巨人がやって来た
横浜のバッティング練習が終わり、一塁側ベンチから巨人の選手が出て来た。小笠原、阿部、ラミレス、坂本…、主力選手たちの登場にスタンドがどよめく。子どもたちはフェンス際に走り、おじさんたちは座ったままニコニコしている。
巨人の選手たちはかけ声をかけながら準備運動を始めた。バッティング練習は既に終わっていたらしく、試合前の軽いウォーミングアップのようだった。それでも、選手の一挙手一投足にファンは釘付けだ。なんで巨人のバッティング練習を見せてくれなかったのだろう。僕にはそれが不満だったが、周りにそんな事を言っている人はいなかった。
グラウンド整備も終わり、試合開始時刻が迫る。 横浜と巨人、両軍の監督がグラウンドに現れ選手表の交換をしている。
「花束贈呈に地元名士のあいさつ、つづいて楽団の演奏と地方球場特有なお祭り気分の中で」
と52年前の新聞にあったように、52年後の今日も花束贈呈の後、宇都宮市長さんの始球式があった。
始球式の後、楽団の演奏はなかったが、十分にスタンドは盛り上がっている。 巨人先発の内海投手が一球目を投げた。
52年ぶりの巨人戦のスタートだ。
僕の隣りには年配のご夫婦が座っていて、一生懸命巨人を応援していた。巨人が先制した瞬間、おじさんが立ち上がったので足元に置いてあったビールがこぼれた。奥さんが慌てて「すいません、すいません」と言いながら号外でビールを拭いた。全然大丈夫です、と言いながら僕も号外でビールを拭いた。
隣りを見るとおじさんが無邪気にメガホンを振っていた。
おじさんも52年前に巨人戦を見たに違いない。確かめようと思ったけど、やめといた。52年前に見てた事にしないと、ビールで僕の鞄が濡れた事の折り合いがつかないからだ。