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特集 12月のテーマ:夜

12月のテーマ:夜
朝からやってる居酒屋探訪



鯉のあらいとウナギヘッド(10:00)

鯉のあらいがやってきた。

「むかし住んでた家の前に、小さな池があって、そこでコイ飼ってたんですよね。そのコイを父が、思い付きで、さばいて食ってしまったことがあって」
「へえ」
「父は山間部出身で、沼でコイを釣って食べたことがあるらしくて。懐かしい味だったみたいなんですけどね。で、それはいいとして」
「はあ」
「父がさばいたの、ニシキゴイだったんですよ」
「………」
「こう、赤と白の……別におなかをこわしたりはしてなかったし、家族に無理矢理すすめることもなかったんですけど………でもそれ見てから、あんま積極的にコイを食べてみようと思わなくて、今まで食べなかったんです」
「………へえ」

私は箸を持って、酢みそをたっぷり付けた。おそるおそる口に運ぶ。はむ。
独特な歯ざわりと独特な風味がした。

「あのう、これ、美味しいのかまずいのか、わかんないですけど」
「そうですね、俺もタレの味しか分からないですねえ。それに俺、もともとホネが多い魚は好きじゃないんですよ」
「………」
「………」

ぐびぐびっ。ビールで鯉を流しこむ。
次にウナギの頭がやってきた。

はむ。かたいけど美味しい。味はウナギの味だ。

「林さん、食べないんですか?」
「いや、俺、骨、ダメだから。食べると痛いんで」
「な、なにがですか?」
「皮膚ですよ。ホホの裏側とか痛いじゃないですか、刺さって」
「え? 刺さりませんよ」
「いやあ、『これは骨も食べられますから』というサカナでも、俺だけは食えないんです。『これは飛べるだろう』という跳び箱も、俺だけは跳べない、っていうような感じですか」
「はあ……」

林さんは次に来た湯豆腐を、嬉しそうに食べ始めた。

「うわあ、これ、ネギうまいですよ! あ、なんだろうこの白身の魚………サバ?」 

グルメ取材をやるには不適当な人材ばっかりで来ちゃったな、と反省しながらフト外を見る。
午前中だから、心なしか皆、急ぎ足だ。「師走だしな」と思いながら、店内と店外の雰囲気の差に、不思議な気持ちになる。

水族館の水槽の、内側と外側くらい、違う気がする。

「あ、コイのあたまを叩いてる」
「は?」
「俺の席から、外で店員さんがコイをしめてるのが見えるんですよ。鉄のトンカチで、コイの頭を叩いてますね………」
「魚って、なんか秘孔をついて、血を抜いてシめるんじゃなかったですっけ? 海の魚とか」
「ああ。でも、コイの頭、ゴンゴン叩いてますよ、まさに今」
「なんでだろう。生命力強いんですかねえ」
「コイはねえ、強そうですねえ」

私も身体をのばして、コイ解体の様子をみた。コイは腹を裂かれて、あざやかな赤い内蔵を、ばんばんタライに捨てられているところだった。



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