いつだったか、その時付き合っていた女性から電話がかかって来た。 彼女だから電話がかかってくることに不思議は無かったけれど、電話はいつも夜と決まっていたから、休日とはいえ昼間にかかって来たことに僕は驚いた。何がバレたのかと必死に考えたが、思い当たるやましい事はない気がした。
ドキドキしながら「どうしたの?」と彼女に聞いた。 彼女は「つげ義春」の書いた紀行文を読み、ふと僕を思い出したと言った。僕はマンガを描かないし、つげ義春とは年齢も比べられないくらいに離れている。なぜその本を読んで僕を思い出したのか見当が付かなかった。
彼女にその紀行文の内容を聞いた。 筆者のつげ義春は東京から福岡・小倉へと旅立つ。小倉には2、3回手紙をやり取りした女性がいて、つげ義春はその女性と結婚しようと思い小倉へと旅立ったのだ。僕もその本を読んだことがあったので、そこから先は僕がこんな内容だったよね、と彼女に話した。
つげ義春が小倉の彼女と結婚しようと思った理由も書かれている。 定職を持たないつげ義春は自分の将来に絶望していた。漫画を描いて今後も生活していくのはムリだと悲観的に考えていたのだ。一方、その小倉の彼女は定職(看護師)を持っており、家もキチンと借りていた。
つげ義春が結婚を決めて理由は定職なのだ。 実際、つげ義春は彼女と会って、好みではないと思ったが、定職を持っているし、と結婚しようとするのだ。僕は面白いな〜と思って読んだことを覚えている。
一方、僕の彼女の持った感想は「面白い」ではなかったようだ。 この「定職を持っているし」というつげ義春の考えが、どうも僕を思い出させたらしい。僕は定職を持っていない。しかし、彼女は定職を持っていた。しかも専門的な仕事で、誰にでも出来る仕事ではないから、そう簡単に職を失くすこともない。
「あいつは自分の生活の安定を狙って私と付き合っている…?」 そう彼女は思ったのだ。「あいつ」とは僕のことである。そう思って僕に確認の電話をして来たのだ。「私が仕事しているから私と付き合っているの?」と。僕は「違うよ、違うよ、そんなこと無いよ」と言うのだけれど、なんでだろう、自分でもウソっぽく聞こえるのだ。でも、本当にそんなこと無いのだ。本当なのだ。
そして、「さわら高菜みそ」も本当に美味だった。 高菜と味噌の組み合わせが濃厚でご飯との相性もよい。田舎で田んぼを見ながら食べたいおにぎりだと思った。素朴で懐かしい味がするのだ。いつまでも変わらぬ味でいて欲しいと願ってやまない、おにぎりだった。 ( 2011/01/24 21:00:00 )
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