過剰な節回しが横行する「いらっしゃいませFEMME」界にあって、あえてその流れにたいして異議を唱える前衛派である。「いらっしゃいませFEMME」のカウンターカルチャーと言っても良いだろう。
感情を排した徹底したモノトーンな節回しは、もはや集客のための呼び込みという機能から脱皮し、むしろ「いらっしゃいませFEMMEとはなにか」、という根源的問いかけを我々に投げかけているのである。そのミニマルな作品世界は「いらっしゃいませFEMME」の意味解釈自体を聞き手にゆだねることで、「パフォーマー/聴衆」という近代がもたらした二元的対立項を解体する試みなのだ。なんの話だ。
「No.4」は最期の最期でちょっとうわずっているのが惜しまれる。 |