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フェティッシュの火曜日
 
青い鳥はすぐそこにいるのか


いよいよ師走になりました。とはいえ陽気な年末気分には少し早く、ただ今年が暮れてゆく物悲しさだけがつきまとうような日々。皆さまいかがお過ごしでしょうか。
東北の小さな町では、秋の虫たちの声もすっかり消え失せ、枯れ葉さえ落ちきりました。外にでてもみつかるのは冷たい風の音ばかりです。いっそ雪でもあれば少しはマシなのでしょうが、今はただ灰色の景色が広がるだけ。「なにもない季節」だと、そんなふうに思えてきます。
でも、ほんとうになにもないのでしょうか。ぼくら自身のほうが心を塞いでしまい、なにかをみつけようとしていないだけではないのでしょうか。 

櫻田 智也



出会い

空の暗い、寒い日だった。
小さな公園のベンチに、その人はいた。


その人


なにをしているのだろう。ぼくはひとりの寂しさもあって、つい声をかけた。
「あの、なにしてるんですか?」
その人は言った。
「いや、なにかつかまるかと思って……」


「なにかつかまるかと思って」

訊けば、「これまで見過ごしていた幸せ」をつかまえようとしているのだという。
「ほら、よく言うじゃないですか。幸せって、気づかないだけで実はすぐ傍にあるんだって。俺、それをつかまえたいんですよ」


「高校時代のあだ名は『半熟』でした。 理由はわかりません」

「もしかしたら、昨日までぜんぶ見過ごしてきて、もう残ってないかもしれないけど、まだ間に合うって信じたいんです」


こうして木の実が落ちるのを 待ったりもするという

木の下に佇む彼の姿をみて、「松ぼっくりはたいして美味しくないですよ」そう言いたかったが、食べられるとか食べられないとか、そういうことは多分どうでもいいのだろう。 なにかが自分のところへやってくる。それを彼は待っているのだ。


「ここにはないかもしれないですね」

彼はつぶやき、公園から立ち去った。
「そんなもの、どこにもないんじゃないですかね」
ぼくは思わず叫んでいた。彼はふり向き、ちょっと笑ったようにみえた。


遠目だと網の存在が案外わからないなと ごく客観的に思った

 

努力

ぼくはなんだか変な気持ちになり、普段は歩かない川沿いの道を通って帰ることにした。


川も空も灰色なのだ

ぼうっと歩いていたら、後ろから足音が近づいてきて、その姿がぼくを追い越していった。



さっきの人だった。ぼくは思わず呼び止めていた。


「またお会いしましたね」

律儀に戻ってきてくれた男性。「ずいぶん急いでましたね。もしかしてみつかったんですか」と問いかけると、
「いや、さっき気づいたんですけどね、動いてないと網が閉じちゃうんですよ」
なるほど。確かに頭につけた網は、風を送り入れなければ、しぼんだように垂れ下がってしまう。


閉じた状態の網

「たとえ幸せがすぐそこにあったとしても、網がこんな状態じゃ入ってきませんよね。しんどいけど、待ってるだけじゃダメみたいです。動かないと」 その人は照れたように笑い、頭を掻いた。でもヘルメットの上からだったので、実際には掻けていなかった。 「じゃあ、いきますね」 彼はベンチから立ち上がった。


なにか入ってはいないかと ヘルメットを脱いで網を確認していた

なにもいなかったようだ

朝を待たぬ夜

その夜、ビールが飲みたくなって近所のコンビニに買いにでかけた。


闇の中に人影が

見慣れない人影だった。だが近づいてみて、誰かがわかった。


「やあ」

昼間のあの人だった。夜にみるといっそう危ない。
「暗くても、歩いているうちに網になにか入るかもしれないからね」
そう言ってはいるが、なぜかこの場所から動こうとしない。
理由を訊ねると、


「いや、アレがね」

そう言って彼が指さす先にはアパートのベランダがあった。
「あそこにね、青い下着が干してあるんだよ」


ベランダに1枚の下着が干したままだった

「俺がさがしてた幸せって、アレのことじゃないかな」
「ちがいますよゼッタイ! もしかしてアレが落ちてくるの待ってたんですか」
「よく、『夜明けは必ずやってくる』なんてフレーズ聞くけどさ、あんな気休めないよね。いつか朝の訪れない夜だってやってくるわけで。それに宇宙っていうのは大体が暗闇なわけだから夜のほうが本来の姿なんだよ。だから朝が待ち遠しいなんて考えはおかしいよね」
なんだか難しく言っているが、要は「夜のほうが人目につかず下着を眺められるからいいよね」ということのようだ。


「アレだと思うんだけどなあ」

男はしばらくの間、「青い下着こそが自分のさがしていた幸せだ」と言い張っていたが、話し声に気づいた部屋の住人がカーテンを開けた途端に、どこかへ消えていった。


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