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はっけんの水曜日
 
消え行く町に暮らして

「それでは出かけましょうか」

開発の町を見に行こう

中川さんの案内で消え行く町を散策してみることにした。いつものでかいカメラを携え出発だ。部屋のドアは一応閉めるが鍵はかけない。「僕の部屋に盗みに入る前に、もっとやるべきことがあるだろうから」と彼は言う。扉の前に干されたブリーフののれんが魔よけの役割も果たしているのかもしれない。

オープンな雰囲気のトイレと風呂。

一緒に部屋を出るとすぐ隣で水の音が聞こえた。彼いわく大家のおばあちゃんがトイレに入っている音だという。そういえば彼の家には風呂とかトイレとかなかった。恐る恐る聞いてみると、やはりここをおばあちゃんと共同で使っているのだとか。

「違うんですよ、おばあちゃんは母屋にトイレも風呂もちゃんとあるみたいなんですよ。でもここでするんです」ちなみにここの水道代はおばあちゃんと折半だ。

「ゴーストタウンみたいでしょう」
「あれはセールスの人でしょうね」
今青いショベルが掘っているあたりにも家があったらしい。

「といっても特に案内する所もないんですよね。もうほとんど壊されちゃってるし」

中川さんの言うとおり町は静かだった。遠くで重機が動く音が聞こえるのだが、生活の気配はすでに息を潜めてしまっている。

「あの作りかけの交差点のど真ん中にも家があったんですよ。最後まで粘ってたんですけどね、この前壊されました」

たまに歩いているスーツの人は住宅会社のセールスか銀行員なのだとか。立退きに関係して動くお金は小さなものではないのだ。

 

隣の家が壊されるとプレッシャーを感じるのだろうか。

立ち退きするしかないのだろうか

中川さんの家にも最近役所の人が来たらしい。区画整理の対象となっているので、と要するに立ち退きのお願いに来たのだ。

「僕は粘るつもりだったんですけどね、どうやら大家のおばあちゃんはまんざらでもないみたいなんですよ」

「でも部屋を借りてる僕がごねれば無理には退去させられないはずなんです」

中川さんは大学で法学部を出ているので、こういう知識に明るい。しかしその光も現時点では彼の人生を照らしているようには見えない。

「これは残しておくべきだと思うんです」

あの家、ぶっちゃけ家賃はいくらなんですか。

「2万円です。あ、いやだいたい1万9千円ですね。車はそのへんの空き地に止めているからただですし」

あいまいなのには理由がある。毎月大家さんの所に現金で2万円を持っていくのだが、そのときいつも千円お小遣いをもらえるのだとか。

「ダイスケは今月もいい子にしてたからね」って千円くれるんですけど、歴代あの部屋に住んでいた人たちはどうやら家賃1万円とかだったみたいなんです。なぜか僕だけ高いんです。

「それが僕の使命ですから」

中川さんはどうしてこうも全ての罰を背負ってしまったような暮らしをしているのだろうか。

「生活費を抑えたらそれだけ作品作りに回せるじゃないですか。写真は金がかかるから」

彼はカメラマンとして独立しており、すでに写真だけで生計を立てられるまでになっている。しかし目指すところは自分の作品と感性で勝負する「写真家」なのだという。ぜひともブレイクして整備が終わったこの地にでかい家でも建ててもらいたい。心からそう思う。

「でも今、人生がうまく動き始めているのを感じるんです。年末に転機が訪れると思います」

年末ジャンボに全てをかけているのだそうな。

明日はどっちだ

中川さんの住むこの地区に限らず、沖縄では開発の波に飲み込まれようとしている土地がいくつもある。快適な生活と豊かな経済を追求するのが現代社会なのかもしれないが、それを支えてきた人々とその人たちが作り上げてきた歴史も忘れてはいけない。今も中川さんはあの家で自分の作品を見ながらパズルを作っているのかもしれないのだ。間近に迫った「その日」を待ちつつ。

沖縄県内で部屋を遊ばせている人がいたらぜひご一報ください。住みたい人がいます。

写真家中川大祐さんの写真サイト

https://fotologue.jp/universal


「春って玄関からやってくるんですかね」

 
 
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