉は美味かった。それでめでたしめでたしと終わるわけにはいかない。まだ最大の楽しみが残っている。
生きているうちはあんなにプルプルだったのに、加熱したコブの中身は意外としっかりしている。結構力を込めないとむしれない。
生きているうちはあんなにプルプルだったのに、加熱したコブの中身は意外としっかりしている。結構力を込めないとむしれない。
注意深く煮込んだつもりだったが、コブの表皮は思った以上にデリケートだったようで、加熱に耐えられずに張り裂けていた。そして、そこからは真っ白な組織が覗いている。生前のあのプルプル感からも察しがつくように、決して骨ではない。では一体これは何なのか。見極めるべく、箸で掬い取って口へ運ぶ。
脂っすね…。
脂っすね…。
…口に入った白い塊は、溶けるように舌にまとわりつく。ほのかに甘みも感じられる。

ただの脂肪の塊だわこれ。
まあぶっちゃけ想像ついとったけどな。
周りの人たちにも味見してもらったところ、「ラードみたい」とか「わざわざ食べるもんじゃない」という感想をいただいた。
残念だけど、これだけを食べておいしいと思えるような代物ではないよ。
ちなみに、やっぱりアゴの中身も同じだった。
まあ、コブダイさんも人間に食べてもらうためにコブやらアゴやら膨らましているわけではないのでしょうがない。

味は残念だったけど、とても勉強になった。僕の好奇心は満腹だ。
アゴの中身も同じような脂肪塊だった。
アゴの中身も同じような脂肪塊だった。

コブは刺身とタタキにすべし!

が、しかし。そのものだけを食べ続けるのが難しいというだけであって、決してまずい脂だというわけではない。上等なラードでも、それだけ飲んだらそりゃキツイさ。

ここで記事を終えてしまったら、「コブダイのコブは食えたもんじゃない」と広く宣伝して回るようでコブダイに、いやコブダイのコブに申し訳が立たない。
最後に、この脂の有効活用法を紹介して記事の締めとしたい。
生の状態だと、断面はこんな感じ。
生の状態だと、断面はこんな感じ。
まず、ごく新鮮なコブダイの頭からコブあるいはアゴの脂肪を切り出す。
ちょっとタコの頭の刺身っぽい。
ちょっとタコの頭の刺身っぽい。
切り出した脂肪とコブダイの刺身をまな板の上でよくたたき合わせる。コブ脂と刺身の比率は1:3くらいから初めて適宜調整すべし。
コブ脂と刺身をまな板の上でしっかりたたき合わせる。がらっと味が変わるので、刺身が余ったときにいいかも。
コブ脂と刺身をまな板の上でしっかりたたき合わせる。がらっと味が変わるので、刺身が余ったときにいいかも。
あとは盛り付けて、適当にネギでも散らせばコブダイのタタキの完成だ。

実はダメ元でなんとなく作ってみたのがきっかけだったのだが、これがトロッと濃厚で予想外に美味かった。もしかしたら、さっぱりしたコブダイの味に舌が飽きていたから特別おいしく感じられたのかもしれない。
コブダイのタタキ feat.コブの中身。濃厚でとても美味い。
コブダイのタタキ feat.コブの中身。濃厚でとても美味い。
使い方がわかれば、今後はもう無駄にせずにすむ。もし、いつかまたコブダイを丸ごと料理する機会が訪れても安心だ。

コブダイ!お前はすみからすみまで良い魚だったぞ!

未年にふさわしい魚

余談だが、コブダイ類の英名は「羊頭のベラ」を意味する「シープヘッド・ラス」なのだそうだ。外国には頭部の模様が羊の顔に似ているコブダイの仲間がいるのだ(まあ、言われてみればそう見えないこともないかな?という程度のものだが)。

そして今年は未年、僕みたいに獲って食え!とは言わないけれども、縁起を担いで水族館に彼らの姿を拝みに行くのも一興かもしれない。
釣り人はコブダイの強烈な引き込みを「カンダイのひとのし」と呼ぶ。この大きな尾ビレを見れば、その遊泳力にも納得だ。
釣り人はコブダイの強烈な引き込みを「カンダイのひとのし」と呼ぶ。この大きな尾ビレを見れば、その遊泳力にも納得だ。
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