つい嗅いでしまう匂いというものが存在する。特別に美味しいわけではないけれど、つい食べてしまう、誰かが旅行に行って買って来たお土産のような匂いのことだ。嗅がないなら嗅がないで別に困りはしないけれど、その匂いがすればつい嗅いでしまう、そんな愛おしき匂いを訪ねてみようと思う。
つい嗅いでしまう匂い
世の中にはいろいろな匂いがある。ケーキや香水などのようないい匂いもあれば、別にいい匂いではないけれどつい嗅いでしまう匂いもある。今回はそのつい嗅いでしまう匂いにスポットを当てたい。
お寺や弁天堂に行くと線香の匂いを胸いっぱいに吸い込んでしまう。線香の香りがする女性と甘い香りがする女性ならば、迷わずに後者の匂いを全力で嗅ぐけれど、お寺では線香の匂いを全力でつい嗅いでしまう。
線香の香りならば別にお寺でなくても匂うことはできそうだけれど、雰囲気と相まって嗅がずにはいられない。一人暮らしをしている好きな女性の家に行きこの匂いがしたら、えらい年上を好きになったなぁ、と若干戸惑うけれど、お寺でなら迷いなくいい香りだ。
ブロッコリー畑の匂い
そんな決していい匂いではないけれど、つい嗅いでしまう匂いを求めて、鷹の台駅に降り立った。東京は小平市にある西武国分寺線の駅だ。ここに僕がつい嗅いでしまう匂いがある。
駅から15分ほど歩くとブロッコリー畑があるのだ。ブロッコリー畑は青臭さに青臭さ足して青臭さでじっくり漬け込んだようなキングオブ青臭い匂いがする。僕が青虫だったら間違いなくここで暮らしたいと思う匂い。それがつい嗅いでしまう匂いなのだ。
細い道の脇にひっそりとあるブロッコリー畑。この近くに僕の通っていた大学があって、当時前を通ると鼻をヒクヒクさせたものだった。僕がブロッコリーが嫌いということもあってか、決していい匂いではないがつい嗅いでしまう匂いだった。
収穫直後はさらに青臭さが強くなり、青臭さに青臭さを足して、それを青臭さで煮詰めたような青臭い匂いが辺りを包む。青虫だって若干戸惑うような青臭さだ。
なのになぜだか嗅いでしまう。大学に通っていた当時の僕も赤面するくらい青臭かったので似たもの同士でつい嗅いでいたのかもしれない。
卒業以来久しぶりに嗅いだけれど、今もつい嗅いでしまう匂いだった。むせ返るような青臭い匂い。先に書いた理由で考えると今も僕が青臭いということになるけれど、現在はそんなことはないはず。きっと誰もがつい嗅いでしまう匂いなのだと思う。そう思いたい。
牛という大人の香り
次のつい嗅いでしまう匂いは牛だ。そんな匂いのファブリーズがあっても絶対に買うことはないけれど、旅先などで出会うと深呼吸するほどに匂ってしまう。説明の付かない素晴らしい獣の匂いなのだと思う。
大泉学園駅から15分ほど歩いたところに牧場がある。東京23区唯一の牧場で住宅街の中にある牧場だ。おそらく土地の価格を考えると、そこで暮らす牛たちは僕よりもいいところに住んでいるといえると思う。
牛舎に近づくと待ってましたと言わんばかりに牛の匂いがした。動物園の匂いとは違うまじりっけのない100%の牛の匂い。思わず抱きしめたくなるような香りではないけれど、どこか安心する匂いだ。
この匂いのお香があっても買わないけれど、牧場に来るとつい嗅いでしまう。むしろ率先して嗅いでしまう。ここに空気清浄機があれば僕といい勝負になると思う。あの匂いに似ている、と説明できない唯一無二の香りだ。
牧場に来ていた子供はあまりこの匂いを好んでいなかったので、この牛の匂いは大人にしかわからない香りなのかもしれない。大人の香りなのだ。まさか牛が大人の香りだとは思わなかった。
最後は鉄棒の匂い
次のつい嗅いでしまう匂いを求めてやって来たのは、吉祥寺にある井の頭公園。ここで匂うのは鉄棒の香り。別にこの公園の鉄棒が特別いい香りと言うわけでなく、近かったのでこの公園をチョイスした。
小学生の頃から鉄棒の授業などがあるとつい嗅いでいた。ザ・鉄という鉄に鉄を足して鉄で味付けしたような、鉄界のお袋の味的な素朴な鉄の匂いがするのだ。久しく匂っていなかったので楽しみである。
鉄棒の棒の部分に全然鼻を持っていくことができない。甘やかして来た僕のわがままボディに腹が立つ。手のひらも痛く、匂う前に若干満足した感すらあった。
横の棒を匂ってみた。しかし、コチラは警察犬でもかわいく首をひねりそうな程、何も匂わなかった。やはり色が塗ってあるからだろう。むき出しの鉄の部分でないと僕の求めるザ・鉄の香りはしないようだ。頑張るしかない。
胸焼けするほど鉄の匂いがした。僕が鉄しか食べない生き物だったら迷わず鉄棒をうまい棒のように食べるだろう。決していい匂いではないけれど、訴えてくるものがある。餌をくれ、というときの犬の目みたいな感じだ。
つい嗅いでしまうのだ
別にいい匂いではないのだ。お世辞にもそう言えない匂いだったりもする。しかし、匂ってしまう。そして「これ、これ」と久しぶりの同窓会での再会のようにテンションがあがってしまう。別に仲が良かったわけではない。仲が良ければマメに会うだろうから、同窓会で会ってもテンションはあがらない。そうでないからテンションがあがるのだ。つい嗅いでしまう匂いとはそういう位置にある匂いだと思う。